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呪いの祠


寿院と、隆鷗は、春(秋)と瀬羅と共に紗々と、戒を探しに出かけた。無事に紗々を見つけ出すことが出来るのか…?そして、戒に傀儡された紗々は…?



 寿院じゅいん隆鷗たかおうは、屋敷を出て通りに立った…。


 僅かな間だけ、獅舎ししゃと寿院の屋敷の通りは不気味に賑わっていたが、今はひとっこひとりいない。朝陽が通りを照らし光り輝く風景を見ながら、身体に取り込んだ空気がやけに新鮮だと感じると、賑わいを見せていた昨日のことなど、もう過去の塵のなかに消えてしまう。

 だが、これから向かうところには鬼が出るか蛇が出るか…?何も分からない。

 菊之丞きくのじょうが死に、流彗りゅうけいが死んで、残るはかいを攫った六芲ろっかだけになっても香舎家の当主に動きはなかった。不気味な静けさだった。


 そして、昨日から姿を見せない紗々(さしゃ)が心配で、獅舎ししゃの心中も穏やかではなかった。流彗の従者を連れ帰った獅舎がどのように口を開かせ、何処まで情報を聞き出すのか、誰も心配などしていなかった。

 ただ、従者が気の毒だと思うばかりだった。恐ろしく無口になった獅舎ししゃの傍に誰も近づけない。そんな獅舎ししゃが恐ろしくないはずはなかった。


 昨日、異界が閉じた後にやって来た獅舎ししゃと、瀬羅せらは、寿院の奇想天外な話しを聞かされ、暫く呆然としたが、獅舎ししゃは素早く頭の中で整理した。意外にも奇想天外な話しは慣れていた。

 寿院は、さすがに異界の話しは馬鹿にしてくるだろうと、構えていたが、案外すんなり受け入れた獅舎ししゃに、今度は寿院が呆然とした。瀬羅は言うに及ばなかった。普段から苞寿ほうじゅ旋寿せんじゅの話しを聞いていたし、月子、隆鷗、影近の言わば保護者的立場だったのだから、これまでにも散々奇妙な話しは聞かされている。

 獅舎ししゃは、従者に流彗りゅうけいの遺体を連れ帰れと迫った。その時、香舎家との対決を覚悟したのだろうと、寿院は思った。

 しかし、従者は全力で断ってきた。もう二度と香舎家には戻りたくないとまで言った。

 そこまで従者を怯えさせる香舎家当主、香舎浄西かしゃじょうせいとはどんな気味の悪い男だろうか?と、寿院は考えた。

 

 「寿院、迷惑をかける。紗々(さしゃ)は助けを待つような娘ではないのは分かっているが、夜が明けたら頼む。簡単に死ぬような娘ではないと思っているが、もしもの時は…」

 「必ず連れて帰って来ます」と、寿院は言った。


 そして、獅舎と瀬羅は本堂を片付けた。寿院は、従者に喋りかけていたが、従者は疲れていたのか、うとうと居眠りをしていた。夜更けには、従者に流彗を背負わせ、獅舎と瀬羅は屋敷に戻っていった。だが、瀬羅は出かける準備をしたら、すぐに戻って来ると言った。瀬羅も、六芲ろっかの所へ行くつもりのようだ。

 隆鷗と、しゅんは、本堂を片付ける前には、すでに大部屋で眠っていた。

 特に隆鷗は、白蛇との闘いに疲れていたので、半ば居眠りをしていた。この屋敷に従者が転がり込んでくるのをひどくぼやきながら、しゅんに連れられ大部屋に去った。


 静かな本堂で、寿院は、夜の星々を眺めながら、酒を飲んでいた。誰にも語っていないが、実は、寿院もまた紗々(さしゃ)が心配だったのだ。

 獅舎ししゃが三軒隣りに引っ越して来た時、突然紗々(さしゃ)が寿院の屋敷を訪ねて来た。紗々は、寿院には、気の置けない話し相手となってくれた。一人暮らしに花が添えられ、華やかさを覚えた寿院は、今では紗々のいない日常は考えられなかった。

 隆鷗としゅうが来て、かいが来て、そして本堂で異界が開く、目まぐるしさのせいで、寿院はじっと沈黙していたが、独りになってようやく、紗々への不安が込み上げてきた。


 暫くすると、瀬羅せらが戻って来た。

 「すみません。もうお休みになってるかと思ってましたが…まぁ、そうですよね」と、言いながら、廊下に座る寿院の隣りに座った。「酒飲んでいるんですか?」

 「あなたも飲みますか?」

 「いえ、遠慮しておきます」

 「あなたは、わたしの元兄弟子と一緒にわたしを訪ねて来ましたね。獅舎ししゃ様とも知り合いとは驚きだ」と、寿院は言った。

 「そうですね。寿院さんは、あまりそんなことに興味がないと、獅舎ししゃ様が言ってました。何も考えていないと、笑ってましたよ。あなたにはもっと考えることがたくさんあるので、そうした人の繋がりとか、しがらみの外で生きている。とも…」と、瀬羅が笑った。

 「どう言う意味か分かりませんが、そんな都合良く生きてませんよ」と、寿院は冷静に言う。

 「そうなんですか?逆にあなたは、全てを見透しているとさえ思ってしまいますが…」

 「確かに…わたしにはどうでもいい。ただ、苞寿ほうじゅ様や隆鷗君は、もうわたしにはどうでもいい繋がりではなくなってしまったかな。でも、苞寿ほうじゅ様には会いたくても、もう会えないんですけど…」と、寿院は言った。


 そう言えば、このひとは月子様を男の子だと勘違いしていたんだっけ…と、瀬羅は思い出した。月子様との繋がりはどう考えているのだろうか?共に『呪い屋』を探していたとも聞いたが。月子様がずっと寝たきりになってしまったことは言えない。旋寿せんじゅ様は覚醒した新たな能力に押し潰されているのかもしれないと言っていたが…。瀬羅も心配だった。こうして、連絡係として都に出かける以外は、ずっと月子様の傍にいたのだが、何もしてやることができなかった。



 早朝の大通りは、すでにひとの往来で賑わっている。都ではだいたい陽が登り始める時刻は、朝方と言っても、もう遅いくらいだった。まだ陽が登る前から人々は動き出すのだ。そうしないとすぐに陽が沈み暗くなってしまうからだ。

 寿院たちは、しゅんを先頭に、そんな大通りを歩いていた。しゅんのすぐ隣りには隆鷗が歩く。寿院の隣りには瀬羅が歩いていた。時々、隆鷗が歩を緩め、瀬羅に近づいて一言二言何かを呟いていた。そして、それに瀬羅が答えている。

 聞きたいことがあるのなら、何故自分に聞かないのだろう。と、寿院は思う。軽い嫉妬心を覚えながらも、ふと、屋敷に来る前の隆鷗のことを考えた。そして、苞寿ほうじゅからのふみ

 「まぁ、そういうことだな…。破門になったが、縁は切れないのだな」と、寿院は呟いた。


 そんな時、突然、しゅんが振り返って一人ひとりの顔を見た。何かの合図かと寿院は思った。そして、しゅんは大通りから脇道に入っていった。


 その時だった。しゅんと思っていた背後から、突然、もわもわっと、目ん玉のお化けが現れたのだ。隆鷗は、驚いて思わず後退りしたほどだった。


 えっ?もしかして、しゅうがもわもわになってしまったの?


 驚く隆鷗を見て、すぐに寿院が何かを察した。歩を早めて隆鷗の傍に寄った。

 「どうした…?」

 「あっ…いや…何でもない」と、隆鷗は言った。

 「何でもないわけはない。君は、しゅんを見て咄嗟に驚いていた…。いや……何でもないのならいい。君は怒っているんだよね。黒司家を疑っているわたしを…。いや、そんな言葉…それこそ呪いだ。何でもないよ…」と、寿院は、肩を落とした。

 寂しげに寿院は少しずつ隆鷗から離れて行った。瀬羅に嫉妬している自分の浅ましさを省みてしまったのだ。


 その間、隆鷗は、もわもわの目ん玉のお化けがしゅん?或いはしゅうの身体から伸びて、祠を指し示しているのを見ていた。もわもわの目ん玉のお化けは、何度も何度も隆鷗を振り返り見ていた。明らかに何かを訴えている。

 だから隆鷗は、寿院の言葉をまるで聞いてなかった。


 「寿院!もわもわだ…!目ん玉のお化けが出て来て、何か訴えている」隆鷗は、素早く寿院の傍に寄り小声で呟いた。

 「うん?なんだもわもわって…?目ん玉…?えっ?」寿院は首を傾げた。

 隆鷗は、しゅうから影が見えていた。と、寿院にそう説明していたことを思い出した。でも、目ん玉がキョロキョロしていたとは言っていたと思うが、それを説明しているひまはなさそうだ。

 「もわもわの影があの祠を指し示しているんだよ。今度はしゅうが背後霊になってしまったんだろうか?」と、隆鷗は焦っている。

 「祠…?あの祠を指し示しているのか?」と、寿院は、脇道から入ってすぐに茂みに半分隠れた祠に目をやった。分かりにくい祠だが、茂みに隠れているにも関わらず、奇妙にその存在に何か意味が与えられているような、気色の悪い違和感を覚えた。

 寿院は、皆に歩みを止めてもらった。

 「なんだろう…?この祠が何だって言うんだろう?」

 「どうしたんですか?突然…」と、瀬羅が尋ねた。

 「瀬羅さん…」と、隆鷗は、何かを訴えるように呟いた。

 隆鷗の訴えに瀬羅は黙った。隆鷗が何かに気づいたのなら、瀬羅は何も言うことはなかった。

 「この祠、開けても大丈夫だろうか?」と、寿院が呟く。

 「えっと…。わたしが思うにその祠はそんなに古いものではないですよね。って言うか、何気に新しくありませんか…?何を祀っているのでしょうか?開けたからといって、寿院さんは何を恐れているのですか?」と、瀬羅は微笑んだ。

 「えっ?いや…祠ですし…」と、ごく小さな声で呟く寿院。その間に何の迷いもなく隆鷗が祠を開けてしまった。


 祠の中には、隙間を埋めるくらいにびっしりふみが入っていた。

 「ふみだ」と、隆鷗が言った。

 「なんでふみが入ってるんだ?」と、瀬羅が言う。

 寿院は、すぐに一枚のふみを取り出すと、読み始めた。あっという間に読み終えた寿院は、すごい速さで次々と読んでいる。

 「何やっているんだ?紗々さんを探すんだろう。早く行こうよ。ねぇ、紗々さんが心配ではないの?」と、しゅんが叫んだ。


 「しゅん君…?なんで?なんでなの?知らないよね?しゅん君は。紗々さんに会ったことないよね?」と、隆鷗は言った。「しゅう君…?秋君なんでしょう?どうしてなの?」

 「隆鷗…そんなことどうだっていいだろう。頼むから早く、早く紗々さんを探しに行こう。僕は心配なんだよ」と、しゅうは怒鳴った。「六芲ろっかには散々痛い目に遭わされたんだ。だからこそ紗々さんが心配だ。紗々さんは強いかもしれないけど、六芲ろっかはそんなことで測れないんだよ。あんまりにも卑怯者だから…」

 「しゅう君…。うん分かるよ。でも、ああなった寿院を止めることはできない」と、隆鷗は、集中してふみを読み漁る寿院を指差した。

 「ああ、寿院様。だけど、暴露ばれるの早すぎだろう…」と、しゅうがすごく悔しがる。

 「当たり前だ。最初から疑っていたよ。しゅん君の言葉使い…、双子なのに真似も出来ないの?全然違う」と、隆鷗は言った。

 「しゅん…。知らないよ。しゅんなんて…。なんであいつが僕の身体を乗っ取るんだ。僕が何をしたと言うんだ」

 「そんなことわたしには分からないが、君は、寿院にたくさん嘘をついているよね。そのうち寿院から問い詰められるかもしれないよ」と、隆鷗は言った。

 「今更そんなことどうでもいい。香舎家が来たんだ。寿院様が僕を問い詰めたとしても僕は寿院様を守るから…」

 「守るって…?君は間者という者ではないの?」

 「間者…って、誰の?」

 「えっ?黒司家に決まっている」

 「えっ?で、僕は誰に報告しているんだ?」

 「えっ?黒司家の当主…?」

 「父上に…?父上は僕のことをこれっぽっちも信じちゃぁ、いない。信じていない者に間者など…無理だ。しゅんなら別だが」

 「なら、なんで君は寿院の屋敷に来たんだ?嘘をついてまで…」

 「いいだろう、そんなこと…僕が好きで来たんだ。だからもういいだろう。いい加減、早く出発しよう。ここは香舎家がたくさん毒蛇や大蛇を放っている。もし紗々さんが迷っているなら危ないし、香舎家に捕まっているなら尚の事だ」

 「へぇーなんだか、君、詳しそうだ」

 「もう、うるさいよ!いいから寿院様を何とかしろよ!」

 「えっと…。寿院だけではないな」と、隆鷗は、祠の方を見ると、呆れたように言った。


 祠では、寿院ばかりでなく、瀬羅も一緒になって、もう座り込んで二人で読んでいる。

 「呪って下さい…呪って下さい…ばかりだ。なんだ気味が悪いな」と、瀬羅が呟きながら読んでいる。

 「そうですけど…都中から集まっている。だとしたら…、これ、意外と都の様子が手に取るほど分かるな。怨みが集中している者がいたりする。人買いか?」と、寿院が呟く。

 「こっちは、上級貴族だ。どうやら女子おなごがらみだ。貴族の若様五人で美しい女子おなごを攫っただと。死人しびとまで出ているようだ。攫われた女子おなごが自害しているな。泣き寝入りか?しかし…都は怨みごとばかりだな。国自体が不穏な証拠を突きつけられているようだ」と、瀬羅が言った。

 「えっ…?それ見せてくれませんか?」寿院は、九堂の若様のことを思い出して、そのふみを読んだ。「いや、まったくその通りだ。武士が台道し、今や朝廷の影すら薄くなって、このまま突き進めばもはや武士の世になろうとしているその狭間の時だ。不穏な空気がいたるところに漂っているしな」

 「『呪い屋』などといった不穏な噂話が広がるのも無理ないってことか?しかし、武士の世になったとて、そう悪い話しでもないだろう?これまでは、貴族が好き勝手にやっていた。朝廷の政は上級貴族のためのものだった。ここまで呪いが流行はやるのも無理のない話しだ」

 「まぁ、そうなんですけど…。でも、同じだ。上級貴族が武士に取って変わるだけの話しだ。平家を見たら分かるだろう。民が中心となる世が来ることはあるのだろうか?」と、寿院はふみを読みながら答える。

 「あるかもしれない。遠い遠い先の世で」

 「面白いことを言うな瀬羅さんは…でも、少し気になるな。わたしの知人の娘が『呪い屋』の噂に、呪いたい者がいたら、ふみを書いて祠に納めるというようなことを言っていたのだが、その祠が何処にあるのか誰も分からないし、本当にあるのかどうかも分からないから、いつのまにかそのくだりは消えてしまった。だが、祠は本当にあった?」

 「へぇー、しかし仕組まれた匂いがぷんぷんだ」

 「だな。この祠はあざとい。わざと置かれたようだ。これを置いた者の思考が透けて見えそうだ」と、寿院は怪訝そうに言った。

 「えっ?つまりこれを置いた者が呪いのふみを見て、利用したとでも…?」

 「瀬羅さん、勘が鋭いな。『呪い屋』の噂は九堂家の若様のものといい、白水家に関わった高倉家の若様の噂といい、どれも稚拙だった。誰かが故意に流しているのは分かっていたが、それにしても、根も葉もないものは噂にはならない。事実があってこそだ。いや、事実っぽいものがあればいい。例え、当人でなくても…」

 「噂の内容はこのふみの中からそれらしいものを探したということか?それが大きいものであれば、もしかして、噂の下地はすでに出来上がっているかもしれない。後は仕立て上げればいいとか?」

 「おおぅ、わたしは瀬羅さんがすごく好きになるかもしれない」

 「あっ、いえ、それはやめて…」


 「二人ともいい加減にして下さい。何しに来たんですか?早く行きますよ」と、そんな二人をしゅうが怒鳴った。

 「まぁ、そんなに怒鳴りなさんな。収穫があったんだよ。この呪いの祠。お前さんは、この祠をここに建てたのは誰だと思う?」と、寿院が尋ねた。

 「それは、六芲ろっかだ。六芲ろっかに違いない。この広い雑木林の中に、昔建てられた白蛇御殿の跡地があると、言い張っている六芲は、勝手にこの雑木林を我が物顔で陣地にしているんだ。そんなことするのは六芲以外考えられない」と、しゅうが言う。

 「そうか。だったら決まりだ。あの幼稚な噂話を作って広めたのは香舎六芲かしゃろっかだ。わたしは、ひとの目を欺き撹乱する為に噂を流したと思っている」と、寿院が言った。

 「おおぅ、噂された当人は、全くの冤罪だというのに、この呪いの祠によって速く広まってしまった…なんと…しかし、香舎六芲は、策略家だな」と、瀬羅が言う。


 「よし!しゅん行こう!」と、寿院と瀬羅は立ち上がった。「そうか…?大通りから入ってすぐは、小径の両脇に木々が茂っているだけかと思ったら、この奥は雑木林になっているのか?」

 隆鷗がすぐに寿院の傍に寄った。

 「寿院、気づいているよね」と、隆鷗は言った。

 「えっ…?どのことを言っているんだ?」

 「どのことって…。そんなに気づいたことがたくさんあったの?」

 「いや…」と、寿院が笑う。

 「ここは、寿院の屋敷からそんなに遠くないよね。一見大通りから脇道に入ったけど、ここ、苞寿ほうじゅ様が書いてくれた道順の絵図に載ってた竹林に続いている。竹林から真っ直ぐ行けば、そんなに距離はないだろう?」と、隆鷗は言った。

 「なるほど、通り側の竹林が伐採されていたので、君が迷いに迷った目印か。伐採されたところには屋敷が建つらしいが、なるほど、うっかり見落としていた。方向音痴と思っていたけど、そうではなかったんだな」と、寿院が隆鷗を頼もしく思う。

 「だけど、雑木林は思ったより広そうだ」と、瀬羅が口を挟んだ。

 「あっ?瀬羅さん」と、隆鷗は微笑んだ。

 それをチラッと寿院が見ていた。


 「もう、いい加減、おっさんらは楽しそうに喋るな!雑木林も奥の方に行けば行くほど危険なんだ。毒蛇や大蛇に気をつけろ!香舎家が放っているんだ!」と、しゅうが叫ぶ。


 「へぇ、香舎家が…?本当に白蛇伝説だな。しっかり伝説を創り上げているのだな」と、寿院が言った。「ふん、何もかもまやかしだな、香舎家は」

 「まやかし…?だけど寿院さん。わたしたちで、そのまやかしにすっかり隠れ潜む本物の悪意を探し出さなければならないんです」と、瀬羅が言う。

 「えっ、そんな重いのはやめて…」

 寿院は、そう言うと苦笑いを浮かべた。六芲ろっかの背後で、ずっと静かにしている香舎家当主のことを言っているのだろうか?


 そして、四人は、脇道の入口から、更に進み雑木林の中に入っていった。小径はすぐに無くなり、伸びっぱなしになっている鬱蒼と茂った雑木林の中で早速方向感覚を失った。

 「おいおい、都にこんなところがあったなんて、これは驚きだ」と、寿院は、棒っ切れを振り回しながら進んでいる。茂みの中に潜んでいる蛇を警戒していたのだ。

 隆鷗が寿院の着物を掴んで震えながら歩いている。

 先頭は、しゅうが歩いていた。


 やがて、しゅうが奇妙な光景を見る。何故か蛇の死体が幾つも目に入ってきたのだ。歩く方向には蛇の死体と、何やら争った形跡がある。

 「寿院様、気をつけて」と、しゅうが叫ぶ。

 その時には寿院も、その異様さに気がついていた。

 「何だ…何があったんだろう?」と、寿院が言う。

 「すごいな。誰かが蛇と闘ったみたいだ」と、隆鷗は言った。

 「そうだな。香舎家の者ではないということか…?」

 「もしかしたら紗々さんでは?」と、隆鷗は、期待を込めて言った。

 闘いに敗れた蛇がこの先もずっと続いているかのように、一本の道筋を描いている。寿院と、隆鷗は、その道筋を辿って行った。それに連なるように瀬羅としゅうも同じ方向へと進んで行く。


 暫く歩くと、なんと、大きな樹木のすぐ傍でぼんやりと紗々(さしゃ)が空を仰ぎ見て、立ち竦んでいた。いたるところが破れた衣、傷だらけの腕と足を見ただけでも壮絶な闘いを繰り広げたのが想像できた。


 「やっぱり、紗々さんが闘ったんだ。こんなにたくさん。本来ならくたくたで立っていることもできないだろう」と、そう呟くと、寿院は黙り込んだ。


 一方で隆鷗は驚いた表情で紗々を見ていた。

 これまでと様子が違う。

 紗々の身体から無数の細い触覚のようなものを出した腕が出ている。それは、以前見た、しのや伊都、詩束の身体から出ていた細い腕とよく似ていたが、まったく違うものだった。それはまるで、しゅんが言っていた異界の虫を想像させる。

 あゝ、どうしてこんな時にしゅんはいないんだ?と、隆鷗はどうしていいのか分からずに、ただ、紗々を見て呆然とするだけだった。


 「隆鷗様、どうかしましたか?」と、隆鷗の異変に気がついた瀬羅が歩み寄って尋ねた。

 隆鷗はなんて答えていいのか、分からずにただ、ぼんやりしている。

 その前方で、一瞬瀬羅の言葉に耳を傾けた寿院だったが、ゆっくりと紗々へと歩み寄って行った。


 「瀬羅さん。わたしは以前戒が傀儡にした者を見たことがある。紗々さんはそれとよく似ている。でも、これまでとまったく違うんだ。紗々さんから、何か違う、もっと恐ろしいモノが見えているんだ。でも、あれは戒のモノに違いない。だけど、あれは本当に不気味だ」と、隆鷗は混乱した。

 「隆鷗様、落ち着いて。先生が言っていた。月子様が最近覚醒したのではないかというような、これまでと違う現象が起こっている。それは隆鷗様と月子様がいつも一緒にいたから、お互いに影響しあって、覚醒したのではないか…。つまり相乗効果。だけど、隆鷗様、実はあなたも覚醒しているかもしれないんです。月子様が、あなたから溢れ出ている、この世のモノではない文字を見ているんですよ」

 「えっ?それはどういうこと?」

 「わたしにも詳しく分かりません。これが終わったら、そういったことに詳しいひとがいますので、その方の所へ行って聞いてみましょう。で、わたしが言いたいのは、隆鷗様とあのむすめもずっと一緒にいるから、もしかしたら、お互いに影響しあって、あのむすめも覚醒したとも考えられる。異界が開いたのも関係しているのかもしれない…」


 瀬羅の言葉に隆鷗は、更に混乱して、救いを求めるような目で、ずっと寿院を見つめていた。瀬羅は、紗々に話しかけている寿院に視線を投げた。

 「わたしは、寺を出て行った隆鷗様のことがずっと心配でした。あんな形で出て行ったから。でも、隆鷗様は大丈夫ですね。あの人を信頼されているようだ」と、瀬羅は微笑んだ。

 「そんな…寺が恋しい気持ちはあるよ。影近君とか、陸君とか、すごく懐かしく思う。今でも会いたいと思うよ…」と、隆鷗は呟いた。


香舎六芲は戒を捉えて何をしようとしているのか?そして、香舎浄西は動き出すのか?お楽しみに…。


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