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木機怪械  作者: 大石優進 / 夜澄大曜
12/25

【ep.12】 救出:前編 (作戦決行日 10時7分)

 四谷駅周辺をすっぽりと包むように花粉溜まりが広がっている。

 根幹樹(スカイツリー)を目指して地下鉄を進んでいた天於たちは、四谷周辺で地上に出た際に草獣の襲撃を受け、チームが離散した。

 草獣が蔓延(はびこ)る危険地帯で、いま天於と行動をともにしているのは浅葱だけだ。

 2機は、以前は大学の敷地だった場所に迷い込んでいた。

 樹林と一体化した校舎が障害物になっているが、天於たちにとってはむしろ都合がいい。

 この地形なら、四方八方から袋叩きに遭うことはないからだ。


「きた……!」


 センサーで周囲を探っていた天於が音を拾った。

 ほんの数秒だったが、『誰か聞こえてる~?』、萌の声だ。


「萌を見つけた! 北東、ここから300メートル弱――」


 その喜びに冷や水を浴びせかけるように、背後から大きな足音が接近してくる。

 1体、2体――いや、少なくとも3体。

 花粉の霧が濃く、まだ目視できない。


「後ろから、3体くる!」


『おれが対応する。おまえは引き続き、萌の位置を探れ』


 言うなり、浅葱はアイスを反転させた。

 シャ―ッと微かに金属が擦れ合う音がする。

 アイスが腰に下げた鞘から日本刀を静かに引き抜いたのだった。

 天於が乗るアルテシマは、初心者ということもあってオーソドックスな調整をされているが、他の駆体は、パイロットの能力と役割によってそれぞれ特色があった。

 アイスは、装甲を極限まで削り、機動力と反応速度を限界まで引き出した近接戦特化型だ。


「対応するって、おい……!」


 浅葱といえども、三体の草獣を同時に相手取るのは無謀としか思えない。

 しかしすでに、アイスは爆発的な瞬発力で霧の中に踏み込んでいた。

 ガン! と硬いものがぶつかり合う音がする。

 加勢しようとした天於の鼓膜を、耳障りな警告音が叩いた。

 前方から何かくる――挟み撃ちだ。

 OSユグドラシルは、風や地形、味方の識別信号など外環境を把握したうえで、自機に不自然に接近するものを攻撃と見なし、予測される到達地点をモニターに表示する。

 いわば殺意の可視化、死の予告だ。

 予告された攻撃は四つ。モニターに半透明の細長い影が浮かび上がる。


 ――くる!


 霧を払って現れたそれは、4本の槍に似ていた。

 1本の長さが7メートル近くあり、先は細長く尖っている。

 速い。常人であれば、くることが分かっていても避けられなかっただろう。

 だが、天於は反応した。

 降ってきた1本目をバックステップで回避。1秒差で飛来した2本目をサイドステップでかわす。このとき、アルテシマの背中に装備されている鎌を抜き、逆手に持ち替えている。ファインセラミックス製の長刃がぐんと跳ね上がり、少し遅れてやってきた3本目を頭上で切り飛ばす。4本目は、リーフ・プレートをかすめて地面に突き刺さった。


 ドッ!


 ――四つ目、これで最後!


 音で攻撃が途切れたことを確認し、地面を蹴って相手に飛び込んだ。

 生物のように滑らかな動きだ。肘や膝の周辺にある装甲が擦れ合い、重々しい音を立てる。

 初の実戦だが、いままでにないほど集中力が研ぎ澄まされていた。

 天於は武器をレールガンに持ち替えて、レーザーを放った。

 霧に隠された実相が暴かれ、モニターに映し出される。


 球状の胴体から無数に枝が生えた姿――蜘蛛と植物を掛け合わせたといえばいいのか、球根に脚が生えたという方が近いのか。

 大きさは本体だけで12メートル、各脚部は5メートルから15メートルとバラつきがある。

 天於はレールガンをフルオートで撃った。


 ドルルルルルルッ! 


 電磁的に加速した刃の弾が吐き出される。

 天於は訓練で受けた説明を頭の中で反芻した。

 動物を殺傷するには、貫通力の高い銃弾を大量に浴びせて胴体に穴を空けるのが効率的だ。一般的に頭部や四肢に比べて面積が広く、弾が当たりやすい。心臓や内臓のダメージは死に直結し、そうでなくても、血液が大量に流れ出れば生命の維持ができなくなる。


 一方、植物をベースにしている草獣は、まったく事情が異なる。ある種のモジュール構造を持ち、一部が損傷しても全体には影響が少ない。そのため草獣に対しては、まず『末端部位』を切断して移動や攻撃の手段を奪い、その後に炎や薬剤で全体を死滅させるという手順になる。

 天於の放った刃が、次々に草獣の脚を切り飛ばしていった。

 おぞましい声が響き渡る。

 天於はようやく敵の全身を視認した。


 うろこ状にひび割れた表皮は、まるで松の幹だ。膨らんだ体の正面に丸い眼球が四つ並び、そのうちひとつは刃が当たり、潰れている。人間でいえば額に当たる部分に、大きく開いた口がひとつ。何より特徴的なのは、無数に伸びる枝だ。ごつごつした醜い節を持ち、昆虫の脚を思わせる。

 草獣の枝や根が変型した末端部位は、触枝(しょくし)と呼ばれる。ひとつひとつが意思を持つかのようにワサワサと蠢き、数本を切り落としたところで何の影響もなさそうだった。


 それなら――


 天於が草獣を凝視すると、OSユグドラシルが自動的に目標をロックした。

 駆体右腕の射出口が開き、短距離ミサイルが放たれる。


 ドウッ!


 同時に、反動を相殺するために肘から大量の塩水が噴射された。


「食らえッ!」


 が、5メートル弱の至近距離だというのに、ミサイルはあらぬ方向へと飛んでいった。

 この区域に充満する金属交じりの花粉が電波を攪乱しているせいだ。

 霧の向こうで微かに爆光が閃き、ドンッと音だけが返ってきた。


「――」


 天於は頭を抱えた。

 花粉濃度を示すインジケーターが赤になっている。

 あまりに初歩的なミス。シオンがこの場にいたら、叱責したに違いない。


 シュウウウッ!


 高い位置にある草獣の口から、半透明の液体が噴き散らされる。

 天於はとっさに武器を持たない手を掲げた。

 粘度が高く糸状になった液体に、アルテシマの左腕が絡め取られる。


「クモかよ……!」


 鎌の刃で斬ろうにも、柔らかさに威力が吸収されてしまう。

 草獣が、自由の利かないアルテシマに正確な突きを浴びせる。


「――ッ!」


 直撃――胸の装甲の一部が砕け、コクピットに激震が走る。

 右腕と左足にも、続けて命中。

 機内を循環する水が、飛沫となって流れ出る。

 損害を知らせる警告音が鳴り止まない。

 天於はたまらず、アルテシマの脚部装甲に格納されている光弾を放った。

 強い光を放つ弾が四つ、煙の尾を引きながら地面に転がり――


 ドッ ドド ドッ!


 触枝が光弾を狙って次々に地面に突き刺さる。

 と、光弾が一際大きな光を放ち、草獣の動きが止まった。

 その隙にレールガンを連射し、正確に脚を切り飛ばしていく。

 大量の青い液体が飛び散り、空気に触れてすぐに半透明に変わった。

 触枝の数が減るのに合わせて、動きが鈍くなってきた。


 いける! 


 あとは接近して炎を浴びせれば――

 天於が攻撃のイメージを組み立てたとき、背後から炎が走り、アルテシマと草獣を繋ぐ糸を焼き切った。

 炎が導火線のように糸を伝わって、草獣の体全体を包み込んでいく。


「……アイス!」


 別の草獣を相手にしているはずの浅葱の駆体だ。

 両手に日本刀の大小を構えている。

 アルテシマを追い越して加速し、その歩幅が次第に広くなり、


 タンッ!


 6.2トンの重量があるとは思えない軽やかさで飛んだ。

 炎に悶える草獣に躍りかかる。


 ザッ! ズシュッ! ガッ!


 双刀が暴風のように縦横無尽に走り、瞬く間に草獣の体を解体していく。


「……!」


 天於は驚愕に目を見張った。

 音を聞かなければ分からなかっただろう。

 浅葱は、草獣の硬度の違う部位をまったく同じ速さで切り裂いている。

 体の切れ目が見えているとでもいうのか。

 後には、細切れになった燃え滓だけが残った。


『――駆除完了』 


 アルテシマと違い、アイスの装甲には引っかき傷ひとつない。

 天於はモニター越しに空を仰いだ。


「なあ、おれの初駆除(スコア)だったんだけど……!」


『実にハイレベルでスピーディーな戦い方だったんで、ついな』


 素人くさい、鈍重な戦い方だったと言いたいわけだ。


「仕方ないだろ。急にデカいのに襲われて……!」


『――左』


「ああッ?」


 新手が、すぐそこに迫っていた。

 3体いる。大きさは駆体の半分ほどだが、その分、俊敏だ。

 四本脚で、口から前歯が突き出した細長い頭部は、げっ歯類――巨大なネズミを連想させた。体毛の代わりに、びっしりと丈の短い葉を体に生やしている。

 天於がすかさずレールガンで狙いを定めて撃つ。


 ザンッ!


 先頭の個体の前脚を切り飛ばした直後、射線にアイスが入り込んだ。


「――ッ!」


 天於の放った刃の弾が、背後からアイスのリーフ・プレートをかすめる。


「……悪い!」


 天於の言葉が届く前に、アイスの双刀が瞬時に3体の草獣を切り伏せていた。


『おまえが射撃の名手で良かった』


 アイスに刃が命中しなかったのは、天於が下手なせいだと言いたいらしい。


「前に出るなら、声をかけろよ!」


『悪かった、おまえがこちらの駆体の特性を知っていると思い込んでいた』


 アイスもレールガンを装備してはいるが、近接戦闘用に調整されている機体なので、あまり出番はない。浅葱にすれば、自分が前衛に出るのは当然という理屈なのだろう。


「おれのせいかよ? 撃ってるのが見えてんのに、飛び込む方がおかしい――」


 ドルルルッ!


 そう遠くない場所で響いたレールガンの銃声が、この不毛な口論を終わらせた。


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