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山頂に祀られるもの

麓の集落を調べた陸。そこは、よそ者を受け入れない閉鎖的なところだった。更に調べていると、怪しげな屋敷に出会した。そこには獣憑きの奥方がいた。そして、それを支配する者と、寺に侵入した男もいた…。何故、寺に侵入したのか、その目的が分からない…。

 信蕉しんしょうの部屋を出ると、すぐに月子に出会でくわした隆鷗たかおうは、のけぞるほど驚いて月子を怒らせた。

 「何、ひとをお化けみたいに…」

 「あっ!すみません。あまりにも突然だったから」

 「あんた、臆病なの?」と、咄嗟に月子が言う。

 「あんた…?えっ?ソナタ…」

 「そんなの自由でしょ」と、月子が言い返すと、かすかに笑った。「前に義父上ちちうえ箭重やえさんという方を連れて来られたのだけど、本堂の庭で影近かげちか殿とよく喋っていて楽しそうなの。箭重さんの喋り方を真似てみたんですけど…」

 隆鷗は、月子がいつも屋敷の廊下からぼんやりと、寺の庭を眺めていることをりんから聞いていた。しかし、りんが言うには、月子は誰とも口を聞こうとはしないし、信蕉に殴られなくとも近寄り難い、何か理由の分からない威圧感を覚えるとも言っていた。


 「箭重さん…?わたしはまだ会ってない」と、隆鷗は首を傾げた。

 「そういえば、最近、箭重さん見ないです。ここに来られたばかりの時はずっと伏せっておいでだったので、また体調を崩されたのかもしれません。隆鷗様はまだ会っていないのですね」


 隆鷗は、月子を見るとりんの言葉を思い出す。

 誰にも見えない文字が虚空に浮かび、ひとの心を映し出すという不思議な力。

 今も文字が浮かんで、わたしの心も読まれているのだろうか?

 そう思うと、一刻も早く逃げ出したい。


 「義父上ちちうえと何の話しをしていたのですか?陸殿と一緒だったのに、隆鷗様しか出てこなかった。陸殿はどうかしたのですか?」

 「ああ、陸殿は、少しばかり信蕉様に痛いところを突かれて反省しているんですが、でも…」と、隆鷗は言葉を飲み込んだ。話せばすごく長くなりそうだ。文字を見られる前に去りたい。

 「義父上ちちうえは、すごく陸殿を気にかけているんですよ。義父上の言葉は陸殿のためを思っての言葉だと思います」

 「そうですね。でも…」と、隆鷗はやっぱり言葉を飲み込む。

 「ところで隆鷗様。りんに我の話しを聞いたのでしょう?」

 「えっ?ああ…。文字の話しですか?」

 「はい。文字の話しです」

 「それが何か?」

 「驚きもしないのですね。他のひととは随分と違う反応ですね」

 「いえ、驚いていますよ。ただ想像が追いついていないだけです」

 「隆鷗様も想像するのですか?」と、月子が笑った。「じつは苞寿ほうじゅ様に聞いたのです。隆鷗様は死んだひとが見えるのでしょう?」

 「えっ?苞寿様ってわりとお喋りなんですね。それが驚きです」

 「それは苞寿様の優しさです」

 「お喋りがですか?」

 「うーん、隆鷗様って、何か想像と違うなぁ。思った以上になんか変なひと」

 「いえいえ、月子様もなかなか変なひとです」と、隆鷗が言うと、月子は苦笑した。

 「じつは隆鷗様の周囲には細かな黒い豆粒がぶわぁーとなってて、遠くから見たら黒いぶつぶつみたいなのにいつも包まれているように見える。それに驚いて怯えていたんです。それを苞寿様が心配して、訳を聞くから全部話してしまったのです。そしたら怯える必要はないよって、隆鷗様のことを教えてくれたのです。一度近くで見てみたらって言うから見に行ったんですよ。そしたらあの男に出会でくわして、咄嗟に裏庭に隠れたんです」

 「えっ、黒い豆粒?それはちょっと…。何ですか?黒い豆粒って…?」

 「近くで見たら分かったんです。小さな小さな文字でした。ちゃんと言葉になってた」と、月子が笑う。「初めて見ました。そんなの。なんか可愛かった…」

 「えっ?可愛いい…?いや、気色悪いだけです。何ですか、小さな小さな文字って、それに言葉になってた…って?」

 「言葉…?なんか皆んな、この能力のことを森羅万象全てを知る力の如くびっくりするほど大袈裟に言うけど、実際大したことないの。文字が浮かんだところで何も知ることができない。言葉を紡ぐ力がないと文字が浮いては消えていくだけの話し。そのなかでも稀に言葉となって浮かぶものもある。それはその文字を放つひとの力か我の力か、それは分からない。でも隆鷗様は言葉を放っていた。だから退屈しないわ」

 「それって、君が言葉を知らないだけではないの?」


 月子がふっと黙り込む。

 あっ…傷つけた。隆鷗はすぐに後悔した。

 気まずく黙り込む隆鷗と、月子だったが、やがて月子が口を開いた。


 「でも…あの男。侵入者。言葉を放っていた…」

 「あっ…壊す…とか、邪魔…だっけ?」

 「そう。あれはどういう意味があると思う?」

 隆鷗は、考えた。

 「そっか…。たとえ言葉を放っても、その意味も読み解いていかないと、本当の心は分からないんだね。確かに厄介だね。君がもっと観察したり、洞察したりできなければ本来の意味も分からないということか…?」

 「森羅万象全てを知る能力なんてお笑い種でしょう」

 「でも、その力はいつかすごいモノになるような気がする。わたしはあの男の背後にいた黒い影が見えたんだ。でも最初に見た時は、黒い影から一筋の影が出て谷虎こくこ様の身体と繋がっていたように見えた。だから咄嗟に谷虎様は操られていたと連想したんだ。あの時疑いすら抱かなかった」

 「えっ?それでどうだったの?」

 「実際操られていたよ。でも不思議なのは陸殿に男のことを聞かれた時、すごく集中して思い出したんだ。影から無数の糸のようなモノが出て、うねうね気持ち悪い動きをしていたんだよ。その中の一本の糸がどんどん太く長くなって谷虎様の身体をサクッと突き刺したんだ。そこまで細かく思い出すことができた。うねうねの糸が意思を持っていたように見えた。わたしがそれを見ていた時、君は、壊す…とか、邪魔だとか、そんな言葉を見ていたんだね」

 「影が言葉を放っていたのかな?」

 「あれは何だったんだろう?あの男は悪霊か何かに取り憑かれていたんだろうか?」

 「壊す…。この寺壊す…。必ず壊す。邪魔。必ず壊す。無くす…」

 月子が隆鷗を真似て集中して思い出している。「あっ!竜古りゅうこ…様!思い出した。たつの字と古いという字」

 えっ?もしかして漢字読めなかった?と、一瞬隆鷗は思ったが、それは言わなかった。


 月子の能力は月子の成長とともに化けるかもしれない。森羅万象を知るには至らないが、ある程度の真実を読み解く時が来るのかもしれない。

 しかし、今は大人に頼るのが一番だ。


 「月子様、そのことを苞寿様に話しに行きましょう。わたしも苞寿様に思い出したことを話しますので」

 「竜古様…をですか?」

 「ええ。でないと、今回の侵入者事件のことが陸殿のせいになってしまう…かも」

 隆鷗は、陸の悔しそうな、そして、ひどく後悔していたあの姿を思い出していた。

 「陸殿のせいに…?考えられない」と、月子が驚いた顔をした。

 「わたしは違うと思っています。そんな単純な話しではないと思うんだ。信蕉様は、陸殿が屋敷を見張っていたから、相手もまた陸殿を監視していて今度は逆に陸殿が調べられたかもしれないと…。信蕉様は、警告のつもりで言ったんだと思うけど…でも、陸殿は自分の責任だと憔悴していた。陸殿が自責の念に耐えられなくなるのではないかと心配なんです」

 「なるほど…。でしたら我らで調べてみましょう」と、月子がわくわくした顔で言う。

 「君は、本当に変なひとだよね。今、苞寿様に話に行きましょうって言いましたよね。それに君は、ほんの少しばかり山を下ったところで、我はこれまで…。これ以上は義父上に叱られるとか言ってましたよね。それでどうやって調べるんですか?」


 月子は黙り込んだ。



 「竜古りゅうこ様…。侵入者の男から出て来た文字を読んだのですか?」と、苞寿がわずかに驚いた顔をした。


 本堂の裏にある苞寿庵は、少しばかり山林の中にあった。裏庭にあると思っていた隆鷗は、自分が進んでいる方向に自信が持てなかったが、月子がぐいぐいと進んでいく。

 苞寿庵が見え始める頃には何処からともなく霧が出て来て、いつのまにか辺りがぼんやり白くなって見えにくくなった。

 「苞寿様だけ、何故こんな離れたところに棲んでいるのだろう」

 「苞寿様は、頂上に祀られている御霊みたま様の正統な墓守だと聞いた。守り人と言われている」

 「頂上に祀られた御霊?」

 「誰なのか我には分からない。苞寿庵の裏に、頂上に続く山道があるらしくて、そこを守っておられるとか。そこに結界を張る護符が貼られていて、それが苞寿様の護符だそうです。誰も破ることができない強い結界だそうです」

 「神様ではないのですか?」

 「いえ、神様とは違う。御霊みたま…様?苞寿様の一族は何代にもわたって正統な嫡子が跡を引き継いで守っていらっしゃるらしいのですが、苞寿様に御子がいる話しを聞いたことがない…。そんなことを考えながら、その話しを登葱から聞いたのです」

 そんな話し隆鷗は、初めて聞いた。

 「嫡子?いろいろとここは不思議だよな。信陵寺と言っているけど、ここって寺ではないよね?出家とかなさそうだし、何より住職も僧侶も和尚もいない。先生、師匠、弟子…?」

 「我らは客人だから、そんなことを気にしなくいいのよ」

 「えっ?君も客人なの?なんか気になるよね。苞寿様は父上のことも兄上のことも知っていた…慌てて知らせに来たとか言っていたような…?うーん何だろう…あの時のことをはっきりと思い出せない…」

 「でも隆鷗様、そのことはあまり苞寿様には聞かないでね」

 「えっ?何故?」

 「分からない。登葱がそう言うの。だけど…、多分、聞いても何も言わないと思う。苞寿様にとってあまり知られたくないことなんだわ…と言うか、大切なことなのよ。だから滅多に他人には話さない。だから我らから聞くなんて、烏滸おこがましいわ」

 「そうか…。そうなんだ」


 その時には苞寿庵は目の前にあった。苞寿らしい、すごく質素な建物だった。


 「わたしは、月子様にその名を言ったことは一度もなかった筈です」と、苞寿が言う。

 「すみません。余計なことを言ってしまって…」と、月子が慌てて言う。

 「いいえ、そうではありません。月子様、あなたは日々ぼんやり暮らしておりますが、あなたの力がそのまま、文字が浮かんで消えていくだけでいいのですか?あなたの文字は確かに真実の言葉を導こうとしているのです。読人よみびとがそれを読めないのであれば、その文字もやがて現れなくなってしまいましょう。まぁ、それはもしかして月子様にとって幸せなことなのかもしれません。そうですね。それはわたしが決めることではないですね」と、苞寿が笑った。


 月子は黙り込んでしまった。

 苞寿の言葉は最もだ。月子も分かっていた。

 文字は物心ついた頃からすでに現れていた。いつも指を差して虚空に向かって文字をなぞっていたのを登葱ときが不思議に思ってずっと観察していた。

 そんなある日、登葱に届いたふみを通じて月子が虚空こくうと、ふみの文字を続けて指し示したことで何ひとつ疑うことなく、登葱は、虚空に浮かぶそれが文字であることを理解した。

 それから登葱は、ずっと月子に文字を教えた。月子が一文字でも多く読めるようになるまで、ずっと。月子もすごい速さで文字の読み方を吸収した。そして虚空の文字を読み上げるようになった。幼い子供にしては多くの文字が読めるまでになったが、しかしそこから進まなかった。

 虚空の文字が読めたとして、それに何の意味があるのか、登葱には分からなかった。


 それから暫くして、突然月子は文字を読まなくなった。何故、読まなくなったのか登葱が不思議に思っていると、月子がこう言った。


 「意味があるのかないのか、それは我には分からない。ただ楽しかったから読んでいた。でも、登葱がそう思うのなら、我はもう読まない」と。


 月子から気持ちを読まれていたことを登葱は初めて知った。

 「月子様、意味はあります。あるんです。登葱の気持ちを読んでいることに気づいていないのですか?」

 それから時々、文字ではなく、言葉が浮かんだ。それを読み上げると、登葱も周囲の大人も皆驚いた。そして、特別な子供だと讃えてくれたから月子はすごく有頂天になった。


 あの頃の方が多くの言葉を読んでいたような気がする。


 「読人よみびと…か」ぽつりと月子が呟く。「いまだ文字が浮かんでは消えていくばかり。そのうち見えなくなってしまうのかな…?」

 「いや、言葉と漢字知らないだけでしょう」と、隆鷗は言った。しかし、すぐに後悔した。「あっ…何でもないです」

 しかし、月子は何も言い返さなかった。


 「竜古様とは何者なのですか?なんとなく苞寿様には特別な、そんな響きがありました」と、隆鷗が尋ねた。

 「ええ、特別ですよ。何世紀も前から…」

 「何世紀も前から…?」

 「何世紀も前から我一族のあるじなのです」

 「あるじ?」

 「そうです。極限まで精神を鍛え、この世を超える真の自由を手に入れた神に匹敵する存在。わたしの生涯のあるじ。その始祖が竜古様なのです。竜古様の御霊とその力を受け継いだ祖霊をこの山の頂に祀って我一族が代々守っております。竜古様の名を読んだ者は、わたしの警戒から逃れることはできませんよ、月子様。その名を気安く読んではならない。さて、その名を放ったのは誰かね?」


 隆鷗と、月子は、背筋がぞくっとした。口を開くことすらできないほどに緊張が高まった。


 沈黙の中…。

 「警戒…?」隆鷗が俯き呟いた。


 「隆鷗様は、何故ここに来た?ここには限られた者以外誰も近づけない。わざわざ月子様を連れて、その名をわたしに聞かせるわけでもなさそうだ」と、苞寿が探るように言う。

 「あっ、いえ。話していないことを思い出したから…それを…話に…」と、隆鷗は言った。

 「陸様のためなのですね。先程までいた信蕉から聞いた。侵入者がやって来たのは陸様のせいではないから安心しなさい。月子様が読まれた言葉で分かった。おそらくその名を知っているのであれば狂信者だ。竜古様の名は、あまり知られていないゆえ、逆にその名を知っているのであれば狂信者だと考えられる。危険な奴らには違いないが、こちらから手を出してはならない。狂信者ごときに慌てる必要はない…」

 しかし苞寿が静かに怒りを抱いているのが、隆鷗には分かった。


 余計なことに首を突っ込んでしまったのか?


 「月子様、少しはお考えなさい。言葉ひとつの重みを…。たった一言で全てを理解させるそんな重みを。いったいいつまで文字ばかりなどと、責任逃れをしているのです?月子様のそのたった一言で、これまで分からなかったことが一気に分かったのですよ。なのに何故、月子様は…一向に前に進まない?」

 苞寿のその口調は厳しかった。

 月子は唇をぶるぶる震わせていた。


 「何故、その能力を蔑もうとする。その能力も好きで月子様に宿った訳でもなかろうに…哀れな話しだ」

 苞寿は、独り言を話すように呟いた。しかし、その独り言は月子の心を抉った。


 心なししょんぼりして隆鷗と、月子は、苞寿庵を出て行った。



 ひとりになった苞寿がかすかに微笑していた。


 「苞寿様、今出て行ったのが隆鷗様?」

 ふたりと入れ違いに男が入って来た。


 男は、この寺に古くからいる瀬羅だった。本来は苞寿の弟子だった。信蕉の一番弟子の至誡より古くからいるのに信蕉の二番弟子となった。苞寿の弟子は、皆寺を旅立っていった。しかし、瀬羅は、まだ苞寿の傍にいたかったのだ。信蕉の弟子になってまでも寺を旅立つのを拒んだ。それについて苞寿は何も言わなかった。

 苞寿は、寺を旅立つことを強要したわけではない。ただ全ての弟子に仕事を与えたのだ。弟子は、与えられた仕事をするための最適な場所を選んだにすぎない。それが結果的に旅立つ形になっただけだった。それを実務的に統括していたのが、信蕉だった。瀬羅は、苞寿の弟子たちの連絡係を買って出た。そのために事実上信蕉の弟子になるのがいささか都合が良かっただけで、瀬羅自身、苞寿の弟子であることと何の変わりはないと思っていた。


 「あれっ?先生、なんか楽しそうですね?」と、瀬羅は少し驚いた。

 「そうですか?ただ、あの子たちと話していると、楽しいですよ。あの子たちはわたしが招待したわけでもなく、自分たちで勝手にここにやって来たんですよ」と、苞寿が楽しそうに言う。

 「えっ?先生の結界を破ってやって来たというわけですか?」

 「はい。おそらく何も迷わず真っ直ぐやって来たのでしょう。ここにあの子たちがやって来た時、本当にいつものように当たり前にわたしの名を呼びましたから。あの子たちにわたしの結界など、通用しないのでしょう。おそらく霧に遭ったくらいのものでしょうね」と、苞寿が笑う。

 瀬羅は何も言い返せない。

 「それに、いつもいつも嫌がらせをしてくる稚拙な、あの麓の屋敷の正体をあっという間に暴いてしまいましたよ」

 「麓の屋敷…をですか?」

 「月子様、陸様。ずっと大人しくしていたようですが、隆鷗様が来たとたん…。皆が自分の力を発揮したのです。しかし、当の本人は何も気づいていないでしょうね」

 「でも、苞寿様は竜鷗りゅうおう様の家族だけはそっとしておくつもりだと思ってました…。そうおっしゃっていた」

 「竜鷗様は最後まで逃げ延びていた。しかし、もう皆忘れてしまっているのに誰が追い詰めたのか?いったい誰が…。昔のことを忘れて、のんびり暮らしていらっしゃったのに…。都から連絡を受けて急いで竜鷗様を訪ねてみたが、遅かった。だが、隆鷗様だけは竜界りゅうかい様が守りきってご無事だった。しかし、隆鷗様は力を授かっていたのだ。だがその力は、一族の誰もが持ち得ない力だった。思わずわたしは隆鷗様を連れ帰ってしまった。わたしがね…竜鷗様をそっとしておきたかったのは、竜鷗様があまりにも自由で、何ものにも縛られない強い心を持っていたから…だからこそ持つことのできる自由。しかし、隆鷗様は随分不自由だ。一族が持ち得ないあの力のせいか?わたしは考えてしまうのだ」

 「何を…考えるのですか?」

 「あの子たちは強くなってくれるだろうか?」

 「えっ?なると思いますよ。影近様を見て下さい。あれに適うものはいませんよ…って言うか、先生、麓の屋敷の正体は何だったんですか?」

 「お前は、こう…情緒というものがないな。心の機微とか分からないだろう?」

 「まぁ、あまり必要ないかなと思ってますが…」


 「わたしの祖父の代に一度だけ祖父の結界が破られ、墓荒らしにあったことがある。祖父は随分心配し責任をとって、守り人を早々に引退してしまった。その後、父が墓守を受け継ぐまで少し時間が空いたのだが、祖父の弟、大叔父が代行していた時期がある。その時、祖父は降霊術を随分研究していたそうだ。祖父は、もしかしたら墓荒らしにあった時、御霊様のなにかを持ち去られたのではないかと心配して、墓守を弟に任せ、自分は降霊術の研究をしていたのではないかと考えている。御霊様の骨でも使えば、より完璧に近い御霊様を降ろすことができると、祖父はそれを心配していたのではないかと。麓の屋敷の者は、御霊様の名を知っていた。祖父の話しと結びつけるわけではないが、御霊様の狂信者の可能性が高い。いや、おそらくそういうことでしょう。我ら御霊様の正統な墓守が邪魔なのでしょう。月子様がそう読みました。そして壊す…と。しかし、こちらから手は出せない。奴らは文字通り狂信…者だ。何をしてくるか分からない、危険な連中だ。中途半端に仕掛けることは出来ない…。手を出せるとしたら、屋敷を占拠した狂信者に巣食う化け物を退治できる時だけだ」

 「えっ?これまでどんなに調べても尻尾を出さなかったのに。そこまで分かったのですか?嘘でしょう?御霊様は降霊されたのですか?」

 「御霊様が降霊されたのは考え難い。しかし、墓には御霊様の力を受け継いだ代々の祖霊様も眠っている。五百年前の御霊様ではなく、祖霊様の誰かかもしれない。祖父の結界を破ってまで墓を掘り起こした理由などひとつしかない。もし降霊術が成功しているのなら、祖霊様の中の一人。祖霊様を穢してしまうことになる。一刻も早く祖霊様を探して天に帰さなければならない。もしも、祖霊様がすでに穢れてしまったのなら…」

 「穢されてしまったのなら、苞寿様が滅するのですか?」

 「いえ、わたしにはそのような力はありません。穢れたとはいえ、修行を終えられた祖霊様の力は測れない。まず、祖霊様が降霊されたのか確かめるのが先です」

 「わたしがやってみます」と、瀬羅が言う。

 「いえ、あの方に頼みましょう」

 「あの方とは?」

 「陸様の…」

 「陸様のお父上ですか?」

 「はい。あの方しかいません」


 「先生、帰って来たから都の報告に来たのですが、またすぐに都に向かう必要がありそうですね」

 「そうだったね。今回の連絡は箭重様を連れて行ったと聞いているが、何故、箭重様を連れて行ったのだ?」

 「ああ、すみません。いや、噂を聞いたのです…。箭重は大火で助け出され、信蕉様が連れ帰って来た。都で同じような境遇の男がいたと。大火で目が見えなくなり、町で琵琶を弾いている男がいると聞いたのです。もしかして箭重の父ではないかと思い連れて行ったのですが、結局会えませんでした」

 「そうですか?しかし、大火から助け出された箭重様は、助けた者が引き取って暫く育てたと聞いています。果たしてその時の記憶があるのでしょうか?随分幼かったと聞いてます」

 「そうですね…そんな簡単な話しではないかもしれません。わたしも今回はちょっと浅はかでした…。箭重は、明るく振る舞っているけど、ちょっと不憫で…」

 「子供たちは皆、我らでは想像もできない程の境遇にあるのです。お前が同情するなど傲慢の何ものでもない。それにわたしの前で箭重様を呼び捨てにしないでくれるか。今度、同じようなことをしたらわたしは、お前を許さないが…?」


 瀬羅は黙った。そして身体が硬直して、その日はもう二度と喋ることすらできなかった。


 そして、苞寿は暫く苞寿庵に閉じこもって、過去の記録を紐解いた。

 部屋中を埋め尽くす記録本をひとつひとつ丁寧に目を通していった。

麓の屋敷の正体の手がかりはつかめたが、屋敷からは何も仕掛けてこないまま、随分時が過ぎた。しかし…突然、寺が騒がしくなる。


次回「研ぎ澄まされた五感」


※2025/6/16 誤字修正しました。

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