初めまして隆鷗さん
虚空に浮かぶ文字が見える月子がかつて寿院の周囲にはたくさんの言葉が溢れていて、寿院の姿さえも隠れて見えない。と言った。寿院の頭のなかはいったいどうなっているのか…。そして、隆鷗は見たこともない呪いのような文字を纏っている。と言う月子。旋寿は、その文字を隠り世の文字だと言う。そんな寿院と隆鷗が異界の異形のモノと闘う。そこに秋が加わる…。
初めて、その少女を見た時、氷のような瞳が随分印象的だと感じた。そのせいか何処かひととかけ離れた不思議な感覚に陥ったことを紗々は、忘れない。そして、初めて会話を交わした時、触れるのが怖かった。触れた感触からひとの温もりが感じられないのではないかと思ったからだ。
「絶対眼を見たら駄目だ。目が合うと、自分が肉体の奥へと閉じ込められる感覚を味合う。そして、肉体と分離されて、後は絶望に支配されてしまう」と、寿院にきつく言われた。
しかし、紗々は、可能な限り、少女を見つめた。
氷のような眼は、少女を冷酷な印象へと結びつけてしまうが、よく見ると、そうではなかった。ただ、おおよそ生きているものとは違う別な何かのようだ。その何かというものが思いつかなかった。しかし、敢えて言うのなら、ただ単に美しい物…。そう表現するしかなかった。
「こんにちは戒ちゃん」と、初めて言葉を交わした時、俯いていた少女は、はにかんだ様子で、黙っていた。
「私は戒ちゃんの眼を見ないから、いつもここを見ているから…戒ちゃんは遠慮しないで私を見てもいいのよ」と、紗々は言った。その時、指差した鼻の温かさを感じ、紗々はほっとした。そして、戒の手を握りしめて鼻を見つめると、何故か言葉にできない感情が込み上げてきて、紗々は思わず抱きしめていた。
「戒ちゃんあったかいね。ごめんね…私…。私に何でも話してね。うん。話さなくてもいい。傍にいるからね…」
紗々は、勝手に想像して、ただ単に美しい物…と、感じたことを謝ったが、それを戒に説明できるはずもなく、口を噤み、違う言葉を貼り付けてしまった。
戒の顔が桃色に染まった。
抱きしめられた紗々の身体の感触が心地良くて、戒は頭がぽわんとした。自分でも気づかないうちに紗々の背中に両掌を回して、ほっぺたを肩に預けていた。
このまま時が止まればいいのに…。
戒は、そう思った。
それから戒は可能な限り、紗々の傍にいた。そして、少しずつ距離を縮め、触れた。次第に紗々の着物を掴んでいた。片時も離さず。やがて、手を握った。掌、手首、腕を、戒はずっと掴んで離さなかった。
紗々は戒のやりたいようにさせていた。でも、戒から絶対紗々の眼を見なかった。
紗々が、鼻を見ているから大丈夫。と、言っても、戒は見なかった。
戒が恐れているのが、紗々には伝わっていた。だから、紗々は、いつもいつも戒を抱きしめた。
そんな時だった…。
香舎流彗が尋ねてきたのは…。
紗々と、戒は、小部屋で石なごをして、遊んでいた。
やがて、紗々が外の様子を気にし始めた。
流彗は、屋敷の周りにたくさんの私兵を潜ませていた。
「ふん、またどうせ日雇いの私兵もどきでしょう」と、紗々が呟く。
「なーに私兵もどきって?」と、頬を赤らめ戒が言った。
紗々は微笑みながら答えた。
「私兵って、お家を守るために幼い頃から訓練されていて規律正しいし、強いのだけれど。もどきって言ったのは、村人や町民にお米を渡して、守ってもらうの。だけど皆んなばらばらだし、そんなに強くないから、私だったら一瞬で倒せる!」
「へぇー。紗々って強いんだね」と、戒が言った。
「はい。紗々は強いのです」と、自信たっぷりに紗々が言う。
そして、紗々は外の様子を見に行った。
出かける時は、紗々が戒を随分心配していたけど、今は戒が紗々を随分心配している。心配のあまり立ち上がったり、座ったりを繰り返しながら、部屋中を歩き回っていた。時折、歩みを遮る、秋を思いっきり蹴飛ばした。秋は、本堂から戒のところへやって来て散々悪態をついた挙句に居眠りを始めたのだった。
そして、今しがたまで話していた隆鷗が、本堂に戻って暫くしてから、戒に異変が起こった。
氷のような瞳が戒の意思に反して、ぴくぴくと動き出したのだ。やがて悲鳴を上げる程に痛み出し、戒は部屋中を無軌道に歩き始め、やがて暴れ出した。
眼球が飛び出しそうな嫌な痛みだった。この痛みは初めてではなかった。これまでに二度、同じ痛みを味わった。
いつも流彗といる時に起こった。
そうだ…。この痛みは流彗に憑いている白蛇と関係している。もしかして、流彗は、近くにいるのか?
「白蛇が現れる…?」
戒は、痛みを堪えて、這ってでも寿院と隆鷗に知らせようと、ゆっくりと、ゆっくりと引戸に近づいていった。
居眠りをする秋がゆっくりと寝返りを打った。
いつのまにか目を覚ましていた秋が息を潜めて、戒の様子をじっと見ていた。決して戒を助けようとせずに、声をかけるでもなく、ただ観察するようにじっくりと…。
戒が引戸を開けると、男の足が見えた。四本…。二人。
戒は、その男たちに強引に抱き抱えられ、どうやら連れ去られたようだ。
戒の、籠った声が聞こえた。猿轡をはめられたのか。そして、引戸が閉められたと思ったら再び開いた。
一人の男が秋に歩み寄って来た。
瞬時に目を閉じて寝たふりをした秋の傍に立ちはだかる男。
男は不気味に笑った。
「ふふふ…黒司の若様か。ふふふ…出来損ないの方の若様か?双子の優秀な弟は掟によって殺されるなんて、ふふふ…情け無い当主だ。出来損ないはせいぜい…間者をするくらいしか脳がないというわけか?でも、何の役にもたってないと聞いたが、こんなところで呑気に居眠りか…ふふふ…ふてぶてしいな」
ぼそぼそと呟いた男は、蔑むように秋を蹴ると、すぐに部屋を出て行った。
秋の目蓋が開いた。
「香舎六芲…か。随分と小さい男だ。ふん…香舎家…落ちぶれた家は、どうしたって変わりはしない。それにしてもあの娘は…?」
秋はゆっくりと起き上がり、注意深く部屋の引戸を開いた。
香舎六芲も娘も、もう姿が見えなかった。あんな人数で見つからなかったのか?
「いや、そんな余裕はないのだろう…」
秋は、長い廊下の先にある本堂から差し込む光を見た。光のなかに感じる圧は、震えるほどに屋敷の空気を変えていた。
秋は、本堂に行かなくても、その状況が予測できた。素早く大部屋に入ると、秋の手荷物を探した。そして、布袋を見つけた。中に上質の絹に包まれた硯と固形墨、そして筆と短刀が入っていた。
「やっぱりあいつ持っていたな」と、秋は微笑むと、短刀で左掌を斬った。溢れ出る血を硯の中に注ぎ入れ、固形墨を擦った。そして、素早く血の墨に筆をつけ、秋は、本堂に向かった。
「なんとか青斬刀を渡してくれ…!」と、寿院が叫ぶ。
異界の入口から出て来た白蛇は隆鷗を青斬刀ごとぐるぐるに巻きついて、頭をもたげて隆鷗を喰おうとしていた。
「く…苦しい…」と、隆鷗は声も出ない。
もしも、異界の大蛇に喰われたら、身体は現世に残るのだろうか…。初めて悪霊を見た時には、まさか、こんな異界を見るとは…異界から出て来る白蛇を見ることになるとは、考えもしなかった。悪霊を見た時からわたしの死は決まっていたのだろうか…?
隆鷗の表情がまるで生気を失っている。
寿院は、心の眼を開くこともできずに闇雲に隆鷗の周囲を殴ったが、何の感触も得ることが出来ずに焦るばかりだった。
「隆鷗…必ず助けるから…諦めるな!隆鷗…!」
隆鷗の眼がかすかに開いた。隆鷗の眼に何か映っているのだろうか。瞳孔が動いた。
寿院は、隆鷗の視線を追った。
そこには、秋が立っていた。
「秋…!危ないから部屋に戻っていろ」と、寿院が叫ぶ。
秋は眼を凝らしていた。何処に視線を投げているのか、隆鷗には眼もくれずに天井を仰ぎ見ていた。
その視線の方向に微かに違和感を覚えたが、寿院は、秋に構っていられなかった。
しかし秋は意外なことを口にした。
「おじさんこそ下がって!」
おじさん…?
しかし、秋は、寿院が想像もできない程、素早い動きで隆鷗が身動きできないすぐ傍の床に、見たこともない不思議な図形のような奇妙なモノを描き殴った。そして、筆を床につけたまま移動した。呪符に縛られた流彗の足元で、秋は再び奇妙な図形を描き殴った。
そして筆を口に咥え、両手を天井へ高々と上げた。
その時、隆鷗には見えていた。
秋が描き殴った図形から一斉に無数の蜘蛛の糸が溢れ出て白蛇の頭に絡んで床に縛りつけた。次に描かれた図形から出た蜘蛛の糸は尻尾の方の体を縛った。
白蛇は隆鷗の身体に巻きついていた塒を緩め暴れ始めた。
隆鷗の身体は投げ出され、壁に衝突した。
何が何だか理解できなかったが、隆鷗には、その一部始終が見えていた。
身体中に激痛が走った。しかし青斬刀は離していない。隆鷗は激痛に耐えて構えた。
「寿院、秋君が描いた文字から蜘蛛の糸がたくさん出て来て蛇を縛って床に固定した。白蛇はひどく暴れている。気をつけて…!」隆鷗が叫ぶ。
「文字…?文字」寿院は一瞬、都で出会った童を思い出した。しかし、それはどう見ても文字ではなかった。絵図だ。「だが隆鷗君…わたしには何も見えない。白蛇が暴れたところでわたしは何かを感じることができるのか?」
だがその瞬間、寿院は、突風のような空気圧を感じたかと思うと、外へ吹っ飛ばされた。
いる。確かに。
外から静かな心で見ると、先に音を感じるようになった。軋む。ぶつかる。ぶち当たる。激突する。音が響き始める。音が響くと、次第に影が見えてきた。
痛みを我慢しながら隆鷗が白蛇を斬っている。ただ空を斬っているわけではないことが分かる。刀に重圧がかかっていた。重そうだ。
暴れた白蛇が、流彗を縛った糸を切った。流彗の身体が吹っ飛んだ。すぐに秋が流彗を壁の方に寄せた。白蛇は次々と蜘蛛の糸を切っている。その度に秋が正確に奇妙な図形を描き殴る。すると、その場所が静止するように映る。
隆鷗が疲れている。隆鷗の動きも鋭くて速い。疲れるのも当然だ。
寿院は、再び、疾風のように本堂に入った。そして、倒れそうな隆鷗を本堂の隅に移動させると、青斬刀を受け取った。
寿院は目蓋を閉じた。
本堂のなかの空気の動きを感じながら小さな音でも逃さず白蛇の動きを探った。目蓋の裏の闇のなかで、色濃く白蛇の影が浮かび上がった。そして目蓋を開くと、その影が本堂の光景に重なった。そして寿院は、青斬刀を振り上げ、白蛇を斬った。寿院の動きは隆鷗より更に鋭くて、速い。幾度も振りかぶって斬っている。青斬刀は正確に白蛇を捉えていた。
隆鷗は驚きを隠せない。
そこに秋が歩み寄ってきた。
「すごいな、あのおじさん。見えているのか?」と、秋が言った。
「えっ?おじさん…?…寿院は見えていないよ。わたしの説明をただ信じているだけだ」と、隆鷗は答えた。
「だけど、今は何も説明していないよね」と、秋が言う。
「それが寿院のすごいところなんだ。わたしの説明から周囲の状況を聞き分け、白蛇の動きを予測しているのだけれど、それを理屈ではなく本能で感じとっている。誰にも真似ができないよ…ところで秋君も白蛇が見えているの?」と、隆鷗は言った。
「うん。この眼では見ることができない。でも、うっすら影が見えている。ある意味おじさんと同じかも知れない。だけど、あのおじさんには敵わないな。もともと見えている僕は、ただ集中して捉えているのだと思うよ」と、秋が答える。
「もともと見えている?」と、隆鷗は呟いた。
秋は黙って寿院を見ていた。
次第に白蛇の動きが鈍くなっていく。
「不思議だよね。誰も異界の入口など見えていない。でも、それは存在しているんだ。この世界はひとつではないんだよね。いったいどれくらいの者がそれを知っているのだろうか?」と、秋がぽつりと言う。「すごいね。おじさんが危なかったら手助けしようと思っていたけど僕の出番など全然ないや」
「君は本当に秋君なの…?」
「あのおじさんは、異界も、異界に存在している異形のモノも全然見えていないのに、そういったモノが見えているあんたを通じて異界の存在を知った。そんなモノ知る必要がないのに。ただ厄介なだけだ」
「君は…誰…?」
「あんただけが知っている。僕がここのところずっとあの娘の穴から出て来る異界の虫とずっと闘っていたことを。僕はもうくたくただ…。だけどこの通り全然疲れていないんだよ」
隆鷗は、秋が何を言っているのか暫く理解できなかったが、ようやく理解した。しかし、それを信じることができなかった。
「娘の穴から…?」と、隆鷗は尋ねた。「それは戒の眼孔のことを言っているのだろうか?」
その時には寿院の青斬刀の勢いに白蛇がぐったりし始めていた。
「さて、おじさんが白蛇をやっつけそうだ」と、秋が爽快に笑った。「本当に凄いな。秋が好きになるはずだ。僕だって好きになってしまうよ」
「………?」
隆鷗は、青斬刀を渡した時から何処かほっとしていた。寿院の集中した顔は、まるでどんな優秀な呪術師でも敵わない、神通力を獲得した修行者のようだ。
「寿院、もう大丈夫だ。もう白蛇はくたばる」と、隆鷗は叫ぶと、寿院に歩み寄った。
「おう…。隆鷗君も大丈夫か?」と、寿院が言う。
「うん。寿院、トドメを刺した方がいいかな?」
「えっ…?トドメを刺したら、死体はここにずっといるの?えぇぇ、それってなんかね。どう思う?隆鷗君」
「えっと…。知らないです」
「でも、わたしは見えていないから、あれだけど…。隆鷗君、ずっと見えているんだろう。君がいいならわたしは別にいいけど」
「あっ…嫌です。でも、白蛇はすごく弱っていて、動かないのだけど。なんかそれはそれでどうなんだろう?」と、隆鷗が困惑する。
「ねぇ、あんたたち馬鹿なんですか?異界が閉じれば、白蛇も幻のように消えるだろう?」と、秋が呆れる。
「えっ?消えるの?」と、寿院が驚く。
「異界が開いているうちは、そこは、もう現世と隠り世の狭間にいるんだよ。異界が閉じれば現世に戻ったことになる…知らんけど」と、秋が言った。
「知らんのかい!」と、寿院。「…って言うか、お前誰だ?」
やっぱり寿院も気づいていたのか?と、隆鷗は思った。
秋の喋り方や言葉の選択、そして、何よりその鋭さ、いつもの秋ではない。もしかして、白蛇と闘った秋が本来の姿なのか?普段の秋は、意識して変えているのか?
そんな話しで寿院も隆鷗も、そして秋も油断してしまった。
あたりの空気が一瞬動いたかと思ったら、白蛇がぶるっも震え、一気に鎌首をもたげ、これまでくたばっていたとは思えないほど鋭く速く、流彗の上半身をぱくりと口の中に入れ、さささと異界の入口に消えていった。
一瞬隆鷗は反応できなかったが、寿院はすでに動いていた。異界に首を突っ込んだところで、閉じ始めたので、隆鷗は寿院の足を引っ張って異界から出した。間一髪だった。
「おおぅ、なんか分からんが死ぬかと思った…」
寿院が荒い呼吸をしていた。
見えていないのにわたしより反応が早かった。と、隆鷗は呼吸を整えながら、そう思った。
ふと、閉じた異界の入口を見ると、何もなかったように空間の歪みは消えていた。
寿院の顔を見ると、意外に普通だった。隆鷗にしてみたら、異界の入口の向こう側に見えていた異界の闇は深く、一度でも入ってしまえば、上下左右の認識もできず、時の感覚さえなくなりそうな恐ろしい闇が広がっていたようだった。
呼吸を整えた寿院は、ほっと安堵した顔をした。
「流彗は大丈夫だよな」と、寿院が言う。
「えっ!流彗は異界のなかに…?」隆鷗が驚く。
「何を言っている。ここで意識を失っているではないか?」
「えっ?」
流彗の身体は異界の入口の傍まで移動していた。寿院は、不自然に移動する流彗に反応したのだ。
無我夢中で寿院の跡を追った隆鷗は、半ば流彗の姿を視界から外していた。状況が掴めていない隆鷗の眼に流彗の姿が映った。
「本当だ。流彗は異界の中へ連れて行かれたと思ったのだけど、何でだろう?」
「馬鹿だな…」と、言いながら、秋が歩み寄ってきた。「さっきも言っただろう。異界が開いている時は、現世と、隠り世の狭間にいるんだよ。異界が閉じたから、今はもう現世に戻った。流彗は異界に連れていかれた。だからそこに残っている流彗は存在しないも同然。つまり肉体だけ…。御霊は異界にいる」
「なんだ、その、世にも奇妙な伝説のような話しは…?つまり流彗はもう死んでいるということか?」と、寿院は驚く。
「ご明察…」と、秋が言う。
「えっ?それは困ったな。香舎菊之丞は、通りすがりの者と剣を交え敗れて死んだという。そして、今度は流彗が異界に呑み込まれ死んだ。ねぇ、隆鷗君。これ全部わたしたちのせいではないよね。でも…香舎家にしてみたら、どうなんだろう?我らが殺したと見るんだろうね」と、寿院がおどおどする。
「えっと…。そう見ると思う」と、妙におどおどする寿院を目で追いながら隆鷗は言った。
「えぇぇぇ!!…ということは攻めて来るよね。香舎家が攻めてくるよね…!」と、寿院が慌てて言う。
「寿院、落ち着いてよ。攻めてくるから何だって言うの?」と、強がって隆鷗は言った。
「いや、むしろこっちから攻めるのが筋だ」と、秋が言う。「あの娘、おじさんが連れて来たのだろう。あの娘のことを何処まで知っているんだ?僕が推測する限り、あの娘はとんでもねぇ…。香舎が攻めてくるとかそんな小さなことで右往左往するなよ。これからとんでもなくでかい闘いに身を投じることになる…」
「なんだよ…それ」と、寿院が涙目になった。
「知らねぇよ…」と、秋が突き放した。
「で…、お前、いったい誰なんだ?」と、寿院の顔つきが変わった。
「えっ…?」秋が止まる。
隆鷗は固唾を飲んで秋を見つめた。
秋がゆっくりと溜息をついた。
「そぉーっとしといてくれれば良かったのに」と、秋は隆鷗を見た。
「もしかして、それが秋君の本来の姿なの。これまで、何かとわたしに言いがかりをつけてきた秋君は、あれは仮の姿なのかな?」と、隆鷗は尋ねた。
「いやいや…。あれが本来の秋だよ。僕は秋ではない。僕の存在を知っているのは、あんたひとりだ」と、秋は隆鷗を指差した。
隆鷗は、驚くこともなく、秋をじっと見つめた。その傍で寿院がふたりを見守っていた。
「僕はあんたの名前も知らなかった。だけど、あんたがいつも僕を見ていた。あんたの存在だけで、僕はいつもほっとしていたよ。知らんけど…」
知らんなら、言うなよ。と、思いながら、秋を見つめる隆鷗は、頭の中の霧のようなぼんやりとしたものがゆっくりとゆっくりと晴れていくように、秋の正体を理解しようとしていた。
「うん。その顔はもう大方理解しているみたいだ。これまで僕はこちらの世界の音が聞こえていなかったから、あんたの名は分からなかったけど、でも、一緒に白蛇を倒したからあんたの名前が分かったよ」と、秋が言った、
「こちらの世界の音が聞こえなかった…?」と、ぽつりと鸚鵡返しに呟く隆鷗。
「初めまして隆鷗さん」
満面の笑みを浮かべて、秋が言った。
初めまして…?
隆鷗は、心の中で呟いた。
「僕は春だ。秋の弟の春だ」
「もわもわの目ん玉のお化け…?」
ごく小さな声で隆鷗は呟いた。
秋の正体に驚く隆鷗。そんな不思議な状況を楽しむ寿院。果たして、春の口から秋の目的は語られるのか…?そして、六芲に拐われた戒は…。
現在、必死に書いております。どうなるのか…まだ分かりません。ご了承下さい。
※2025/9/23 整合性のために一部修正致しました。ご了承下さい。




