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異文の書


寿院の屋敷に来た理由を話し始めた秋。かつての友、童を師匠と呼ぶ秋に、寿院は心を開いていく。しかし、寿院はまだ秋の全てを知らない…。そして秋もまた隆鷗のことを何もしらない…。



 かいを寝床に寝かせた隆鷗たかおうは、暫くぼんやりとした。いつのまにかかいのことを気にしていることがいささか滑稽に思えてきた。

 何故、こんなにも気になっているのか、その理由は分かっていた。

 ひとと違う何かしらの力を持っているのは、ひどく孤独だったからだ。同じような境遇の者が傍にいたら、わずかでもその孤独感を癒せるような気がした。

 しかし、孤独感とはそう簡単に癒せるものではなかった。眠っているかいを見ていると、その境遇の違いは、隆鷗にはあまりにも重いものだと理解せざるを得なかった。

 部屋の隅の蝋燭の灯りが仄かにかいの寝顔を照らしていた。

 ひとを操る能力を持っているのに、香舎家に利用されていたなんて、本当の力とは何だろうか?善悪も分からずに刷り込まれ続けるものが、最も怖い枷だ。おそらくかいは、心を解き放せない苦しみを覚えたまま、刻々のなかで光を探り当てるような不安をいつも感じているに違いない。

 だから、時折、変な行動を取ってしまうのだ。寿院について来たのもその一つだったのだろう。


 隆鷗は、戒が目覚めそうにないのを確認すると、部屋の引戸を開けた。本堂の方からしゅうの声が聞こえてきた。


 「あれっ…?遅い夕餉だ。なんで声かけてくれないの?」と、隆鷗は、自分の膳があるのを見ると、寿院の隣りに座った。「しゅう君の隣りはハナ仮名の分か。今日はもう起きないだろうな…そうだ。あの時のしゅう君と、よく似ているよね。突然、深い眠りに落ちるところなんて…」

 隆鷗は、いただきます。と、合掌すると、すぐに箸を手にして、茶碗を口に寄せて白飯を掻き入れた。腹が空いていたことをすっかり忘れていた。

 「いや、隆鷗君、ハナ仮名はやめよう。…突然、急激な睡魔に襲われて深い眠りに落ちるというのは気絶だな」と、寿院が言った。

 「へえー…?と、言うことは、あの時のしゅう君も居眠りではなかったんだね。気絶だったんだ?気絶するようなことがあったの?」と、隆鷗が野菜の煮物を頬張りながら言う。

 「うるさいよ!知らないよ!気絶するようなことなんてないよ!」と、しゅうが声を張り上げる。

 「ふぅーん?なんで気絶したのか分からないんだ?なんか君って呑気だな」と、隆鷗は白飯をパクリと食べた。

 「何だよ?何が言いたいんだ?」と、しゅうが箸を止めた。

 「いやいや、隆鷗君、もう終わったことだ。そんなことよりかいの新しい名を考えよう」と、寿院がかすかに焦ったように、隆鷗には聞こえた。


 あれっ?何かあったのだろうか?と、隆鷗は思った。

 「何だよ?呑気って何だよ」

 隆鷗は、寿院を見た。溜め息をついている。ひともめあったのだろうか?何か蒸し返してしまったのか?

 「偉そうに!隆鷗は、いつも僕を見下している。何が呑気なんだ。ちゃんと話せ!」と、しゅうは執拗に言う。

 「もしかして、しゅん君のこと?」と、隆鷗は言った。

 「それだけではない。寿院様、こいつが全て話さない限り、寿院様に腹を割ってもねぇ…。だいたいなんでだよ、寿院様。こいつと僕は同じ日にここに来たんだぜ。なのになんで、僕が仲間はずれ感を覚えなきゃいけないんだ?寿院様はいつもこいつとつるんでいる。僕に隠れてひそひそ話しているし、二人だけで出かけるし、なんか二人には二人にしか分からない何かがあるんだよ!それは何なんだ?」と、再びしゅうは、思いついた言葉を片っ端から吐き出した。

 「えーと?仲間はずれって…?なんか手に負えないクソ餓鬼みたいだ」と、隆鷗は白飯をパクリと食べる。

 「そーだね」と、寿院が野菜の煮物を食べきった。

 「なんだよ!僕が寿院様の所に来たのは…理由があるんだ。呪符を貼ったやつを調べる為ではないけれど…、まぁ、門に呪符を貼ったのは僕だけど…」思わずしゅうは、勢いで言ってしまった。

 しかし、寿院と隆鷗の反応は薄い。

 「あれっ?なんで驚かないんだ?」と、しゅうが驚く。

 「いやいや、どう考えても君だよね…」と、寿院が言う。

 「えっ?なんで、そう思うわけ?」

 「いやっ、寿院はぜったい信じていた!」と、隆鷗は、白飯をパクリと食べる。「呪符の前でびくびくしていた。すごく屁っ放り腰でへんな格好していた」

 隆鷗はクスッと笑った。

 「だけど翌日呪符が消えていた。呪符が消えるなんてあり得ないんだよ。僕が剥がさない限り」と、秋が苛立ち始めた。

 「落ち着けよ、秋君。さっきまでちゃんと落ち着いて話していたのに、隆鷗君が来たとたん、急に声を荒げて…」と、寿院が言うと、隆鷗がすかさず言った。

 「しゅう君はわたしのことが嫌いなんだよ。最初からそうだったよ」と、隆鷗は、野菜の煮物を食べた。

 「わたしも一度問い詰めたことがあったね。隆鷗は君に何もしていないんだが、何でそんなに嫌うんだ?」と、寿院が問う。

 「いえ、嫌っていませんよ。嫌っていないけれど、同じ日に来たのに、この疎外感をどうすることもできないんですよ。つい、隆鷗を妬んでしまう」と、しゅうが呟いた。

 「そうなのか?そんなに思い詰めることでもないんだけど、鶏肋けいろくの書に呪符を貼ったのも君だよね。君は、隆鷗君が朝、ぼんやり鶏肋を眺めているのを見ていた。隆鷗君を狙っての呪符か、或いは隆鷗君に罪を擦りつける為に貼ったのか?まぁ、両方かな。そう考えると、君もなかなかの策士だな」と、寿院が言った。

 「ああ…」と、しゅうが驚いた。

 「やっぱり君か…。確かに間者ではないと思ったが、君は測り知れないな。本当に…。君は黒司家の若君として、何しにここに来たのだ?君が来て、偶然なのか?その後、戒が来た。しかも蓋を開ければ、君の本家の家来が囲っている者だ。わたしはこれを偶然だなんて思えないのだが、さて、どうする?話してくれるのかな?」と、寿院が言った。

 「僕は寿院様の所に来たんだ。間者だなんてとんでもない話しですよ。寿院様を調べるだなんて…でも、ここに来て、事情が変わった。寿院様があまりにも不思議すぎて。ねぇ、寿院様想像して下さいよ。これまで誰も破ることができなかった黒司の呪符を簡単に二度も破られたんですよ…僕には恐怖の何ものでもないんですよ」と、秋が言った。

 「話す気になったかい?君がちゃんと話してくれるなら、何故、君の呪符が破られたのか、わたしもきちんと話すよ」と、寿院は言った。

 「なんか尋問されているみたいだけど、それは興味あるな」と、秋が言った。

 「もしかして、戒がここに来ることも、香舎家が戒を取り戻しに来ることも知っていたの?」と、隆鷗が言った。

 「まさか…?だからここに来て不思議なことばかりで、頭が追いつかないって言ったでしょう、寿院様」と、秋が言う。

 「うーむ。これはちよっと難解だね。しゅう君、できたら最初から話してくれるかな?」と、寿院は言った。

 「えぇぇ、でも…」と、秋は躊躇ためらった。

 「そうか。話したくないことがあるということか?」と、寿院が呆れる。

 「いや…。僕の推測も含まれてしまうから」と、秋が言った。

 「そうか。分かった。話せる範囲で。しかし、そうなると、わたしも勝手に推理してしまうかもね」と、寿院が言う。

 「それに全部話してしまうと、僕は家を捨てなければならない。寿院様、僕を一生面倒見てくれますか?」

 「いいよ。ここでよければ…」

 「まったく、寿院様は浅はかだよ」と、秋は笑った。


 そして、しゅうは話し始めた。家を捨てる覚悟ができたのか…?或いは話せないところは嘘をつくつもりなのか?


 しゅうは、ずっと物乞いの子供の傍をうろついていた。物乞いの子供も、秋からいつも見られていることは分かっていたが、もう話しかけてくることはなかった。だが、気がつくと、いつのまにか、跡をつけていた男と仲良く話すようになっていた。

 秋は、男が子供に話しかけているところを目撃したことがあった。おそらくあの日を境に男と話すようになったのだろう。と、しゅうは思った。

 そして、もうひとり、琵琶を抱えた男と、女の子ともよく話していた。女の子と話す様子を見ていると、やはり子供は女の子だろうと、思った。


 そんなある日のことだった。

 大通りから小さな脇道に入って行く子供を見かけた。その跡をあの男がついて行った。

 秋は、その様子を大通りの民家の軒下から見ていた。

 男が脇道を通った後に琵琶を抱えた男と、女の子がまた脇道へと入って行く。そして、その後に大人の女が二人入って行った。

 しゅうは、その脇道のことをよく知っていた。そこは誰も通ることのない小さな道と、両脇の、鬱蒼と茂った木々のせいで、大通りを通る人々は、そこを脇道だと認識する者がいないのだ。だからそこにひとが入って行くことはなかった。

 そこの通りは人々から忘れ去られた通りだ。両脇にぽつりぽつりある民家は、すっかり廃墟と化していた。しかし、その廃墟を利用するものがいた。

 それは、本家の黒根家の嫡子、そうだ。その廃墟を自由に使っていたのだ。

 黒根家嫡子、そうは、我儘で冷酷に育ってしまった。どうしようもない悪辣な性格で黒根家の者は常に振り回されていた。だが、不気味なほどニ面性があり、父母の前では、冷静沈着に振舞っていたので、あまり直接注意を受けたことがなかったものの、弟子や、使用人には、傍若無人な振舞いをしていることを当主やたまは知っていた。しかし、何故か口出しはしなかったのだ。


 それにそうは、黒根家一門のなかで選りすぐりの若手の強者を集め、取り巻きにしていた。だから誰も近づこうとはしなかった。


 鬱蒼と茂った木々の中に埋もれた廃墟は、そんな連中の溜まり場になっていた。


 しゅうは、子供と、男がその廃墟に向かっていることにうすうす勘付いていた。だが、琵琶を抱えた男と女の子。そして、大人の女が二人。

 何かが起こると、しゅうは思った。


 しかし、何もこんな日に…と、しゅうは、少しばかりがっかりしていた。

 実は、先日、子供が言っていた『異文の書』を、わざわざ父の部屋をひっくり返して探し出して持って来たのだ。

 子供が不思議な能力を持っているのは明らかだ。これまでの子供の話しから、それは文字に関する力だとしゅうは思った。

 この『異文の書』も、文字に関する不思議な書だった。曾祖父…たまと、みちの祖父が記した文字と言われているが、定かではない。

 一説によると、降霊術が引き起こした現象により、文殿ふどのの空間に突然真っ黒い何かが出現し、そこからまるで漏れ出すように、呪文のような文字が現れた。

 驚いて腰を抜かした曾祖父は、必死で這いつくばって、机に着き急いでその呪文のような文字を書き写したそうだ。

 曾祖父は夢中になって書き写した。全て書き終えるまで三日も要し、その間曾祖父は一睡もしていなかった。ようやく書き終えた曾祖父は、命尽きていたそうだ。

 この話しに興味を持ったのは、しゅうではなく、しゅんだった。その日からしゅんは夢中になって『異文の書』を読み漁り、その読み方まで研究し始めた。そして、しゅんはこの読めない、謎の呪いのような文字を、この世に存在しない別の世の文字だと言い出した。それで『異文の書』と名付けられたのだ。


 しゅうは、その『異文の書』を子供に見せたかったのだ。きっと子供が、この文字の手がかりとなる言葉を与えてくれるだろう。と、信じていた。

 だが、子供と、男の行動も気になって、ゆっくりと跡をつけた。

 そして状況を確認して、しゅうは脇道に入り、鬱蒼と茂った樹木の影に隠れながら、前へと進んで行った。すぐに、樹木に隠れた大人の女を見つけた。もう一人の女は別の樹木に隠れていた。しゅうは見つからないように民家の裏手に回って、小道に沿って進んでいた。やがて、民家の側面に隠れた男と、琵琶の男と一緒にいた女の子を見つけた。

 いったい何をしているんだ?と、しゅうは思った。そのまま、男と女の子が潜んでいた場所を通り過ぎて、丁度男とは反対側の所で、身体を屈めて様子を見た。

 子供は、民家を背に筵を敷いて座っていた。隣りに琵琶の男が立っている。


 その真向かいには、そうと、一門の中から選りすぐりの若手がたむろしている、大きなお化け屋敷のような廃墟がある。

 しゅうはそこをよく知っていた。以前、しゅうも訪れたことがあった。

 しかし、そうが若手を従え悪辣な態度を取るので、しゅうは関わりたくなかった。その中には、香舎家三兄弟もいた。特に黒司家を見下すことに神経を注いでいた香舎家三兄弟の態度をしゅうは、吐き気がするほど不愉快に思っていた。


 そんな廃墟の真向かいで、いったい何をするつもりなのだろうか?

 やがて、琵琶を弾き出した男がうたを奏で始めた。よく見ると、子供の口がなにやら囁いている。口の開き方を見ると、まるで、その声を琵琶の男が出しているように見えてくる、不思議な感覚に陥った。

 うたは即興なのだろうか、ここ一年くらい前から突然流行り出した『呪い屋』を辛辣に皮肉った言葉が並ぶ。そこには、何故か真実と思える言葉が散りばめられているような気もしてくる。やけに信憑性のあるうただった。

 暫くすると、突然、お化け屋敷から少年が出て来た。

 あれは、そうが一門の何処からか連れて来たろくという少年だ。そうが誰の許しも得ずに勝手に弟を名乗らせて当主を困らせていた。ひどく横柄で、そうの名を笠にきてやりたい放題やっている、黒根家ではただの厄介者だった。

 ろくは威勢よく出て来て、本当に何言っているのかさっぱり分からないほど、がなり散らしている。

 「お前のことを呪うこともできるぞ!!」

 かろうじて分かったのは、それだけだった。

 六が怒鳴り、子供の額に、のけぞるほど激しい勢いで呪符を貼り付けた。しかし、子供はのけぞっただけで何も反応しない。ろくは更にがなりたてているが、やはり何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 すると、子供の額に貼り付けられた呪符がふわりふわりと舞いながら、空中へ舞い上がった。そして、ぼっと燃え上がり消えていった。それに驚いたろくは、目をひん剥いたまま失神した。

 その時、しゅうは、目の前をさっと飛んだ何かが見えた。ふと、最後にこの脇道に入っていった女二人のことが頭をよぎった。

 しゅうは、すぐに上体を屈めながら、女二人が潜んでいる所に行って、何が起こっているのか見てみた。女の一人が樹木によじ登って、見たこともない小さな弓矢のような変わった武器で狙いを定めていた。

 女たちが、子供と琵琶の男を影で手助けしていることが分かった。

 そして、樹木によじ登った女が小さな弓矢のような武器を放った。しゅうは注意深く場所を変えて、お化け屋敷の方を見ると、いつのまにか廃墟から出て来ていたそうが、ふらりとよろついている。よく見ると、すぐ傍の地面に刀が突き刺さっていた。暫くよろよろしていたそうが地面から刀を抜いて大きく振り上げた時、少し距離をおいた樹木の根元に隠れていたもう一人の女が吹き矢を吹いた。その途端、そうは、ばたんと倒れた。

 しゅうは、なんだか愉快で、笑いを堪えた。物乞いの真似事をしている子供には、こんなふうに上手く畏怖を誘うような腕の立つ女たちが影で助けているのだ。やっぱり只者ではないと、しゅうは思った。


 そして、女たちは、まるで存在すらしなかったように素早くその場を去って行った。

 しゅうは、暫くその場に留まって身を潜めた。

 やがて、琵琶の男と女の子が、しゅうの目の前を通り過ぎた。そして数歩後を歩いていた物乞いの子供と、男が通り過ぎようとした。

 男は、廃墟にいる者たちを捕らえないのか?と、騒いでいた。しかし、子供は相手にしていないようだった。そして、大通りの人混みの中へ消えていった。


 しゅうは、そうのことが気になって、すぐに廃墟の方へ戻った。それがしゅうの今後を大きく変えることになった。廃墟の傍に近づいた時、香舎菊之丞に刀を突きつけられたのだ。


 「おや、しゅう様ではないですか?何をなさっているのですか?こんな所で。最近さっぱりお見かけいたしませんが…?さて、つい先ほど我らが姫様が、とんだ輩に酷い目に遭わされましてね。ほら、あの通り気を失っております。そこに偶然(しゅう)様が通りかかるのは、これは見過ごせませんな。一緒に来てもらいましょうかね」と、頬から血が出るほど刃を突きつけながら菊之丞が言う。

 しゅうは従わざるを得なかった。菊之丞は、名だたる剣士だ。観念するしかなかった。


 廃墟の中に連れて行かれたしゅうは、菊之丞から部屋の隅の床に座らされた。考えてみたら、本家の家来から、随分理不尽な扱いを受けている。腹立たしさを覚えたものの、しゅうは文句は言わなかった。

 そうの元に集まった、選りすぐりの若手の仲間とは思われたくなかったし、同じ一門であっても、ここにいる連中との隔たりは分厚かった。

 廃墟内は、外観と違い、結構綺麗に造り直されている。誰に造らせたのか、お化け屋敷とは思えない、整った部屋だ。

 隣りに腰を下ろした菊之丞は、刀を鞘に収めたが、しっかりと柄を握り締めている。

 香舎家は菊之丞だけだったが、部屋の中に若手の男女が二人いた。

 しゅうは、会話こそ交わしたことはないが、本当に不気味な連中だ。と、視線さえ合わさなかった。

 やがて、若手の男二人が丁寧にそうを抱えながら外から戻って来た。その時には、そうの意識も戻っていた。

 上座の畳の上に、男二人に支えられながら、筝が座る。その時、すごく恐ろしい眼でしゅうを睨みつけていた。

 「なんで、お前がいるのだ?」と、そうが問う。

 菊之丞が刀の柄で、しゅうの身体を突いた。

 しゅうは、毅然とした態度でそうを見た。

 「何故だか、そう様が怪しい輩に奇妙な術をかけられていた時にしゅう様が隠れ潜んでいたのです。実に怪しくないですか?」

 隠れ潜んでなどいない。と、しゅうは思った。

 「ふーん。そいつは怪しいな」と、言いながら、そうは、若手の中の女を手招きして、「今の連中が何処の者かすぐに調べてこい。見つけ次第跡形もなく殺せ!」と、命じた。

 命令された女は、返事もせずにすかさず出て行った。

 その様子を見ていたしゅうは、物乞いの子供が見つからないように祈らずにはいられなかった。

 「菊之丞。しゅう殿の懐から何か見えているな、そいつを取ってくれないか」と、そうが言う。

 しゅうは思わず襟元を押さえたが、それを菊之丞が鋭い勢いで払い除け、素早く懐の中の物を抜いた。そして、すぐに筝に渡した。

 それは『異文の書』だった。黒司家以外には決して誰にも渡してはならない物だ。

 筝は、その冊子の価値を知っているのか、不気味な笑みを向けた。

 「ふーん。異文の書か?へぇ、これはたいそうな物が手に入ったな。さて、しゅう殿、我らは、これから雅楽寮の白水家でも乗っ取ってやろうかと考えているのだが、しゅう殿、手伝ってくれぬか?お前の呪符があれば全て上手くいくのだが、いいだろう。断らないよな。もし断れば、これを燃やすぞ。ふふふ、知っているぞ。黒司家の大事な物だ。まさか、お前が持ち歩いているとは、黒司家当主もびっくりだな。ふふふ…」と、筝は、『異文の書』を片手で頭上まで持ち上げると、不気味に笑った。「ふふふ…。しゅん殿を思い出すな。死ぬ必要などなかったのに…本当に気の毒なしゅん殿だな」

 「お前には、ひとの心があるのか?他家を乗っ取るだと?誰がそんなことやるか!だいたいなんで、そんなことをする必要があるんだ?」

 「しゅう殿…お前に言う義理はないな。お前は、私に従っていればいい。私は本気だ」と、筝は『異文の書』を前に突き出した。「きちんと白水家の当主を縛りつけて、乗っ取りに成功したら、これを返してやるさ。これは人質だ」と、筝が高笑いした。

 「くそっ、本当にくそだな」と、秋は小声でつぶやいた。



 「…そして、僕は白水家の当主を縛りつけてしまった。寿院様、僕は本当に情け無い男です。それから、物乞いの子供を必死で探しました。あの、気色の悪い女に殺されていないか、もう生きた心地はしませんでした。しかし、見つけられなかった。そんな中、白水家でひと騒動あったのを耳にしました。しかし、白水家乗っ取りはゆっくりと進められていました。そうは、白水家から出ましたが、裏で糸を引いていました。僕は絶対、関わらないようにしていたのですが、そうは、次に乗っ取る家を物色していた。また次も『異文の書』を盾に手伝うように命じられていました。そんな時、寿院様を見かけた。僕は跡をつけて、あの物置に身を潜めたというわけです。門に呪符を貼ったのは、何故なのか、僕自身でも分かりません。ただ僕は恐れていた。呪符は、僕自身を守るためなのか…?いつのまにか貼っていた。恐ろしいそうから身を守るためなのかも知れません。いや、違うな。何処かで寿院様を恐れていたのかも知れない。あの子供がすごく特別視していたんです、寿院様を。恐れていなくても、僕にとっては寿院様はいつのまにか特別になっていた。呪符を貼ることで僕はいつでも安全圏のなかにいる、そんなぼんやりとした証として貼ったのかもしれない。僕の弱い心がそうさせたんだ」


 寿院と隆鷗は、黙って秋の話しを聞いていた。


 寿院は、わらべが『呪い屋』の正体を暴いたあの日のことをはっきり憶えていた。あの場所にしゅうもいたのかと思うと感慨深いものがある。

 『呪い屋』の娘と、その弟が、わらべの前で次々と倒れた不思議な光景の裏で女が二人存在していたことには驚いた。わらべの背後には、勿論、信蕉がいるのだから、やはり信陵寺に関わる者に違いないのたろうが…。だが、やはりわらべを関わらせてはいけなかった。と、寿院は後悔した。

 しかし…。

 信陵寺も、もう寿院が知っている信陵寺ではない。知らない者も大勢いる。

 何処まで大きくなっているのか、それもまた謎だった。


 そして、『呪い屋』の娘が想像以上に危ないやつだということを改めて知った。

 正直、娘のくせに男の格好をしていたことに驚いたくらいで、何一つ印象がなかった。今でも顔すら思い出せなかった。



寿院と、隆鷗の最大の敵は奇妙な能力を持った戒だった。しかし、戒は、いつのまにか寿院の屋敷に居着いてしまった。秋が寿院の屋敷に来た理由も分かり、新たな展開を迎える…。今後をお楽しみに…。


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