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白蛇に憑かれた兄弟

結局、残酷無残な剣の達人は姿を見せなかった。そんななか次々と珍客がやって来て、寿院も隆鷗もうんざりしているところに、憑きモノを祓って欲しいという兄弟が訪ねて来た…。



 あれから随分緊張した日々を過ごしていたが、冷酷無残な剣の達人は、遂に姿を見せなかった。

 紗々(さしゃ)は、このまま寿院のところに留まるか、考えていた。だが、すごくかいが懐いてしまったので、屋敷に戻るのは少し気が引けた。

 ただ、この通りは人通りが少ない。だいたい獅舎ししゃの息がかかった者が通るか、たまに寿院を訪ねてくる者しか通らない。

 しかし、ここのところ人通りがやけに多い。かいの存在が関係しているのか?それもまた、戒から離れられない理由のひとつだった。


 戒はひとときも紗々(さしゃ)から離れない。まるで紗々を母親のように慕っていた。しかし、いつも寂しそうだった。紗々の顔を見られないからだ。それが戒にはひどく負担になっていた。



 これまでがらりとしていた通りに、人が増えたのは、寿院も感じていた。

 たまに、寿院の屋敷に入って来る者もいた。

 だいたい寿院を占い師だと勘違いした下級貴族がこそこそ門をくぐり、寿院の名も知らずに、「頼もう」と、叫び、惚れた女子おなごについてべらべらと話し、この女子おなごと結ばれるだろうか?と、聞いてくる始末だ。

 何人か続け様に似たような話しをする者たちが訪れてきて、寿院も隆鷗もうんざりしていた。最後に訪れた貴族には、女子おなごの話を始めた途端、「帰れ!」と、寿院は怒鳴っていた。


 「隆鷗君、これは誰かが、女子おなごに関することなら寿院という占い師が当たる、などと噂を流しているに違いないな」と、寿院が言った。

 「でも、誰も寿院の名を知らない」と、隆鷗が言った。

 「なるほど…?と、言うことは、この近辺で噂を流しているのか?大通りは、よく貴族様が通っているしな。手当たり次第に声をかけているのかもな。てっきりわたしも有名な呪術師になったものだと思っていたが…」

 「なんか、全員、気色悪かった」と、隆鷗は不快そうに言った。


 そこに、二人の男が入って来た。広い玄関の土間で立ち竦む二人は、寿院が顔を見せた途端に丁寧に頭を下げ、挨拶をした。

 そして、憑いているモノを祓って欲しいと、言うので、寿院は、二人を本堂に通して、隆鷗を呼んだ。

 二人は、これまで訪ねて来た者たちとは違った。

 

 二人は兄弟だと言う。主に喋っているのが兄だ。兄が言うには、昔、家の天井の太い梁に一匹の蛇が住み着いた。蛇は白くてぼんやりと輝いていた。性質も静かで家人を襲うこともなかったから、おそらく家守の神様だと、崇めるようになった。家人は『白蛇はくじゃ様』と、朝晩、御五供と称し食を与えた。主に生き物だった。始めて梁で見かけた頃は小さな蛇だったが、生き物を与えるようになって、どんどん大きくなった。ひとの腕ほどに太くなり、大人ほどの身長まで長くなった。与える生き物もどんどん大きくなっていき、遂には、梁と変わらないくらいの大蛇となってしまった。それでも家人はずっと変わらず『白蛇様』と崇めていた。何故なら『白蛇様』が大きくなるほどに家が繁栄していったからだ。

 しかし、天井の梁が『白蛇様』を支えきれなくなりそうだったので、敷地内に『白蛇様』の御殿を建てた。家人は、白蛇御殿と呼んだ。そこからゆっくりとおかしくなっていった。与える生き物がどんどんいなくなったのだ。そして、遂には人買いから人を買って与えるようになった。しかし、それは村人の知るところとなって、大騒ぎだ。そんな折り村人が何人かいなくなった。村人は、白蛇御殿を恐れる反面、怒りを募らせた。そして、怒りが頂点になった時、誰が声をかけるでもなく、皆、松明と鍬や鎌を持って白蛇御殿を襲撃した。やがて、白蛇御殿は火を放たれ、すぐに屋敷にも火が放たれた。

 燃え盛る白蛇御殿のなか真っ白い大蛇が空を目指し飛び立とうとしたが、飛ぶことができなかった。燃え盛る火のなかで天空を仰ぎのたうちまわったそうだ。それが兄弟の先祖だった。


 「我が一族は白蛇に祟られるようになりました。代々白蛇に取り憑かれた子が生まれるようになったのです。我らの代では弟が白蛇に憑かれています。弟は奇行を繰り返し、人を襲うようになったのです。本来優しい子供なのだ。お願いします。弟の白蛇を祓って下さい」と言う。


 寿院は、兄の長い話しをぼんやりとした表情で聞いていた。

 弟に白蛇が憑いているのか?

 寿院は、隣りに座っている、やはりぼんやりとした顔で長い話を聞いていた隆鷗を見た。

 寿院は、本当に白蛇が憑いているのか?と聞きたいのだろう。しかし、隆鷗は何の反応もせずにぼんやりしたままだった。


 なんか妙だな。寿院は思った。寿院の頭もなんだかすっきりとせずに、霞がかったようにはっきりとしない。身体もなんか重い。

 「隆鷗君、今の話しどう思う?」と、ぼんやりした頭をはっきりさせるために隆鷗に声をかけた。

 隆鷗は、表情を変えることなく、じっと寿院を見ていた。

 「何で黙っているんだ」と、寿院が尋ねる。

 尋ねている間も身体がどんどん重くなっていった。あまりにも重いので、自分の身体を見てみると、身体中に白蛇が纏わりついていた。

 「わっ!隆鷗君、なんだこれは…!」


 「弟に取り憑いた白蛇様ですよ」と、兄が言う。「弟は自分の意思に関係なく、白蛇様の意のままに動いてしまいます。白蛇様は今、大変腹が空いているのでしょう。家人が与えた人の味をいつまでもいつまでも覚えているのですよ。だからお願いです。白蛇様を祓って下さい」


 寿院は蛇に巻きつかれ身動きがとれなかった。祓えと言われても、これでは何も出来ない。

 「隆鷗君、隆鷗君…」寿院は何度も隆鷗を呼んだ。しかし、隆鷗はぼんやりとした顔をして、ただ寿院を見ているばかりだ。


 おかしい…。隆鷗のぼんやりした顔に現実感がない。

 「腹を空かした白蛇はだんだん身体を締め付け、身体中の骨を砕くのですよ。早く祓わなければ、あなたの身体は軟体動物のようにぐにゃぐにゃになっていくでしょう…」

 兄の声が何処からもなく響いてきた。その声と共に締め付けてくる白蛇。身体中から軋む音が響いているのを、寿院は耳の内側で聞いた。

 「隆鷗君…。しっかりしろ。しっかりするんだ。目を覚ませ、目を覚ましてくれ!青斬刀でこの白蛇を斬ってくれ」寿院は必死に隆鷗に訴えた。しかし、隆鷗はただ、ぼんやりしているだけだった。

 薫物たきものか何かを嗅がされたのだろうか?もしかしたら幻覚を見ているかもしれない。

 「隆鷗君、目を覚ませ!」と、寿院は叫んだ。だが、隆鷗の姿が次第に霞んで見えなくなった。

 白蛇は容赦なく締め付けてくる。

 「もしかしたら…わたしは死ぬのか?」

 身体中が軋み、骨が砕かれる音が聞こえる。

 「隆鷗君…隆鷗君。目を覚ませ…!」


 寿院…。

 寿院…。なにを…。

 何を…している…!


 遠くから隆鷗の声が聞こえてくる。

 隆鷗君がやっと目を覚ましたのか?


 いや…!?

 幻覚を見せられているのは…わたしだ!

 「隆鷗…隆鷗君、わたしの目を覚ましてくれ」

 寿院は叫んだ。


 「寿院、騙されるな!白蛇なんて憑いていない。わたしには何も見えない。しっかりするんだ!」

 隆鷗の叫び声が聞こえてきた。

 ぼんやりした視界も少しずつ見え始めてきた。

 目の前にいた二人の兄弟が見えてきた。

 何故だか、兄は刀を持っているが、まるで固まっているみたいに動かない。

 隣りを見ると、緊張した面持ちで隆鷗も青斬刀を構えている。


 いったい何が起こったのだ?


 「頼む、寿院、目を覚ましてくれ」と、隆鷗が少し怯えていた。

 「ああ、すまない。隆鷗君。わたしは幻を見ていたようだ」身体中を締め付けていた蛇は消えていた。「何が起こった?」

 寿院は、冷静になった。目の前に血走った真っ赤な目をした兄が刀を振り上げ、足を踏み締めている。寿院を斬ろうとしているところで、何故だか止まっている。

 隆鷗は弟と闘っているようだ。隆鷗の太刀筋はなかなかのものだ。幼い頃から剣の手解きを受けていた者の太刀筋だ。隆鷗の出自は武士なのか?

 だが、青斬刀では人は斬れない。

 寿院が周りの状況を見極めていた時に兄弟とは別に数名の男が玄関や本堂の庭から庇下ひさししたの廊下へ土足で入って来て、剣を抜いた。


 「男が話しをしていた時に寿院は何かを嗅がされたんだ。だから幻を見た。でもその男は放っておいて大丈夫だ。呪符だ。蜘蛛の糸が絡んでいるから、動けない」と、弟と戦いながら隆鷗が寿院に説明した。

 「男?呪符、蜘蛛の糸?隆鷗君…?」寿院は、隆鷗が言っている意味が分からなかったが、乱入してきた男たちが容赦なく襲って来た。

 寿院の眼光が男たちを捉える。

 鋭く、早く動く寿院を前に男たちは次々と倒れていった。寿院は素手だった。

 そして、最後に隆鷗と闘っている弟を倒した。


 乱闘騒ぎを呈していた本堂が静かになった。

 隆鷗は、安心したのか、その場に座り込んでしまった。

 そして、流暢に白蛇に祟られた話しをしていた兄を、寿院が首を傾げながら睨んだ。真っ赤に充血した恐ろしい眼で兄も睨み返した。

 だが、寿院は兄の身体が固まったように動かないのが理解出来なかった。

 「隆鷗君、この者は何故、身体が止まっているんだ…あっ?でもその前にこの者の正体をはっきりするのが先だな」と、寿院が言う。「白蛇の祟りなど嘘八百並べて長々と話して、すきあらば幻覚を見せる薫物たきものか何かの香のようなものを嗅がせ、更に言葉巧みに、わたしに白蛇の幻覚を見せたな」

 「お前、すぐかかったな」と、男は薄ら笑いを浮かべた。「こんなに早くわたしの術にかかる男はこれまでにいなかったな。すごくやりやすかったぜ」

 「あっ?でも失敗しちゃったんだ?こんな時期に私兵を連れてくるんだものな、正体を明かしているようなものだ。お前さんが冷酷無残な剣の達人…」

 「んな訳ないだろうが。あいつは大通りでおっ死んでいた!お前たちの仕業だろう!」

 「な、訳ないよな。と言おうとしたのに、せっかちだな。しかし、冷酷無残な剣の達人が死んでいたとは驚きだ。大通りでやられたのか?えっ?まさか通りすがりの者にやられたのか?えっ?簡単にやられたな?本当に…冷酷無残は置いといて、剣の達人なのか?」

 「当たり前だ!弟は誰よりも強い。これまで負け知らずだ。まばたきしているうちにひとを斬る!そこら辺の剣士とは訳が違うんだ」

 「なるほど…なるほど。お前は香舎家の者か。壬生みぶ陰陽師と一緒にいた香舎。冷酷無残な剣の達人…怪しいが。そして、お前たち兄弟。香舎四兄弟か?」

 「四兄弟ではない。七人兄弟だ!」

 「えぇぇぇ!後三人もこんなふうに襲ってくるのか?」

 「ふん、そんな必要もないだろう。わたしがお前を始末して、阿戒様を連れ戻すから、今日が最後だ」

 「そうか?まぁ、頑張れ」と、寿院はそっけなく言う。「ところで隆鷗君。これはどういう状況だ。呪符とか、蜘蛛の糸とか言ったな?わたしはさっぱり飲み込めないのだが」



 隆鷗は、少し不可解そうな顔をして、寿院が幻覚を見ていた時に起こったことを話した。


 隆鷗は、最初に兄弟を見た時、少し違和感を抱いた。

 言葉巧みに心地よい声で喋り、相手を手中に収めようとする狡猾さを持つ兄とは反対に弟は、腰がまんまると曲がって、卑屈そうな顔をしていた。

 まったく似ていない兄弟だった。


 兄が話し始めると、忽ち話の中へ誘い込まれた。白蛇のくだりから、弟が白蛇に憑かれているという話しを、信じない者はいないだろう。しかし、隆鷗にはそれが嘘だとはっきり分かった。弟に憑いているモノが何も見えなかったからだ。

 その時に香の匂いがしているのに気がついた。独特の匂いだった。甘ったるい匂いの中にも咽せたくなるようなぴりっとした苦味が隠れていた。複雑な薫物たきものの香だろうか?


 兄の話しを聞いていると、風景が見えてくる。その世界へと取り込まれてしまう。そこに香が漂い、幻覚を見る。

 兄は、本当に弟が白蛇に憑かれていると信じているのだろうか?それともただの騙りか?

 しかし、その時には寿院は、ぼんやりとした顔をして奇妙な動きをしていた。

 兄が傍に寄り、その世界に誘うような独特な話し方で、寿院を幻想の世界へと導いていた。

 寿院は何を見ているのか?両掌で身体を掴み、苦しそうにしている。


 寿院に気を取られていると、隆鷗は弟から後頭部を掴まれ床に押し付けられた。

 「お前、餓鬼のくせに白水家では随分と活躍したそうだな」と、がらがらの声で弟が凄んだ。

 「何をする?」と、隆鷗が叫んだ。

 「しー静かに。お前の兄が目を覚ましてしまうだろう」

 お前の兄?そうか。寿院がわたしのことを弟だと紹介していた。香舎家の者か。

 「寿院に何をした?」と、隆鷗は床に顔を押し付けられたまま尋ねた。

 「兄上は幻術使いだ。今頃お前の兄は夢の中だ」

 「幻術使いって…?なんか怪しい香を嗅がせているだけだろう。術ではない」

 「うるさいよ。簡単に言うな。兄上はあれを作るために随分と苦労したんだぜ。だから見ろよ、お前の兄はなんと無様な格好だ。何かに襲われているのかな?」と、弟が不気味に笑う。

 「この手をどけろ…」と、隆鷗はもがいた。

 「ふん、お前は随分と弱そうだ。俺に抑えられただけで身動きできない。もう少し見ていろよ。お前の兄が夢を見ながら気持ち良く、俺の兄上に斬られるところを…」

 「離せ!寿院!何をしているんだ!目を覚ませ!」

 「まったくうるさい餓鬼だ。黙ってろ。お前の兄が斬られたら、俺がお前をあの世に送ってやるから安心しろ」と、弟ががらがら声で言う。

 「目的は戒なのだろう。戒がここにいるのは、戒自身がそうしたいんだ。あなたたちのところには戻りたくないと言っている」と、隆鷗は苦しそうに言った。

 「阿戒様と言え。だけど、もうそれだけではないんだよ。お前たちは我らを舐めすぎた。もう阿戒様を取り戻すだけでは済まないな」

 その時、兄が立ち上がり、刀を抜いた。そして、寿院に刀を向けた。

 「やめろ!寿院、目を覚ませ!何をしている!」と、隆鷗が叫ぶと、誰かが背後から、木刀のようなもので凄まじい勢いで弟を殴った。弟はひどく痛がり、隆鷗の後頭部を離した。

 咄嗟に隆鷗は振り返った。そこにしゅうがいた。

 しゅうは、廊下に隠れていて、凄まじい速さで駆け寄り弟を殴ったのだ。

 だが、しゅうの咄嗟の行動に兄が焦って、寿院をめがけて刀を振り上げた。その時、秋が奇声を発した。兄は驚いて、秋を見た。

 その時、秋は奇妙な動きを見せた。床をぱたーんと、はたいたのだ。そこから一斉に無数の蜘蛛の糸が溢れ出て兄の身体にからまったかと思うと、更に天井まで伸びていった。そして蜘蛛の糸が天井に固定されると、兄はびくとも動かなくなった。

 隆鷗は、床を見た。呪符が貼られていた。

 「秋君…、君は?どうして君が?」と、隆鷗は驚いた。

 「男がまた襲ってくるぞ。僕は、あの娘を見てくる。紗々さんは外で変な男と闘っている。なんか分からないが、寿院様もお前もあの娘を守っているのだろう?」と、言うと、逃げるように去っていった。



 「なるほど…」と、寿院が言った。「そうか、やっぱり呪符の犯人は秋だったのか。なんか面倒くさいことになったな。つまり秋の話しは嘘だったと言うわけか」

 「うん。でも…秋は寿院とわたしを助けた」と、隆鷗は呟く。「戒を守ると言った…」


 「わたしを無視するな」と、突然、兄が叫んだ。

 「別に無視はしていない。お前さんは暫く放っておいても何も出来ないだろう。ゆっくり話を聞かせてもらう」と、寿院が素っ気なく言う。

 「そう言う訳にもいかない。わたしもその呪符なら知っている。恐ろしい呪符だ。わたしは今、すごく何かに締め付けられている。放っとかれると、やがてわたしの身体は切り刻まれる」兄の顔から汗が吹き出ていた。

 「えっ?そんな訳ないよな。お前さんだろう。『呪い屋』などと都中に変な噂を流して、白水優雨幻しろうずゆうげん様を人質にして、何かを企んでいたのは。優雨幻ゆうげん様も同じようにその呪符で縛られていた。切り刻まれることはなかったが、何日もそんなふうに拘束されていた。その時は、一部の箇所だけしっかり縛られていたが、後は緩かった。だからそこだけは動かすことができた」と、寿院が言った。

 「なるほど、わたしは、そんな話しは知らないが、その呪符は本物の呪術師の間では名が知られている。それは縛りの呪符で、呪符の所有者の思いが反映される。憎しみを抱けば肌に食い込み、やがてゆっくりと切断していく。…わたしは弟を殴った者を知らないから憎しみを持ちはしないだろうが、このままずっと縛られている可能性もあるというわけか?」と、力無く兄が笑う。

 「へぇ、随分と詳しいのだな」と、寿院が言った。

 「力のある呪術師なら誰でも知っているだろう」と、兄が言う。

 「そうなのか?この呪符はそんなに有名なのか?」と、寿院が尋ねる。

 「本当に力のある呪術師なら…」と、兄が答えた。「まったくおかしな話だな。その呪符の本当の恐ろしささえも知らない新参者の呪術師が何故、その呪符を持っているのだ?その呪符は今では滅多に手に入らない筈だ…」

 「へぇ、すごく興味あるな。もっと詳しく教えてくれないかい」と、寿院が興味津々に尋ねる。

 「これ以上は何も知らないし、なにゆえ、お前に教えなければならない!」と、兄が怒鳴った。

 「あっ、でも、わたしが尋ねたことにきちんと答えてくれたら、その縛りを解いてやってもいいんだけどね?勿論、その後は何してもいいよ」と、寿院が言うと、兄は激怒した。

 「縛りを解くだと!馬鹿にしているのか!?お前ごときが解けるなどと、適当なことを言うな。その呪符の縛りは誰も解けない。呪符を創った者か、その眷属でもなければ解けない呪符だ。わたしが知らないと思ったか?」と、寿院を睨みつけながら怒鳴った。

 「眷属とは…?」

 「ふん、そんなことも分からないやつが呪符を持っているとは…」

 「そうか。だったらゆっくり聞くとしよう。時はたんまりありそうだな」


 黒司秋こくししゅう…、その眷属。

 単純な話しで終わりそうもないな。


 「隆鷗君、こいつらどうしよう?」と、本堂でのびている男たちを見回しながら、寿院が呟いた。

 「紗々さんが言ってました。この前、物置に縛った七人の男は、一人は自害して、二人は自力で逃げたけど、四人は懐柔したと。四人はあの怖いおっさんの元で働いている。なんか変なおっさんですよね。それに七人の男は、香舎家に米で雇われていて縁が薄い者たちだと。だから香舎家のことなどなんとも思っていないと言っていた」と、隆鷗が言う。

 「て言うか?隆鷗君、いつから紗々(さしゃ)さんとそんなこと話すようになったの…?」

 「そんなことはどうだっていいでしょう。弟の方はどうする?」

 「縄で縛る。いざという時は弟に話してもらうから…」

 「そんな話しをする時の寿院の目って、なんか怖いな」と、隆鷗は、顰める。



 二、三日前のことだった。

 隆鷗が台所で白湯を沸かしていた時、突然、勝手口から紗々(さしゃ)が顔を出した。隆鷗が一人でいるのを確認すると、傍に寄って来た。

 「隆鷗ちゃん、なんかいろいろあって話せなかったんだけど、私、苞寿ほうじゅの姪。父上は苞寿ほうじゅの弟。次男なの。大伯父様から隆鷗ちゃんのことは頼まれているの。瀬羅君も時々来るよ。だから大伯父様に何か伝えてほしいことがあったら言ってね」と、紗々が言った。

 「えっ?どうして…?これって偶然なんですか?」と、隆鷗が驚いた。

 「まさか。最初はね。寿院を見張っていたのよ。あいつ碌なことしないから。あっ!でも寿院には秘密。ねっ」

 「寿院と苞寿ほうじゅ様ってどういう関係なんですか?苞寿様、寿院宛にふみを書いていた」と、隆鷗が尋ねた。

 「もともと、寿院は信陵寺にいたんだけど、大伯父様から破門になったのよ。でもそれは仕方なかったの。寿院が悪い訳ではなかった。大伯父様にもいろいろあったから巻き込まない為に仕方なく破門にしたのだけど、あいつ大人しくしていないから。今もほら、面倒なことに首突っ込んでいるでしょう。寿院とはそんなやつなのよ。私も長い付き合いだけどほとほと呆れるわ。でも、隆鷗ちゃんのことは私がしっかり守るからね。父上も守ってくれる。だから何かあったら寿院より先に私を頼ってね」と、紗々が言った。

 「でも…紗々さんの父上って、なんか怖い…」と、隆鷗が言った。

 「いや、実際怖いから…」と、紗々が呟いた。

 「寿院は、わたしのこと知っているのかな?信陵寺にいたことを…?」と、隆鷗は尋ねた。

 「うーむ、寿院ってね。頓着しないの。興味がないことを深く考えないのよ。多分薄々感じていたとしても、そんなことにはあまり興味がないのだと思うよ。寿院には考えることがたくさんあるからね」と、紗々は笑った。


兄弟に憑きモノは憑いていないと思っていたが…それだけでは終わらなかった。自分の力が信じられなくなった隆鷗。惑わせる戒は、他の目的があってこの屋敷に来たのだろうか…?


次回「見えない悪霊」

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