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冷酷無残な剣士

正体を現した香舎。寿院は獅舎から香舎家のことを聞かされる。これまでのことを考えながら、香舎家が何をしようとしているのか考えるのだが、香舎家には冷酷無残な剣の達人がいると聞かされた寿院は、隆鷗と秋と共に部屋に閉じこもった…。

 寺のような屋敷中の隅から隅まで、乾いた空気を伝わり、女の澄んだ声が響き渡っていた。朝餉をとっくに終え、いったい何をしているのか賑やかな声だ。

 「えっと…。賑やかなのはいいのですが、何故、突然紗々(さしゃ)さんが何日も泊まっているのでしょうか?」と、隆鷗が尋ねた。

 「いや、もう住んでますよね」と、しゅうが言う。

 「住んでいるね」と、寿院が言う。

 三人は、朝餉を済ますと何故か、一列に並んで大部屋に戻ってきて、閉じこもった。

 「しかし、紗々さんはよく働きますね。僕の出番がなくなった」と、秋が言う。

 「ああ、元気だ…朝っぱらから」寿院が言う。

 「戒のためでしょうか?すっかり紗々さんに懐いて…。なんか楽しそうだ」と、隆鷗は言った。

 「そうだな。嘘みたいだが、もう別人だ。と、言うか、果たしてあの時の戒が、本当の戒とは限らないな。『阿戒様』などと崇められて能力を利用され長い間白拍子の家でその家族を一人ひとり傀儡にしていった。うたさん以外傀儡にして、何が目的か分からないが、後一歩だったんだろうな。だが、戒には目的は知らされていなかった。家族全員傀儡にしたら、香舎家が戒を操るつもりだったんだろうか。何がしたいのだろう?」

 「その白拍子は神を降ろすと評判の踊り手だったんでしょう。そして、戒という娘は、驚くことに人を傀儡にして、操る能力を持っている。すごいね。世の中に生まれながらにそんな能力を持っている娘がいるなんて、すごい…」と、秋が言った。

 「へぇー、秋には何も話していないのに、よく洞察したね」と、寿院が言う。

 「そうですよ。僕には何も話してくれなかった。だから寿院様と隆鷗の会話をひとつ残らず聞き逃さなかったんですよ」

 「悪い趣味だね」

 「なんで僕を仲間はずれにするんですか?」

 「いや、そういう訳ではない。お前さんは、もう少し呪符を貼ったやつに集中しろよ。なんかもうそっちのけだな」

 「いえ…しかし、ここの日常がね…、思った以上に…面白いので」

 「面白いって…」

 「ねぇ、秋君…」突然、隆鷗が話に入ってきた。「戒がどうやってひとを傀儡にしているのか知っている?」

 「何だよいきなり。知らないよ」と、秋が吐き捨てるように言う。

 「それはあまり興味なかったんだ?どうやって戒がひとを傀儡にするのか…?」と、隆鷗は言った。今日は秋からもわもわの目ん玉のお化けは出ていなかった。

 「そう言えば時々、寿院様も傀儡にされていた。しかし、寿院様はすぐに術を解いていた。寿院様、いったいどうやって傀儡になったんですか?」と、秋は改めて不思議に思った。

 「洞察はしても観察はしないのだな?目が合うとたちまち傀儡だ」と、寿院は苦笑した。

 「えっ?そんなことで…。だったら僕は何度も…でも、おかしいな」と、秋が不思議がる。


 隆鷗は、それを見たかった。秋がもわもわの目ん玉のお化けの存在に本当に気づいていないのか?これまで見ていても気づいている風ではなかった。秋は確かに護られている。

 しかし、あの時…呪符が鶏肋けいろくの掛け軸に貼られていた時の、もわもわの目ん玉の行動に違和感があった。もしかして、何か訴えていたのではないのだろうか?

 声が聞きたい。もわもわの目ん玉の声。


 「あっ…!寿院様」と、唐突に秋が叫んだ。

 「なんだ?びっくりするだろう」と、寿院が言う。

 「白拍子は、位の高い貴族の宴に出向いていた。平家の宴でも踊っていた。そして、平清盛公の前で舞い、やつを傀儡にしてしまえば…。目が合っただけで操れるのだ。それくらい簡単だ。寿院様、さてどうなると思う?なんか天下が見えてくるような気がしないか?朝廷さえも動かせるような気が…?」と、秋が確信的な言い方をする。

 寿院も隆鷗も秋の言葉に驚いた。

 「まさか…?」と、隆鷗は呟いた。

 「そんな簡単な話しでもないだろう」と、寿院が呆れながらも、考え込んだ。



 香舎が尻尾を巻いて逃げた日の夕刻…。

 寿院は、藁葺き屋根の屋敷の当主、獅舎ししゃから呼び出された。

 寿院は、獅舎の、全てを知っているわけではなかった。その日も全く知らない男が、獅舎の呼び出しを伝えに来た。


 獅舎の屋敷には幾人もの男が出入りしていた。男たちは獅舎に雇われた密偵だと、寿院は思っていたが、それについて聞いたことはない。寿院は、獅舎の素性を知らないし、聞くことはなかった。

 最初はただの近所付き合いだったのが、いつのまにか、どっぷりと付き合うようになっていた。

 獅舎という測り知れない男には、素性などどうでもいい。獅舎には六神通ろくじんずうの全てか備わっているのではないかとさえ思っている。そんな男の前では素性など何の意味もなかった。


 獅舎は、軒下の廊下に座って、寿院を待っていた。

 「寿院、お前はいったい何をしでかしたのだ?」と、寿院の顔を見るなり獅舎が尋ねた。

 「獅舎様、今回のことは随分と助けて頂き、有難く思ってます」

 「有難くも何もないだろう」

 「すみません」

 「随分と厄介なモノを持ち帰ってきたな」と、獅舎は呆れたように言う。

 「獅舎様は、なんかわたしより詳しそうだ」

 「いや、世間一般に香舎家のことは知っている。香舎家は代々続く呪詛を生業とした家系だ。世代世代に呪詛の力を持つ者が生まれたと言われていたが、何故か呪詛の力が途絶えてしまったのだ。それ以来力を持つ者が出ていない。香舎家は落ちぶれていたが、最近、息を吹き返したと聞いた。何故、息を吹き返したのか、そこに何かしらの陰謀があるのではないかと探りを入れていた」と、獅舎が言う。

 「いえいえ、世間一般にそんなことを知っている者はおりませんよ。何故、そのような呪術師界隈のことを調べていたのですか?」

 「何故って…。平家が庶民の暮らしまで縛り始めて、人々は苦しみ始めるようになったのだが、平家と共に仏門の各宗もそれぞれ活発な動きを見せている。しかし、わたしは目立たず影で動いている呪術師が何故か気になっていた。人が介入できない能力は、右往左往する人々の根底で揺ら揺らとゆらぎながら、次第にこの都を混乱へと導いていく。やがて、誰も気づかないうちにこの国を地獄と変える」

 「香舎家がなにやら怪しい動きをしているのですね」

 「香舎はおそらくその中の一家だとわたしは思っている。香舎が世間を欺き、隠し持っていたものとは、生まれながらに、人を害する能力を持っていた、たった一人の子供。その子供の出自は謎だ。それを何故かお前が連れ帰ってきたから、もうびっくりだ!」と、獅舎が言う。


 「戒ですか?戒は目が合う者全てを従わせてしまう能力を持っています。人を傀儡にしてしまう…。その戒が都の根底で揺ら揺ら揺れている、人が介入できない力なのですか?」

 「おそらく香舎家はその子供の力を使って、都で何人か位のある、朝廷に発言力を持った者を手中に収めているに違いない。知ってか知らぬか、お前がそれを止めたのだろうが、香舎は躍起になって子供を連れ戻しに来るだろう。お前、その覚悟はあるのか?」

 「いえ、ないです…」と、寿院が肩をすくめた。

 「本当にお前は予測できない行動にでるな」

 「ある者にその子の排除を頼まれたのですが、まさか、子供を殺めるわけにはいかないし、かといって、行き場のない者を放っておくわけにはいかず、仕方なく連れ帰ったのです…。その子に会う前に、その子の術に掛かった者の術を解いたのですが、悲惨でした。そんな者たちがまだ幾人かいるのです。放ってはおけません」

 「お前は呆れたやつだ。言っておくぞ。香舎には冷酷無残な剣の達人がいる。一呼吸で人を斬り殺すという。お前なんか、そいつと目が合ったと思ったら、もうあの世だ。どうする?」

 「あっ、いえどうすると言われても…。えっと、そうですね…戒を香舎に返そうっかなぁ」と、弱々しく寿院が言う。

 「まったく…。後先考えずに、よくも、まぁ…。明日から紗々(さしゃ)をその子の側につかせる。紗々でも危ないかもしれないが…時は稼げるだろう。そして、念の為、ここに腕っぷしのいい男衆を集めておくから、何かあれば、この笛を吹け」と、短い篠笛のような笛を渡された。

 「冷酷無残な剣の達人…。嘘だろう。そいつが戒を取り戻しに来るのか…」と、寿院が緊張する。

 「香舎菊之丞だ」と、小さいがひどく響く声で獅舎が言った。


 「ところで、お前には、戒という子供の術など解けないだろう?どうやって解いたのだ?」と、獅舎が尋ねた。

 「いや、それはいろいろ方法がありまして…」

 「ふぅーん…。これだけ助けてもらっているのにそこは明かさないのか?」と、獅舎が苛立たしそうに言った。

 「すみません。ちょっとわたし一人のことではないので、信頼関係とかあるので…」

 「お前のところに少年がふたりいるな。お前、ちゃんと守れるのか?」

 「えっと…。多分わたしの方が守ってもらっているような…。すごいやつなんです」

 「絶対守れ。守れなければわたしがお前を殺すかもしれんぞ」と、獅舎が小声で囁いた。

 それは寿院に聞き取れなかった。


 寿院が去った後、衝立の影から、定期連絡で獅舎を訪ねていた瀬羅が顔を出した。


 獅舎は、時鳳司じほうじ家の次男で苞寿の弟だった。苞寿が苞寿庵を建てた頃、獅舎はここに越して来た。その時にはすでに三軒隣りに寿院が住んでいた。


 「今のが寿院ですか?」と、瀬羅が尋ねた。「わたしは一度信蕉(しんしょう)様と共に月子様を探しに出かけた時に会ったが、月子様を男の子と勘違いしていたが、大丈夫だろうか?」


 獅舎が意味ありげに微笑したが、その話しには触れなかった。


 「そうだ。寿院だ。お前は鼻が効くね。わたしが呼びたい時に決まってやって来る。驚くよ」と、獅舎が言った。

 「定期連絡で訪ねただけですよ。そんな鼻が効くなんて…。今は、都の連絡網の範囲を広げていますし、情報伝達の重要性はいつも先生から聞かされていますので…。獅舎様は重要拠点のひとつですから、出来るだけ頻繁に来ますよ。何もなければそれはそれでいいのですよ」

 「何もないわけないでしょう」と、獅舎が溜息をついた。

 「話は、衝立の後ろで聞いていました。しかし、驚くべき人だ。我らがずっと探っていた香舎家の隠し持っていた秘密兵器を何も知らないまま攫ってくるとは…。どうも香舎家の存在すら知らなかったみたいですね。まぁ、しかし、隆鷗様がいたからこそ出来たことでしょう。旋寿せんじゅ様が随分心配していました。あの人は隆鷗様を守れるのでしょうか?」

 「守れるかどうかは分からないが、あれは斜め上を行くから、予測出来ない。我らがずっと探っていた、人を害する能力を持った子供を連れて帰って来たのだから…。何処を探しても見つからなかったのに…。兎に角腕っぷしのいい連中を集めといてくれ。寿院の家には紗々(さしゃ)を待機させる」

 「わたしは急いで寺に戻ります。一回りして各拠点には伝えておきますので、ここ両日には集まるでしょう。しかし一番頼りになる者が寺におりますので、その子を呼んできます」

 「ああ、頼むよ」と、獅舎が言った。

 「はい。でも、人を害する能力を持ったその子供のことを、獅舎様はどうお考えですか?」と、瀬羅が尋ねた。

 「放ってはおけない。そのような者がいると、その子に罪がなかろうと、利用しようとする者が後を絶たないだろう。人を傀儡にする能力など危険極まりない。密かに始末するしかないだろうな」

 「始末ですか?残酷ですが、仕方ないか」と、瀬羅は呟いた。



 暫くして、寿院の屋敷付近の道に琵琶法師が現れた…。


 手鞠てまりが斬られて亡くなった日から夜一よいちは、暫く都を離れていた。

 夜一の故郷の、すごく景色の美しい丘に手鞠の墓を建てる為だった。

 夜一は、墓を建てた後、手鞠を供養するために暫く故郷に留まっていたが、ようやく都に戻って来た。

 都には特に未練などなかったが、手鞠の仇を取る為に再び琵琶を手にして都で演奏を始めた。

 夜一は、まずうたを探した。手鞠が殺されるのを一部始終見ていた譜の、あの時の様子がすごく気になっていた。もしかしたら譜は、手鞠を斬った犯人を見ただけではなく、犯人のことを知っていたのではないかと、夜一は考えていた。譜の言葉をいろいろ思い出しながら、譜が通りそうな道で待機したが、なかなか会えなかった。


 そして、時々、寿院の家の近くでも演奏していた。しかし、寿院にも会えなかった。

 この通りをずっと真っ直ぐ北へと進み、何処かの脇道に入ったところに寿院の屋敷がある。夜一は、寿院の屋敷には行ったことがない。しかし、寿院に出会った数々の場所を考えると、おおよそ寿院が住んでいるところが想像できた。


 そんな時、演奏する夜一の前にひとりの少女が立ち竦んだ。

 夜一は一瞬、譜かと思ったが、匂いと少女が纏っている気が違った。

 

 「兄様、琵琶法師の演奏聞いてもいい?」と、突然箭重が言った。

 「えぇぇ、寄り道ばかりだ」と、影近がいう。

 「だって兄様、都は久しぶりなのよ」

 「知るか!」

 「前に瀬羅様が言っていたの。都の琵琶法師に私と境遇が似ている者がいるらしいの。同じ大火に遭い、琵琶法師は妻と娘を亡くした…と。私は、母上に命を助けられたけれど、母上は命を落としてしまった。私はその場にいた者に助けられ、少しの間育てられた。もしかして死んだと思われているかもしれない…」

 「何が言いたいんだ?」

 「分かるでしょう。父上かもしれない」

 「そんなわけあるか。あの大火は広範囲だったんだ。同じ境遇のひとくらい何人かいるだろう。決めつけるなよ。お前は父のこと覚えているのか?」

 「まったく…」

 「だったら意味ないだろう。行くぞ、これから獅舎様というひとの家を探さなくちゃなんねぇんだよ」

 「少しだけ…。この前瀬羅様に付いて都に行ったけど、会えなかったの。ねっ、少しだけ…」

 「少しだけだぜ」


 そして、箭重は、琵琶法師の前に立ち竦んだ。

 瀬羅が言うように、琵琶法師は父上なのだろうか?

 琵琶法師は、寂しそうな表情で、何処か遠くを見ながら、悲しいうたを奏でている。

 箭重はただ黙ってうたを聞いていた。しかし、激しい衝撃を感じた瞬間、視界がぐるぐる回り、気がついたら向かい側の民家の塀に叩きつけられていた。


 箭重は、暫くすると、少し冷静さを取り戻した。

 ぼんやりと、男に刀を突き付けられている琵琶法師が見えた。

 「何をした?」

 箭重は、口元の血を拭くと、刀の柄を握り締めた。


 「箭重手を出すな」と、影近が静かに言う。


 琵琶法師に刀を向けた男が言う。

 「お前だ。やっと見つけた。お前、ずっと我らのことを調べていたな。愚弟が大切なものを奪われたと頭がおかしくなってしまった。大切なものを取り戻す前にまずお前だ」と、男が静かな口調で言う。

 「どなたかな?」と、怯むこともなく琵琶法師が言った。

 「喋るな。お前、白水家の前でずっと見張っていただろう。わたしを勝手に師匠と崇めていた者たちがそこでやられた。まぁ、あいつらは弱いから仕方ないが、生き残った者からお前のことを聞いた。お前はその前からずっとずっと我らを見張っていたのだろう。随分舐めた真似をするね」

 「ほぉーぅ、貴方様はあの白水家の事件と関係あるのか?それは有り難い」と、言うと、琵琶法師はゆっくりと琵琶を置いた。

 「だから喋るな。どうせお前は瞬きしている間に死ぬんだ」

 「そうか。わたしをお斬りになるのか?でしたら、その前に貴方様の名を尋ねてもいいかな。名も知らぬ者に斬られるのはいささか無念でございます」

 「どうせ死ぬのだ。その必要もないだろうが、教えてやるよ。だが、お前はわたしの名を最後まで聞けないかもしれないな。わたしの名は…」

 「………」

 「香舎菊之丞…」

 その名を聞くと同時に夜一と、男の間に鋭くて痛みを伴うような疾風が通り過ぎた。ほんの一瞬、真空の静けさが流れた。そして、ぼんやりとした視界のなかで目の前の男が消えた。夜一は、何が起こったのか分からなかったが、すごく落ち着いていた。


 やがて、娘の声が聞こえた。

 「琵琶法師様大丈夫ですか?」

 箭重が急いで歩み寄ったのだ。

 「わたしは大丈夫です。しかし、香舎菊之丞と名乗った男は、駄目みたいですね。わたしには目の前で何が起こったのかさっぱり分かりませんが…」と、夜一は答えた。

 「ねぇ、怖くなかった?多分この男すごく腕が立つ。ぴりぴりと闘気を感じた。痛いくらいだった」と、箭重が夜一を気遣いながら言った。

 「いえ、少しも怖くありませんでした。信じて頂けないと思いますが、わたしには死に行くものの姿が見えるのです。身体から濃い黒煙のようなモノをふわふわと放出しているのですが、この男からもそれが見えていた。まぁ、そんな話ししても信じてもらえないですよね」と、夜一が力無く微笑した。


 「いや、法師様信じますよ。俺の友は悪霊を見るんですよ。だから信じますよ。法師様すみません。その男想像以上に強かった。だから斬ってしまった。何か聞きたいことでもあったのではないのか?」と、影近が言う。

 「そうですか?わたしの為に生かそうとしていらっしゃったのですね。お優しい。一瞬の出来事だったから何も分かりませんでしたが、疾風のごとくお斬りになった。わたしは死んで行くものの姿を見るといいながら、現実では目が見えないのです。ぼんやりと映るなかに貴方様の白く光る両の眼が見える。あなたのその眼は特別ですね。分かりませんが、わたしたちには見えていないモノが見えている筈です。何でしょうか、この先のことが見えていたり、そういうところでしょうか?」と、夜一が言った。


 「さぁ、どうかな?分からないな」と、影近は答えた。

 「あなたには当たり前の光景だから、分からないのですよ」と、夜一が言う。

 「うーん、難しいな。もう行かなくては。法師様、ここは危ない。もう引き上げた方がいい」

 「そうします。有難うございます」


 「琵琶法師様に聞きたいことがあります。もし、今度会うことがあれば、その時に話し聞いてもらっていいですか?」と、箭重が言った。

 「勿論です」と、夜一は答えた。


 「良かったのか?」と、影近が言う。

 「うん、話し聞きたかったけど、今は隆鷗を狙う冷酷無残な剣の達人の方が重要だわ。でも、瀬羅さん、隆鷗が何処にいるのか、肝心なことは教えてくれなかったわね」

 「隆鷗の居場所聞いたら、俺らが隆鷗のところに入り浸ると思っているんじゃないのか」と、影近が言う。「しかし、獅舎様の家、分かんねぁな。辿り着くんだろうか?早くしないと。冷酷無残な剣の達人が隆鷗を襲ってしまう。その前になんとしてもそいつを斬らねば…」

 「そうだね。でも隆鷗に会いたかったな」

 「隆鷗は寺で傷ついて都に行ったのだ。暫くはそっとしておいてやってくれ」と、影近は、少し厳しい口調で言った。

 「そだね」と、箭重は呟いた。



 「しかし、寿院様、我らいつまで、こうして部屋に閉じこもっているんですか?」と、秋が言う。

 「うーむ。お前様は香舎が正体をあらわした時、いなかったからなぁ。いったい何処へ行っていたのだ?」

 「さぁ、覚えていない。寿院様はお客様だったから邪魔しちゃいけないと思って、町をうろうろしてました。何処に行ったと聞かれましてもね。ただ、ぼんやりとうろうろしていましたから」

 「だったら一言言って行けばいいんだ」と、隆鷗が口を挟んだ。

 「隆鷗、うるさいよ」と、秋が言った。

 「実は隆鷗君…。香舎が正体を現した日の夕刻、紗々(さしゃ)さんの父上、獅舎ししゃ様に呼ばれたんだが、何でも、香舎家には冷酷無残な剣の達人がいると言う。その者が戒を取り戻しに来たらひとたまりもないだろう。だから紗々さんが戒に張り付いているんだよ。紗々さんの腕っぷしの強さは筋金入りだからね。それで、おそらく今獅舎様の屋敷には、腕っぷしのいい剣士が集まっていると思う。冷酷無残な剣士が襲撃してきたら、我らはとにかく笛で獅舎様に知らせて、素早く裏庭から逃げるんだよ」と、寿院が言う。

 「そういうことは、もっと早めに言って下さい」と、隆鷗が驚く。「それにしても寿院はへっぽこだ。戒を連れ帰ったのは寿院だろう。少しは守ってやるという気概はないの?」

 「ないな」と、寿院がきっぱりと言う。「紗々(さしゃ)さんが適任だ。隆鷗君は紗々(さしゃ)さんの強さを知らないからそんなことを言うんだよ」

 「なんか情け無いよ寿院」と、隆鷗が呟いた。

 「情け無いと言われても、君と秋の命さえ、守れればそれでいいんだ」と、寿院が言う。

 「戒はどうするんだよ?」と、隆鷗は更に言う。

 「だから紗々(さしゃ)さんなら守ってくれる」と、寿院が言い切った。


 「それにしても寿院…。その冷酷無残な剣の達人って、全然来ないね。それ、本当の話しなの?」と、隆鷗が不思議そうに言う。

 「来ないね。いい加減、この部屋に閉じ籠るのはやめようか…」

 寿院の緊張も失せていた。



 そして、影近と箭重は、獅舎の屋敷が見つからず、何回か野宿をして、諦めて寺に帰った。

 「これも、瀬羅さんがこんな、屋敷の場所を書いた絵図を渡して案内しなかったのが、悪い。だいたい何度か箭重が都に行ってるから分かるよ。なんていい加減なことを言うから悪い。隆鷗が死んだらどうしてくれるんだよ!」と、影近が叫ぶ。

 「うるさいよ!隆鷗はきっと大丈夫だ。獅舎様の屋敷には何人も腕っぷしが強い剣士が集まっていると言ってたし…」と、箭重が言い返した。

寿院と、隆鷗、秋はずっと怯えながら冷酷無残な剣の達人を待っていたが、一向に姿を見せない。そんななか、次々と珍客がやって来て振り回される寿院の元に本物の呪術師としての客がやって来た…。


次回「白蛇に憑かれた兄弟」

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