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香舎家末弟


戒は、香舎六芲に連れ去られ、行方知れずに…。

そんななか、香舎流彗は異界へ御霊を連れて行かれてしまい、現世には身体だけが残ってしまう…。

そして、秋に憑依した春が少しずつ語り始める…。



 もわもわの目ん玉のお化け…?


 隆鷗たかおうは、やたら目ん玉ばかり大きくて、身体は適当な形をしていて、全身真っ黒なお化けの姿を思い出した。


 目の前のしゅうの口から目ん玉のお化けの正体を明かされても、隆鷗は咄嗟には信じ難い。

 その傍で寿院じゅいんが好奇心丸出しの顔をして、隆鷗たかおうしゅうを交互に見ている。言葉を交わすのを待ち侘びた様子で何度もふたりを見ていたが、なかなか言葉を交わさなかった。


 「しゅうの口がしゅんと言ったよね。しゅんしゅうの弟だよね。いったいどういうことなんだろう?」と、痺れを切らした寿院がにこにこしながら尋ねる。「ねぇ、隆鷗君。君はしゅうを見ている時、瞳孔が忙しなく動いていることがある。まるでわたしには見えていない何かが見えているみたいに…。それって今のこの状況と何か関係あるのかな?」


 やっぱり寿院は鋭いな。と、隆鷗は思う。ぼんやりした顔をしながら、きちんと観察している。


 「うん。わたしは秋の背後の黒い影をいつも見ていたんだ。初めてここに来た時、物置の、少し開いた引戸からそれが見えた。物置の中には秋が隠れていたから黒い影は、秋の背後に憑いている死人しびとだと思った。いつも見えているわけではないのだけど…。黒い影は頻繁に秋の背後から出て来るようになった。ただ、ちょっと変わったやつで、好奇心の表れなのか、やたらと目ん玉がでかくてキョロキョロしているんだ。すごく落ち着きのないやつだった」と、隆鷗は話し始めた。


 「やたらと目ん玉がでかくてキョロキョロしている…?落ち着きのない…?何か心外だな」と、ぽつりと春が呟いた。「あんたには僕の姿がそんなふうに見えていたんだな?僕は正直、死んだのか、生きているのか分からなかった。ただ普通の状態でないことは分かった。そして、その状態がずっと続くとは思わなかったんだけど、今はうすうす気がついているよ。死んだ時の記憶がないんだ。秋の方が分かっているのかもしれない。ただ僕はいつもさっきの異界と同じような闇のなかにいるような気がする。いつも、一筋の光が差し込んでいて、光の方へ向かうと、いつのまにかぼんやりとした光に包まれているんだ。そして、あんた…隆鷗さんに出会った。隆鷗さんがいつも僕を見ていたから、僕の全てがいつのまにか隆鷗さんになってしまったんだ」と、春が言う。


 「…うん?君は自分が何故、死んだのか記憶がないのか?」と、寿院が尋ねた。

 「ないな。死に関する記憶はない。気がついたら、僕は今の状態だった。だけど、果たして気がつくほどの明確な意識というものも怪しいものだ。そして、ぼんやりとした光のなかにはいつも隆鷗さんがいた。隆鷗さんの周囲の知らないひとも見えていた。僕の記憶だけど…寿院さんと、むすめ…それは秋の身体から見たことではっきりしたよ。生きていた頃の記憶は…ばらばらだけど、あるかな。繋げるのはちょっと大変そうだ」と、春が言った。

 「そうか。生きていた頃の記憶はばらばらなのか。秋がここにやって来た理由をお前様に聞いても分からないのか?」

 「秋がここに来た理由…?そうだな、分からないな。僕は、父の仕事に凄く興味があって、手伝っていたんだが、秋はからっきし興味がなく、僕には寄り付かなかったから、あいつの気持ちは分からない」

 「えっ?秋は父親の仕事には興味なかったのか?」と、寿院が尋ねた。

 「まったく興味がなかった。…というより嫌っていたかな。秋は母が好きだった。でも、母は多分父の仕事のことで巻き込まれて死んだんだ。だから秋は…仕事というより、父そのものを嫌っている」と、春は虚空を見つめながら、過去を思い出して言った。だが、記憶についてか、あまり自信がなさそうにしている時もあった。

 「有難う春…」寿院は不思議な感覚を抱きつつお礼を言った。「そうなのか…?秋は呪術とか呪符とか、そういうものに興味がないのか?そうなのか…?いろいろとわたしの思い過ごしなのだろうか?」

 「でも、秋は、わたしを守るために流彗りゅうけいの従者を殴った後に、呪符を使ったんだ。寿院を守るために…」と、隆鷗は言った。


 「えっ?秋が呪符を使った…?僕の記憶は正しいんだろうか?」と、春は虚空を見つめ、考えた。

 「わたしは秋のことを間者だと思っていた。わたしのところに間者を送る理由などないが、結構『呪い屋』のことを嗅ぎ回っていたから、わたしも目をつけられたと思った。だから黒司家も『呪い屋』と関係あるのか?と考えていたのだが…?」と、寿院が言った。

 「間者…?僕の印象だと…。例えば父が秋に間者を任せるとしたら、秋はほいほい引き受けて、黒司家から解放されたと大喜びだろう…。父に報告などせずに自由奔放になる。そんなやつなんだ…秋って。だから父が秋に間者などやらせるはずがないんだよ。それと…『呪い屋』って何?」と、春は首を傾げながら、自信なさげに言った。


 春は、幾つかの記憶の映像を繋ぎながら、話していた。だが、じつはそれが正しいという確証はなかった。しかし記憶を失ったとも考えたくはなかった。

 まるで普通のひとのように振る舞った。


 隆鷗は、秋の話しと食い違っているのを春に指摘しない寿院が何を考えているのか、正直分からない。しかし、紗々(さしゃ)が、寿院は頓着しないと言った言葉が一番しっくりしていた。

 寿院は、指摘をしない代わりにひとの話しをさほど信じてはいない。寿院は、寿院の経験や不自然さや違和感を合理的に受け入れて、最も自然に受け入れられるものを受け入れている。

 これまでの寿院を見ていたら、それが一番しっくりする。だから隆鷗は、ムキになって寿院に対して反論したり、指摘したりしないようにした。


 「…えっと、寿院さん…?そう呼んでもいいかな?」と、春が怪訝そうな顔をしている。

 「勿論。嬉しいな」寿院が答えた。

 「そんなことより、別の真っ黒い闇の世界があることに、普通驚くでしょう?」と、春が話題を変えた。

 「寿院は異界と言った。わたしはその言葉がぴったりと当てはまると思った」と、隆鷗が言う。

 「へぇー。異界…?なるほど、あれは明らかにこの世ではない、別の世…異界だ。うん。なかなか伝え安いな。それで…隆鷗さん、なぜあんなモノが開いたんだろうか?」と、春が尋ねた。

 「えーと…?分からない…」と、隆鷗は困惑した。

 「しかも、この屋敷で開くとは…?ここには何かあるのだろうか?」と、春が首を傾げる。「おそらく異界が開いた頃、あのむすめが凄く眼を痛がっていて、部屋中を動き回っていたな。隆鷗さんは知っているんでしょう。あの娘の眼孔は深い穴だということを。隆鷗さんにも見えているのでしょう。そして、そこから勢いよく出てくる異界の虫…。見えているのでしょう?」

 「うん。君…?…もわもわの目ん玉のお化けがいつも闘っているのを見ていた。すごく面白かったよ。でも、異界の虫だとは思わなかった。透明の紐状のようなものだと思っていた」と、隆鷗は言った。

 「あれは異界の虫ですよ。生きている」

 「そうなんだ?」

 「…で、あの眼孔の穴は見えていたの?」

 「うん。真っ黒い深い穴だ。時折うねっている。そんなふうに見えているよ。今でも」と、言うと、隆鷗は何かを思い出したような顔をした。「そう言えばかいはどうしているの?」


 「かい…あのむすめの名か?あの娘は香舎かしゃの者が連れ去った…」と、春は、それが重要なことだと気づかずに言った。

 「なんで…!なんで黙っていたの?」と、隆鷗の表情が変わった。

 「だから今言っている。黙っていたわけではない。聞かれなかった」と、悪びれずに春が言った。

 「屁理屈言うなよ。しゅうかいを守るためにあの部屋にいたんだ」と、隆鷗は言った。

 「いや、しゅうは寝ていた…」と、しゅんは、驚いた。隆鷗が何故ムキになっているのか分からない。

 「それは、連日連夜、君がかいの虫と闘っていたから…きっと、君と秋は何処かで繋がっているんだ、だから君ではなく、秋が疲れたんだ…そうだ。きっとそうだ。あんなふうに急に気絶するように深い眠りに入るなんて、これまでの秋には考えられない。だから君はくたくただと言ってたけど、そんなに元気なんだ…。なんで…、かいが連れて行かれたのを黙って見ていたの?」と、隆鷗は、感情的に言った。

 「えっ?なんでそんなに怒っているの?」と、春は心なししょんぼりした。

 「だって…戒は寿院が連れて来たんだ。寿院が守っていたんだ…」と、怒鳴る隆鷗。


 「えっ?隆鷗君。わたしのためにそんなに怒ってくれるのかい?」と、突然、寿院が口を挟んだ。

 「おやっ、隆鷗さん、当の寿院さんは怒ってないけど?」と、少しほっとしたように春が言った。

 「寿院…?」隆鷗は不思議そうに呟く。

 「隆鷗君…。わたしは戒の選択を尊重するし、戒が連れて行かれたのなら、それは起こるべくして、起こったことだと考えてしまう。いずれそうなることだと。でも、今回は良かった…」


 「何言っているんだ。いつもいつも呑気に事を構えて、寿院が何を考えているのか、もう分からないよ」と、寿院の言葉を遮って隆鷗は怒鳴った。

 「怒鳴るなよ。わたしは紗々(さしゃ)さんを信じている。紗々さんは、どんなに急いでいる時も、切羽詰まった時も、あの通り、のんびりと話して、ちょっと馬鹿っぽいし、イラッとさせられるけど…」

 「言い過ぎだよ」と、隆鷗。

 「でも、紗々さんは強いし、頭もキレる。なかなかの戦略家だ。紗々さんが守っている以上、わたしは安心だ」と、寿院が言う。


 「えっ?でもあの部屋にはあのむすめと僕以外誰もいなかった」と、突然春が言った。

 「そうだ。紗々さんは外で男と闘っていると秋が眠る前に言っていた」と、隆鷗も続けて言った。

 「そうなのか?外の男とは香舎流彗かしゃりゅうけいが連れて来た日雇の私兵だよな。紗々さんなら眼を瞑っていても勝てる相手だけどね。いつまでも戻らないのは妙だけど…それでも心配ないよ」と、寿院はおくびも疑っていなかった。「香舎の者が連れ去ったと言ったけど、香舎六芲かしゃろっかか?」


 「香舎六芲かしゃろっかだ。あいつは小狡こずるい男だ。兄二人にいつも抑圧されていたせいか、小狡こずるくて、器も小さい。腕っぷしも弱い。だから強い者には媚び、弱い者に威張り散らしていた…」と、春が言った。

 「あれっ?君は、香舎家を知っているのか?秋はそんなこと一言も言わなかったけど…?しかし…、小狡い男…」

 寿院は右人差し指と親指で顎を軽く支えて、考えた。


 「僕は、もっと幼かった頃の香舎六芲を知っている…よく遊んでいた…。香舎家は黒司家に従うお家だったはずだ…。僕と秋は、いつもいつも六芲ろっかに騙されたり陥れられたりした。六芲ろっかが罰を与えられるのは至極当然。僕らが罰を与えられることはないはずだ。しかし、六芲はいつもいつも小狡い罠を仕掛けてきて、僕らはいつもいつも香舎家の当主に罰せられた。僕らは香舎家の当主の不満の捌け口にさせられていたんだ。本家の家来だった香舎家が分家の黒司家を見下していたのは分かっていた…。しかし、黒司家当主の父は不思議な力を持っていた。その力により香舎家はやむを得ず黒司家に従っていた。だが、香舎家は傲慢な一族。分家の黒司家に従うなど屈辱だったんだ。僕らの家を見下す言葉を何度も何度も口にしていた。幼いながらも秋と僕は分かっていた」

 突然、春がとりとめもなく話し始めた。


 「突然、どうしたの?春君…?昔のことを思い出したの?」と、隆鷗は驚いて尋ねた。

 「さっき、寝ているところを六芲ろっかに蹴られた。その時、頭の中に昔のことが蘇った。六芲に対する怒りも一緒に蘇った。六芲は小狡くて、本当に汚いやつだ。僕には分かるかもしれない。六芲があの娘を捕らえて幽閉する場所を…」と、春が答えた。「寿院さんが、その紗々さんを信じているのは分かったよ。でも、僕はあのむすめはここにいない方がいいと思った。異界が開いたのは、あのむすめに関係があると思う。異界を身体に宿しているんだよ。そんな娘を守る必要もないと思うけど、もしもあのむすめを連れ戻すんだったら、連れて行くけど、どうする?だけど、しゅうは今眠っている。隆鷗さんが言うように、僕があのむすめとずっと闘っていたからその負担をしゅうが負ったと思う。これまでにない疲労を感じて深い眠りに陥っているんだ。その隙に僕はしゅうの身体を乗っ取っているんだと思う。もしも、しゅうが目を覚ましたら、多分僕は消えると思うよ。決めるなら早い方がいい」


 「そうか。頼んでもいいかな。小狡い男。そんな男は侮れない。ひとを欺き保身ばかりを考える男はいつもはかりごとを企てる。正攻法の紗々さんが心配だ」と、寿院が言った。

 「かいのことは心配ではないの?」と、隆鷗は尋ねた。

 「戒のことは隆鷗君に任せるのが一番だ。戒を理解できるのは隆鷗君しかいないでしょう。ここは隆鷗君の選択を信じる。戒を救うも、見捨てるも多分、わたしとは関係なく隆鷗君が選択することになるよ」と、隆鷗にとって、信じられないことを寿院は口にした。

 「寿院…?わたしは、寿院とはそんなに長い付き合いではないけど、不思議と寿院のことは信じられた。なのに何故、突然そんなことを言うの?」と、隆鷗は戸惑った。

 「隆鷗君、そんなにがっかりしないでくれ。よく考えてくれ…。わたしは戒に対して何もしていないんだ。確かに最初にこの家に来るように誘ったのはわたしだ。だからといって何も強要したわけではない。ついてくる選択をしたのは戒だ。そして、その後は、隆鷗君の言葉によって、選択し続けたのは戒自身なんだ。わたしの言葉が悪かった。戒は、隆鷗君の存在によって、いろいろなことを決めている。何故なら、戒は、同じように不思議な力を持っている君のことだけ、通じる何かを感じているからだ…」と、寿院が慌てて言った。


 それは違う…。と、隆鷗は思った。戒は、紗々の温かさに触れ、寿院の身を挺したひとの真実に触れたからだ。しかし、そのことを伝える難しさを感じた。


 「それから…」と、何かを考えあぐねるように寿院は言った。「これは推測だから…。君の父上が不思議な力を持って、香舎家を従わせているのなら、香舎家にとって、戒はその対抗手段ではないだろうか?君がいつ亡くなったかは分からないけれど、黒司家と香舎家の立場の争いは今も起きているのではないのか?」

 「えっ?あの娘が香舎家にとって、僕らの家を脅かす存在だったの?」と、春は驚く。

 「いや、誤解しないでほしい。わたしは君の家のことも香舎家のことも今初めて聞いたのだ。君の話から推測したに過ぎない。後は君自身が考えることだ」と、寿院は念を押した。

 「そうか…。僕は馬鹿だった。眼孔に異界の穴を持っているような娘が香舎家に囚われ、それを操つろうとしているのなら、確かに寿院さんの言う通りだ。なんでそんなことに気付かなかったんだろう。六芲がしたり顔で無抵抗な僕を蹴った。それは、秋が完全に見下されているということだ。くそ!僕は果てしなく向こうから勢いをつけて蹴っ飛ばしてやる!」と、春が悔しがった。「隆鷗さん、今から出たら、どうしても日が暮れてしまう。野宿覚悟で行きましょう!」

 「えっ?寿院も行くんでしょう?」と、隆鷗は不安気に言う。

 「行くとも。隆鷗君を独りになどしないさ」と、寿院が微笑んだ。

 「それから隆鷗さん、もし、秋が目覚めて、僕が消えるようなことがあったら、秋を説得してほしい。僕が思うに、こんな話し秋は面倒くさがるはずです。秋は父と僕をいつも避けていたんだ」と、春が言った。


 そんな時だった。獅舎ししゃがやって来たのは…。

 獅舎は、瀬羅を連れていた。


 瀬羅は、隆鷗の顔を見ると、満面の笑みを浮かべた。その顔を見た隆鷗はびっくりした顔をして、どんな反応をしていいのか分からずに小さくぺこりと頭を下げた。

 随分と時が過ぎたような気がした。懐かしさが込み上げてきた。隆鷗は、瀬羅の傍に寄っていろいろな話しをしたかったのだが、紗々に、獅舎が苞寿の弟だということは寿院には黙っていろと、口止めされていたので、頑なに知らない顔を装ってしまった。しかし、何度も何度も瀬羅を見つめ返していた。


 その傍で一瞬だけ瀬羅を見た寿院。

 隆鷗が高熱を出した日に、突然、わらべのことで信蕉しんしょうが訪ねてきたことがあった。その時信蕉(しんしょう)の後ろに控えていた男だと思った。


 獅舎ししゃと、信陵寺の関わりにはうすうす勘づいている寿院だが、そういったことは頭の片隅にでも置いておくくらいが丁度いいと思っていた。肝心なときに引っ張ってくればそれでいい。全ての物事を明確にするのは、ひどく面倒だった。


 「寿院…紗々(さしゃ)が帰って来ないのだが、何か知っているか?」と、獅舎ししゃが尋ねた。

 「あっ、獅舎ししゃ様…それが分からないのです。部屋で戒と遊んでいたようなんですが、外の様子を見て来ると出て行ったきりです。ちょうど香舎の者が来た時でしたので、外に潜んでいた例の日雇の私兵と闘っているものだと思ったのですが、それにしては帰って来ない。その間に香舎六芲が戒を攫ったようで、そのことに関係しているのではないかと、今から香舎六芲が潜んでいそうな所へ行くところです」と、寿院は答えた。


 「香舎の者…?」と、ぽつりと獅舎が呟いた。


 獅舎ししゃは、少し黙り込んで、庭から本堂へ視線を移した。本堂は異様な雰囲気だった。つい先程まで、男が刀を振り上げてじっとしていた光景に違和感を覚えながらも、私兵と呼ばれていた、ごろつきを数人片付けたところで、そそくさと屋敷に戻ってしまった。たいしたことのないごろつきだったので、寿院ひとりでも充分だろうと思ったからだ。

 それに、通りすがりの者と剣を交え、斬られた香舎菊之丞のことでいろいろ調査をしていた瀬羅が獅舎のところを訪れていた。香舎菊之丞については謎が多くて、誰に斬られたのか、まだ分かっていなかった。


 寺でのんびりしている影近が斬ったと、誰も知る由はなかった。


 香舎菊之丞のことで、香舎家が動き出すのではないかと、警戒していた獅舎と、瀬羅だったが、ひとり、その存在は知っていたものの、居場所がまったく分からなかった香舎流彗のことも気掛かりだった。


 「なんだ…?寿院。本堂の中はどうなっているんだ?あそこに倒れている者は、先程、刀を振り上げたまま動かなかったやつか?いったい誰なのだ?」と、獅舎が尋ねた。

 「香舎流彗です。最初は、白蛇に憑かれているので祓ってくれ。と、ただの相談者のふりをしていたんですが、戒が正体を教えてくれました」と、寿院が答えた。


 「えっ?香舎流彗だと…」

 寿院の言葉に驚いた獅舎ししゃは、咄嗟に黙り込んでしまった。

 その傍にいた瀬羅も、また驚いていた。


 「何故、香舎流彗がここにいるのだ?」と、獅舎が言う。

 「ですから相談者のふりして白蛇を祓いにここに来たんですよ」


 「香舎流彗は、姿を消して、修行をしていると聞いた。なんでもひとを惑わす幻術の修行をしていると。このところあらゆるところで流彗の幻術の噂が飛び交っている。先祖が神と崇めた大蛇を召喚し、ひとを喰わせるだの…たいそう物騒な噂だ。だから我らも警戒していたところだったのだが…」と、獅舎が言う。

 「わたしもその幻術の犠牲者です。すっかり騙されました」と、寿院が苦笑する。

 「流彗は気絶しているのか?」と、獅舎が尋ねた。

 「いえ、死んでます…」と、寿院が言う。

 「これはまた…。いよいよ香舎家と戦だな」と、獅舎が凄む。「寿院…お前様がやったのか?覚悟しているというわけか?」

 寿院は、まるでその場で飛び上がる程びっくりしたかのように大袈裟に驚くと、激しく首を横に振った。

 そして、これまでの経緯を大袈裟な身振り手振りを交え説明した。


 異界が開いて、白蛇が出て来たなど、寿院の突拍子のない説明に獅舎も瀬羅もただ唖然とするばかりだった。



黒司秋は、寿院の屋敷に来た時、こう語っていました。


「僕は黒司秋といいます。呪術師の家系に生まれました。しかし、僕には何の力もありません。家族は父と僕だけです。なので、呪術師は父の代で終わってしまうでしょう。父は呪術師といっても呪符づくりを得意としたしがない術師です。何処にも属していない術師なので、名も知られていませんし、表立って生業にしているということもないのですが、しかしながら、父の呪符は闇取引のなかでは少しは名が通っております……力のある呪符と言われています。なので、寺院とか神社とか、そして陰陽師とか、他の由緒ある呪術師のなかではいささか煙たがられています。しかし、そんな人たちが意外と必死に欲しがってきます…なんとも矛盾した話しです…


 家が代々続く呪術師でいられたのは代々能力者が生まれたからです。しかし、双子だと、能力が分割されて薄れてしまうということで忌み嫌われていたのです……一族は弟か僕のどちらかを殺めようとしました。


 だから父は、一族から逃げたのです。逃げたとしても、そうした一族の掟からは逃げられなかった。母が僕らを守って、殺されました。それでも父は諦めずに僕らを守るために更に逃げたのです。そして、つい最近まで、我ら三人は無事に…それでも幸せに暮らしていました。しかし、父が生活のために作った呪符が目をつけられ、弟を人質にされてしまった。

 父は仕方なく沢山の呪符を作りました。父の作る呪符は、力があります。いくら弟が人質にされたとしても、父は作りたくなかったのです。おそらく父は覚悟したのだと思います。文を置いて失踪してしまった……もう、どうしていいか分からずに、こうして父を探しているのです…」


 その時、隆鷗は、思った。


 双子の弟?

 あぁ、このもわもわの目ん玉は弟なのか?だとしたら…、もう亡くなっているということか…。あまりにも気の毒すぎる。


 春が語った話しを聞いて、寿院は何を考えていたのかはまだ分かっていません。



※ 2025/9/30 誤りを修正しました。

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