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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
荒れ地の戦い
7/61

7-建国後のアレルギー

木こりたちを悩ませていた人面樹は、実はドリアードの成れの果てだった。

ルヒナは遺言に従い、人面樹こと樹木化したドリアードを火葬にした。

そうしたら森林火災が起き、師匠は貴重な薬を「ただの水」として使って消火した。

「簡易魔法、障壁・鎧」


 私は体表を覆う透明な障壁を張り、臨戦態勢に入った。


「グルルルルルル……」

「ガウッ!!」


 周囲には、牙をむく無数の魔物たち。全員頭が狼なのは共通しているけど、体は熊だったり蛇だったり、巨大な豚だったりと様々だ。

 ちなみに今、師匠は隣にいない。今頃この荒れ地のどこかで、私と同じ状況に陥っているだろう。まあ、彼も彼なりに強いから持ちこたえてはいると思うけど……。

 はあ……。どうしてこうなってしまったのか……。私は数分前の出来事を思い返す。



 ◆



 人面樹こと、エントの男の一件の後、私と師匠は街道を歩き、森を抜け、草地を抜け、強い日差しが照り付ける乾燥した荒れ地に入った。


「あ、そうだ。師匠、木こりたちの抱えていた問題を解決したのに、お礼貰ってませんでしたね」

「そう言えばそうだな。忘れてた」

「忘れてたって……。それじゃあタダ働きじゃないですか。私は無償労働が嫌いなんですよ。エルフと同じくらい嫌いです」

「とは言ったって、金を要求できる程のことしてないだろ。むしろ、あんたが起こした森林火災への対応の方が大変だったくらいだ」

「ぐぬぬ……」


 そんな会話をしていると、遠方からこちらに歩いて来る一人の魔人を見つけたのだ。

 そいつの頭は枝状の角が生えた黒い山羊で、体は人間族だった。そして黒いローブを崩して着ている。

 その異形を見て、一目で魔人だとわかった。


「あ、魔人。簡易魔法、着火」


 魔人は優れた五感を持っていることがある。

 こちらが魔人を視認したということは、魔人もこちらを確実に視認している。そして魔人と出くわしたら、必ず戦闘になる。それなら迷わず攻撃を仕掛け、先手を取るのが吉だ。

 熱火線を放った瞬間、視界が暗転し、私は荒れ地の別の場所に飛ばされた。

 あの魔人の仕業なのは間違いない。こちらが魔法を使うのがトリガーの転移魔法だろうか。転移魔法を使うとしたら、相当なやり手だ。こういうからめ手を使ってくる敵は面倒くさいんだよなあ。


「転移魔法……。そう連発できるものではないらしいですが……。さて……」

「ガウ!!」


 二時方向にいた一匹の魔物が襲い掛かってきた。着火の魔法で迎撃しようとした時──。


「待て」


 低音の女性のような声が、どこからか聞こえてきた。その一言で襲い掛かってきた魔物は止まり、その場にへたり込む。


「簡易魔法、着火」


 その魔物を軽く焼いておいた。


「おいおい、血の気が多いな」


 目の前の魔物の群れが左右に分かれ、首を垂れた。そしてさっきの魔人がこちらに歩いてきた。


「少し話したいことがあるんだが、お前──」

「簡易魔法、着火」


 魔人が何か言っていたけど、問答無用で着火の魔法を放った。


 ぼしゅう……!


 それほど火力は出していないとはいえ、私が放った熱火線は幾重にも折り重なった魔物たちによって防がれてしまった。

 黒焦げになった魔物たちが崩れ落ち、魔人が再び姿を見せる。

 流石は魔人眷属、魔物族と言われるだけある。魔物は主である魔人の言うことをよく聞くんだな。


「……本当に血の気が多いな、俺の話を聞けって。俺たちには言葉があるんだ。話し合おうじゃないか」

「言葉が通じても、同族でも、話は通じませんしわかり合えない。そんなことは多々あります」


 特に職場の上司とかがそうだった。話が通じないし、わかり合えない。


「俺の話を聞いてくれれば、連れの男の所に案内してやる」

「大丈夫です。貴方を倒して、自分で探します」

「話を聞いてくれたら、一万ロアやるぞ」

「仕方ありませんね。敵と慣れ合うつもりはありませんが、話くらいなら聞いてあげましょう」


 一万ロアと言えば、外食で豪遊できるほどの金額だ。ふへへ……。


「拳闘堅固のアギルギーに心当たりはないか?」

「建国後のアレルギー? 誰ですか、それは」


 私は小首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべた。


「アギルギー様だ。二度とあのお方の名前を間違えるな」

「アレルギー、アレルギー。アレアレアレアレアレルギー」

「くそ、こいつ、リズムよく……。チッ……、まあいい。所詮は小者の戯言だ」


 魔人は舌打ちをし、頭をかぶり振って怒りをおさめた。


「その名前には心当たりはありませんね。その人は魔人族ですか? どんな人だったんですか?」

「アギルギー様は私が最も尊敬する魔人の一人だ!」


 魔人は諸手を上げて天を仰ぎ、山羊頭ながらに恍惚の表情を浮かべて語り出す。


「そして命の恩人でもある。戦場では、八回くらい命を救ってもらった。一人で城を落とし、さらに城のように堅固であることから、一人一城のアギルギーとも呼ばれていた。現在の魔人族の中でも、間違いなく最強格の一人だろう。ああ、最高! 最高!」

「いえ、外見の特徴とか聞きたいんですが」

「アギルギー様は家ほどもある巨躯を持ち、下半身は羊のように毛むくじゃらで、上半身は筋骨隆々な人間族。ただし肌は真っ赤だった。そして頭は角の生えた熊だ。あ、そうだ。ことが済んだらこの胸に、『アギルギー様最強』と刺青を彫ろう」


 羊? 熊? うーん、記憶にないなあ。


「アギルギー様はこの地方に単身で攻め入っていたんだ。体が大きく、外見的にも目立つからどこかで見かけていたりしないか?」

「記憶にないですね。そんな特徴的な見た目だったなら、流石に忘れないと思うんですが」

「本当に記憶に無いのか?」

「うーん……。あ!」


 彼の言う特徴と合致する記憶を思い出した。合点がいって、私の頭の上に一瞬だけランプが灯った。


「何か思い出したか!」

「そういえば私、この前一人の魔人を倒したんですよ。記憶に残らないほど弱くって、今の今まで忘れてました。その魔人も、大きくて獣と人間族を合わせたような見た目だった気がします。貴方が言っているアギルギーさんと、何か関係がありますかね」

「……いいや、それはアギルギー様ではないだろう。あのお方は戦闘魔法以上の魔法と武器による攻撃を無効化する能力と、魔法の才能を見抜く能力を持っておられた。そんなアギルギー様が弱い訳がない。誰かに倒されるなんて絶対にありえない。おそらく他人の空似だな」

「ですよねー」


 そういえばあの魔人も自分の能力のことをベラベラ喋ってたけど、何て言ってたんだっけ。思い出せないや。


「はあ……。手掛かりなしか……。しょんぼり……」


 魔人は落胆し、大きく肩を落とした。そして彼の頭の周りには、どんよりとした黒い雲がかかった。


「貴方はそのアギルギーさんという魔人を探しているんですか?」

「ああ、そうだ。アギルギー様は昨日、この地方に駐留する幹部たちの報告会に出席しなかったんだ。いつも時間きっちりに来て、欠席することは一度もなかったのに……」

「仕事がだるかったんじゃないですかねえ」


 私もベルメグン公国に居た時はよく、仕事に行きたくないなあ、面倒くさいなあって思ってたし。


「あの方に限って、そんなことはない!!」


 魔人は腕を振り払って怒鳴り散らした。そして両手で顔を覆ってその場にへたり込み、肩をワナワナと震わせる。そんなに動揺しなくても……。


「ああ……。アギルギー様の身に何かあったに違いない……。そう考えると居ても立ってもいられず……。いや、いいや! そんなことはない! 無敵のあの方の身に何か起こることなんてありえないんだ! しかし、アギルギー様が報告会に欠席するなんてことは前代未聞の異常事態……。ああ、一刻も早くアギルギー様に会いたい! すぐに会いたい! 俺はどうしたらいいんだあ……」


 この人、忠誠心は高そうだけど性格がこじれてるなあ……。というか、頭がおかしい人だ。お金だけもらって、さっさと立ち去ろう。


「……もう充分話しましたよね? 早くお金くださいよ。そして、師匠の所に連れて行ってください」

「は? 馬鹿か?」


 魔人がゆっくりと立って、こちらを向く。


「俺は魔人族だぞ? 他種族の敵だ。約束なんて、守る訳ないだろう……」

「なんですって!? 私を騙してたんですか!? お金、貰えないんですか!? タダ働きとか、最悪なんですけどー!!」


 騙された! この畜生め! やはり魔人は敵! 許さない! 私はタダ働きが大嫌いなんだ!


「かかれ、眷属たち! その女を八つ裂きにしろ! これは八つ当たりだ! 内臓をぶちまけたお前の姿を見れば、俺の心も少しは平穏を取り戻すだろう!」

「性格わるっ!!」


 魔人が命令すると、周囲の魔物たちが一斉に私に襲い掛かってきた。物量で押し攻める気? 見くびられたものだ。


「お前は見たところ魔法使いのようだが、杖はどうした? 買う金も無いのか? 高いもんなあ、魔法使いの杖! だがな、金の使いどころがわからん奴が戦場では死ぬんだよ!」


 思いっきり見くびられていた。そしてお金が無いという点は当たっていた。


「杖を買うお金があったら、まずは美味しいものを食べますよ!! 簡易魔法、石礫・杭!!」


 地面を力いっぱい踏み鳴らすと、私を中心にいくつもの尖った石柱が地面から高速で突き出し、魔物たちを刺し貫いた。

 簡易魔法、石礫は本来、周囲の砂や塵を集めて手元に小石を形成する魔法だけど、魔力を込めれば大岩を出すことも、ある程度形を変えることもできる。


「簡易魔法、着火!!」


 続いて熱火線を放ったままその場でくるりと回り、周囲を一斉に焼き払った。

 熱火線が当たった岩は赤熱し、線状の赤い横筋を作る。


「ガウガウ! グルル……!」

「まだ来ますか、思っていたより多いですね。簡易魔法、水球! 簡易魔法、冷気! 簡易魔法、送風!」


 狙いも何もない、周囲にありったけの魔法をぶちまける。魔物たちは大量の水で押し流され、冷気で凍り、風の塊で吹き飛ばされた。

 荒れ地のギラギラとした日差しのおかげで、今日はため込んだ魔力量が特に多い。もう少し大きな魔法を撃っても大丈夫そうだ。


「続いて、簡易魔法──。って、あれ……?」


 気付くと魔物たちは全滅していて、私の周囲には焼け焦げた大地や砕けた岩塊が転がる景色だけが残った。

 あの山羊の魔人の姿もどこにもない。私が放った魔法のどれかに当たって粉微塵になったのだろう。金目の物を持ってたら追剥ぎしたかったのに……。


「さて、師匠を探さないと。どこにいるんでしょう……。って、あれは……?」


 周囲を見回すと、岩山の向こうから金色の煙が揺らめく線のように空に昇っているのが見えた。狼煙のようだけど、ただの煙ではなさそうだ。あんな不思議な煙を上げるとしたら、師匠くらいのものだろう。つまり、あそこに師匠が居る可能性が高い。

 私は狼煙が上がる方向へ走って向かった。



 ◆



 岩山を登った先の崖下で、一匹の魔物と戦っている師匠を発見した。そして割とピンチみたいだった。

 師匠は牛のような角が生えた巨大な熊の魔物と戦っていたけど、防戦一方という様子だ。炎が出る戦薬を投げて応戦していたけど、どれも威力が弱く、魔物を足止めするので精一杯。相手は一匹だし、師匠ならあれくらいの雑魚、瞬殺できそうなものだけど……。もしかして、強力な戦薬が底を尽きた?


「グァウ!!」


 魔物が牙を剥き、よだれを飛び散らせながら師匠に突進する。

 私は右手の人差し指をさし、その魔物に狙いを定めた。


「簡易魔法、着火」


 熱火線が魔物の上半身を貫く。

 魔物は突進した勢いのまま地面を転げ、土埃を上げながら師匠の目の前で止まった。

 師匠は一瞬、何が起きたかわからないといった様子だったけど、すぐに熱火線が放たれた崖上に目を向け、私を視認した。ピンチに駆け付け、敵を瞬殺した私は、師匠の目にはさぞかしかっこよく映っていることだろう。惚れられたらどうしよう。


「危ないところでしたね、師匠」

「いや、──だよ! この──!」


 あ、あれ? 助けてあげたのに、なぜか師匠はめっちゃ怒ってる様子だ。両手を振り上げ、地団太を踏んでいる。

 遠くて何を言っているのかよく聞こえないけど、「助けに来るのが遅い!」って怒ってるんだったら逆切れするぞ。

ルヒナ・「プラスチック」、「アレルギー」、ともに彼らの世界では意味のない言葉です。


アギルギーとは3話でルヒナが倒した魔人です。

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