【ep.13】 救出:後編 (作戦決行日 10時45分)
天於は銃声が鳴ったポイントを特定した。
かつての大通りに面した、円柱状の建造物だ。すっかり朽ちて森の一部になっている。高さは15メートル前後あるが、床面積が広いために、遠目にはずんぐりして見えた。ユグドラシルがもたらす情報によれば、森に呑まれる前には名が知られた教会だったらしい。
駅を離れて霧が薄れ、いくらか視界が効くようになっている。
駆体が一機、屋上で膝をついてレールガンを構えていた。
大きな円に鋭い切れ込みが一本入ったリーフ・プレート。
ウォーター・リリィ、和名でいう睡蓮の葉を持つ駆体だ。
「……シオン!」
天於の声に、喜びが溢れた。
『――まずいな』
浅葱はいつもの回りくどい言い方をせず、危機感を露にした。
建物は夥しい数の草獣に取り囲まれている。
先ほど天於たちが二人がかりで倒した蜘蛛型の姿もあった。
1体だけでなく、何体も。
シオンが建物を這い登ってくる草獣を1体ずつ斬り飛ばしている。
その射撃は、狙いが正確で速い。
シオンの搭乗機であるリリィは、中―遠距離の射撃を得意としている。
これには、シオンの戦闘スタイルが大きく影響していた。
ユグドラシルが蓄えた膨大な情報と記録から瞬時に敵を分類・分析し、防御力の薄い箇所を弾き出して、接近される前にそこを撃つのだ。
『テオテオ、ネギ! 二人ともおっせーよ!』
明るい声が無線に飛び込んできた。
以前は複数車線の道があったのだろう、木々が広く開けた場所で、2機の駆体が小型の草獣を相手に戦っている。
チョコレート色を帯びた、しんなりと柔らかく垂れるリーフ・プレートを持つCQ。
そしてもう1機は――
シュウッ!
腕と脚の気孔筒から機内の熱気を吐き出し、周囲の霧を散らせる。
緋桐が搭乗する隊長機ザンティアムだ。
扱う近接武器は、槍斧。
長い柄の先に大きな刃と鉤爪がついており、バランスを取るのが難しい得物だ。
緋桐は単機で草獣の群れに飛び込み、槍斧を縦横に振るって、それを蹴散らした。
ときには重装甲に物を言わせ、あえて相手の攻撃を受け止めてカウンターで仕留める。
天於は緋桐のあまりに華麗な戦いぶりに目を奪われた。
天於も接近戦には多少の自信を持っているが、本気の緋桐と立ち合ったら、赤子同然に捻り潰されてしまうだろう。
萌のCQは電子戦機で、武装はミサイルに偏っている。短距離ミサイルで敵を吹き飛ばしていた萌は、途中から緋桐が倒した相手を焼却し、とどめを刺すことに専念した。
天於たちが手を出すまでもなく、あっという間に戦闘が終わった。
「凄いです、隊長……!」
天於は思わず熱のこもった拍手をした。
『いや、こいつらは群れからはぐれた雑魚だ。鏑木を救出するには手が足りなくてな。困っていたところだ』
ザンティアムが槍斧で建物に群がる草獣たちを指した。
壁面をびっしりと覆うだけでなく、積み重なり、緩やかな坂を作っている。
「おれがいきます!」
天於の逸る思いが、アルテシマを一歩前に進ませた。
『テオテオかっけ~!』
萌が口笛を吹く。
『浅葱もいけるか?』
『――命に替えても、副隊長を救出します』
緋桐の問いに、浅葱が無機質な声音で答える。
『ヤバそうになったら、やられる前に引き返すってさ!』
萌がいつもの調子でまぜ返した。
『よし、二人とも行けっ! 露草は電波出力を強化後に最大火力で敵を攪乱、2機を支援!』
『あいよぅ!』
CQの機体各所に設けられた射出口が一斉に開く。
同時に、背中と肩から計四本の筒状のアンテナが機体と垂直に突き出し、その先端がさらに細かく分かれて展開した。その姿は、まるで葉のない枝を広げた冬の落葉樹だ。
萌が天於と浅葱のモニターにルートを大きな矢印で表示する。
『誘導弾と発光弾で敵を散らして道を作る! 男子チームは、あたしん攻撃の後に突っ込んでシオンちゃんを救えっ! いくよ、3、2、1――』
ドウッ!
CQから大量のミサイルが一斉に放たれた。
強化された電波に導かれたミサイルが次々に着弾して草獣の群れを吹き飛ばし、激しい閃光で注意を引きつける。
アルテシマとアイスは、その混乱で生じたスペースへと突っ込んでいった。
先行したアイスが建物を背に膝をつき、両手を重ねて構える。
「――」
浅葱が共有モニター越しに天於に目で合図を送った。
「声に出して言えって! いいんだな、手ェ借りるぞッ!」
天於はアイスの手に足をかけた。
アイスが膝を立て、アルテシマの巨体を頭上に放り投げる。
天於は壁面に群がる草獣たちを一気に飛び越した。勢いの強さに空中で体勢を崩しながらも、どうにか建物の屋上に陣取るリリィの隣に着地する。
「――シオン! 助けにきたぞ!」
至近距離に来たことで、ようやく無線がクリアになった。
『ひとりでも何とかしたのに。でも……』
シオンの小さな息づかいが聞こえた。
『来てくれそうな気がしてた』
言いながら、壁面を登ってきた草獣をレールガンで撃つ。
草獣たちは、早くもCQの爆撃による混乱から立ち直りつつあった。
「なんでこんな、シオンにばっかり……?」
天於は鎌を振るい、目についた草獣を手当たり次第に叩き落とした。
『線路から降りたときにボックスを損傷したの。薬剤自体は無事だけど、おそらく少し臭いが漏れてしまっていて。これ、吸収されやすいように栄養剤を混ぜているから――』
「草獣には、エサってわけか……!」
天於が結論を引き取った。
シオンの駆体ウォーター・リリィは大きな箱を背負っている。
その中に、プランBの切り札であるユニットが入っていた。
『時間があれば応急処置もできるけれど、この状況では……!』
何体倒しても、敵が絶えることがない。
天於はあたりを見回した。
リリィの足元に、線路の移動にも使用した大きな盾が転がっている。
「――よし」
天於はそれを拾い上げると、屋上の縁に置いた。
「シオン、乗れ!」
『まさか――それは無謀よ……!』
「いいから早く! 本体との接続を頼む!」
リリィが盾に乗り、駆体の腰部からコードを引き出して繋ぐ。
天於は地面を強く蹴って盾を押し出し、後から自分も飛び乗った。
二機の乗った盾が、草獣を下敷きにして坂を一息に滑り落ちる。盾の底部に展開する四輪が地面を噛み、加速した。
『――出力全開でいくわ! 天於は追撃の対応を!』
出撃前にも言及していたが、シオンは常に燃料の抑制を意識している。
そのシオンが、出力を全開にするという。
自分たちはいま、生死を分ける細い線の上を走っているのだと天於は気を引き締めた。
「任せとけ!」
天於はアルテシマの上体をひねり、レールガンで迫る草獣たちを片端から撃った。
「こいつら……!」
どれだけ切り飛ばしても、すぐに次の草獣が取って代わる。
まるで波に追われているようだ。
追いすがって飛び掛かってくる群体を、シオンが巧みな操縦でかわす。それでも、草獣たちの牙や触枝が何度もアルテシマの機体をかすめて、天於は生きた心地がしなかった。
緋桐たちの支援射撃や光弾も、焼石に水だ。
敵の勢いは止まらない。
このままでは、緋桐たちもこの波に呑まれてしまう。
『全機搭乗! サーフ・モードで水道橋方面に向かう!』
緋桐たちは射撃を停止して盾に乗り、天於たちと同じ方向に走った。
最高速度に達する前に、天於たちが追いつく。
『シオンちゃん、おっかえりー!』
『すみません、敵を引き連れてきてしまって……!』
『も~、草獣にもモテんだからさ~!』
『戦闘中ですよ。ふざけるのも大概にしてください』
シオンが萌をたしなめるが、目は笑っている。
『隊長、あと10秒ほどで追いつかれますが』
浅葱が淡々と指示を仰ぐ。
『またCQちゃんの出番かな? もう一回くらいならいけるよっ!』
緋桐は萌の申し出を却下した。
『いや、おれに任せろ。これより、隊長権限で全機のAT5を集中運用する』
それに各機が呼応し、体をひねって右腕を背後に向ける。
『全砲連動、各機衝撃に備えろ!』
緋桐がOSを介して一時的に5機分の火器管制システムを掌握。
各機の右腕に装備されている短距離ミサイルを射出した。
ドッ――
5発のミサイルが等間隔を保ち、横一列になって飛んでいく。
――すごい。
天於は息を呑んだ。
花粉溜まりでは、天於が体験したように、短距離であっても火器の電波誘導が不安定になる。
緋桐は萌のように電波出力を強化せず、経験とセンスだけで、各機から放たれたミサイルの軌道をコントロールしてみせたのだ。
ゴウッ……!
押し寄せる草獣の群れにミサイルが落下し、爆音が轟いた。
緋桐の計算によって爆発範囲が最大かつ最適化している。
それぞれが単発で撃つよりも、効果を何倍にも引き上げる効果があった。
炎の壁が噴き上がり、草獣たちの前進を阻む。
『敵の追撃停止! ざまー!』
萌が歓声とともに拳を突き上げる。
あたりの花粉濃度が、だいぶ低下してきた。
花粉溜まりを抜けたのだ。
『このまま北上、神田川に沿って進行する』
頭上を覆う木々の屋根の隙間から、作戦目標の根幹樹がチラチラと見えている。
直線距離なら、もう7キロほどだ。
『どこかで応急修理をさせてください』
シオンが自機の状態を仲間のモニターに映した。
CGで駆体の全身が表示され、色やアイコンで視覚的に状況が把握できるようになっている。機体全体ではダメージが軽微だったが、背負っているボックスの一部に損傷が認められた。
『研究所を出て三時間半になるな。どこかで休息を取り、各機の状態を確認しよう』
緋桐が全機のステータスを共有した。
1機だけ、中破を示すオレンジ色に染まった駆体がある。
天於のアルテシマだ。
それどころか、脱輪の際に損傷した右肩は、大破寸前を示す赤になっていた。
『柴沢が、いかに奮闘したか分かるな』
浅葱がボソリと感想を述べた。
天於も、褒められていないことは分かる。
「悪かったな。ひとりだけミカンみたいになってて」
『ほんとだ、ミカンだ……!』
萌が口を大きく開け、手を叩いて笑う。
『皆さん、私語は慎んでください。目的までは、まだかなり距離があります』
シオンがあえて和やかな空気に冷や水を浴びせ、隊を引き締め直した。
『速やかに根幹樹へ向かいましょう』
天於は、シオンが根幹樹の破壊にこだわる理由を知っている。
いまから2週間前、NEMOに招かれざる客がやってきた。
プランA発動まで、あと6時間