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木機怪械  作者: 大石優進 / 夜澄大曜
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【ep.2】 受粉:前編 (作戦決行138日前)

 天於が売店で昼食を買って教室に戻ると、男子が3人、肩を寄せて何やら密談していた。天於に気づき、無言で手招きする。


「なーにヒソヒソやってんだよ!」


 大きな声を出す天於の肩や背を、級友たちがガシッとつかんで輪に引きずり入れた。


「いいところに来た! 頼みたいことがあるんだが……」


「任せろ! で、何?」


鏑木(かぶらぎ)さんと知り合いってホントか?」


 男子たちは、窓際の席に座るショートボブの少女に熱視線を注いだ。

 鏑木シオン。

 1か月前にアメリカからやってきた転校生だ。

 天於はうなずいてそれを認めた。


「ガキの頃、家が隣だったんだよ。ほとんど毎日、一緒にいたなー」


 級友たちがにわかに盛り上がる。


「マジか!」「お、幼なじみ……!」「あんな美少女がいたら目立っただろ……?」


 シオンは小顔で、手足がスラリと長い。華奢な体格と大きなつり目が、どこか猫を思わせる。

 天於たちが通う高校は規則が緩く、髪型は自由、制服の着崩しにも寛容だ。猛暑の影響もあり、だらしなく肌を露出する生徒が多い中、シオンは真っ黒な髪で、白いブラウスのボタンをきっちり喉元まで留め、涼しげな顔をしていた。


「いや、昔は男子みたいに髪が短くてさ。口で言ってもイジメを止めない男子がいたら――」


 天於が拳を固めて、シュッと素早く振る。


「拳で説得! おれの憧れのヒーローだったよ」


「ヒロインな」「脳筋じゃん」「でも、幼なじみにしては、よそよそしくないか……?」


 天於は、ひとりで昼食をとっているシオンの背中にチラッと視線を遣った。


「10歳のときだったかな、シオンがアメリカに引っ越したんだ。手紙とかメールを送っても、だんだん返事が来なくなっちゃってさ」


 今度は、あからさまに失望の空気が漂った。


「自然消滅というやつでは」「空白の7年だと……?」「いまは名前だけ知ってるレベルか」


 ぶつぶつ非難めいたことを言われて、天於は腹が立ってきた。


「で、何だよ、相談って?」


「おれたちは、夏休みに、鏑木さんとプールに行きたいっ!」


 男子のひとりが声を抑えて叫ぶ。


「プール? なんで急に」


「鏑木さん、今日の水泳も見学だったろ? 水着姿を見たいんだよ! 分かるだろ!」


「……? や、分かんねえ……」


 天於が首を傾げる。


「かわいいだろ!」「スタイルも最高!」「でも、おれらは話したことがない……!」


 畳みかけられて、天於はようやく納得した。


「あー! おれからあいつに話して、遊びに誘って欲しいってことか?」


「それだ!」


 男子3人が声を揃えて言った。


「分かった、任せろ」


 天於は安請け合いの王様だ。頼まれたことは、よほどの理由がない限り引き受ける。


「さすが天於!」「頼りになるッ!」「夏休みをおまえに託したぞ!」


 非難から一転、重い信頼を背負って送り出される天於であった。

 シオンはインナーイヤー型のイヤホンをつけて携帯画面に見入り、全身から「話しかけるな」の空気を発している。

 天於は後ろからシオンの肩を軽く叩いた。

 シオンが振り返り、イヤホンを片方だけ外して「何?」と目で訊く。

 見るからに不機嫌そうだ。


「昼飯、一緒に食べよう」


 天於は言いながら、シオンの返事を待たずに隣の席に座った。


「もう終わるところよ」


 シオンが食べかけのツナサンドを視線で示して、そっけなく言う。


「じゃあ、おれが食べるの付き合ってよ」


 天於は買ってきたパンの袋を掲げた。


「――540」


 シオンが抑揚のない声でつぶやく。


「え、なに?」


 シオンは天於が持つ『激辛ピザトースト』の袋を指して、


「売店にある高カロリー食品の1位! ひとつで540カロリーよ!」


「……! それだけ美味いってことか!」


 シオンが勢いよく天於の鼻先に指を突きつけて、


「おバカ! お父さんは異常脂質が原因の脳血管障害で亡くなったでしょう? あなたも若いうちから食べ物に気を使いなさい! そもそも、よくそんな辛そうなものを食べられるわね」


 天於は、ふっと笑みをこぼした。


「その姉ちゃんぽい話し方――良かった、やっぱりシオンだな!」


 シオンが、ぽかんと口を開ける。


「……まさか、同姓同名の別人だと思っていたの?」


「ちょっとだけな。ぜんぜん目を合わせてくれないし、話しかけても反応が鈍かっただろ」


 天於が不満そうに口を尖らせる。


「帰国してしばらく、バタバタしていたから……」


 シオンが目を伏せ、ごにょごにょと歯切れが悪く弁解した。


「アメリカに引っ越した後、手紙もメールも返事が来なくなって、心配したんだぞ」


「……あのときはあのときで、向こうの生活に慣れるのが精いっぱいだったの」


「母さんに聞いたよ。飛び級で大学院を出て植物の研究者になったんだって? 凄いな」


「全部、鳴子(めいこ)先生のお陰よ」


 天於の母親、柴沢鳴子は植物学者だ。

 幼い頃、天於の家に入り浸っているうちに植物学に興味を抱いたシオンは、鳴子から勉強の手ほどきを受けた。10年前に鳴子が仕事の都合で単身渡米して関係が切れるが、その2年後、シオンも家庭の事情でアメリカに移住。再び鳴子と連絡を取り合うようになったという。


「実の息子は、もう10年間、放置だよ。たまーにメールがくるけどさ」


「……お忙しい人だから」


 シオンが言葉少なに擁護する。


「冬休みに、こっちから行ってやろうと思って。もう、おれの顔を忘れてたりしてな」


「まさか。いろいろとご存じよ。成績が悪いとか、委員をいくつも掛け持ちしているとか」


 シオンの口調は少し皮肉めいていたが、天於は誇らしそうにうなずいた。


「なんかいろいろ頼まれちゃってさ。保健、環境美化、文化祭、体育祭……あとなんだっけ」


 ピザトーストを頬張りながら指折り数える天於を見て、シオンが微かに笑った。


「お人好しなんだから……」


 ハッと気づいた顔をして、無表情に戻る。


「――そういえば、病気はずいぶん良くなったみたいね」


 天於が自分の胸をドンと叩く。


「いまは陸上部のエースだぜ。風邪を引くと、咳が長引くことがあるくらいかな」


 天於は幼い頃、呼吸器系に問題を抱えていた。

 咳が止まらず、高熱を出すことも多かった。


「あんなに小さかったのに、ずいぶん背が伸びて――」


 シオンが一瞬、優しい眼差しになる。


「体型……、おまえもだいぶ変わったんだな」


 天於の視線がゆっくり下って、シオンのブラウスの豊かな膨らみで止まる。

 シオンがバッと胸元を手で押さえて、天於の視界を遮った。


「ち、ちょっと……! き、急に変な目で見ないで……っ」


 困惑しつつ、湧きおこった羞恥心に頬を赤く染める。


「シオンの水着が見たい」


「は、はぁ……っ?」


「って、クラスの連中が言ってるぞ。夏休みに、みんなでプール行かないか?」


 シオンの大きな瞳に、鮮やかな怒気が閃く。


「おバカ! 行くわけないでしょ。そもそも、夏休みなんてないから」


「ちょっと息抜きをする時間くらい、あるだろ?」


 食い下がる天於の鼻先にシオンが再び指を突きつけて、質問を質問で返す。


「今年は何年?」


「2035年――」


「なんで夏休みがないのか分からない? 急に私が転校してきて、不思議に思わなかった?」


「……?」


 天於がパチパチと目を瞬かせたときだ。

 携帯から大きな警報が鳴り響いた。

 天於の携帯だけではない。

 教室中、通信機能を持つあらゆる端末が鳴っている。


「計算より早い! 太陽風が強まったか……!」


 シオンが険しい顔でつぶやいて立ち上がる。

 携帯画面に、同じ文章が狂ったように繰り返し表示された。


『日本国政府より国民の皆様へ。緊急事態が発生しました。一刻も早く、避難してください。』


 呆然と携帯を見ている天於に、シオンが焦燥感を剥き出しにして言う。


「みんなに、地下に避難するように言って!」


「……待ってくれ! そもそも緊急事態ってなんだよ?」


「すぐに分かるわ。ここからだと地下鉄の駅がいい! 早く!」


 空が鈍く鳴った。

 積雲に挟まれた群青の空を裂いて、巨大な物体が降ってくる。

 それは花の(つぼみ)に似ていた。全体は土色だが、大気摩擦で降下面が赤く輝いている。無数の隕石を引き連れ、それらが白い尾を引いて、まぶしい驟雨(しゅうう)のようだ。


「……! これって、母さんの……!」


 天於は息を呑んだ。

 12年前、天於の母親は、人類が空から降ってきた花によって滅亡の危機に瀕するという説を発表した。そんな突飛な話を相手にする者はほとんどおらず、狂人扱いされたのだが――


「ええ、発生する月まで、鳴子先生の論文通りよ」


「あんなの……! 空想まじりの仮説だろ?」


「自分の目が信じられない?」


 教室は騒然となっている。


「緊急事態ってなんだよ?」「避難って、どこ行く?」「携帯使えねーんだけど!」


 ゴウッ……!


 空が重く唸る。

 降下中の蕾の先が割れ、輪郭が一回り大きく膨らんだ。

 虹色の花が開く――

 次の瞬間、凄まじい爆発音が響き、教室の窓ガラスが一斉に吹き飛んだ。

 爆風が吹き込み、悲鳴が教室を交錯する。


「……っ!」


 天於はよろめきながら廊下に走り出て、火災報知器のボタンを押した。

が、吹き飛んだ引き戸やら机やらがぶつかって表面がひしゃげたせいか、作動しない。


「どいて!」


 天於が振り返ると、シオンが両手で持った椅子を振り上げるところだった。

 それを火災報知器に思い切り叩きつける。


 ガンッ!


 校舎中に、けたたましい警報が鳴り響いた。

 手段を選ばないシオンが、天於の視界の中で、幼い日の少女の姿と重なった。


「みんな、逃げろッ! 地下鉄の駅に行くんだ! いますぐ!」


 天於の大きな声は、警報の音に負けずによく通る。

 それが引き金となって、生徒たちがなだれ打って廊下に出ていった。


「地下だぞ! 他の人にも伝えて! 地下鉄の駅に逃げろ!」


 天於は避難者たちに念を押し、顔見知りがいれば誘導を手伝わせた。


「そろそろ私たちも行くわよ。降ってきた!」


 シオンの視線を追って、天於は驚きに目を丸くさせた。


「雪……?」


 夏なのに、晴れているのに、暑いのに――粉雪が舞っている。


「雪じゃなくて、花粉よ」


「花粉って――アレのか……?」


 先ほどより、降下する虹色の花びらが大きく見える。徐々に高度が落ちているのだ。

 一緒に連れてきた隕石群の方が重いらしく、花よりも先に地上に接近していた。

 シオンがチューブを取り出すと、手早く中身を天於の鼻の穴と口の周りに塗った。


「なんだ、これ……?」


 冷たくて粘度が高い感触に、天於が生理的な嫌悪を感じて顔を歪める。


「花粉を付着させて溶かすジェル。ないよりはマシ! はい、持ってて」


 作業を終えたシオンが、チューブごと天於の手に押しつける。

 天於とシオンは逃げ遅れた人がいないか確認しながら、校舎を出た。

 シオンが走りながら手首につけた赤いブレスレットに向けて話しかける。


「鏑木です。本部の状況、どうでしょうか。はい。はい――――………」


 血の気が引いた顔で、急に言葉を詰まらせた。


「……いえ、分かりました。急いでください。あと30分で、都内では飛べなくなります」


 誰かが乗り捨てた自転車が正門前に転がっている。

 天於がそれを起こすと、荷台にシオンが横座りして乗った。


「指示する方に走って!」


「地下鉄の駅だろ? 任せとけ!」


「もっと安全なルートがあるの!」


「分かった! なんでも知ってるんだな……!」


 天於はシオンの指示に従い、甲州街道を西に向かった。


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