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木機怪械  作者: 大石優進 / 夜澄大曜
10/25

【ep.10】 衝突:前編 (作戦決行22日前)

 ミーティングルームの大きなスクリーンに、樹海の光景が映し出されている。

 木漏れ日が光と影の斑模様を林床に映して、一見とても穏やかだ。

 画面の手前から何もない地面に向かって、低い放物線を描いて光弾が飛んでいく。

 すると、付近に生えていた落葉樹の太い幹にぎょろりと眼球が現れ、枝がにゅうと伸びた。

 光弾がひときわ強い閃光を放ち、枝の動きがピタリと止まる。

 眼鏡をかけたシオンが指示棒を使い、草獣の枝を指した。


露草(つゆくさ)さんと浅葱(あさつき)さんは、基礎の復習だと思って聞くように。この光弾は、植物が光に接近する『光屈性』の性質を利用して草獣の攻撃を引きつけ、さらに強い光を浴びせることで、一時的に人でいうところの気絶状態にすることができます」


 天於には次第にシオンの説明が子守歌に聞こえてきた。

 連日の訓練で疲労が蓄積されており、体が重い。

 口元を手で隠し、欠伸(あくび)をかみ殺す。


 なんだろう、この感じ……。


 天於は記憶を探り、すぐに答えにたどりついた。

 惑星受粉当日、体育で水泳をした後が確かこんな風だった。

 たった4か月前なのに、遥か遠い日の出来事に思える。その回想は、天於の心に緩やかな陶酔をもたらした。惑星受粉さえなければ、きっとそんなありふれた学校生活がいまも――


 コン!


 指示棒で手元を叩かれ、頭を垂れて居眠りしていた天於が顔を跳ね上げた。


「――」


 シオンが天於を見降ろし、無言の圧力をかけてくる。


「……! ごめん、寝てた!」


 天於は正直に申告し、背筋を伸ばした。

 隣で頬杖をついていた萌が重心を傾けて体を寄せ、興味深そうに天於の目を見つめる。


「寝てるときって、時間経過を知覚できないよね。小説を読み飛ばすみたいに、現実が飛ぶ。コレ、人にとって『いま』が超超短期の過去記憶だからじゃないカナ。夢が記憶を圧縮して容量を軽くする作業だとすると、睡眠中はシステムがそっちに全振りになってるわけだ、ウン」


「萌、いまそういう話、やめろって……」


 睡魔が再び鎌首をもたげてくる。

 萌は戦闘については指導を受ける身だが、もともとシオンとは分野の違う、れっきとした研究者なのだ。専門は植物の記憶領域について。この研究は、駆体の生体機器が個々の簡易記憶を持つことにも関連している。

 もう一人の受講者、浅葱が深い溜息をついた。


「一部生徒の知的レベルが、草獣より低いのでは?」


「ええ、その可能性は否定できませんね」


 シオンがそれに賛同し、天於に視線を送る。


「……! 何言ってんだ、草獣には負けてねえって! たぶん!」


 言葉の勢いとは裏腹に、まったく自信がなさそうだった。

 シオンは指示棒を振ってその先を自分の掌で受け止め、パシッと快い音を立てた。


「では、いまの動画について何か質問を。質問こそ、学びの入り口ですからね」


「え、ええと……光弾、光弾だよな……」


 天於が虚空に目を泳がせる。


「はいはいはーい! 先生、質問がありマース!」


 代わりに元気よく手を上げたのは萌だ。


「はい露草さん、お手本をどうぞ」


「先生って、恋人いるんですか~?」


 上目遣いでシオンに切り込む。

 一瞬で、天於の眠気が吹っ飛んだ。

 机に身を乗り出し、会話に参加する。

 シオンは、眼鏡の位置を直しながら少し早口で答えた。


「美しい花があり、知恵という蜜があれば、自然の摂理として無数の蜂が寄ってくるものです。しかし私は、ただ次世代に命を繋ぐことだけが花の存在価値ではないと考えています」


「結論、いないんですね? つーか、命を繋ぐとか、たとえが妙に生々しくてえっちだ~!」


 萌が両頬に手を当ててキャーと甲高い声を上げる。


「自分を美しい花だと言い切るメンタル、見習いたい」


 浅葱が棒読み口調で萌に加勢していく。

 内心、面白がっていることは間違いない。


「あと、もうひとつ! なんでテオテオだけ名前で呼ぶんですか? 幼なじみだからって、ずり~。あたしも名前で呼んでよ~! 差別だ、差別!」 


 萌に抗議されたシオンが、珍しく回答に詰まる。


「そ――それは……、幼なじみということは関係ありません。総代表と同じ苗字だと紛らわしいというだけで、他意は特に……」


「だいたいこういう場合、他意があるもんですけどね」


 浅葱がボソリと言った。


 シオンは口角を上げて不自然な笑顔を作り、不良生徒を順番に指示棒で指して言い渡した。


「露草さん、浅葱さん、2時間の補習追加」


「エー! 人権侵害だよ~!」


「私刑がエグすぎでは?」


 萌たちとやり合うシオンを見て、天於は無意識のうちに笑みをこぼした。

 いつもシオンは大真面目なのだ。

 それなのに、どこか世間とズレていて、本人はそのことに気づいていない。

 天於はそんなシオンから目が離せなくなっていた。


×  ×  ×  ×


 鬱蒼(うっそう)とした森の中を、天於がゆっくり歩いている。駆体『アルテシマ』と身体感覚を同期しており、林床を踏みしめる足の裏の柔らかい感触までリアルだ。

 訓練のために重装甲を取り外した駆体は、ロボットより肉体を鍛え上げたアスリートに近い。細い茎が絡み合ってできた生体機器が、機体の表面に筋肉に似た表情を作るからだ。

 実際には、駆体に筋肉はない。駆動系は浸透性アクチュエータといい、水と塩分によって細胞内の膨圧が変化し、それが運動と力を生み出している。


「ン……」


 モニターに、光量子束密度(P F D)が光合成に適した数値に達したことを知らせるアイコンが光った。20メートル近い高さの林冠から光がこぼれ落ちている。

 天於は足を止め、アルテシマのリーフ・プレートを展開させた。

何層にも重なっているプレートが分かれて展開し、肩のジョイントから輪生する葉となって陽光を受け止める。

 OSユグドラシルが、水素の生成が始まったことをテキストで通知。

 背負っている燃料電池に、即座に供給が開始される。


 天於は座席の脇に格納されているチューブを取り出し、口にくわえて水分を摂取した。

 機内に循環する水を濾過し、ミネラル成分を加えたものだ。

 体にわずかに力が戻るのを感じつつ、モニターの隅にあるカウンターにチラッと目を遣る。

 訓練が始まってから、28時間が経過していた。


 駆体は、光合成によってエネルギーを生成し、長時間の稼働を可能とする。これはそれを体験する耐久訓練で、天於はこの時点で入所して一週間とは思えない好記録を叩き出していた。


『天於、限界を感じたら早めに切り上げて。もう充分よ』


 研究所で訓練を監督しているシオンの声がした。


「まだまだ! 浅葱の記録は何時間だっけ?」


 天於は声を張った。


『31時間26分だけど……、新記録を出しても賞品は出ないわよ』


 遠回しにそろそろ止めろと言っているわけだが、天於には通じなかった。


「おれは32時間を目指す! 次のポイントを指定してくれ」


 シオンの溜息がマイクを撫でた。

 くだらない、と心の声が聞こえてきそうだ。


『……マップに新しいマーカーを出すわ』


 天於の胸の中に、焦燥感が渦を巻いている。

 いつ根幹樹を破壊する作戦があってもいいように、駆体の操縦に慣れておきたい。

 ただ動かすだけなら、それほど時間がかからなかった。

 これは天於が特別なのではなく、駆体の設計思想そのものに由来している。

 複雑な機械操作は、習得に膨大な時間を必要とするだけでなく、脳にかなりの負担がかかる。

 21世紀の初頭は、情報処理と機械操作を人工知能が補う方向で技術が発展したが、柴沢鳴子博士の発想は異なっていた。論文の中に、それを端的に示す言葉がある。


 ――人間は、人間の動きをすることが、1番上手い。


 人型の機械をパイロットが身体の延長として動かすことができれば、何千時間にも及ぶ訓練は不要というわけだ。

 天於はリーフ・プレートを展開したまま、駆体をシオンの指定したポイントへと進めた。

 この訓練では、研究所がある奥多摩湖の周辺を、監督官の指示に従ってひたすら移動する。

 退屈と無意味に耐えることも、試練のひとつだった。


「――」


 さすがに、天於の顔に疲労が色濃く出ている。

 食事は水とスティック状の軽食のみ。トイレは、小であればスーツが汗などと一緒に吸収し、駆体の本体へと循環させる。ただ、睡眠不足だけは解消できない。徐々に意識に霞がかかったようになり、判断力が落ちている。

 天於は周囲に広がる奥多摩の穏やかな樹林をぼんやりと眺めた。

 惑星受粉当日にはこのエリアにも花粉が降り、草獣が大量に発生したという。研究所の駆体が一斉出撃し、片端から駆除して回ったが、草獣の遺骸は森林に生息する草木の急成長と拡大をもたらした。不自然に開けた場所があると、以前はそこに何らかの人工物があったと分かる。

 天於は線状に樹林が途切れた場所に差し掛かった。

 以前は道が走っていたらしい。

 そこを、3台の車両が走ってきた。

 台形を逆さまにしてキャタピラをつけたような外観――屋外調査隊第一斑が所有する水陸両用の輸送車だ。全長八メートルと大型で、30名を乗せることができる。

 避難民の輸送任務を終えて研究所に戻るところだった。

 手前の大木が視界を遮り、天於が輸送車両を視認するのが遅れた。


「――!」


 足を伸ばして車両を跨ぐ。

 輸送車両から、甲高いクラクションが飛んできた。

 どうにか最悪の事態は避けたものの、バランスを崩し、さらに開いたままだったリーフ・プレートが木の幹に当たり、6.2トンの巨体が轟音を立てて地面に沈んだ。


 天於は夢を見た。

 駆体を操り、草獣の群れの只中に躍り込む。

 逃げまどう草獣たちを、天於の剣がなぎ倒していく。

 そうだ。

 おれが母さんの意思を継いで、世界を救うんだ……


「天於、凄いね! さすが正義の味方!」


 春人が両手を振って、天於の活躍を応援している。


「おーい、テオテオ。おーい! ……ダメだこりゃ、同期を強制終了するよ!」


 耳元で萌の声がした。


『数値上は生きていますが、どうなっています?』


 機械を通して聞こえるシオンの声はざらつき、尖っている。


「ンー、寝てんじゃない? ちょっと放っておいてあげよっか?」


『そのおバカを、叩き起こしてください。いますぐ』


「絶対、こえーママになるなぁ、シオンちゃんって」


『何か言いました?』


「お口チャック! いったん通信を切りマース!」


 カチッ、と何かが外れる音がした。

 天於の掌の内側にピリッとした痺れが走り、駆体との同期が解除され、肉体に徐々に感覚が戻ってくる。鼻がコクピット内に満ちる電子機器の臭いを嗅ぎ取り、肌がパイロットスーツの窮屈さを感じた。


 左足首に強い痛み――


 駆体が倒れたときに傷めたのだろう。

 駆体を操作しているとき、触覚はあっても痛覚はないが、脳が『痛い』と錯覚を起こす。この幻痛は、少し時間を置けば消える。

 鼻先に何かフサフサした毛のようなものを感じる。

 天於が目を開けると、萌が悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込んでいた。

 開いたハッチから差し込む陽を背負って、神々しい。

 毛だと感じたものは、草花が織り込まれた萌のツインテールだった。


「あとちょっと届かなかったで賞、かな!」


 天於はハッとして、耐久時間のカウント表示を見た。

 28時間14分で止まっている。浅葱の記録とは、3時間以上の開きがあった。

 萌の「あとちょっと」は、ずいぶん優しい表現だ。


「くっそー……」


 落胆してうなだれる天於を、萌が笑い飛ばす。


「そんなにガッカリすんなって! あたしんときは25時間ちょいだったからね、テオテオはじゅうぶんすげーよ」


「おれ、何をやらかした……?」


 訓練終盤は、極度の眠気で記憶が曖昧になっている。


「自分の目で見てみ」


 萌がコクピットから半身を外に出して、ついて来いと腕を振る。

 天於はパイロットスーツとシートを繋ぐコードや管を外し、萌に続いてコクピットを出た。

 ずっとシートに座っていたので、体がずいぶん鈍っている。

 外に開いたハッチの上に立ち、まずは深呼吸して、肺に新鮮な空気を送り込む。

 アルテシマは、大木を背に両脚を投げ出して座っていた。隣でCQが片膝をつき、アルテシマの体を支えている。倒れていたのを、萌が起こしてくれたようだ。


 アルテシマの左足首が、ぐにゃりと妙な方向に曲がっていた。

 輸送車両を避けてバランスを崩し、不自然な角度で左足首に荷重が集中した結果、生体機器が成型硬度を保てなくなったようだ。


 転んだだけでコレか……。敵と戦ったわけでもないのに、なにやってんだ……!


 これでは、母の意思を継ぐどころの話ではない。

 天於は両手で自分の頬をバシバシ叩いて喝を入れた。

 そんな天於の視界を横切って、巨大なサーフ・シールドが地面に向かって倒れていく。


「……!」


 天於はとっさに手をかざした。

 シールドの落下と同時に、体がよろめくほど大きな風圧が噴き上がってくる。


「ちょー、危ないっつの!」


 天於の隣で、萌が盾の持ち主に拳を振り上げる。

 アイスが天於たちを見下ろして立っていた。


『戻るのに使え』


 外部スピーカーから、感情の欠落した声が流れた。

 まともに歩行ができないなら、盾に乗って研究所に戻れと言いたいらしい。

 天於が礼を言う前に、浅葱が言葉を継いだ。


『脚の方が良いか? 仲間のためなら喜んで貸すぞ』


 アイスが左足を伸ばして前に出す。

 皮肉を言われていることは天於にも分かった。

 樹木の枝を切って他の木に継ぎ木ができるように、リンカーに挟まれた生体機器は、1個のモジュールとして別の駆体でも流用可能だ。

 ただ、生体機器はそれぞれ固有の記憶を持ち、パイロットとともに成長するので、他者の駆体の部位を借りるという事態はまず起こらない。

 屈辱的だったが、貴重な生体機器を破損したいまは、どんな反論も虚しかった。


「盾を借りる。悪いな」


『――身の程を知れ。役立たず』


 浅葱は抜き身の刃のような捨て台詞を残し、悠々と歩き去っていった。


「うーん、男子同士のバチバチ感、やべーね」


 萌は言葉とは裏腹に楽しそうだ。

 天於が拳を握りしめて天を仰ぐ。


「くっそ……! 悔しいけど……ムカつくけど! 何も言えねー……」


 萌が、まあまあと肩を落とす天於を宥めた。


「あんまりネギと自分を比べない方がいいよ? ネギはねー、才能もあるけど、そもそもPTのステージが高いから、ちょっと特別っつーかさ」


 NEMOでは、駆体のパイロットをPTと呼ぶことがある。

 天於は最初、それをパイロットの略だと思い込んでいたが、すぐにシオンからプランティニアンだと訂正された。


「……実はおれ、プランティニアンが何か、よく分かってないんだよな」


 萌が目をパチパチと大げさな動作で瞬かせた。


「分かってないの? え、つーか、それで駆体に乗っちゃうんだ」


「ダメか?」


「ダメとは言わないけど、ちょっと考えれば分かるよね? 普通の人間は、駆体を操作できないっしょ。さては~、話をよく聞かずに乗ると決めたな? それこそノリで」


「ノリでやれるか! おれはその……樹海をどうにかできるなら、どんな条件でも駆体に乗るつもりだったから。しかも自分の親が作ったものなら、乗らない理由がないだろ」


 萌がふっと寂しそうに笑った。


「人生って、理不尽だよねえ。自分で選択できるように見えたとしても、それで何を得て何を失うのか、本当のところは分かんない。誰も教えてくれない。ずっと後にならないと答え合わせもできない。ナイナイナイ~だよ。それでも何か選ばなきゃ、先に進めないんだ」


 萌はときどき、天於からすると難解なことを口走る。


「……要するに、あれこれ深く考えすぎても意味ないってことだろ?」


 萌は天於の頭に手刀を落とすジェスチャーをして、


「逆だっつの。もっと迷っていいんだよ。前とか後ろじゃなくて、足元に道があるかもしんないじゃん。迷いが無いってのは、カッコよく見えがちだけど、本当は脆いんだ。テオテオとシオンちゃんは、ちょっと似てんだよ、そういうとこ」


「シオンとおれが……?」


「ウン。二人とも母親に引っ張られ過ぎじゃない?」


「おまえ――シオンの母親のこと、知ってるのか?」


 天於が覚えているのは、優しそうな佇まいの父親だけだ。

 そういえば、シオンの母親はどんな顔だっただろう。まるで思い出せない。

 萌は、しまったという顔をして、自分の口を手で押さえた。


「やっべ……ベラベラ喋ると、後で怒られるなー。本人に聞いて! PTのこともさ!」


「――分かった、そうする」


 天於は腕を組み、ぐるぐると頭の中で考えを巡らせた。

 シオンに質問をするなら、PTを会話の糸口にするのが自然だろう。

 とはいえ、今更イチから教えてくださいというのも決まりが悪い。

 実態はパイロットだが、天於は表向きには研究員としてこの研究所に雇われている。


 それなら――

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