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しくじった紗々


紗々がいなくなった。連れて行かれた戒と関係があるのか?『呪い屋』を捜査していた寿院は、黒司家を疑っていることを隆鷗にだけ打ち明ける。隆鷗はどうしても秋と春に肩入れしてしまう。だが、今はそんなことより戒と、紗々のことが最優先事項だ…。



 都から離れていないはずなのに、随分と森の奥深くに入ってきたような、こんな怪しくて鬱蒼と茂った場所があったとは、なんと恐ろしいことだろうか。と、紗々(さしゃ)は、途方に暮れていた。

 人通りが多い大通りを、香舎六芲かしゃろっかに腕を引っ張られながら歩いていたかいの跡を追っていた紗々(さしゃ)だったが、脇道に入った途端、まるで都とは思えない鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた小径に入り、戸惑いを隠しきれなかった。

 鬱蒼とした脇道に入ると、すぐに祠があった。目印にする為に記憶したが、そこから道を見失ってしまった。おまけに青白い霧が漂い始めた。

 時々、かいの姿を見失った。

 しかし、何とか見つけ出すことができた。

 かいを追うことばかりに夢中になって、紗々はいつのまにか自分の位置が分からなくなってしまった。

 見失っては姿を現す香舎六芲かしゃろっかに、紗々は翻弄されているような気がした。


 香舎菊之丞かしゃきくのじょうが通りで斬られていたことを獅舎ししゃから聞いた紗々は、警戒を緩めた。

 戒がいつまでも紗々から離れないので、好きにさせていたが、そんななか、獅舎から香舎流彗かしゃりゅけいのことを聞かされた。そして、再び警戒を強めたところだった。


 紗々は、綺麗に洗って墨で絵図を描いた石を戒に渡した。随分喜んだ戒が石を飾ろうとしたが、それは遊ぶものだと、紗々は石なごの遊び方を教えていた。

 通りが随分賑やかになって、怪しい人々が寿院と、獅舎の屋敷を取り囲むように歩いている。いつ襲撃されてもおかしくない状況だと紗々は思っていた。寿院の屋敷にはひっきりなしに客人が訪れる。

 何かが起こる…。きっと何かが…。


 そして、戒と石なごで遊んでいた時に蔀戸しとみどがふわりと動いた。戒は気づいていなかったが、紗々は背中でかすかな音を聞き分けた。

 本堂では、これまでの客人とは毛色の違う者を寿院が招き入れていた。それは、石なごで遊ぶ前に紗々が本堂まで様子を見に行ったときに確認していた。客人の何かしら怪しい風貌と、目つきで一目で普通の者とは何処か違うという印象を持った。

 紗々は、石なごの途中で立ち上がり、蔀戸しとみどから外を見た。覗いた者の姿は見えなかった。本堂には怪しい者。そして、かいを見張る者。紗々は、本能的にかいが危ないと、思った。

 紗々は考えた。

 自分がいたら戒を狙う者は姿を見せないかもしれない。

 外には明らかに数人潜んでいるのが分かる。本堂にいる寿院の客人の手のものか、或いは戒を狙う者か…?もしかしたら両方か?


 両方だろう。と、紗々は確信した。だとしたら、本堂にいる者は、香舎の者。菊之丞きくのじょうが殺されたのなら、後は最初にかいを連れ戻そうとした、陰陽寮にいる香舎の者か、或いは父上が警戒している流彗りゅうけいか?

 本堂にいるのは流彗りゅうけいだ。陰陽寮にいた香舎の者とは違う。最初に来た香舎の者は、おそらくもっと歳が下だった。紗々は、遠目で香舎六芲かしゃろっかを見ていた。


 紗々は、今の戒を守ること以上に、戒を狙う者の情報をもっと知りたかった。戒がこの先平和に過ごすことができる手掛かりとなる。戒を脅かす者は、この先もずっと脅かすだろう。

 そして、紗々は、戒の元を離れ、隠れてその者を待った。その者を永久に排除する為に。


 紗々の思惑通り、寿院の屋敷の周りに潜んでいる者たちとは明らかに動きが違う男が三人、台所側から本堂に入っていった。

 紗々は、その三人を、離れの台所の影から見ていた。男の一人は、案の定、香舎六芲かしゃろっかだ。


 暫くすると、紗々の予想通り、戒を無理矢理引っ張って出て来た。

 「離して!私はもう戻らない。ここにいる!」と、戒が叫んでいた。

 「阿戒様、そんなことが通用するわけないでしょう。ふふふ…馬鹿な子だ」と、六芲ろっかが言った。そして、強引に戒を連れ去って行く。

 戒は、ずっと「紗々…、紗々!」と叫んでいた。

 戒の叫び声は、本堂の寿院や隆鷗には届いていないようだった。


 紗々は、香舎六芲かしゃろっかの跡をつけた。

 獅舎が言った、香舎家が不思議な能力を持った戒を利用して何かを企んでいるという言葉が頭に焼き付いていた。

 何を企てているのか探るのは難しいかもしれないが、永久に戒を香舎家から切り離すつもりだった。


 寿院の屋敷からそれほど歩いた記憶もないのに、脇道に入ると、深い森のように生い茂った不思議な場所に入った。何度も六芲と戒を見失ってしまい、紗々は焦っていた。青白い霧も出始め、見失った戒を必死に探しているうちに、何とも知れない違和感を覚えた。

 六芲ろっかに踊らされているのではないだろうか?といった疑念に苛まれた。


 そして、紗々(さしゃ)はしくじった。


 青白い霧の中から唐突に六芲ろっかと戒が出て来たのだ。戒は、六芲に抱き抱えられて、ちょうど目線が紗々と同じ位置にあった。咄嗟に戒と目が合ってしまった。


 「あっ?」と、紗々は驚いた。

 「やめろぉ」と、戒が怒鳴る。


 紗々の身体が突然動かなくなった。

 六芲が不気味に笑う。

 「ふふふ、阿戒様が好きな、えっと、何でしたっけ?紗々とか言いましたか?ふふふ、もしかして、この人なのですか?」と、六芲が言った。「あゝだけど、残念だ。せっかく阿戒様に従える状態になったのに…本当に残念だ。この人を連れて行くわけには参りませんよ。この人、ここに置いて行きますので、阿戒様は命令できませんね。ふふふ…この人動けなくなりますね。ここいら辺は大きな蛇がわんさかいるんですけど、この人大丈夫でしょうか?」


 六芲の喋り方を聞くとおぞましい。なのにいつのまにかそれを真似ていた戒。真似ていたつもりはなかったのだが、今はっきりと意識した戒は、具合が悪くなりそうだった。

 戒は、六芲から地に降ろされ、腕を引っ張られた。紗々から離れて行く。

 戒は叫んだ。

 「紗々!死ぬな!紗々を守れ!紗々、自分を守れ。どんなことがあっても死から守れ!絶対だ!私がいなくても紗々は紗々を絶対守れ。死から守れ!…そうだ寿院と隆鷗が助けに来るまで…必ずだ!」

 「ふふふ…どうかな。これまでお前がいなくなった後は、お前の力が及ばなかっただろう。ふふふ…全員、生きた死人しびとのようになっていたな。この世で一番、残酷な罰だな。ふふふ、あの紗々という女子おなごもずっと立ったまま動かなくなって、大蛇が襲って来ても、生きたまま喰われてしまうのだな。おおぅ考えただけでも恐ろし…」と、六芲は言った。


 紗々は、動けなくなった。

 生い茂った森の中、ずっと立ったまま、いったいどれだけの時を過ごすことになるのだろうか。いや、死ぬまで…。

 六芲が言っていた。この森には大きな蛇がわんさかいる。と…。

 不気味な森だ。青白い霧が立ち込め、木々の何処かに大蛇が巻き付いていてもおかしくない。

 六芲の罠に嵌ったのだな。と、紗々は思った。


 六芲に翻弄され、この様だ。父上が知ったら、失望されるだろうな。だから父上は、私には何も話さないのだろう。


 獅舎ししゃを訪れる信蕉しんしょう瀬羅せら、叔父にあたる旋寿せんじゅがいつも紗々に隠れてこそこそ話している。時々聞こえてくる言葉を繋ぎ合わせ、紗々は推理した。


 紗々は、大伯父、苞寿ほうじゅを中心に誰かを探しているのではないかと考えていた。それは竜古様の正式な血筋、先代の祖霊様に関わりがある者に違いなかった。先代の祖霊様は若くして亡くなっている。紗々は先代の祖霊様は殺されたのではないかと推理していた。

 そして、大伯父、苞寿が追っているのは、先代の祖霊様を殺した犯人。

 紗々は、その犯人は、高い能力を持った呪術師だと思った。

 先代の祖霊様が殺された日、都の空が闇に覆われたと、旋寿せんじゅが話していたのを、紗々は子供の頃に聞いたことがあった。しかし当時は何の話しをしていたのか理解できなかった。しかし、推理している時に唐突に思い出したのだ。それからばらばらに散らばった言葉が繋がった。


 獅舎ししゃは昔からいつも執拗に呪術師のことを調べていた。特に力を持った呪術師は徹底的に調べていた。

 そんななかで呪いを生業とした香舎家の存在を知ったのではないかと思った。


 獅舎ししゃは人が消えた。人が突然死したといった胡散臭い事件の影にはいつも香舎浄西かしゃじょうせいという男の名が見え隠れしていることに気が付いた。しかし、何の証拠も見つけられなかった。


 以前、九堂家の奥方から嫡男の相談を受けたことがあった。その時に『呪い屋』という存在を獅舎は始めて知った。事件の様相が何も掴めないまま、あらぬ噂を流された嫡男の九堂稜晏くどうりょうあんが首を吊って亡くなった。獅舎は『呪い屋』という奇妙な呼称がやけに気になって、九堂の奥方に寿院に相談するように薦めた。そして、知り合いの行商人、糖粽売あめちまきうりを通じて、寿院へわざと『呪い屋』の情報を流した。寿院は何処かぼうっとしているが、他にはない変わった着眼点を持っていた。それに何故か寿院の周りにはひとが集まるので、人一倍情報伝達が早く、行動も早い。九堂家の若様が亡くなって、寿院が調べ始めてからというもの、濡れ衣を着せられていた九堂家の若様の名誉を回復。あらぬ噂を消すことに成功した。また、『呪い屋』に狙われた白水家を救うことにも成功している。


 その一方で獅舎は、苞寿の弟子に香舎浄西かしゃじょうせいについて調べさせていた。


 それについては、紗々も知っていたが、何故、香舎家を調べているのかは分かっていなかった。


 香舎浄西には三人の息子がいて、浄西自身あまり表だって動くことはなかった。しかし、たった一度だけ、藤原笙快ふじわらしょうかい家に幼な子を連れて出かけたという。特に何も変わったことはなかったが、念の為に幼な子と、藤原笙快を調べたが、幼な子については謎が多く、よく分からないままだった。藤原笙快ふじわらしょうかいは検非違使庁に所属して、ほとんど地方にいることが多く、謀反などの内偵を行っているというが、それもまた謎だった。その日、笙快しょうかいはいなかったので、嫡男の鼓笙こしょうが対応していた。どうやら香舎浄西は藤原笙快家へその幼な子を預けたようだった。

 獅舎は幼な子が気になった。幼な子は藤原笙快家に預けられる前は陰陽寮の水上みなかみ家に預けられていたという。水上家は奥方と娘が病を患っていた。単純に考えると、水上家が幼な子の面倒を見れなくなったから藤原笙快家へ預けただけだと言えるが、まったく釈然としなかった。幼な子はもともと香舎家が面倒を見ていたようだが、香舎家は幼な子を持て余していたのか、水上家の前にも何処かに預けていたようだ。しかし、何処に預けていたのか分からなかった。


 ただ、苞寿の弟子が奇妙なことを耳にした。

 昔、香舎浄西が幼な子を捨てようとしたと、噂話をしていた下男の話しだ。下男はその後、謎の死を遂げたという。

 苞寿の弟子は、下男が噂話をした同郷の男を探し当てるのに成功し、話しを聞くことが出来た。


 浄西は、幼な子を山に捨てに行ったそうだ。山奥まで行くと、幼な子を置いて身を隠した。辺りには山犬が隠れ潜んでいることが分かった。浄西は幼な子を置いた後、潜んでいる山犬が何をするのか、好奇の眼か、または憐憫か?見届ける為に留まったのだ。案の定、十数匹の山犬が幼な子を取り囲んだ。山犬の口から大量の涎が出ていた。山犬は、空腹だったに違いない。そして、先頭で幼な子を威嚇していた山犬が唸り声を上げた。その時、後ろで控えていた犬が我慢出来なかったのか、先頭にいる山犬を差し置いて幼な子に飛びかかったが、先頭の犬が噛み殺してしまったのだ。

 それを皮切りに先頭の山犬が一気に全ての山犬を噛み殺してしてしまった。そして、満身創痍の山犬は、最後に幼な子を守るように死んでいった。それを見た浄西は、慌てて幼な子を抱き抱え帰っていったと言う。


 その話しを聞いた獅舎ししゃは、似たような話しを何処かで聞いたことがあると思った。何処で聞いたのか思い出せなかったが、ある日突然思い出した。それは、昔、末弟の旋寿から聞いた話しとよく似ていた。旋寿はその話しを唯一無二の親友、竜鷗りゅうおうから聞いたと言っていた。

 まだ竜鷗りゅうおうがあらぬ疑いをかけられて逃亡生活をしていた時だった。束の間の時を利用して家族で狩をした。


 そして、山の奥深くで突然、似たようなその光景に出会したのだ。驚くことに幼な子は、いかにも腹を空かせた山犬に取り囲まれていた。竜鷗は咄嗟に弓を手にした。だが、先頭の、大きな山犬だけを射たところで、後ろに構える山犬を止めることが出来ないだろうと、そう考えた。矢を構えたところで、先頭の犬と、それに近い犬を同時に三匹射抜こうと、三本の矢を同時に構え、少しずつ用心深く山犬に近づいた。その間、嫡男の竜界りゅうかいにも弓を構えさせた。竜界りゅうかいは、父の状況を見ただけで、自分が何をするのか理解した。竜鷗りゅうおうの足元には、ひどく怯えた隆鷗たかおうがしがみついていたが、すぐに察して、邪魔にならないように茂みのなかに隠れた。失敗すると、幼な子は喰われてしまうだろう。


 ところが、竜鷗りゅうおうが弓を構えて狙いを定めたところで何か様子がおかしいことに気が付いた。


 歩くこともままならない幼な子は、よろよろと立ち上がり、山犬の鼻を何の躊躇もなく触ったのだ。くーんと泣く山犬の声が聞こえた。と、同時に後ろの山犬が幼な子に飛びかかった。竜鷗りゅうおうは咄嗟に弓を引いた。矢は飛びかかる山犬の腹に命中したが、同時に先頭の大きな山犬が首を食いちぎったのだ。竜鷗りゅうおうは、呆然とした。それを皮切りに次々と襲いかかる山犬を、先頭の山犬が全て噛み殺してしまった。竜鷗りゅうおうは何が起こったのか理解出来なかった。ただ、幼な子と先頭の山犬の間で何かが起こったとしか考えられなかった。


 竜鷗りゅうおうは、幼な子をじっと見ていた。そして、傍で息絶えた山犬が、座り込んだ幼な子を両腕で守るようにして、頭を幼な子の身体にぴたっとくっつけていた。それを見ていると、その幼な子には何かしら特別な力があると思わずにはいられなかった。


 竜鷗りゅうおうは、あれは本物だ。と、旋寿せんじゅに思わず話していたそうだ。


 獅舎ししゃ旋寿せんじゅがその話しをしていた時、紗々(さしゃ)もその場にいたが、随分、過去のことだったし、話しの内容はよく分かっていなかった。

 しかし、今ならはっきり理解できた。


 もしそれが同じ幼な子であるのならば…。香舎家にはとんでもない能力者を隠していることになる。そして、香舎は幼な子を使って何かを企んでいるのではないかと獅舎ししゃは、思ったに違いなかった。

 

 そして、その幼な子を寿院と、竜鷗りゅうおうの息子である隆鷗が連れ帰って来た。獅舎ししゃも、そして紗々も、不思議な因縁を感じずにはいられなかった。


 紗々は考えた…。

 苞寿や獅舎が探している者は、もしかしたらかいと、関係がある者ではないだろうか。

 先代の祖霊様を殺した、高い能力を持つ者は、戒の能力に繋がっているのではないか?


 時はたっぷりあった。辺りは暗くなっていた。紗々はずっと立ち竦んでいる。暗がりの森の恐怖はもう感じなくなった。

 戒と、目が合うと、身体の奥へと沈んでしまうような感覚を覚えると、寿院が言っていたが、本当にそうだった。そのせいか、ずっと立っている疲労はさほど感じなかった。ただ動けない苦痛だけが、正常さを保てない途方もない苛立ちを感じずにはいられない。寿院や隆鷗が助けに来るとはとうてい思えなかった。このまま干上がって死んでしまうのを待つだけなのか?その頃はもう何も感じなくなっているだろう。


 そして、それは突然起こった。

 身体が何かに反応して、動き出したのだ。素早く刀を抜き、走り出し跳躍した。何やら闇の中で動くものが見えた。そして、それに近づくと、何度も刀を振り上げ斬っている。闇が蠢いている。何だろうと注意深く見ても、その正体が何か分からなかった。

 何刻もの間、そんなことを何度も繰り返した。

 その正体が分かったのは、朝陽が辺りを明るくした頃だった。

 大きな蛇の死骸が視界に飛び込んで来た。それもいくつも。

 もしかして、戒が守ってくれたのか?死から守れと叫んでいたけれど…その命令が守られていたのだろうか?

 「死ぬこともできないのか」と、紗々はある意味絶望してしまった。だが、戒の叫び声がずっと心の中で響いている間は、紗々は決して諦めなかった。



 まだ闇に覆われた、朝陽が都を照らす前に隆鷗は目を覚ました。大部屋で眠っていたのは隆鷗だけだった。すでにしゅんは眼を覚まして姿が見えない。

 隆鷗は、夜中に目を覚ました時にしゅんが背中を丸めて座っていた場所に、視線を向けた。ふみと硯が見えたが、綺麗に片付けられていた。

 もしかして、しゅんとの会話は夢だったのかもしれない。隆鷗は不安だった。

 しゅんが今朝もしゅんなのか?

 もしも、しゅんが消えてしまったなら、またしゅんに会える保障はひとつもない。

 しゅんしゅうだったなら、隆鷗は、おそらく落胆を隠しきれないだろう。しゅうは何一つ悪くないのに。


 隆鷗は、部屋を出た。台所から明かりが漏れていたので、もしかしたらしゅんはそこにいるのかもしれない。だが、もしそこで粥を作っていたのなら、果たしてそれはしゅんだろうか?と、隆鷗は恐る恐る台所に向かった。

 台所に近づくと、音が聞こえた。それはしゅうが調理していた音と同じだった。隆鷗はもうすでに落胆していた。

 しかし、しゅうには何の罪もない。

 隆鷗は、台所に入ると、何と声を掛けようかと迷った。

 やはり、粥を作っている。その姿はどう見てもしゅうだった。

 「おはよう。今日も早いね。今朝は何の粥を作っているんだ」と、隆鷗は声を掛けた。

 「あっ、隆鷗…さん。僕はこんな作業苦手なんですけど…兄がよく作ってくれていました。だから真似してみました」と、言った。


 えっ…?しゅん君…?

 隆鷗は一瞬戸惑った。心が混乱しているのが分かる。

 目の前のしゅうはどう見てもしゅんとは言い難い。


 「兄は、ここでよく料理を作っていたのでしょう。僕には分かりますよ。兄は父と僕の為にいろいろなものを作ってくれていたんです。でも僕は多分下手くそだ」と、しゅんが言った。

 隆鷗はとりあえずほっとした。しかし、疑う気持ちは拭いきれなかった。昨日のしゅんとは何処か雰囲気が違う。しゅんの喋り方か?いや、はっきりとした違いを言い当てることなど出来なかった。

 「美味しそうだ。まるでしゅう君が作っているみたいだ」と、隆鷗は言った。

 「だったら良かった。でも、味は兄のものとは違うと思う。あまり期待しないで」と、しゅんが言う。

 「そんなことはいいよ。わたしは寿院のところへ行って、出掛ける準備をするよ」と、隆鷗は言った。

 「そうだね。でも粥はたっぷり食べろ。六芲ろっかの隠れ家は一筋縄にはいかない。あいつは弱くて卑怯者だ。そして、その卑怯さはどんどん悪どくなる一方だ。今日は大変な一日になる。しっかり腹ごしらえしないとダメだ」と、しゅんが言う。

 やはりしゅんの話し方と何処か違うと感じる隆鷗だったが、深く考えたくはなかった。しゅんと長い間一緒にいたわけではない。しゅんの何を知っている?と、考えてしまう。


 それから隆鷗は、本堂に行った。寿院も瀬羅もすっかり出掛ける準備はできていたが、流彗りゅうけいの従者の姿は見えなかった。従者は、一旦獅舎(ししゃ)が預かると言って連れて行ったようだ。聞きたいことが山ほどあると言っていたそうだ。

 「これで大方のことが分かるだろう」と、寿院は言った。「おそらくわたしがずっと追っていた『呪い屋』のことも分かるに違いない。肩の荷が下りそうだ」

 「そしたら六芲ろっかの隠れ家にはしゅん君が案内するんだね」と、隆鷗が言った。

 「しゅんが知っているのなら、従者など足手纏いなだけだ。香舎家と黒司家は繋がりがあるのは分かったけど…。本家があって、その分家が黒司家。そして、本家の家来が香舎家。でも、香舎家は、黒司家を見下している。獅舎ししゃ様が言っていた。『呪い屋』は、一族ひとつではなくいろいろな繋がりがある郎党だと。わたしもそう思う。だとしたらやっぱり黒司家も『呪い屋』と関係があるのではないだろうかと考えるのだが…」

 「だけど…」と、隆鷗は呟いた。

 小さな声だったけど、寿院は見逃さなかった。

 「うん?だけど…?」と、寿院は尋ねた。

 「しゅん君は嘘をついていないと思うよ。しゅう君は、もしかしたら寿院に追求されるかもしれないのに、寿院を助けるために呪符を使った。これまで言っていたことが嘘だと暴露ばれるかもしれないのに、寿院とわたしを助けたんだ。間者かどうかなんて分からないけど、でもわたしはしゅう君を信じてしまう」と、隆鷗は言った。

 「それでいいと思う。だが、わたしはやっぱり黒司家も『呪い屋』だと思う。いや、もしかして、壬生陰陽師が言うようにもともと『呪い屋』なんて存在しないのかもしれない。誰かが後からでっちあげたかもしれない。しかし、九堂家、秦家、白水家、そして、譜さんの家族。おそらく何かの目的があって、家ごと乗っ取ろうとした。そして、事件をでっちあげ撹乱した。それが問題だ。『呪い屋』なんて、もう重要ではない。むしろそれに引っ張られて、肝心なことを見落としては駄目だな」と、寿院が言った。


 寿院はもう次へと進んでいた。昨日、異界が開いたなど、そんな不思議なことさえ忘れているようだった。



春(秋)に案内されて、寿院と隆鷗、そして瀬羅が香舎六芲の隠れ家へと向かう。果たして戒と、紗々を救い出せるのか…?

そして、秋が何故、寿院の元を訪れたのか…?『呪い屋』の正体は…?次回、お楽しみに…。


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