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童騒動

麓の集落で広がる根も葉もない噂。次から次へと寺で騒動が起こる。振り回されながらも隆鷗と影近はそれぞれ裏の思惑を考える。

 山の中腹までの山道は、昔誰かがいくつもの石を埋めて登りやすく工夫されているものの決して、楽な道ではなかった。

 しかしその道を、歩くこともおぼつかない幼な子を二人連れて、いったいどれほどの時をかけて、登ってきたのか?髪を振り乱し、疲れ果てて倒れ込むように母親は、中腹の寺の門の前でしばらく休んだ。その頃には朝陽が都を覆い始めているのが一望できた。

 母親を恐れてのことか、二人の幼な子は、必死に母親の跡を追った。どうやって幼な子が山の中腹まで登って来たのか?母親に引っ張られ、止まっては登り、また止まって、そして登る。叱られ、引っ張られる。そうしたことを気が遠くなるほど繰り返したのだろう。母親がしゃがみ込んだ傍で幼な子も二人同時にしゃがみ込んだ。その顔は涙の跡が乾燥して皮膚が剥れて、真っ赤になっていた。

 そんな二人に母親は冷たい視線を向けた。

 「着いたよ。いいかい、何があってもこの寺から出てはいけないよ。わかったね」と、母親は強い口調で言った。

 二人の幼な子には、母親の言葉を理解しなくても、自分たちが何をすべきか、何となく理解しているように、俯いた。


 そして、母親は二人の幼な子を連れて、門の中に入った。正面には想像より大きな寺と、左手の奥にはたいそう立派な僧舎が建っていた。母親は本堂の入口まで歩み寄りながら叫んだ。

 「住職様、お願いします。住職様、お願いします」


 静かな朝だ。その叫び声は遠くまで響き渡った。

 まず、赤子の泣き声で目を覚ましていた登葱ときが驚いた。ようやく泣き止んでいた赤子が再び泣き始めた。隣りの部屋で寝ていた箭重やえが慌てて登葱の部屋に入ってきた。

 「登葱さん、どうかしました?」と、箭重が尋ねた。

 「いえ、外だわ」

 「何なの?凄い叫び声」

 登葱は、赤子を抱え上げると、箭重を連れて客間に向かった。至誡しかいの部屋が開け放されていたので、おそらく外に出たのだろう。

 登葱は、本堂の出入口ではなく、客間の障子を開けて、ひさしのある廊下から庭の様子を見た。

 そこには、至誡と、二人の幼な子を連れた女が対峙していた。

 「住職様ですか?」と、女が尋ねる。

 「住職はいない」と、至誡が答えた。

 「だったらあんたが聞いておくれ。うちの田畑がここ何年も枯れちまっているんだ。もう何日も飲まず食わずで、どうすることもできないんだ。あんたらは身寄りのない子供を引き取ってくれるんだろう。この子たちも頼むよ」と、母親が言う。

 「身寄りのない子供など引き取っていない。根も葉もない噂だ」と、至誡がびっくりした顔をして、答えた。

 「うそだ。皆んな知っている。うちは二人も子供がいるんだ。もう食うもんもないから、どうにもできないんだ」と、母親は叫び続ける。

 「とにかく今日は帰ってくれ」と、至誡が言うと、母はキョロキョロあたりを見回した。そして、箭重を指差した。

 「あの娘だって、そうでしょう。身寄りのない子供なんでしょう。皆んな見ていたんだ。あの娘がここの住職に連れられて、何処か遠くの方から連れて来られるのを見たんだ」

 女の叫び声にびっくりした箭重は、赤子を抱き抱えた登葱にしがみついた。

 「何が身寄りのない子供だ。聞くことないよ。箭重さん」と、登葱が箭重に囁いた。

 「その子供は引き取って、うちの子供は追い返すのかい?その子とうちの子にどんな違いがあるんだ。納得いくように答えてくれないか」と、母親が怒鳴る。

 「もう一度言う。身寄りのない子供を引き取ったりしていない。勝手ないことを言ってないで、帰ってくれ」と、至誡が怒鳴る。

 至誡が少し苛立ち始める。こんな時に限って、信蕉様も瀬羅殿もいないのか?


 「嘘つくな。皆んな知っているぞ。皆んな見ていたんだ。少なくとも身寄りのない子が四人いるだろう。その子たちを引き取ってなんで我らの子を追い返すのだ」

 「さっきからお前は何を言っている?訳の分からないことばかり叫んで。頭おかしいのか?」と、至誡が怒鳴った。

 「頭おかしいだと!本当にここは徳が高い、慈悲深い寺なのかい?」女は見境もなく怒鳴ったり、叫んだりした。


 客間から見ていた登葱は、呆れた顔をした。

 「箭重さん、戻りましょうか?すごい言い掛かりばかりだわ、変なひと」

 登葱が踵を返した時、突然、二人の子供が泣き叫んだ。母親が傍にいた我が子を咄嗟に引き寄せて首を絞め始めたのだ。

 「引き取ってもらえないのなら、仕方ないからここで殺してしまうさ。どのちみち連れ帰ったところで死なすだけだ。だったらここで殺してやるよ」

 至誡は、それを見ても本気にしなかった。我が子を絞め殺せる母親などいないと高をくくっていた。しかし、母親はグイグイ絞めていく。幼な子の顔が真っ青になり、唇が紫色になっていった。

 「至誡様、その者は本気ですぞ」と、登葱が叫んだ。

 至誡は咄嗟に母親の両手首を掴み、幼な子から引き離そうとした。しかし、母親の力は凄まじかった。至誡の力ではびくりともしない。至誡は、思わず、母親の頬を殴ってしまった。その衝撃で母親はようやく手を離した。いつのまにか箭重が廊下から降りて、二人の幼な子を母親から引き離した。

 「お前が我が子をその手にかけようと寺にはなんの関係もない。お前のしていることはただの脅迫だ」と、至誡が怒鳴る。

 「うるさい!お前たちはいつもいつも上から見下ろすだけで、我らの苦しみを知ろうとしないではないか」と母親が狂ったように叫ぶ。

 

 「何だ、くそババァ!バカかお前は…!母上はなぁ、私を助けるために大火のなか、たくさん火の粉を浴びながら私を抱いて必死に家のなかを走ったんだ。そして、私を外に出すと、命尽きたんだ。着物が燃えていたのに、熱くても私を助けるために…。なのにお前はなんだ、くそババァ!子供を助けるのが大人の役目だろう?何を、子供を盾にしてるんだ!」

 二人の子供を庇って箭重が母親に怒鳴った。

 母親はゆっくりと後ずさった。

 「いいかい、その寺から絶対出てはいけないよ」そう言うと、振り返ることもなく去っていった。

 呆然としている至誡に登葱が怒鳴った。

 「何をしているのですか?跡を追って説き伏せなさい」

 しかし、至誡は足が震えて動けなかった。



 「どうだ、隆鷗。悪霊は憑いているのか?…ってか、お前、悪霊、見えるのか?」と、影近が問う。

 「えっ?今更ですか?」と、隆鷗は答える。


 隆鷗と影近は、寺と台所の間の渡り廊下の所から隠れて見ていた。


 「心配しなくとも見えます」

 「えーなんだそれ。お前見えるのか?何…?悪霊?他にも普通に霊とか見えるの?妖怪とか…物怪とか…えー?何が見えるの?」と、影近が矢継ぎ早に聞く。

 「霊です。妖怪とか物怪とか、そんなモノは知らないです」と、面倒くさそうに答えた。

 「すげー。ひとには見えないモノが見えるのか?それって…幻覚ではないと言い切れるのか?」悪びれずに影近が尋ねる。

 「さあ、どうだろう?」

 「自信ないのか?…で、あのギャーギャーうるさいおばさんに悪霊は憑いているのか?」

 「憑いてないです。普通のひとです」

 「えー、嘘だろう。ぜってぇ憑いてるだろう。あんなババァ見たことないぞ」

 「いえ、憑いてません」

 「いや、おかしいだろう。あんな頭おかしいババァが憑いていないわけないだろう」

 「憑いてません」

 「え〜〜つまんねぇなぁ。じゃあ、その青いかっこいい刀で斬らないのか?」

 「意味ないから斬りません」

 「ちょっとでいいから斬ってもらっていいですか?」

 「斬らないです」

 「ちぇっ、つまんねぇ。じゃあ引き上げるぞ。あんな頭おかしいババァ見てると頭おかしくなるだけだ」と、影近があっけなく引き上げてしまったので、隆鷗もついて行った。


 二人の幼な子は箭重が自分の部屋に連れて行った。子供は同じ背格好で、男の子か女の子かよく分からない。ただ驚くほど同じ顔をしていた。

 随分酷い目に遭ったのか、部屋の角っこでお互いの着物を掴んだまま同じように自分の指をずっと噛んでいた。まるで合わせ鏡を見ているみたいに反転していた。



 その事件を境に床下に隠れていた兄弟の行動が大胆になった。しとねや筵、水を飲む器など生活用品が次々と失くなっていった。

 遂には、朝餉の準備をしている時、もう隠れもせずに膳を盗んでいった。至誡に見つかった兄弟は敢え無く捕まって、縛られて台所の土間に座らされた。


 「なんだよ。おいらは見ていたぞ。双子の子供を優しそうな娘がおっかぁから庇っていたぞ。あの双子とおいらたちとどんな違いがある?」

 兄弟の兄が唾を吐きながら怒鳴った。

 「違いなどない。あの童も近いうち、母親の元に返すさ。ここは童を引き取って育てたりはしない」と、至誡は苛立っていた。

 「赤子だって、捨て子だろう。おばさんが面倒を見ているじゃないか。おいらたちは誰の世話にもなんねぇ!ただ寝床と食うもんがあればいいんだ。なのに、なんでおいらたちだけ冷たくするんだ?」と、兄は声を出して泣きだした。「ぜってぇ、ここを動かないぞ。死んでも居座ってやる!」

 「そんな道理が通るわけないだろう。お前たち、寺の物を散々盗んでいるだろう。何故、そんな口が聞けるんだ?」

 至誡の声を掻き消すほど、泣き叫ぶ兄に続き弟も負けじと泣き叫んだ。

 至誡は苛立ちのあまり、作業台に置いてあった器を壁に投げつけた。

 「黙れ!すぐに寺から追い出してやる。しばらくそこにいろ」と、至誡は台所を出て行った。

 しかし、至誡は、苞寿庵には行けない。苞寿の結界を抜けることができなかったのだ。信蕉も、瀬羅もいない。じつのところ至誡はどうしていいのか分からなかった。

 気がつくと離れの平屋に来ていた。


 「陸様はいるか?」と、至誡は、隆鷗に尋ねた。

 「いない」と、隆鷗は答えた。

 「なんだよ至誡さん、なんかやけに騒がしかったけど、なんかあったのか?」と、影近が隣から顔を見せた。

 「これまで散々食物くいものや物が失くなっていたが、犯人を見つけた。童が二人、寺の床下に隠れていた。兄弟だろう。床下には稾入りの筵やしとねとか綿入りの衣とか、器とか、まるで住居のようになっていた。今二人とも縛って、台所にいる」と、至誡が苛立たしげに言う。

 「今更かよ…」と、影近が呟く。

 「陸殿に何の用事があるんですか?」と、隆鷗が尋ねた。

 「ああ…陸様にその兄弟の親を調べでもらおうかと思ってね」と、至誡が言う。

 「あいつは今、噂の出何処を調べている。そんな暇はないな」と、影近が言った。

 「いやいや、こういう仕事は陸様の仕事だ」と、至誡が声を荒げる。

 「そうでしょうか?陸殿は自分の意志で動いています。誰の命令も受けてませんよ」と、隆鷗が言う。

 「何を言っている?だったら陸様はあの赤子の親も調べていないのか?」と、至誡が怒鳴った。

 「陸殿が必要だと思ったら調べるのでは?」

 「えっ?わたしはもう何日も前に命じているのだ?何も調べていないのか?」と、至誡が苛立つ。


 その時、影近が黙って出て行った。


 「さあ、わたしには調べているのか、いないのか?さっぱり分かりません。そんな話し今初めて聞きましたし…」と、隆鷗は、青斬刀の手入れをしていたところだったので、作業を続けた。

 至誡は、舌打ちした。

 「だいたいあなたたちは何をしているんですか?毎日毎日ふらふらして、何か寺に役立つことをしているんですか?いつまでも客人扱いで…。この寺にずっといるのでしょう。少しは寺に役立つことをしたらどうなんですか?」

 その言葉に、隆鷗は身体の向きを変えて、至誡に背を向けた。


 その時、影近が台所に縛られていた兄弟を連れて戻って来た。

 それを見た至誡は、愕然とした。身体中の全ての怒りが一気に頭に登ってきた感覚に襲われて、顔が真っ赤になった。

 「あなたたちはいったい何なんだ?わたしを侮辱しているのか?わたしはもう知らない。あなたたちが全部責任取れよ」と、言うと、至誡は去っていった。


 「お前たち名前は?」と、影近が兄弟に尋ねた。しかし、兄弟はそれには答えなかった。

 「そうか。まぁ、いいか。お前たち兄弟だよな。だったらお前は無名だ。何も答えなかったお前が悪い。俺はお前のことを無名と呼ぶ、そっちは弟か?ちっちゃいからチビすけだな。今日からここにいろ。廊下みたいだけど居間だ」と、影近が笑った。「りんという下働きの子がいるけど、今日は月子様を都に送り届けているのかな?どっか行ってる。廊下みたいだけど、三人くらいここで暮らせるでしょう。まぁ、りんは寺に自分の部屋があるから、そのうち追い出してやるよ」

 兄弟が初めて明るく笑った。

 「いいの?」と、無名が言った。

 「床下よりいいでしょう。床下の盗んだ物は全部元に戻せよ。盗みは盗みだ」と、影近が言う。「弟は、怪我しているんだろう。見せてみろ」

 そう言うと、チビすけが右脚を見せた。

 太腿に噛まれたような跡がある。少し抉れていたが、膿んではいなかった。

 「無名が手当したのか?」

 「うん」と、無名の目がキョロキョロした。挙動不審だ。

 「おおぅ、そうか。もしかしたら屋敷から軟膏盗んだのか?」

 「盗んでいない」と、無名が俯く。

 「もし盗んでいるのなら大変だ。多分、それ希少なものだ。一生黙っていた方がいい」

 チビすけの太腿の傷を隆鷗も見に来た。

 「それ、なんか変な傷跡だな。獣が噛んだ跡のようだけど、ひどくはないな。獣から噛まれたらこんなものではないよな。何に噛まれたんだ?」と、隆鷗が尋ねた。

 「言っても信じないよ」と、無名が言う。

 「へぇー、そんなこと言ったら興味沸くじゃない。それに勝手に寺の軟膏使ったんだろう。それは言わないとな」と、影近が言う。

 「屋敷の化け物だ」と、無名が言った。

 「屋敷の化け物って、何だ?」と、尋ねる影近に無名が怯えながら言った。

 「屋敷の獣憑きのババァに襲われた。いきなり飛びかかって来て、弟を抑え込んで喰おうとした。太腿をがぶりと噛み付いてきたから、おいらがそこいらへんの石を投げつけたら、ぐわーっとか吠えて、弟から離れたから、弟を引っ張って逃げた。しばらく追ってきたから必死に逃げた。だけど、逃げ切るか自信がなかったから、もしかして、この寺に来たら助かるんではないかと、ここまで必死で山を登った。でも、登っても登っても辿りつかなかった」

 「そりゃそうさ。麓の方はそうでもないが、登れば登るほど苞寿様の結界に迷うだけだ。あの爺さん、すごくすごく優しそうだけど、本当は怒ったら怖いんだ。なぁ、隆鷗、知ってる?」と、影近が言った。

 隆鷗は答えなかった。


 「でも…」と、無名の話しが続く。「森のなかで迷って霧も出て来て、もう何処を歩いているのかさっぱり分からない。ついに弟が気を失い、おいらも疲れ果てていつのまにか眠ってしまった。気がついたら、寺の床下で眠っていた。稾が詰まったふかふかのむしろに寝かされていたんだよ。だから目覚めた時にはすでにあったんだ。だから盗んではいない。まぁ、しとねは盗んだけど…でも軟膏は本当に盗んでいない。起きたら弟の太腿は手当されて、おいらの横に軟膏が置かれていたんだ。本当だ」


 「隆鷗聞いたか?そんなことをするのは誰だと思う?」と、影近が隆鷗を引っ張りながら、尋ねた。兄弟から距離を取りたかったからだ。


 「分からないよ。でも影近君は知っているんだろう?」

 「いや、子供が数日前に寺に着いたと言っただろう。ずっと感じていたんだ。ずっと…。でもふっと気配が消えてしまったんだ。多分、苞寿の爺さんの結界の中に迷い込んでしまったのではないかと思う。だから数日前と曖昧になってしまった。誰かが無名たちを密かに助けたんだ。でも、無名たちは寺には入れてもらえなかった。床下だ。誰がそんな中途半端なことをしたんだろう」と、影近が言う。

 「えっ?分からないよ。まして、苞寿様の結界の中だったんでしょう?苞寿様の結界は誰にも破れないと聞いたよ」と、隆鷗が言う。

 「そうだ。苞寿様の結界は誰にも破れない。そうだよね。苞寿様しか考えられない。と、言うことは、苞寿様は無名たちを寺に入れる気ないんだろうな」と、影近が言う。

 「でも助けた」と、隆鷗は言った。


 「そうだ!ついでだったんだ。苞寿様が、自分が張った結界の地まで降りて来た。無名たちには悪いが、無名たちのために降りて来たとは思えねぇ。俺はほぼ毎日、森の中で剣の修行をしていたんだけど、ずっと森が騒がしいんだよ。無名たちのことではない。もっと大人で、強い。そして九人ほどいた。今のところ苞寿様の結界が勝っているが、苞寿様が降りて来たとしたら、結界の綻びを見に来たのではないかと思う。今のこの寺の騒動と関係あるのではないのか?」と、影近が言う。


 「そっかー、苞寿様は兄弟に構っていられないくらい忙しかったんだ。だから兄弟を寺に入れたくなかったわけではないよ。怪我の手当だけして、兄弟の行動を想定して、床下に寝かせたんだ。あとは自分たちで好きなようにするだろう、と考えたんだ」と、隆鷗は言った。

 「ああ、そうかも…面倒くさかったのか?」と、呟く影近。

 「いや、そうではないです…。影近君がここ何日か剣の修行に行かなかったのは、寺に何かが起こると思ったからだよね」と、隆鷗は言った。

 「まぁね。陸は、麓の集落で何か起こっているって、そう言っているが、俺はむしろ麓の集落のいろいろは陽動。そして、この子供たちもおとりのように思えるんだが、隆鷗はどう思う?」


 「そんなこと分からないよ。一度、麓の屋敷に行ってみる。この目で見てみる。多分、この寺に何かするとしたら…そいつらだ」と、隆鷗は言った。

 「でも…いや、もう時がないと思うぜ」と、影近が言う。

 「でも、今は影近君がいるから安心だ」

 「見てどうするんだ?」

 「敵の正体を見極める」

 「敵の正体って…?悪霊か何かなのか?」

 「狂信者らしい。頂上に祀られている御霊様に関係している。苞寿様もそう思っている」

 「頂上の墓の話か?」

 「墓…?祠堂じゃないの?墓なのか…?」

 「御霊様…。頂上の墓は御霊様の力を引き継いだ二十の祖霊様も眠っているらしい。その狂信者となれば厄介だ。しかし、何が狙いなんだろう?墓そのものか?正式な墓守の苞寿様から、その立場を奪おうとしているのか?いや、陳腐だ。立場なんてなんの意味もない。……しかし、頭のおかしな狂信者の考えていることなんて大概、俺らには理解できないだろうな。正式な墓守の存在を妬んで邪魔に思ってるかもしれない」

 「月子様だって、壊すとか、邪魔とかそんな言葉を読んでいる。寺の排除が目的かもしれない」

 「或いは、降霊が目的の墓荒らしかもしれない。骨でもあれば確実にその本人を降霊させることができる。しかも生前とあまり変わらない姿で…。狂信者ならそれくらい考えそうだ。苞寿様の守りは硬い。俺だっていまだに苞寿庵を見たことがない。すごい結界で守っているらしい。頂上に登る、あらゆる道筋にも苞寿様のきつい結界が施されている。壊す、邪魔…言葉としても理屈は合う」

 「だとしたら、狙いは苞寿庵ということにならない?」

 「苞寿様が危ないな」


 「影近君、わたしは、今すぐ麓の屋敷を見てくるよ」と、隆鷗は言った。

 「俺には分からないが、隆鷗が見たら何か分かるのか?」と、影近が聞く。

 「その無名も言っている獣憑き。陸殿が言っていた。獣憑きは屋敷の奥方だと。そして、憑きモノを落とす祓屋が呼ばれ、その者がずっと居座っていると。なのに何故、奥方の獣は未だに憑いたままなのだ?その祓屋が無能なのか、そもそも、祓う気がないのか?だいたい獣とは何だ?そして陸殿は、祓屋の女が屋敷を支配している。と、何か分からないが、操っていると…。わたしはその祓屋の女に何か秘密があるのではないかと思っている。だからこの目で見てみたい。陸殿が信蕉様に報告したあの時、すぐに見に行くべきだった。ずっと何も起こらなかったから油断してしまった」と、隆鷗は言った。


 「いや、隆鷗焦るな。今は、まだ子供が次々やって来ているだけだ。後は森を彷徨っている奴らか…何かが起こっては遅いな。俺は、本堂の庭で集中して周囲の気配を探る。なるべく早く帰って来いよ。無理はするなよ」


 ここに来たばかりの時、まだ死霊に怯えていた隆鷗は、同じ平屋に住む影近と陸の存在がよく分からなかった。死霊の出現に奇声を発する隆鷗を二人は避けていたに違いない。

 気持ち悪いと思われているのだろうな…。


 心が正常に戻りつつあった隆鷗は、そう思っていた。


 りんは、そんな隆鷗の世話係をしていて、隆鷗に関することは何もかも押し付けられていたことを知っていた。

 皆んなから面倒くさがられているし、気持ち悪いと思われている。


 孤独だった。でも、孤独は、隆鷗に優しくもある。悪いことばかりでもない。時と深く結びつく。一刻一刻、確かな自分をそこで見つめることができる。


 「おい、お前、いつもいつもうなされて大丈夫か?何があったか知らないが、忘れろ…なんて言わないが、喋ろ。とにかく喋ろ。何でもいいから喋ろ!心の中に溜め込むと、肉体の内側に鬼が生まれて、お前を抑圧する機会を与えてしまうぞ。俺はいつでもお前の話し相手になる。いつも隣りにいるだろう」


 そう言ってくれたのが、影近だった。

 すごく、馬鹿そうな顔をして、でかい声でそう言った。


 しかし…、影近君、君はいつもいつも出掛けて隣にいる暇はなかった…。

 もしかして、わたしは君と話したかったのかもしれないな。


 過去のことを微塵も感じさせない、その馬鹿っぽい顔は、脅威を感じさせるほどに、影近の強さを物語っていた。

陸から麓の屋敷のことを聞いていた隆鷗。しかし、何も起こらず、平和な日々が続いていた。次第に麓の屋敷の存在も薄れていく。しかし今回の騒動のなかで隆鷗は、麓の屋敷が関係あると、麓へと向かう…。


次回「うねる闇」



※2025/6/7 一部気になる箇所の名称を修正しました。

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