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言葉の怪物


義忠の襲撃から二日前…。

寿院の屋敷では、何が起こっていたのか?大蛇の生贄にされた戒と、秋は戻って来るのか?




 屋敷に戻った時には、辺りは翳りを見せていた。本堂に入ると、もうすでに暗くなっていた。寿院は、本堂に幾つもある燭台に火を灯しながら、落ち着かずに行ったり来たり歩き回る隆鷗を見ていた。

 かいが来た時は、不満で口も聞こうとしなかったのに、不安気な様子を見せるほどに心配している。

 「ちょっとは落ち着け。戻りたければ戻るだろう。だが、もし戻らなかったら、もう、二人のことは忘れろ。我らと縁の薄い者だったということだ」と、寿院はたまりかねたように言う。

 「だって、見えたんだ。香舎家は皆死んでいたんだ。戒はそれを見たんだ。そこからいったい何処に行くというんだ?」と、隆鷗は苛立ちながら言う。

 「それが本当に現実かも分からないのだろう。君を惑わす為の幻術かもしれないよ。大蛇の生贄にされた後、何故戒は、わざわざ香舎家に行ったんだろうか?あんなことをされてわざわざ香舎家に行くなど考えにくい。逆に逃げるだろう?」

 「でも…。戒の能力が上がっていた。本当に覚醒したみたいに…怒りのまま向かったのかも知れない…」

 「だとしたら、戒は本当に怪物になってしまったんだ。もうここには戻って来ないかもな。もう忘れた方がいい」と、寿院は、隆鷗を心配して言った。

 「馬鹿じゃない!寿院は馬鹿だ。このまま忘れてしまったところで何だって言うの?もう巻き込まれているんだから。忘れたの?戒がここに来た時から、いや、しゅうがここに来た時から…違うよ。寿院が『呪い屋』みたいな変な噂話を調べていた時から…」隆鷗はさらに続けたかった。“寿院が月子様に出会った時から…”


 いや、もっと前かも知れない。


 寿院は、隆鷗に言われなくとも分かっている。隆鷗に言われたことが妙に腹立たしかった。

 確かに、何かしらとんでもないことに巻き込まれている。だが、そんなことより隆鷗を巻き込んでしまったことを後悔していた。

 隆鷗の持つ不思議な力に惹かれて、どんどん深入りしてしまった。ひとりだったら、藤原鼓笙の話しを聞いた時、手を貸しただろうか?少なくとも戒を見た瞬間、尻込みして逃げただろう。白水家でも、何も出来ずに終わっただろう。いや、その前に白水家の屋敷には入らなかった。


 そして、隆鷗を深みに入れてしまった。


 「隆鷗君。君、苞寿様のところへ行けよ。って言うか、戻れって言ったほうがいいのかな?」と、寿院は言った。

 「なんでそんなことを言うの?何にも知らないくせに。寿院はいつも勝手だ!」と、隆鷗は怒鳴った。

 「そうだな。勝手だ。君を巻き込んでしまった。わたしはいつも浅はかなんだ。自分のことしか考えられないんだよ。だからいろいろな人に他者との繋がりに興味がないなどと言われるんだ。だけど、これ以上は君を巻き込むのが辛い」と、小さな声で寿院が言う。

 「わたしは巻き込まれていない。自分で選んだんだ」…ここに来たのもわたしが選んで来た。そして、ここにいるのも。しゅうと、しゅんを受け入れたのも。そして、呪符の縛りから寿院を守ったのも、一緒に白水家を助けたのも、そして、戒を受け入れたのも、全て選んだのはわたしだ。そして、何よりも…そんな日常が悪くなかったんだ。寿院。

 「いや、わたしは君のその力に甘えている。自分の実力以上のことに手を出している。君がいなければ、今ごろ…わたしはどうなっていたんだろうね?」

 「と、言うことは、巻き込んだのはわたしということになる。わたしは苞寿様のところには戻らないよ。それに、もう戒のことを放っておけないよ…」…異界のことも、あの繋がった声も、このまま放っておけない…。


 そんな時だった。離れの台所から音がした。咄嗟に隆鷗は、台所に向かった。


 隆鷗の後ろ姿を見ながら、寿院はふと思う。


 どういった理由か分からないが、白水優雨幻しろうずゆうげんを縛り、優雨幻の周囲の者を排除したのは香舎家なのは間違いないのだろうが、あの呪符は黒司家のものだ。お互い蹴落としあっていても、協力関係にあるのは一族だからだろうか?

 本家は黒司家、香舎家にとって、どれほど威厳があるのだろうか?お互い蹴落としあうのも、協力しあうのも、本家の存在が関係しているのか?

 だが、解せないのは、香舎家に戒がいるのなら、もっと上手くやれただろうに。何故か戒は、長期に渡り伊都さんに預けられている。もし、白拍子を利用して、朝廷を動かせるほどの上級貴族を操ろうとしているのなら、何も長期間預ける必要もないような気がする。その前も何処かに預けているようだが…。阿戒様などと崇めていながら、ひどく矛盾を感じる。

 香舎家は、戒を手元に置いておけない理由があるのだろうか?


 寿院は、戒の存在にひどい違和感を覚える。


 隆鷗が離れの台所に着くと、しゅうが引戸を開けて、ぼんやりと突っ立っていた。背中には誰かをおぶっている。

 隆鷗は急いで、燭台に火を灯した。

 「しゅう…?背中におぶっているのはかいなの?」

 「戒…?ああ、そうか?この娘の名前か…?」

 しゅうの言葉に、隆鷗はふと思い出した。

 「そうだな。戒の名は香舎の奥方がつけた名だよね。いましめのかいだなんて…この名は良くない…。どうしたの?眠っているの?」

 「ああ、突然、気を失うように…眠った」

 「何処に行ってたの?紗々(さしゃ)さん助けている時に突然姿を消した。寿院怒っていたよ」と、隆鷗は言った。

 「ああ、寿院様、怒らせちゃったか?で、夕餉は食べたのかい?」しゅうは疲れたように尋ねる。

 「食欲なんてないよ。君は何処に行っていたの?寿院は、戒…ああ、もう、この名呼びたくないな。後で名前考えよう。寿院は、君が真っ直ぐハナ仮名を助けに行ったと言っていたけど…。ハナ仮名をあんな目に合わせたのは、誰なの?」と、隆鷗は尋ねる。

 「何だよハナ仮名って…?そうか?見たのか?まだ大蛇は生きていたか?」と、しゅうが尋ねる。

 「さあ、分からない。少なくとも虫の息だった。取り敢えずハナでいいだろう。仮名だよ」と、隆鷗は答える。

 「ばっかじゃない!蛇が虫の息って何だよ!仮名って何だよ!ハナなんてダサいだろう!」と、秋が怒鳴り散らす。


 「何だ?君たち何か人を笑わかす芝居か何かしているの?」突然、台所にやって来た寿院は、冷静に、板張りに横になっているかいに視線をやった。「人を笑わかす前に、まずかいを部屋に運んで寝かした方がいいのではないか?」

 「僕が、寝かして来ます」と、しゅうが言うのを隆鷗が阻止した。

 「わたしが行く。君は寿院に話すことがあるだろう」と、言うと、隆鷗は、かいを抱え上げた。

 「ああ、でも隆鷗君、ハナはないなぁ…」と、寿院がぼそりと言う。

 「ええぇ、仮名だと言ったよね!」隆鷗は真っ赤な顔して言った。そして、ハナ仮名を抱え、小部屋に入っていった。


 「もう、はっきり言うけど、お前様は、わたしの何を調べているんだ?わたしに調べる価値なんかないでしょうに…」と、寿院は、回りくどくいうのが、もう面倒くさかった。

 「特に調べていませんが?」と、しゅうが驚いたように言う。

 「だったら何故、ここに来た?」

 「ですから呪符を貼った者を…」

 「わたしを舐めているのか?」

 「そうですよね。寿院様に誤魔化しが利かないのは最初から分かっていました。はい。最初に言ったことは全て嘘です…」

 「喋る気になったか?」

 「多分、寿院様が考えていることに外れはないと思いますが…」

 「そうか。だったら先に飯でも炊くか?腹減ったな」

 寿院がそう言うと、二人は特に何を話す訳でもなく、米を炊き、野菜の煮物を作った。

 「膳は本堂に運ぼう。本堂の方が明るいから」と、二人は隆鷗と、かいの分も運んだ。

 本堂には四角く四つの膳が置かれた。

 だが、寿院は、隆鷗と、戒には声をかけなかった。

 寿院と、しゅうは向かい合わせに座った。

 「わたしは、こうと言う名がいいと思うが、お前様はどう思う?」と、箸を手にした寿院が唐突に尋ねた。

 「僕はしょうだな。しょうは良い音を響かせる」寿院の唐突な言葉に動じることなく、しゅうは即答した。

 「早いな。普通、考えるだろう。何かその名前に思うところでもあるのか?」と、寿院は尋ねた。

 「いいえ、頭に浮かんだだけです」と、しゅうが言う。

 「そうか…。…でも隆鷗が言うんだ。わたしがどんなに疑ったところで…お前様は、わたしが流彗りゅうけいに幻術をかけられていた時に助けた!と…。くだらない幻術だったというのに。わたしもわたしだよな…」と、寿院は、また唐突に言った。

 「ええ、僕は黒司の呪符を使った。そのことで問い詰められる。と、隆鷗が言ってました」と、しゅうは箸に大量の白飯しろめしをすくって大口を開けて、パクリと食べた。やはりしゅうは動じない。

 「何故だろうね?問い詰められると分かっていただろうに…?」と、寿院は、野菜の煮物をパクリと食べた。

 「まさか…。問い詰められるなんて思っていませんでしたよ。隆鷗は、あの従者からこてんぱんにやられていたし、寿院様は、流彗りゅうけいの幻術でぼーぅっとしてましたし、まして、気づかれないように呪符は床に貼った。普通なら、流彗りゅうけいが動かなくなったことについて、理解できる者なんて誰一人としていない筈なんだ」と、静かな口調でしゅうが言った。

 「いや、呪符の威力について教えてくれたのはお前様だ」と、寿院は首を傾げる。

 「いえいえ…。確かに教えました。教えましたが、あまりにも理解しすぎだ。隆鷗は、僕が呪符を貼ったとたんに、まるで流彗が縛られることを予め知っていたような感じだった。何もかも滞りなく流れ過ぎだ。僕は思いましたよ。寿院様と隆鷗は呪符の本当の力を知っている…と」

 「いやいや、だからそれはお前様が教えてくれた…」と、言う寿院の言葉をしゅうが遮った。

 「違う!僕は、聞いたんだ。聞こえないとでも思いましたか?あの時、隆鷗が確かに叫んだんだ。部屋の中にいてもはっきり聞こえた。流彗りゅうけいのことは放っておいても大丈夫。蜘蛛の糸が絡んでいる…と!僕はそんなことを教えていない。でも…隆鷗は知っていた。そんなことって絶対有り得ないんですよ。寿院様、僕にも教えて下さい。二人のことを…」と、しゅうが淡々と言った。

 「ああ、なるほど…そうだな。あの時、君に聞かれたのか…でも隠していることでもなかったんだが…」と、寿院は箸を置いた。

 「僕は、ここに来て、すごく不思議なことばかり体験しているんです」と、しゅうが呟く。「頭が追いつかないんですよ。だけど、僕は寿院様に疑われているのだな。と、改めて思うと、寿院様が本当のことを言うはずもないだろうなと、思ってしまう」

 「わたしと腹を割って話せるのか?」と、寿院は尋ねた。

 「僕はそのつもりでいたのですが…」と、秋は静かに言った。

 「そうか。腹を割って話せるのか?だが、お前様は知らないかもしれないが、しゅんがその身体にいた時、いろいろ話してくれた。まぁ、記憶に自信ないとは言っていたが…。それを思うと、お前様から聞かされた話しと違う話しを聞かされた。だが、しゅん屍人しびとだ。お前様みたいにしがらみに翻弄される筋合いもないだろうし、そのことをどうこう言うつもりもないが。お前様が抱えているものをわたしが聞いていいものか、どうも分からなくなっている。確かにお前様は間者だと思っていたのだが、なんかなぁ、間者とも違うように思えてきたよ」と、寿院が言った。

 「そう、それなんです。なんでしゅんが死んだことになっているんですか?僕はしゅんが死んだなんて一言も言ってないんですよ!」と、秋は若干声を荒げた。「なのに僕は狐に騙された気分だ。朝早く起きたら、目の前にしゅんからのふみが、まるで読めと言っているように目の前にあったんだ。僕はまだ理解できていないんです。あれは何なんですか?最初は、何が何だか分からなくて、しゅんのふりをしたけど、半ばアホらしくなってやめましたが、もし、本当にしゅんが僕の身体を乗っ取ったとして…なんで寿院様や隆鷗は簡単に受け入れて、僕よりもしゅんと打ち解けているんですか?もう、僕の心は無茶苦茶ですよ…!」と、しゅうが怒鳴った。

 寿院は、一瞬、黙った。

 つられるようにしゅうも黙り込んだ。

 寿院は、再び箸を取り、小さく白飯をすくって口の中に収めた。

 「ええぇぇ、そっちか?」と、寿院がすごく小さな声で呟いた。

 「えっ?何ですか?そっちって!だってそうでしょう。僕は、しゅんが書いた引継ぎ書とかふざけたふみを読んで、もう驚愕です!しゅんと隆鷗がなんで仲がいいんですか?隆鷗は僕にあんなに冷たいのに…!しゅんはすごく隆鷗のことを褒めている…。で、春が香舎家のことを話したことも書いてあった。異界が開いて、寿院様が白蛇を倒したことも、何もかも、紙が真っ黒になるまでびっしり書いてあった。何ですか?僕を差し置いて、なんで…なんで、そんな面白そうなことをしているんですか?何ですか?異界が開いたって…白蛇だって…?僕だって、もっともっと寿院様と通じあえた筈だ!」と、秋はもう自分で何を言っているのか分かっていないほど、思いついた言葉を並べたくっていた。

 「落ち着けしゅう。分かったから…、分かったから、もうお前様を…いや、しゅう君を間者なんて思わないから…」と、寿院は言った。

 「嘘だね。寿院様のことだいたい分かるんだ。寿院様は物事をすごく合理的に考える。僕は知っている。もうずっと前から寿院様のことは知っているんだ」と、ぽろりと秋が言う。

 「ずっと前…?」と、寿院は鸚鵡返しに言う。


 しゅうが、突然、ふと、楽しそうな表情をした。懐かしそうに虚空に視線をやって、何やら思い出していた。

 「寿院様、僕には師匠がいたんです。僕とそんなに歳は変わらないんですけど、もう、それはすごいひとなんです」と、突然、秋が言う。

 「なんだよ突然!し、師匠か。いや、師匠ならわたしもいたぞ。師匠がいるというのは本当に幸福なことだな。もう、会えないけど。会えなくても、家族より大切だな。いまだに…」と、寿院が言う。

 「えっ?寿院様、家族いるの?」

 「いねぇーよ。見れば分かるだろう。で、なんだよ?師匠がどうしたんだよ?」

 「うん。僕が何故、同じ歳の子を師匠と呼ぶようになったか…」


 しゅうは再び虚空に視線を投げ、思い出していた…。


 しゅんが理不尽な理由で本家の当主から殺められた後、秋は、もう何もかも信じられなくなっていた。しゅんを守るために母も巻き込まれて大怪我を負った。暫く床に伏せっていたが、やがて母も亡くなった。

 秋は、家を酷く恨むようになった。誰とも口を聞かずに、ただひたすら当主を恨んでいた。そんな秋を父のみちは恐れていた。いつか当主に刃を向けるのではないかと。

 同時期、みちは、奥方のたまから、以前繋がりがあった矩子のりこの娘の存在を調べてくれと頼まれていた。しかし、みちは、矩子のりこには嫌な思い出しかなく、亡くなって随分時が過ぎていたので、あまり乗る気ではなかった。だから、のらりくらり調べていたので一向に進まなかった。

 ところが、ある日偶然、都で矩子のりこと面差しが似ている物乞いの子供を見かけた。その物乞いの子供を暫く監視するようにしゅうに命じたのだ。監視している間は、本家と関わらなくていいと告げると、しゅうは渋々従った。


 しゅうは監視する理由も分からず、暫く、孤児のふりをして、その子供の周囲をぶらぶらしていた。特に何の変哲もなく数日を過ごした。ところがある日、子供が、ひとりの男の跡をつけて、奇妙な行動をとった。男が立ち止まると、子供は陰に隠れて、男をじっと見ている。だが、よく見ると、子供の瞳孔が忙しなく動いている。まるで何かを読んでいるようにも見える。極めて変わった行動だ。


 何をしているのだろう?


 子供はすごく集中していた。そんなことが何日も続いた。跡をつける男は決まっていた。町でその男を見かけると、子供はすぐに動きはじめて、やはり男の跡をつけるのだ。そして、しゅうもまたその跡をつける、奇妙な日々が続いた。だが、結局、しゅうは、子供が何をしているのか、何がしたいのかまったく理解できないままだった。理解できないからこそ、いつの間にかしゅうはのめり込んでいた。


 そんなある日、突然、子供がしゅうに話しかけて来た。


 「其方、何故我を監視しているのだ」と、子供が唐突に尋ねて来た。

 「えっ?其方…?我…?あれっ、ちょっとおつむの可笑しい子供なのか…?」と、しゅうは呟いた。

 「ある意味、可笑しいのかも知れぬぞ。其方は、最近、最も親しきものを亡くしたのか?悲しみや虚しさに溢れている。其方は親しき者をひどく憎んでいるのか?血縁の者か?でも、おそらく父上様なのだろうか?其方のことをすごく心配しているぞ」と、子供が、突然そんなことを言う。

 しゅうは面食らって、ただ呆然とした。

 「悲しい男だな。何で我を監視しているのか分からないが…まぁ、其方も我を監視している理由は分かっていないようだな」と、子供は笑った。

 子供は、物乞いの格好をしているが、多分本物の物乞いではないのだろう。と、秋は感じた。面差しが細くて、上品な所作が滲み出ていた。

 「ねぇ、あんた、なんで男の跡をつけているのだ?いつも決まった男の跡をつけている。何がしたいんだ?」と、秋は尋ねた。

 「ああ、其方、ずっと我の跡をつけていたが、それが目的なのか?」

 「そうだ。あんたが奇妙だから、いつのまにか珍しさのあまり跡をつけてしまっていた」と、秋が言うと、子供が楽しそうに笑った。

 「あの男は怪物なのだ。我にはそう映るのだ」と、子供が言う。

 「えっ?何処からどう見ても普通の男だ」と、秋が言った。

 「いや、怪物なのだよ。強いて言うなら、言葉の怪物だ」と、子供が答える。

 「何だ?言葉の怪物とは?」と、秋が不思議そうな顔をする。

 「あの男の周りには無数の言葉が集まっている。だから真っ黒だ。我は、あの男の顔も姿も見えない。ただ男の周囲で無数の言葉が竜巻のように渦を巻いている。それが見えているだけなのだ。だから我は可能な限りその言葉を読んでいる。なんか面白すぎてやめられなくなってしまった…」と、子供が笑う。

 笑うと、可愛い顔。この子は多分女の子なのだろう。

 「僕も暫く見てていい?あんたのことを見ていると、面白すぎてやめられない」と、秋は言った。

 不思議なことを言う子供だと、秋は思った。だが、秋の伯母、珠もまた、不思議なことを言う。身近にそんな不思議な伯母がいたので、秋には免疫がある。不思議な言葉を聞き返したり、意味も聞かなかった。

 「ふうーん?嘘だと思っているの?いーや思ってないか。なんだろう?分からない。其方には、なんか不思議なものを感じる。でも分からない。もしかして、其方の身近に変な人いる?」と、子供が言う。

 「えっ?変な人…?変な人……?分からない。どんなのが変な人なんだろう?」

 まさか珠のこと…?なんだろう?この子…?何もかも、まるで自分の日常を覗き見されているようにぴたりと言い当てる。

 「まぁ、それはいいとして、其方の中には、もうひとりの其方がいるように見えるな。いつも一緒にいるのだな。だけどもうひとりの其方は、もっと…もっと…読んで、理解した…何回も何回も訴えているのだろうか?其方の周りにはいつもそのような文字が見えるのだが…?」と、子供が首を傾げながら言う。

 「文字…?」秋が鸚鵡返しに呟く。

 「うーむ?間違っているかもしれないが、いもんのしょ…?そう読めるかな?」と、子供が自信なさげに言う。

 「異文の書?それがどうしたと…?」と、秋が驚いて言う。

 「おぅ、合っていたか。その文字を組み立てると、いもんのしょをもっともっと読んで理解したいと読めるかな?」と、子供が言う。

 「文字って?あんたには僕らが見えない文字や言葉が見えるのかい?」

 「そうだね」

 「えっ?頭の中に浮かんでくるの?」

 「うーむ。頭の中に浮かぶと言うより、ここ」と、子供が指を差した。「このあたり、空宙に浮かんでいるんだ」と、笑った。

 なんと馬鹿げたことを言う。と、秋は思ったが、その言葉にはすごい重みがあった。

 「ねぇ、あんたさ、そんなことひとに言わない方がいい。都には善良なひとばかりではない。あんたに不思議な力があるっていうのは分かったよ。だけど言わない方がいい」

 「そうだね」と、子供は笑った。「でもね。言っていいひとと、言わない方がいいひとは、分かるんだけど、でも言わないことにするよ。忠告してくれて、ありがとう」



 「僕の師匠は、不思議な子供なんだ。何でも言い当ててしまう。文字とか言葉が見えるんだと。そして、寿院様のことをよく知っていて、寿院様のことを言葉の怪物と言っていたな」と、しゅうが微笑んだ。

 寿院の顔が、ゆっくりと綻んだ。

 「ああ、そうか…?しゅうの師匠は…そうなのか、わらべのことか?そうなのか。だったら君が間者なわけないな」と、寿院が笑う。

 「なんだよ、わらべって。もっと違う呼び方はないのか?」

 そして、しゅうも笑った。



いよいよ、本家登場。襲撃に失敗した義忠は今後、寿院の敵となるのか?再び襲撃してくるのか?

覚醒して、更に力が強くなった戒と、寿院と隆鷗はこれから平和に暮らせるのか?どっちつかずの秋は…?

次回をお楽しみに…。 



※2015/10/19 14:35頃 漢字の間違い修正しました。


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