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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
人面樹
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5-七人の木こり

村長の企みを知り、ルヒナと師匠は村を出た。

その日は野宿することになったのだが……。

 障壁越しに差し込む朝日を浴びて、私は目を覚ました。


「ふああ、よく寝た……」


 こつん。


 いてて……。そうだ、私は障壁の立方体の内側で寝てたんだっけ。上体を起こして伸びをしたら、頭を障壁に軽くぶつけてしまった。

 そういえば寝ている時、師匠が何か叫んでいたような……。確か、狼がどうとかって。狼程度なら、師匠でも何とかできただろう。


「あれ?」


 さんさんと降り注ぐ朝日が照らす草原は、血で真っ赤に染め上げられていた。え、何これ。


「おい……」


 背後から師匠の、怒気がこもった声が聞こえた。

 振り返るとそこには、腕組みをして仁王立ちする師匠がいた。周囲が血で真っ赤なのとは対照的に師匠は血を一滴も浴びていない。それどころか、何故か彼の足元だけは血で濡れておらず、青々とした草が茂っていた。

 再び視線を上げると、真っ白な髪が朝日に照らされて輝いて見えた。そしてその側頭部には、怒りによって浮き出た血管を現す怒りマークが張り付いていた。これはもしかして……。


「……もしかして夜中、敵襲がありました?」

「ああ」


 師匠の暗くて冷たい目が私を見下ろしている……。昨日、師匠に尋問されてたあの村長も、こんな威圧を感じていたのだろうか……。


「……その敵、割と強かったですか?」

「いいや、昨日戦った魔人ほどじゃなかったさ。俺でも倒せた。まあ、十年に一度しか手に入らないような希少な素材を使っちまったがな」


 そう言って師匠は顎で自身の後ろを示した。

 師匠ばかりに注目して気付いていなかったけど、彼の背後には砦のように大きな狼が横たわっていた。その右半身の肉はどういう訳か消失していて、骨が露わになっている。草原を染めている血は、あの狼の魔物のものか……。

 どんな戦い方をしたら、こんな惨状になるんだろう……。


「師匠が助けを求めたのに、私は寝てたんですか……?」

「ああ。そりゃあもう、ぐっすりとな」

「えーっと……。それは申し訳ないことをしました……」


 申し訳ないやら、恥ずかしいやら……。


「あんたがいなければ、俺だけで逃げてたものを……。その障壁は並の剣じゃ貫けないとか言ってたが、こいつは岩でもバターのように切り裂いちまう爪と牙を持っててな」


 視線を少し左にずらすと、鋭利に切り裂かれた岩が転がっているのが目に入った。もしかしてあれ、狼の魔物がやったのか……。


「確かにその魔物に襲われたら、障壁を張ってても危なかったかもですね……。はい……」

「とりあえず、その障壁を解いてくれ。出発するぞ」

「はい……」


 障壁を解くと寝床にしていた綿が血を吸い、真っ赤に染まっていった。血が服に達する前に立ち上がる。


「ほら、行くぞ」



 ◆



 スタスタと歩く師匠の後ろに続いて、私はトコトコと歩いていく。どういう訳か師匠の足元だけ血が消えるので、その後を続いて歩くとブーツが汚れないのだ。

 そうして血で染まった草原を抜け、荒れ地を突っ切る街道に出た。地面が血で染まっていてわかりにくかったけど、師匠はちゃんと街道を歩いていたようだ。

 というか、狼の魔物の死体から結構な距離を歩いたのに、まだ地面が血で染まっているって……。師匠はいったい、どんな戦い方をしたんだろう……。


「おっと……」


 目の前を歩く師匠が急に立ち止まったので、彼が背負う薬箱に顔をぶつけそうになった。急にどうしたの?


「今度はあんたが戦ってくれるか?」

「今度は……?」


 師匠の横から顔を覗かせて前方を見ると、道の先に巨大な黒蛇が居るのが見えた。

 その鱗は金属光沢を放っており、硬さも金属相当だろう。体は大木のように太く、全長は長すぎて尾の果てが見えない。そんな大蛇が私たちを見据え、舌を巻いている。


「あー、なるほど。任せてください。あれくらいの魔物なら、数秒で倒してみせますよ」


 そう言って私は師匠の前に躍り出て、臨戦態勢に入る。汚名返上、名誉挽回。少し本気を出してやりますか。


「簡易魔法、着火。簡易魔法、水球。簡易魔法、冷気。簡易魔法、送風!」


 荒れ地に熱火線がほとばしり、水の塊が地表を洗い流し、冷気が景色を白く染め、風が荒れ狂った。狙いも何もあったものじゃない、回避困難な広範囲攻撃だ。


 ゴォオオオオオオ……。


 ……流石に過剰殺傷だったかもしれないな。魔法の猛襲を止めた時には、あの大蛇の姿は影も形も残っていなかった。


「ふふん、どうですか?」


 私は振り返り、得意顔を師匠に向ける。


「……本当、ドリアードってのは規格外の化け物だな」


 化け物とは失礼な。言うなれば、私は美の化身だ。


「昨日の魔人が言ってたが、これでもあんた、魔法の才能が無い方なんだろ?」

「ええ、簡易魔法しか使えませんね」

「生活が少し便利になる程度の簡易魔法に魔力を上乗せしてこの威力か……。それなら戦闘魔法や対魔人魔法を扱うドリアードの連中は、いったいどれだけだったか……」

「あれ? 師匠はドリアードの戦いを見たことないんですか?」

「そりゃあそうだ。なんせあんたら、ここ数百年は他国と戦争をせず、ずっと森の中に引き籠ってたじゃないか」


 そういえばそうだった。人間族とエルフは領土やら何やらでずっと小競り合いをしてたみたいだけど、ドリアードはここ数百年守りに徹し、他国との交流もほとんど絶っていたんだ。

 ベルメグン公国が戦争をしてたのなんて、何百年前か……。


「大昔の人間族は、よくこんな種族と戦争してたもんだ……」


 そう言って師匠は再び歩き出した。私もその隣に並んで歩く。

 歩くたびに、地面に張った霜がパリパリと音を立てて砕けて小気味いい。



 ◆



 しばらく歩くと、道は森の中に入った。

 木々の間を通り抜ける風が青い匂いを含み、私の緑の髪をなびかせる。はた目から見たら、今の私は神秘的でさぞ美しいことだろう。


「ルヒナ、傷の具合はどんな感じだ?」

「全然痛くなくなりましたね」

「宿屋であんたに飲ませた薬が効いてるみたいだな」

「そう言えば私、治療費とか払ってませんでしたね……。はっ! まさか、体で払えとか言うんじゃ……」


 人間族は性欲に特化した種族だ……。有り得る……。


「言わねえよ。そこまでくるとあんた、自尊心と言うか自意識過剰だろ。俺は金がない奴からは治療費は取らない主義だ。それともあんた、いくらか手持ちがあるのか?」

「いいえ、無一文です! さあ師匠、日が暮れないうちに街道を進みますよ!」


 そう言って私はズンズンと街道を歩き出した。実は少しだけ手持ちはあるけど、それを請求されたらたまったもんじゃない。


「ところで、あんたって魔法を使う時、杖を使わないんだな」

「そりゃあそうですよ、簡易魔法ですもん。人間族だって簡易魔法を使う時は杖なんて持たないでしょう? 簡易魔法程度で杖を使うなんて、野菜を切るために大剣を振るうようなものです。杖を使ったら逆に魔法が扱いづらくなりますよ」

「ああ、それもそうか。簡易魔法って本来、火を着けたり風で服を乾かしたりする程度の軽い魔法だからな。読み書きができる程度の学力があれば誰でも習得できる、簡単な魔法……。はあ……」


 あれ? 師匠が急に落ち込んだ。どうしたんだろう。


「昨日の魔人が言っていたが、俺ってそんな簡易魔法も使えないほど魔法の才能が無いのか……」


 ああ、昨日のことを思い出してたのね。


「そんなに魔法が使いたかったんですか?」

「ああ。いつかは魔法学校に通って魔法を学び、魔法免許を取得したいと思っていた。それに、戦闘には使えなくても簡単に火を着けたり水を出したりできれば、薬の調合も楽になるしな」

「そんな簡易魔法も使えないって、逆に珍しいですね」

「はあ……」


 うん? あれは……。


「何でしょう、あれ」

「困ってるみたいだな」


 ふと道の先を見ると、七人の男たちが道の真ん中に輪になって集まり、何やら話し合っていた。

 服装とそれぞれが斧を持っていることから、彼らが木こりだとわかった。話し合いの雰囲気からして、何か問題を抱えているようだ。


「すいません、何かお困りですか?」


 そんな彼らに、師匠はノータイムで話しかけた。私だったら、面倒そうなことは避けていくんだけどなあ。師匠は自分から首を突っ込むタイプかあ。面倒くさいなあ。


「うお、ビックリした。気付かなかったよ。……って、兄ちゃん、変わった髪色だなあ。真っ白だ」


 話し合いに集中してたのか、急に話しかけられた男たちは驚いた様子を見せた。


「そりゃあ、どうも。それで、何か困ってる様子でしたが。俺に手伝えることはありませんかね」


 彼らは話し合いを中断し、師匠に注目する。そして最年長と思われる男が前に出て、師匠の足先から頭までをジロリと見る。


「手伝うって……。兄ちゃんも木こりなのかい? そのガタイで木こりには見えねえが……」

「いいえ、俺は異術師です」

「異術師? 異術師って言うと、あれかい? 怪異? とかいう、剣でも魔法でもどうにもならねえような奇怪なもんを祓うって……」

「ええ、その異術師です。まあ、怪異以外にも怪我の治療とかもできますよ」


 それを聞いて、他の男たちはコソコソ話を始めた。


「なあ、異術師だってよ。本当に実在したんだなあ。オイラ、初めて見たよ。異術師って、皆あんな真っ白な髪色なのか?」

「いや、流石に皆ではないと思うぜ」

「っていうか、後ろの姉ちゃん見ろよ。すっげえ美人。めっちゃ可愛い。教会で見た、女神様の絵画みたいだ……。髪色も同じだし」

「あの男の彼女か? こんちくしょう」


 粗暴そうな男たちは声が大きく、師匠の半歩後ろにいる私の耳にも届いた。ふふ、私の可愛さを称賛されるのは悪い気がしない。私はフワリと髪をかき上げ、可愛さサービスをしてやった。それを見た男たちは、静かに感嘆の声を上げた。やっぱり人から可愛く見られるのはいい気分だ。


「おっふ……。かわよ……。じゃなくって……。確かに俺たちは困ってるが、異術師さんに解決できるかどうか……」

「流石に金銭的とか利権関係とかだと、俺にはどうすることもできませんが」

「ああ、いや。そういうのじゃねえんだ。なんかこう、奇怪と言うか、不気味というか……」

「やはり怪異関連ですか?」

「そうなんだが、切るか切らないかの問題でなあ……」

「はい?」

「なんか、変な感じがするんだよ。こう……、うおお……。みたいな感じがさ。うーん、どう言ったらいいかなあ」


 年長の男の説明はまるで要領を得ない。何かを切るか切らないかで悩んでいるみたいだけど……。誰かとの縁かな?


「上手く説明できねえな。とりあえず兄ちゃん、森の中まで来てくれるか? 見た方が早え。こっちだ」


 男たちは師匠の返答を待たず、草木を掻き分けて森の中へ入っていった。


「それじゃあ、師匠。行ってらっしゃい」

「お前も来るんだよ」


 えー……、面倒くさい。



 ◆



 七人の木こりたちの後ろを師匠が歩き、その後ろに私が続いた。

 森の中は薄暗く、草木が鬱蒼と生い茂っている。しかも湿っぽい。


「簡易魔法、障壁・鎧」

「ん? ルヒナ、今魔法を使ったか?」

「はい。体に透明な障壁の鎧を張る魔法です。虫除けと、草木で肌を傷つけないように」


 それとあの木こりたちが山賊か何かで、私たちに襲い掛かってきた時のためにだ。万が一にもそんなことはないと思うけど、斧を持った男たちとこんな森の中に入るのは状況としては危険だと思う。警戒しておいて損はないだろう。


「……さっきから気になってたんですが、師匠からハーブの香りがするような気がします。何か薬でも使いました?」

「虫除けの薬を使った」

「いつの間に」


 そんなこんなで深い森の中を歩くこと数分。そろそろ帰り道がわからなくなってきた。というか、木こりたちはちゃんと目的地に向かっているのだろうか。少し不安になってきた……。


「木こりの皆さーん、本当にこの先に、何かあるんですよね? 迷ってないですよねー?」


 声を張って、先頭を歩く木こりたちに問いかけた。


「おお、もうすぐだーっ。それに、草だらけでわかりにくいけど、ここは昨日今日で何回か通った道だ。……っと、もう着いたぞ。ここだここだ」


 鬱蒼とした森の視界が開け、日が降り注ぐ広場に出た。樹冠に遮られず光が地面に直接届くので、そこには森の中以上に草が生い茂っていた。

 そして広場の中心には、一本の木が生えていた。


「異術師さん、この木のせいで俺たちは頭を悩ませていたんだ」


 その木の幹には、自身を抱いて眠る若い男の姿が浮かび上がっていた。

 私は彼を知らないが、この木がどういうものかは知っている。思い出すだけでも忌々しい、厄介な存在だ。

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