貧民街の騒動
寿院と隆鷗、二人いたら必ず騒動が起こる。今回は、黒根家でひと騒動!様々な人を巻き込み、巻き込まれながら、次々と危機が迫って来る!
黒根家の裏に回ると、すぐに小高い山を仰ぎ見ることができた。黒根家の裏門から数歩ほど歩くと、緩やかな勾配が始まり、途中から急斜面になって山道に繋がっていた。
陸が言っていた竹で編んだ塀は、塀と言うより開閉ができる門扉だろう。思ったより小さな範囲だった。築地塀より低く、跳躍すれば簡単に飛び越えれそうだ。敷地内に数人の私兵の姿が見え隠れしているので、思ったより出入りは難しいのかもしれない。
樹木の影に隠れて、寿院は周囲の様子を観察していた。
陸と祭はすぐ傍の茂みに隠れていた。そして、先程から竹編の門扉を越えると寿院に合図を送っている陸。だが、寿院は、待つように合図を送った。祭も寿院に同意して、陸を窘めた。
「何故だ…?」と、陸の、囁く声すら響く静けさだ。寿院は、思わず陸に静かにするように、口に人差し指を当てた。
寿院は、もっと様子を見る為に隠れていた樹木から離れた。その時、あえて祭に耳打ちした。
「竹編の門扉の中には私兵が何人かいる。あれとやり合うとなると騒ぎになる。もっと広く見てくるから、陸に焦らないように言ってくれ」
「何だよ寿院…様、何で祭なんだよ…」と、陸が呟く。
「中がどうなっているのか分からないうちは竹編の門扉を越えるのは得策ではない。こんな時は焦っては駄目だ。周囲を見て、分析して想像するんだ…高い築地塀より低い竹編の門扉から中の様子が少し見える。左手に比べて、右手の方は、少し様子が違う。わたしが思うにここには、黒根家だけではなく多くの配下の者が共に暮らしているのだろう。だからこれほど広いのだ」と、祭が陸に耳打ちした。
「分かったよ祭。なんだよあいつ…ぼーうっとしているくせに偉そうに」と、陸は、寿院に腹を立てた。
「まだまだだねぇ」と、ぽつりと祭が呟く。
寿院は、先程から静かな、この山の裾野の空気の中に、頭まで僅かに響く振動が気になっていた。緩やかな勾配を注意深く登って行き、更に急斜面になった所から横に動いた。ここまで登っても築地塀の内側はあまり見えなかった。
隆鷗は、いったい何処から見て、空間の歪みを見たのだろうか?
だが、築地塀から僅かに見える瓦屋根は左側に偏っていて、右側にはすっぽりと空いている所がある。しかし表門に向かうほど再び瓦屋根が見えてくる。それが寿院にはひどく不自然で違和感を覚えた。先入観かもしれないが、空気が澱んでいるような気がした。
寿院は、その光景を見ながら、秋が下手くそに書いていた黒根家の見取り図を思い出していた。確か、秋の見取り図には、敷地内の中央に大きな四角が書かれていた。そこからおそらく実際には距離がある裏門の近く…つまりあの位置に黒く塗りつぶされた、秋には忌々しく思う場所があるに違いない。
それは隆鷗君が言っていた空間の歪みと重なっているだろうか?……いや、まぁ、そんな単純ではないよな…。
そして、寿院は、その場所と同じ位置の築地塀の外側に木造の、よく分からない小さな掘立て小屋があるのに気がついた。掘立て小屋は成長した草木が隠している。そこに二人の若い男が入って行くのが見えた。男たちは会話を交わしていた。その声が振動となり頭まで響いていたに違いない。と、寿院は思った。
暫く様子を見ていたが、男たちはまったく出て来る気配がない。何より、その掘立て小屋に男二人が入る余裕はなさそうだ。
寿院は急斜面から飛び降りて、急いでその掘立て小屋の引戸を開いた。
予想通りだ。小屋の中は空洞で、地面に穴が空いているだけだった。試しに穴に飛び込んでみると、真っ暗闇でよく見えなかった。音の振動で広さは分かる。方向感覚が一瞬分からなくなるが、空気の流れは分かる。真っ暗な闇のずっと先の方に小さな光が見えた。そこを目印に注意深く進んで行けば、おそらく築地塀の中に入れるに違いない。と、寿院は思った。
しかし、何だってこんなに隠れるように通路が存在しているのだろう?
秋の見取り図を見た時、築地塀の中は大きな建物を中心に、区分けされ、小さな町や村のようになっている印象を持った。だから黒根家の屋敷だけではなく、黒根家一門の屋敷もあるのだろう。と考えていた。
小さな光が次第に大きくなり、やがてその光が、扉から漏れた光だということが分かった。寿院は、注意深くゆっくりと扉を開いた。そこは、外光が中まで入ってくるようなあばら屋の中だった。
こんなあばら屋でなければ、光を目印にここまで辿り着かなかっただろう。
寿院は、あばら屋の引戸をゆっくりと開けて、顔を半分だけ出して辺りの様子を確認した。
えっ、本当にここは黒根家の敷地の中なのだろうか?
目を疑うような光景が広がっていた。
あばら屋や掘立て小屋、今にも傾きそうな長屋が軒を連ねている。そして、そこに漂う砂埃に塗れた乾いた空気。まるで都の片隅にある貧民街そのものだ。寿院は、思わず真っ暗闇の隧道を通って貧民街に辿り着いたのか?と錯覚した。
いやいやいや、貧民街は、黒根家とはまったく反対側の都の隅だ。朝早く出たとしても、陽が真上になっても辿り着かない場所にあるのだ…つまり、黒根家の敷地内に、わざわざ貧民街を再現している…?何故、そんなことをする必要があるのだ?
寿院は、こそこそとあばら屋を抜け出し、引戸をゆっくりと閉めて、更に周囲を注意深く見渡した。そして、目を閉じて、再び秋の見取り図を思い出した。
中央の大きな四角を目印にした時、その横の、少し小さな四角の隅に秋は丸印を入れていた。小さな四角といっても、この敷地内の縮図だ。それを思うと、結構大きな建物に違いない。中央の大きな四角のすぐ傍だ。おそらく黒根家当主の屋敷だろう。その片隅の丸印は筝の対の屋。そんなところだろうか?と、寿院は思う。
そして、黒く塗り潰されたのが、この再現された貧民街。
「と、いうことは、丸印の方向はこっちだ」と、その方向に視線を向けた途端に、奇妙な男の姿が視界に入ってきて、驚いた寿院の身体がびくっと反応した。
「こんにちは」と、男が寿院に言った。
男は少年の手を引いていた。
「こ…こんにちは」と、寿院は答えた。
男は屈託のない微笑を浮かべていた。しかし、その微笑にひどい違和感を覚えた。何一つ気配を感じなかった。気配を消すほどに修練しているよにも見えないだけに余計不気味さを感じた。しかも、連れている子供の気配すら感じなかった。
「お見かけしない顔ですが、どちらのお方かな?」と、男が尋ねる。
「えっと…。わ…わたしは黒司家の者です」寿院は咄嗟に嘘を吐いた。黒根家の一門で唯一知っている名だった。
「ほぅ、黒司家…?黒司家でお見かけしたことは有りませんね。新人の呪術師さん?」と、男が尋ねた。
なんだろう?違和感が拭えない。微笑する目がひどく冷静に人を見ているとでもいうか、微笑しているのにすごい威圧感だ。
「いえ、呪術師なんて、とんでもない」と、寿院は答えた。
「そうなんですね。でしたらあなたは裏の人…かな?」と、男が尋ねる。
裏の人?なんだ裏の人とは…?
「あっ、その顔は違った?って言うか、呪術師のことあまり知らないのですね?」と、男はわざとのように、驚いた表情をした。
裏の人…?異様な威圧感。人を洞察する冷静な視線。
もしかして、この男は鬼仙?
「おやっ?わたしの何かを想像しましたか?そんな顔だ」と、男が言う。
そんな寿院も、同じように人を洞察するような冷静な視線を向けていた。
「あなたには人の気持ちが見えるんですか?」と、寿院は言った。
「と、言うことは、やはりわたしが誰か推測しましたね…」と、男が微笑しながら言った。
寿院も微笑した。
「滅相もない。わたしは愚鈍ゆえ、そんなつまらないことは致しません。人は付き合ってこそ、人となりが分かるものでごさいます。図らずとも、わたしはこれまでそんなふうに人を見たことはありませんね」
「おおぅ、それは失礼致した…」男がそう言った時、手を引いていた子供が、男の腕を強く揺さぶった。
「分かった分かった。そう引っ張るな」と、男が軽く笑った。「この子が、通りの隅で少年が倒れていると言うもので、今から見に行くところでして、足を止めて申し訳なかった」
そう言うと、男は寿院の傍から離れていった。
少年…倒れている?
その言葉に寿院は胸騒ぎを覚えた。
少年という言葉は、何故か、見知らぬ少年という響きがあった。ここに住んでいる子供のことを少年と言うだろうか?
寿院は、男が歩いている方向を確認するように見ていた。やがて、男の姿があばら屋の影に隠れて見えなくなると、素早く男の跡を追いかけた。だが、その途中ですごく尖った視線を感じた。
そして、あばら屋の影からひとり、掘立て小屋の影からまたひとり、長屋の影から二人…次々と、柄の悪そうな男女がのそのそと出て来て、寿院をぐるりと取り囲んだ。
これはまずいな。
まるで本物の貧民街のようだ。貧民街の中にも知人がわりといたので、寿院には然程怖い所ではなかった。しかし、ここは少し勝手が違うようだ。柄の悪そうな男と女が不気味な笑みを浮かべてじわじわと詰め寄って来る。
寿院は、少し焦った様子をわざと装い、ひーふーみ…と、ひとりひとり数えながら、位置と、身体の特徴をも頭に記憶していた。背の高さや体格、男か女か…腕を出している者は筋肉の盛り上がりなども同時に頭に焼き付けていた。
「あなたたちは何なのですか?わたしに何の用があるのですか?」と、わざと怯えたように言った。
柄の悪い者たちは、寿院の問いには答えず、相変わらず不気味な笑みを浮かべて、じりじり寄って来る。
寿院は、まず最初に襲い掛かる者を決めた。この集団のなかで一番体格が良く、視線を投げかけ、他の者に指示をしている者…。まず、そいつをのして、その次に少し背の低い、後ろで腕を組んで構えもせずに眺めている若い男の首筋を掴んで刃を突き立てたらこの集団も少しは落ち着くだろう。
寿院の見立てでは、体格の良い男と、後ろで腕を組んでいる男、この二人以外はたいしたことはない。ただ、体格の良い男より後ろで腕を組んでいる男の方が強い可能性がある。最初にしくじると、ずるずると人数に負けてしまう。一瞬の勝負になる。
次の瞬間、体格の良い男が仕掛けて来た。
寿院の動体視力は誰よりも優れている。体格の良い男は、素早い速度で右の拳で殴って来た。男は思ったより素早く咄嗟に左頬を殴られた寿院。しかし、寿院の視力により、一見殴られたかのように見えたが、殴られるほんの僅かな瞬間、寿院は身体を引いたので、見た目以上に痛手はなかった。寿院はすぐに男の足をすくい、よろけさせ体当たりした。男は、吹っ飛び地面をごろごろ転がった。
そして、後ろで腕を組んでいた男を見た。だが、姿がない。
しまった。と、寿院は思った。
すぐに身をかがめた。すると、後ろで腕を組んでいた男の棍棒が寿院目掛けて振り下ろされた。棍棒は地面を叩きつけられ、破片が飛び散った。相当な腕力だ。寿院は全力疾走で掘立て小屋の傍にいた男の肩に片足を乗せて、長屋の屋根に飛び乗った。その一瞬、誰も動くことが出来なかった。ただ、割れた棍棒を持った背の低い男が、悔しさと驚愕が入り混じった何とも言えない表情で寿院を睨みつけ、棍棒を地面に叩きつけた。
屋根から見下ろした寿院は、結構な人数に改めて驚いたが、今は隆鷗のことが心配だ。すぐに彼らに背中を向けて、反対側の小道に飛び降りた。そして、先程の男と子供が向かった方角を推測した。
男は端のあばら屋の影に隠れて、見えなくなったので、直進はしていないはずだ。かといってあばら屋、掘立て小屋、長屋沿いに進む小道は真っ直ぐだが、人影は見えない。どこかで左折したと推測して、寿院は正門側の方向へと走り出した。やがて、先程の集団が跡を追って来るのが見えた。
ちぇっと、舌打ちすると、集中して隆鷗の行動を推測した。隆鷗は正門からこの敷地に入っている。だとしたら、秋の見取り図で言えば、中央の大きな四角の建物辺りから、この再現された貧民街に入った可能性が大きい。と、いうことは歪んだ空間は貧民街の中にあるに違いない。
寿院は、秋が書いた見取り図を思い出し、左折した。その風景を記憶に留めると、後ろの集団を撒くために暫く出鱈目に走った。
そして、元の位置に戻り注意深く隆鷗を探した。すると長屋を通り抜けたところで三、四人の男が集まっているのを見つけた。その中に先程の男と子供がいた。
寿院は、長屋に隠れながら、傍に寄った。
確かに少年が倒れていた。
そして、寿院の視界に青い刀が入ってきた。
隆鷗だ。何故、倒れている…?
寿院は、一瞬、香舎流彗のことを思い出した。春が言った。流彗の御霊は異界に連れて行かれた。そこに残っているのは肉体だけだ。存在していないんだ。と。
まさか、隆鷗の御霊は、異界に行っているのだろうか?肉体だけだから意識がないのか?
だが、隆鷗は絶対死んでいない。必ず自力で異界から戻って来る。
青斬刀…。あの青い刀が何とかしてくれるだろうか?
隆鷗は、意識を失ったまま、青斬刀をしっかり握り締めているようだ。あの青斬刀が奪われるのはまずい。いや、まずいことはいっぱいある。隆鷗が連れ去られるのが一番まずい。傷つけられるのも…。寿院は、自分の刀の位置を直した。隆鷗の傍にいる全員、斬るつもりで挑もうとしている。そして隆鷗をおぶって逃げる。ただ、それだけだ。
その時、子供が思いっきり隆鷗を蹴った。隆鷗の頭が激しく揺れた。
「くそぉ、あの餓鬼、ぶっ殺してやる」と、寿院は呟いた。
その時、先程の集団の一部がばらばらと走って来た。
「くそ!ちょこまかと…こうなったら、全員ぶっ殺してやる!」と、寿院は、刀の柄を握りしめて、走って来る奴らを睨みつけた。
すると、最後尾に見たことある顔がふたつ。
「あちゃー」寿院は、呆れた顔をする。
陸と祭が必死に追いかけている。何故?何故、追いかける?
寿院は、あの集団の一部がこちらに着いたら、出鱈目に暴れてやろうと、考えた。その隙に隆鷗を救出。おぶって、とにかく先程のあばら屋の抜け道のところまで走る。或いは竹編の私兵をぶっ殺して兎に角逃げる。
やがて、奴らが来た。
寿院は、鞘に収まったままの刀を持って、奴らの前に立ちはだかった。
奴らがいっせいに止まった。その時、後ろにいた男の後頭部を陸が思い切り飛び蹴りを見舞った。男が吹っ飛ぶ。祭も後ろの男の着物の衣紋を掴み、ぐるぐる振り回して周囲の男共を薙ぎ倒した。
「おぅ、やるね」と、寿院は呟いた。
寿院は、隆鷗の周囲の男を鞘でぶっ叩き、隆鷗から引き離した。だが、一人だけ倒せなかった。
その男は、寿院の鞘を握り締めて離さない。寿院が引いても刀はびくとも動かない。男は涼しい顔で微笑していた。
「危ないじゃありませんか。子供が怖がっているでしょう」と、男が言う。
何が怖がるだ。隆鷗の頭を思いっきり蹴ったくせに。隆鷗が馬鹿になったらどうしてくれる?
子供は男の後ろに隠れていた。
寿院には、想定内だ。この男だけは簡単に倒せないと思っていた。
寿院は笑った。
わたしの勘が正しければ、この男が鬼仙。
「涼しそうに笑っているが、刀がびくともしない。わたしが、ここまでしても動かない。そんな人初めてだな…」と、寿院は言った。
「いえいえ、わたしも相当力入れていますよ。あなた人を殺せない人でしょう?刀を抜かない。ちょっと笑っちゃったな。愉快だ」と、男が言った。
「いいから離せよ」と、寿院は力を込めた。
「この子のこと守りたいんだな。ふうーん…。この子誰なんだ?ここで余所者が行き倒れているなんて初めてだ」と、男が笑った。
「死んでないぞー」と、寿院は言った。
「そうだな。この子生きているよ。だけど、このまま、笑って帰すわけにはいかないな。ここにはわたしのこだわりがある。勝手に入って来て、引っ掻き回されたんだよ。そんな舐めたやつは生かしておけないな」と、男が言う。
「そうか。ここ以外、たいそう立派な屋敷が並んでいるが、あえて、都の貧民街を再現しているんだよねー。そうか、ここはお前さんが再現したのだな。何かの皮肉を込めているのか?」と、寿院は柄に力を入れるが、やはり動かない。
「皮肉を込める?ふん、たいそう余裕ある人生だったんだな」と、男が苦笑する。
「そうでもないさ…」
と、寿院が言った時、背後から陸が叫んだ。
「寿院…様!」
寿院は振り返ることが出来なかった。だが、目の前の男が顔を背ける動作をすると同時に粉が飛んできた。それが男の顔にかかり寿院の刀を離した。
「寿院…様!」と、再び陸が叫んだ。
振り返ると、陸が隆鷗を抱え上げようとしていた。
粉を男にぶつけたのは祭だった。
二人はすっかり柄の悪いやつらをのしていた。
寿院は、とどめに男の腹を思い切り蹴った。男が後方の先まで吹っ飛んでいく。それを見届けると、すぐに隆鷗の傍に歩み寄って、背中を向けた。
「おぶるから乗せて…」と、寿院が言うと、陸は隆鷗を引っ張り上げ、背中に乗せた。
「寿院様、隆鷗を頼みます」と、陸は思わず叫んでいた。
そして、寿院は一目散に走り始めた。
あれっ…?陸君に隆鷗の名前言ってたっけ。と、一瞬思ったが、すぐに何処に走るか、秋の見取り図を頭の中に描いた。
その頃、秋は、珠の屋敷を出て、模倣された貧民街を半周回って、隆鷗の姿を探していたが、奥まで入るのを躊躇っていたので、なかなか見つけ出すことが出来ずに、苛立ちながらぶらぶらしていた。
「くそっ、知らない。もう絶対知らないからな。置いていってやる!絶対置いていってやる!」と、そう繰り返し呟きながら、歩いていたが、何だか騒がしくなってきたので、少し貧民街を離れた。そして、貧民街に入るぎりぎりのところで騒ぎが起こっているところを推測した。そして、直線の位置に移動し、長屋の隙間から様子を伺っていた。
すると、誰かをおぶって走って来る寿院が視界に入って来た。
寿院は、入り組んだ貧民街より一旦外に出た方がこの敷地内から脱出しやすいと思ったのだ。
「寿院様、何しているんですか?」と、秋は、走って寿院に近寄った。
「見れば分かるだろう。逃げている!」
「えぇぇぇ?!誰から逃げているんですか?」
「多分ここの連中全員だな、あれは…」
「それ隆鷗ですか?誰にやられたんですか?」
「分からん。そんなことよりここから脱出したい!何処へ行けばいいんだ!」
「えぇぇぇ?よりにも寄ってここですか?脱出経路からものすごく離れたところに出て来てますよ!」
二人は会話しながら走しっていたので、ついに貧民街から出て、本殿の近くまで来てしまい、そこで立ち止まった。
「えぇぇぇ、寿院様、ここ一番目立つところですよ。貧民街のやつらはここには出て来ないと思いますが、でも、全員ではありません。頭が何人かいますが、そいつらは腕っぷしも強いし、なんか訳の分からない術を使うやつもいます。姿が見えなくても恐ろしいやつらなんですよ。何処かに隠れた方がいい」と、秋が言う。
「だったら君が案内しろよ!」と、寿院が怒鳴る。
本殿と貧民街の間には、幾つか屋敷が並んでいる。手前の建物は、屋敷といっても人が住んでいる建物ではなさそうだ。ひとつは文殿っぽいが、もうひとつは人が待機する為に造られたような建物だろうか?その影からやつらが睨みを利かせていた。
「おい、やつらいるぞ」と、寿院が言う。
「あそこにいるやつらは、出て来ないみたいですね。でも、頭はそんなことはないんです。本殿で集会があれば来るし。門下のところにも行く。他のやつらは決してあそこから出で来ないんですが…。でも、まずいです。やつらはとことんついて来ますよ。たとえ、この敷地内を出たところで、寿院様の屋敷までついて来ます…」と、秋が言う。
「なんなんだあいつら…?」
「黒根家門下のなかで最もやばいやつらです。やつらここだけではなく都にもねぐらがあるんです。よく知りませんが、やつらには配下とかいるやつもいますので、数えたことないですが、都中に相当な数いるかもしれません」と、秋が言った。「兎に角移動しましょう。本殿の反対側に行けば少しは目立ちませんので、そこで脱出の作戦立てましょう」
「えぇぇぇ、本殿の裏?それ簡単すぎないか?それじゃ、まるで子供のかくれんぼうだよな?隆鷗君重いし…」と、寿院は不満げに言う。
「我慢して下さい。黒司の屋敷がここにあればいいのですが、物置に隠れてもらえるんですけど」
「なんで物置なの?」
本殿の反対側には狭い竹林があり、真ん中には路があった。緩やかに傾斜していて、その先には屋敷があるのか、屋根が見え隠れしていた。
風情のある光景だった。
「隆鷗を一旦下ろしますか?」と、秋が言った。
二人は竹林の中の、ぽっかり空いた空間を見つけて、しゃがんだ。そして、寿院は、隆鷗を置いて竹を背に座らせた。
「貧民街を再現したあの場所といい、凶暴なやつらといい…そして、あそこから出て来ないなんて、黒根家一門も案外一枚岩ではないのだな?この敷地内だけでも戦さが始まりそうだな」と、寿院は嘲笑した。
「普段は、静かなんですよ。だけど、僕はここには住んでいないので、意外とここの事情は分からない。だけど、父上は決してここに住もうとはしないんです。それを思うと、案外そうなのかもしれませんね。少なくとも僕は、当主の娘、筝は大嫌いですから」と、秋が言う。
「案外ではない。ここで戦さが今にも始まるかもしれない…」
突然、二人の頭上から声が聞こえてきた。
驚いた二人は、後ろを振り返った。
「あっ…盗賊だ」と、寿院が言った。
秋は咄嗟に立ち上がって、何か言おうとしたが、それを男が阻止した。
「盗賊でーす」
そこには、義忠が苦笑しながら立っていた。
一難去ってまた一難…。目の前に現れた義忠。倒れたままの隆鷗を抱え、寿院と秋はどうする?
そして、隻眼の少年とともに謎の空間にいる隆鷗は出口を見つけて抜け出すことが出来るのか…?お楽しみに。




