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巣食うモノ

白水家の屋敷はまだ暗鬱とした

空気に包まれている。

陰陽師の香舎と、白水家の乳母との話しを

聞いていた寿院と、隆鷗だが、

話しが一向に進まないことに苛立ちを覚え、

意を決した隆鷗は、後先考えずに行動に出た。

寿院も隆鷗の気持ちを察して、

共にその場を離れて、真相を暴くために

動き出した。


寿院と隆鷗が力を合わせて、

白水家の当主を救い出すことに全力を注いだ!

 「どうした隆鷗君?何処へ行く?」と、寿院が隆鷗に尋ねる。

 「いるよ。まだここに…」

 「何がだ?」

 「分からない。ずっと感じるんだ。あの雑木林と思ったけど…違う。屋敷の中だ」

 「だからって、無闇に動かなくとも…」

 「駄目だ。あの陰陽師は少しでも早く終わらせようとしている。今じゃないと…」

 「そうなのか?さっきの口調だと、何かを暴くような言い草だったが…?」

 「鶏肋けいろくです」と、隆鷗が言う。

 「なんだそれ?」と、寿院が尋ねる。

 「切り取られた物を見せられたところでひとの心など理解できるはずないのです」

 「なんだ?突然…。それ、鶏肋関係ないよな。上手いこと言いたいだけではないのか?」

 隆鷗よ。それはお前が見ている、全てのひとに言えることだよな。ひとの人生を見てみないと、そのひとが何を思っているのか実際分からないとは思う。鶏肋けいろくは関係ないな。と、寿院は思ったが、口に出さない。


 隆鷗は、御簾の前で立ち止まった。そして、勢いよく開けると、隆鷗は青斬刀を握り締めた。

 「蜘蛛の巣…?」

 隆鷗は無意識に呟いていた。

 

 「おっさん…」

 「なんだ…いきなり…おっさんはないだろう。おっさんって…わたしがどんなに気を使っていると思っているんだ…せめて…おじさんって…」

 「蜘蛛の巣だ。わたしが蜘蛛の巣に捕まって動けなくなった時、ぼんやり見ていたんだ。おっさん、見えていないよな?」と、隆鷗が言う。

 「隆鷗君、何言っているんだよ」と、寿院がちょっと涙目になる。

 「おっさん見えていないのに、正確に蜘蛛の糸を一本一本斬っていったのを見ていたんだよ。おっさんは見えていなくても感じることができるんだ」

 「蜘蛛の巣?どうしたんだ?」

 隆鷗は、御簾を開けて、何かをずっと見ている。

 「ここに爺さんがいる。爺さんの身体は蜘蛛の巣に捕らえられている」と、隆鷗が言う。

 寿院の顔が変わった。そして、ゆっくりと隆鷗の傍に歩み寄り、御簾のなかを覗き見た。


 そこには広い布団に正座している、恐らく白水優雨幻しろうずゆうげんに違いない初老がいた。

 初老は、瞑想するように目蓋を閉じている。背筋を伸ばしながらも、首は傾き、両腕は不自然に浮いていた。

 そんな不自然な姿勢でも、蜘蛛の巣に捕らえられているという前提があるのならば理解できる。寿院は、隆鷗が蜘蛛の巣に捕らえられた不自然な格好を思い出していた。

 そして、同じように、部屋に巣喰った蜘蛛の巣を想像して、ぴたりと初老にはまるまで何度もやり直した。


 はまった。

 ぴたりとはまった。部屋に巣喰った蜘蛛の巣に優雨幻の身体がはまった。


 「隆鷗君、首と腕がきつく締められているが、後は緩く繋がれている?」と、寿院が隆鷗に尋ねる。

 「うん、首と腕は強く縛られている。それに腰と脚はもう爺さんが見えなくなるまでぐるぐる巻きになっている」

 「がちがちか?ここに縛る為なのか?こんな爺さんが耐えられるのだろうか?」


 壬生は二人の跡を追いかけたが、声もかけずに息を殺して聞いていた。何やら怪しくも、不思議な会話をしている。


 その時背後から声がした。


 「おやおや?厠へ行ったのではないのか?ここで何をしている」と、香舎が驚いている。

 「おぅ、ここは御当主様のお部屋でございます。ここでいったい何をなさっているの?」と香舎の後ろには乳母がいた。

 香舎と、乳母は、御簾の傍で立ち竦む寿院と、隆鷗を押しのけて、優雨幻の部屋へと入っていった。


 香舎が息を呑む。

 何故、こんな奇天烈な格好をしている?

 瞑想なのか?目蓋を閉じ、両腕は不自然な方向を指し、ぴくりとも動かない。ひとであるのならば宙に留めておくには限界がある。そして、首を傾げている。これほど不自然な姿勢はないだろう。

 「これは、優雨幻様…」と、香舎が優雨幻の御前に座ってお辞儀をした。「お前たちも何をしている?」

 その言葉に三人も香舎の背後に座った。

 「はて、優雨幻様は眠っておられるのか?」と、香舎が尋ねた。

 一見、感情の見えない香舎だったが、その内心、ひどく驚いていた。

 こんな不自然な姿勢で、眠っておられるのか?

 目に見えない恐怖がじわじわと香舎に襲いかかってくる。まともに優雨幻を見られない。


 乳母が上座の壁側に座り、優雨幻と香舎を交互に見た。

 「先程申しました通り、御当主様はすっかり憔悴いたしておりますゆえ、いつもこのようにぼんやりなさっておられます」

 憔悴?ぼんやりだと?乳母にはこの不自然極まりない格好がどのように見えているのか?何処が憔悴していると言うのか?と、香舎は内心苛立っていた。

 「話しを聞くことはできないのか?起きておられるのか?眠っておられるのか?」

 「おそらく眠っておられるかと…」

 「眠っているだと?よもや『呪い屋』から何かされたのではあるまいな?」

 「いいえ、御当主様は誰からも何もされておりません。いつもこのように眠っておられるのです」と、乳母は無表情に答える。


 寿院には、感情の見えない香舎が何を考えているのか測りかねていた。この優雨幻の奇妙な姿を見ても動こうとはしない。

 この男にいったい何ができるというのか?


 「優雨幻様がお目覚めになることはあるのでしょうか?」と、香舎が尋ねた。

 「はて、わたくしが知る限り、奥方様が食事を与えている時は起きていらしているようですよ。きちんと残さず召し上がっております」と、乳母が言う。

 「与える?とは何だ?」と、香舎が言う。

 「失言でございます」と、乳母が無表情に言う。

 「失言で済む話しなのか?」と、香舎が言う。

 「あいすみません」

 「謝って済むのか?」


 まったく先程から一向に話しが進んでいない。

 寿院が焦燥して、隆鷗を見る。隆鷗も寿院を見た。何かを訴えている。

 そうだな君とて、このままじっとしていられないよなぁ。

 寿院は思案する。


 優雨幻がほっそりと目蓋を開けた。細い眼孔からこちらを見る黒い瞳がゆっくり動いた。それがぴたりと隆鷗を捉えているように寿院には見えた。

 もしかしたら先程の寿院と隆鷗の会話が聞こえたか?

 「救いを求めているのか?」と、小さな声で寿院が呟いた。

 「おっさん舞う」と、隆鷗は囁いた。

 えぇぇ、またこの子は何を言っているんだ。もう少し分かるように囁いてくれ。

 「舞う?もしかして、君が?」と、寿院が囁いた。確かに今の状況であの青い刀を抜く訳にはいかない。しかし、舞うことで、刀を抜いても香舎殿や壬生殿に止められることもない…だろう。いやもし止めたとしても、わたしがそれを抑える口実くらいにはなるだろう。


 「何をぶつぶつ呟いている」と、香舎が寿院に苛立たしく言った。「優雨幻様はまだお疲れのようだ、今日の調査は打ち止めか…?何も出来ないな。戻るか?」と、香舎は言う。

 「いや、香舎殿、さっき、雑木林を掘り起こすと言ったばかりではありませんか?」と、壬生が言った。

 「しかし、この通り優雨幻様は眠っておられる。わたしはてっきり優雨幻様とお話しが出来るものだと思っていた。しかし、優雨幻様のこの姿を見る限りとても話せる状況ではない。もうこれ以上は意味があると思えないのだが」

 「いや、子供には大人にはないなんとかがあるとかと言ったのは、香舎殿だ。このまま何もせずに帰るのか?」と、壬生が言う。

 「雑木林を掘り起こすのも優雨幻様から話しを聞いてからだ。まさか、子供に言われたからとか言えないだろう。わたしはきちんと裏付けを取るつもりだったのだ」

 「まったくあなたときたら…。前から思っていましたが、気が小さいところありますよね。それを悟られまいと無理する。そして、それがいつも裏目に出る」と、壬生が呆れる。

 「そうしましたら、最後に舞を披露いたしましょう。つづみなどございませんか?」と、寿院が言う。

 その時、優雨幻は右手を微かに動かして、人差し指で壁の隅を差した。寿院がそこへ移動すると、壁の内側に楽器が保管された小部屋があった。壁にはそこに入る為の隙間があるが、角度的に優雨幻の御前に座った位置から見えなかった。


 優雨幻の意識ははっきりしている。なのにあの姿勢から動けないのだ。一刻も早く蜘蛛の巣から解放してやらなければ…。寿院は、優雨幻を見た。「なんと強いお方だろうか」と、呟くと、小部屋に入り鼓を手にした。その時、何やら違和感を覚えた。少し暗がりになっていたが、一瞬寿院の頭に鶏肋の文字が浮かんだのだ。あの時覚えたぴりっとした感覚だ。

 丁寧に保管されている楽器の隙間に、それがあった。


 呪符。


 なんと…!こんなところに

 くそっ!忌々しい。


 寿院は、強い意志を持った。

 蜘蛛の糸一本残らず裁ち斬るまで、隆鷗の舞を止めないのがわたしの役目だ。


 寿院の鼓の音は、そうした力強さが込められていた。空気が痺れるようなその音は、隆鷗の舞を止める者を威圧し、隆鷗の舞は滞りなく舞われた。しかし…。

 それでも隆鷗が刀を抜いた時、香舎が立ちあがるのを、何故か壬生が阻止した。

 「美しい舞ではないか」と、壬生が囁いた。

 乳母もそわそわしていた。壬生はそれさえ、強い視線で押さえ込んでいた。

 壬生を魅了した隆鷗の舞は本当に美しい。寿院も惚れ惚れするほどだった。多くの時を舞に費やしたのではないかと思えるほどの身のこなしだった。


 やがて、蜘蛛の糸一本一本が解けて、たゆみ始める。その度に優雨幻の腕の位置が変わっていくのだが、何故か音に合わせて腕がしなった。優雨幻の腕がしなる様を見ていると、まるで舞っているようだった。いや、蜘蛛の糸の弛みと同時にゆっくりと舞っている。


 なんと精神力の強いお方なのだろう。


 一本、また一本と斬られて無くなる蜘蛛の糸の縛りから、腰と脚が解放されていくと、優雨幻は、左脚を前に出して、ピシャリと床を踏み、心地よい音を響かせた。

 腕は完全に蜘蛛の糸から解放されている。だから左脚を突き出したと同時に右手を仰ぎ、さらさらと捻りながら、美しい動きを見せていた。傍で隆鷗が優雨幻の首に手を当てた。

 「ご無礼御許しあれ」と、隆鷗は一気にぐるぐるに首を絞めていたと思われる蜘蛛の糸を剥ぎ取った。

 だが、優雨幻の首はひとつも動かなかった。その代わりに表情のない顔に穏やかな笑みが浮かんだと思うと、「おぅ、声が戻った…」と、囁いた。

 しかし、穏やかな笑みもほんの一瞬だった。優雨幻が立ち上がった。そして、隆鷗とともに舞い始めた。二人の舞が揃った。優雨幻の大きな身体と隆鷗の小さな身体が互いに自然に同調していった。その光景はまるで奇跡のようだった。

 寿院も、香舎も壬生も、そして乳母も固唾を飲んで、ただ茫然と二人の姿に見入った。

 だが、その奇跡のような光景も終わった。優雨幻が、乳母の前に立ちはだかり、鬼のような顔で見下ろした。

 「お前は誰だ?わたしの屋敷でいったい何をしている?」

 優雨幻が鋭い声で言った。その声は張り詰めた部屋の中の空気を瞬時に震わせ、ひどく響いた。

 「な、何を…御当主様…気が触れましたか?わたくしでございます?乳母でございます」慌てて乳母が叫ぶ。

 「乳母だと?お前の何処が乳母だ。わたしの家を好き勝手にしよって」

 優雨幻の言葉に、信じられないような顔をしながらも香舎が乳母を取り押さえた。

 「わたしを騙していたのか?」

 「違います。本当にわたしは乳母です。御当主様がおかしくなってしまわれたのでございます」と、乳母が必死に弁解する。

 「おばさんは乳母ではない。そもそも姫様が狐に憑かれたなんて話し、最初からなかったのでしょう?」と、隆鷗が言った。

 「小僧が何を言っている?」と、乳母の口がだんだん悪くなる。

 「優雨幻様、この乳母が申しますに優雨幻様が姫様は狐に取り憑いたと信じて祓屋を呼んだと…?」と、寿院が説明した。

 「ふん、わたしの娘が狐に取り憑かれただと。そもそもわたしの知らないところでこの女が娘に付き纏っていたのだ。追い詰められた娘は徐々に精神こころを壊していった。それにわたしは気づいてやれなかったのだ。そして、娘の様子を心配した妻をたぶらかして、いつのまにかこいつは屋敷に入り込んでいた。こいつが祓屋だと後で知った。その頃からわたしの身体が動かなくなった。腕も脚も、そして声も出なくなった」

 「えぇぇ、何もかも乳母殿の話しは嘘ばかりですね」と、寿院が呆れる。

 「わたしが動かなくなったのをいいことに、大勢の仲間を屋敷に引き入れ、好き放題するようになった。そして遂には他人が娘に成りすますようになってしまった。誰かが知らせてくれたから、祓屋の仲間の大半は捕まったが、祓屋のこの女だけは猿芝居を続け密かに残っていた。お前は妻や娘や使用人を何処にやった?」

 優雨幻の言葉は皆を驚かせた。

 「姫様だけではなく、奥方さえ?そして使用人も?何故、陰陽師も呪術師、検非違使も誰も気づかなかったのか?」と、寿院が呟く。

 「この女の猿芝居が皆をけむに巻いていたのだ。そして、あの大立ち回りで逆に先入観が植え付けられた。もう白水家には『呪い屋』はいなくなったと…。そしてわたしは声を出すことができなかったし、動けなかった」

 「申し訳ございません。優雨幻様」と、香舎が謝罪した。「優雨幻様、お許し頂ければ、裏の雑木林を掘り起こしても宜しいでしょうか?」

 優雨幻が黙った。そして、身体が硬直してしまったように暫く動けなかった。優雨幻にしてみたら受け入れたくない恐ろしい言葉だ。しかし、おもむろに頷いた。

 「有難うございます。壬生殿、表から検非違使も呼んできてくれ。お前も来い」と、香舎は祓屋を引っ張った。

 そして、香舎と壬生は祓屋を引き連れて優雨幻の部屋から出て行った。


 「結局、雑木林を掘り起こすのか?」と、寿院が呟く。「それにしても隆鷗君、どうして狐憑きの話しが始めからなかったということが分かったんだ?」

 隆鷗は首を傾げる。

 「勘です…かな。似ていたんです。この状況。一度だけここと同じように黒い靄を纏った屋敷を見たことがあったんです。ここと同じだった。そこは奥方が獣憑きと言われていました。それで祓屋を呼んで…やはりそこも祓屋が居着いていた。しかし、奥方を見ても、わたしには何も見えなかったんです。獣の悪霊も獣の霊も何も見えなかった。そんなことってあり得ないです。最初から獣になど憑かれていなかったんです。思い込まされていたんです」

 「そんなバカな…」と、寿院が言うと、そこへ優雨幻が話しに入って来た。

 「そうだ。あの女が妻に吹き込んだのだ。娘が狐に憑かれていると。妻はそれを信じ込んでしまったのだ。まったく馬鹿な話しだ」

 「それをあの女は優雨幻様に隠れてやっていたのですね。しかし、『呪い屋』はいったい何がしたいのでしょう?」寿院は考え込んだ。


 その時、優雨幻が深く息を吸い込んだかと思うと、虚空を仰ぎ見た。


 「お前様方には正直に話しておきましょう。わたしにはあの者たちが何をしようとしていたのかは分かりませぬ。ただ、恥ずかしながら、あの女から奇妙な呪術をかけられた時の恐怖は今思い出しても身の毛がよだつほどです。わたしは支配されてしまったのです。恐怖に。こんな話し他では言えません。しかし、お前様方のお陰で我を取り戻すことが出来ました」と、ゆっくりと優雨幻は話した。

 「支配?」と、更に寿院は考えた。「支配されていた時、やつらは優雨幻様に何かを強要しましたか?」

 「娘が狐憑きだと思い込まされた。しかし、わたしは妻のようには洗脳されませんでしたが、この通り、何も言えない。何も言えないということは結局、洗脳と変わらない。だから『呪い屋』の娘がうちの娘のように振る舞っていたのです」

 「洗脳?何故『呪い屋』の娘が成りすます必要があったのか?」と、寿院が呟く。

 「そんなある日、妻そっくりの女子おなごがやって来ました。わたしはとにかく驚いた。その女子おなごが身体の動かないわたしの世話をするようになったのです。とにかくわたしは気色悪くて、暫く食事を拒絶しました。だが、わたしが弱ってしまったらこの家は壊れてしまうと思って、食事は摂るようにしました。そして、食器を片付けに来ていた下男に、この状況を外の誰かに伝えるように目で訴えた。下男は奇跡的に理解してくれ、上手くやってくれたのでしょう。誰かが平家のものに密告してくれたようです。そして、あの大立ち回りです。その時妻そっくりな女子おなごも逃げておりましたので捕まったか斬られたかしたのでしょう。だが、わたしの身体が動くことはなかった。仲間が去った後もわたしはあの女の言いなりでした。おそらく妻も娘ももういないのではないかと思っています。しかしお前様方が来てくれた。お前様方の話しがわたしの耳に入ってきた。これまで来た陰陽師や呪術師と明らかに違う。わたしが何か訳の分からないモノに捕らえられているのが見えているのだと、確信した時、わたしも心を取り戻したのです」

 「優雨幻様、わたしが思いますに、あの女は呪術を使えるわけではないと思います。普通の女ですよ。優雨幻様を縛っていたのは、そこの小部屋に貼られいた呪符の呪いです。あんな女に恐怖を覚えなくてもいいのです」と、寿院は、優雨幻が誇りを取り戻すことを願い、伝えた。

 「呪符?」

 「はい。呪符です。わたしも知っています。すごく強い呪いを帯びています」

 「そうですか。呪符。だとしたら恐ろしい呪符だ。あんなモノがこの世に出回ったらひとはどうすることもできない」

 「まったくです。恐ろしい呪符です」

 そう言うと、寿院も優雨幻も暫く黙った。

 「少し疲れました。お前様方も雑木林に行って下さい。そして妻と娘を見つけてやって下さい。わたしは少し目眩がしますので、それが治ったら参ります」と、言うと、優雨幻は何かを思い出したように隆鷗を見た「お前様はもしかしたら鬼の一族を知っているか?」

 「えっ?何ですか?」と、隆鷗が答えた。

 「いや、知らないならいいのだ。すまないことを聞いた。だけど、わたしを救ってくれたのはお前様だ。だからお前様に忠告させてくれ。舞は躍ってはいけない。わたしはあの舞には見覚えがある。昔見た舞だ。だが、もう二度と舞ってはいけない」と、優雨幻が言う。

 「何故ですか?」と、寿院が尋ねた。

 「命に関わるからだ。それ以上は言えない。と言うか、わたしも詳細は分からないのだよ。ただわたしの言葉を信じてくれ」と、優雨幻が言った。


 鬼の一族…?

 鬼の一族?なんか聞き覚えがあった。

 昔、子供の頃…?なんか…。

 寿院は思い出そうとしたが、寿院のなかの何かがそれを阻止しようとしていた。


 雑木林では、次々と骸が掘り出されていた。

 そして、その中に優雨幻の妻と娘と思しき遺体も掘り出されていた。

 寿院は残念でならなかった。

 手鞠が亡くなったと聞かされた日から幾度となく訪ねていたのに、門戸ひとつ隔てた所でこんな残忍なことが行われていたことを何一つ知る術がなかった。


 いったい『呪い屋』なる謎の郎党は何をしようとしているのだ。


 「寿院殿、君の弟が言った通りだったよ。ご遺体が出て来たよ。おそらく優雨幻様の奥方と姫様だろう。その他にも四体のご遺体。優雨幻様に最も近い従者の方たちだろう。今、優雨幻様を呼びに言っているから、すぐにどなたのご遺体か明らかになります」と、壬生が言った。

 「残念です」と、寿院は心から悔やんだ。

 「いや、これは陰陽寮と検非違使の責任だ。これから騒がしくなるだろうな」と、壬生が言う。

 「いえ、そうでもありませんよ。今は摂政政治などと言われていますが、摂政の近衛様は、今ではすっかり清盛公の顔色ばかり窺っていると聞きます。清盛公は武士です。武士の時代が訪れようとしているのです。こんな事件は表にさえ出ないですよ。見ててご覧なさい」と、寿院が笑った。「そんな時代の狭間でこの『呪い屋』なるものはいったい何をしようとしているのでしょう?」

 壬生はくれぐれも危ないことをするなと忠告して、香舎のところへ行った。


 寿院は、ぼんやりと掘り起こされた遺体を見ている隆鷗に歩み寄った。

 「隆鷗君、疲れましたね。でも今からが本番です。ずっと探していた、わたしの友が斬られるところを一部始終見ていたうたという少女の知人を見つけました。藤原鼓笙という人です。その方のところへ今から向かいます」と、言うと、寿院は空を仰ぎ見た。「しかし、予定より随分遅くなりました。もうすぐ陽が暮れそうですね。隆鷗君が嫌いな野宿覚悟でお願いします」

 寿院がそう言うと、隆鷗は面倒くさそうな顔をした。

日増しに残酷になっていく戒。

そんな戒の残酷さを目の当たりにする鼓笙。

なんだかんだと逃げ腰の鼓笙だったが、

自分が何とかしなくてはと、責任を感じる。


一方、白水家の事件を解決に導いた

寿院と隆鷗は、その足で鼓笙の屋敷に

出向いたが、鼓笙家はごたごたの

真最中だった。

そこで、寿院を待つ一人の男がいた。

男は寿院に救いを求めるのだが…


次回「罰を与えた」

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