4-異術師の報復
村長の頼みで山の砦に行ったら、魔物ではなく規格外の魔人と出くわした。
どうやら師匠は村長に騙されたらしい。
二人は村長に詰問するため、山を下りることにした。
私と師匠は村長に騙され、強力な魔人がいる砦に行かされた。
まあ、私にかかればあんなの敵ではなかったけど。
「いやあ、私がいてよかったですねえ。でなければ師匠は今頃、あの魔人に殺されてましたよ。私は命の恩人ですよ。死ぬほど感謝してください」
「戦ってくれたことには感謝している。だが、俺は攻撃手段以上に目くらましの手段をたくさん持ってるんだ。あんたがいなくても、生き延びてはいたはずだ」
私たちはそんな話をしながら、村への山道を下っていた。
日は傾き始めている。
「例の村長、師匠に恨みでもあったんですかね。こんな罠に嵌めるだなんて」
「いや、彼とは初対面のはずだ。まあ、長いこと生きてきて、知らず知らずのうちにどこかで恨みを買ったとも考えられるが。……一番可能性があるとしたら、魔人がいる砦に異術師をのこのこ行かせ、ていよく戦わせようとしたんだろう。異術師が勝てば御の字。異術師が帰って来なくても村に損害はないからな」
「うっわあ、エグい話ですねえ。ですがあの村、山の砦に魔人が住みついたってのに長閑でしたね」
「砦の状況から見て、あの魔人に落されたのは数日前の話だろう。だから村人は砦の状況を知らなかった。しかし偶然にも村長だけは砦が落されたことを知り、どう解決するか頭を悩ませた。麓の村が魔人に攻められる可能性があるからな。そこに現れたのが、俺って訳だ」
「師匠が異術師だと知って、魔人にあてがったと。少なからず師匠が魔人に勝てると信じて送り出したんですかね。師匠、手も足も出ませんでしたけど」
「うるせえ。今度はもっと強力な戦薬を作るわ」
とは言え、戦薬とかいう戦闘用の薬? の威力は凄まじかった。師匠は人間族にしては強い部類だと思う。
「異術師の中には、あんな魔人と渡り合えるような強い奴もいる。村長は俺がそんな猛者である可能性に賭けたんだろうな」
「村長、見る目なかったですね。賭けは村長の負けでしたよ」
「だからうるせえって」
◆
村に戻ると、私たちは真っ先に村長の家へと向かった。
改めて考えたら、私も村長の嘘に巻き込まれた訳だよね。なんか腹が立ってきたぞ……。
ぴちゃぴちゃ……。
村長宅前で、師匠は花の香りがする薬液を手に塗り込んでいた。
「師匠、それは?」
「これは動揺した者をさらに動揺させる薬だ。こうすれば村長からいろいろ聞き出しやすくなるだろ。香りを嗅ぐと作用するから、冷静でいろよ?」
「スンッ……」
「そうそう、そんな感じだ」
そして師匠が玄関のドアを強めに叩くと、かなり小柄な老人が出てきた。雰囲気からして、おそらく彼が村長だろう。
「あ、ああ。これはこれは、異術師様……。よく戻られました。山の砦の様子はどうでした? 無事に冒険者らとは合流できましたかな?」
うわー、白々しい……。
私たちを見上げる村長の目は震えており、額には汗をかいている。初っ端から動揺しすぎだ。
「さあさあ、立ち話も何ですので……」
「いや、このままでいい。すぐに話は終わる」
師匠がぴしゃりとそう言うと、村長は一瞬だけ身を震わせた。
「あんたの思惑通り、砦の魔人は退治した。だが、並の異術師だったら殺されてたぞ」
「ああ、それは……」
村長はさらに冷汗をかき、酷く怯えた様子だ。この人、異術師が生き延びた場合、こんなふうに詰め寄られるって思ってなかったのかな。
「よかったな、村が魔人に襲われる心配がなくなって。だが、あんたは俺を騙したんだ。どうしてくれようか……」
「ひいっ……!」
師匠の淡々とした言い方、冷たい目……。村長を動揺させるには充分すぎるほどだった。
「どうすればいいかわからなかったんです! 先日、山にキノコを採りに行ったら、偶然にも怪物が砦を落としているのを見て……。それで怖くなって……。領主様に報告に行こうか。いや、そんな時間は無いか。村人を避難させるのが先かと悩んでいる内に、異術師である貴方が来て……」
この村長、緊急時への対応能力なさすぎでしょ。問題に対してどう行動していいかわからず、何もできないでいたなんて……。上に立つには頭が足りなすぎる。私たちがこの村に来なかったら、どうするつもりだったのよ。
「師匠、この頭の足りない老人をどうしてくれましょうか」
「ひいぃ……」
「そうだなあ……」
さて、師匠は小鹿のように震える老人にどんな罰を下すのか……。
「あんたは村長として不適格だから、今度ここの領主に会った時に解任を進言する」
え、そんな軽い罰でいいの?
「そ、それは……。は、はい……」
あ。こいつ、下された罰が予想に反して甘くて安心してる。肩を撫で下ろしてる。
「師匠、罰が軽すぎますよ。罰としてこの家の家財を売り払いましょう。そして売って得たお金を慰謝料として貰いましょう」
「お前はお前で暴君すぎだろ」
◆
村長宅から宿屋に戻った私たちは準備を整え、足早に村を出た。
村で問題が起きた以上、長居はしてられないからね。
そして曲がりくねった道を抜け、街道に合流。
「師匠、くどいようですけど、あの村長の解任を領主に進言するだけでいいんですか?」
と、隣を歩く師匠に聞いてみた。
「まあ、いいんじゃないか?」
そんな他人事みたいに……。あんなことをされたのに、この人には怒りの感情がないのだろうか。私だったら強風を装って、送風の魔法で村長宅を吹き飛ばしていたかも。
「それじゃあ何か? あの村長を私刑にでもすればよかったのか?」
「そうですよ」
「いや、そうじゃねえだろ。蛮族かよ。……まあ、これが魔法使いや聖職者だったら権力を振るって制裁してたんだろうけどな」
「魔法使いや聖職者?」
「この国では魔法使いを管理する魔法学会、各地の教会を管理するエレナ教会本部、そして異術師を管理する異術結社が鼎立している。とは言え、異術師の権力はまだまだ弱い。領主に取り合うのがせいぜいなんだ」
この国では異術が取り入れられてるみたいだけど、異術師の立場はそんなに高くないんだ……。
あ、そうだ。
「ところで師匠、話は変わりますが」
「何だ?」
「今夜の寝る所、どうするんですか?」
「……」
日はほとんど沈み、空には星が瞬き始めている。夜には次の村に着けるのだろうか。
「……失念していた」
「はい?」
「俺は眠らないから、夜通し歩き続けてればいいと思っていた。すまん、俺のミスだ。今日はこの草原で野宿することになる」
「眠らない? いえ、それよりも野宿するんですか? えー……」
野宿ってことは、こんな何もない所で寝ないといけないの? 交代で起きて見張りとかしないといけないのー? 最悪ー。
「そう膨れるなって」
「ぶーぶー」
◆
師匠は白い小石を地面に置いて、その上に薬液を垂らした。するとそれは一瞬で膨張し、布団ほどの大きさの綿の塊になった。
「本当に不思議なことができるんですね、異術師って。魔法も無しに」
「はあ……。この貴重な素材を使うことになるとは……」
「これも薬の素材になるんですか?」
「いいや。この綿はデカい魔物とかに丸飲みにされた時に使うんだ。喉を詰まらせて脱出できる。俺はこれで三回ほど命拾いしたことがある」
「さいですか。……あ、師匠、少し離れていてください。巻き込まれるかもしれません」
私は綿の塊を抱いて立ち、精神を集中させる。
「簡易魔法、障壁・五枚」
半透明な正方形の障壁を五枚、底面を除いて立方体になるように生成し、私の周囲を覆った。立方体の容積は、広めのクローゼットくらいだ。
障壁──攻撃などを防ぐ壁を生成する魔法だけど、簡易魔法レベルだと雨風を防ぐくらいしかできない。しかしドリアードにかかれば、魔力を上乗せして並の剣も通さない障壁を張ることができる。そしてこのように立体的に組んで、野宿の際の簡易的なシェルターとして使うこともできる。
まさか障壁の魔法のこんな使い方を思いつくとは、私は可愛い上に賢いなあ。
これで夜に獣や魔物が襲ってきても安心だろう。そして敵はそれだけではない。全種族中で最も強い性欲を持っていると言われる、人間族の男が側にいるのだ。そちらも警戒しておかないと。
ぽふん。
私は綿を草の上に敷き、その上に寝転がった。狭い立方体の中なので、身を丸めないと寝れないな。次に野宿する時はもう少し大きな立方体を作ろう。
「あんた、障壁の魔法も使えるんだな。魔人との戦闘では着火の魔法も使ってたが、他には何が使えるんだ?」
「簡易魔法の着火、水球、冷気、送風、石礫、障壁ですね。簡易魔法は単純な魔法なんで、いくらか応用もできます」
「水の球を出したり、ひんやりしたり、風で服を乾かしたり、手元に石礫を生成する程度の魔法か……。ふと思ったんだが、そんな簡易魔法でも魔力を上乗せすれば威力が上がるんだったら、上位の魔法を習得する意味って薄くないか? 魔力さえあれば、同等の威力の魔法を放てるんだから」
うーん……。師匠、それは素人の考えですよ?
「それは無いですね。魔力消費の効率が悪すぎます。ものにもよりますが、魔法の威力を変数倍にするなら、変数の二乗倍の魔力が必要になるんですよ。例えば一般魔法、火炎という魔法は簡易魔法、着火の二十倍くらいの火力があります。そして一般魔法、火炎の消費魔力は簡易魔法、着火の十倍くらいらしんですよね」
「デフォルトでの簡易魔法、着火の威力と消費魔力を一とするなら、一般魔法、火炎の威力は二十、消費魔力は十か。簡易魔法、着火で一般魔法、火炎ほどの威力を出したい場合、さっき言ってた式で計算すると、二十の二乗で四百の魔力が必要になる訳か。そりゃあ、普通に上位の魔法を習得した方がいいな。誰も魔力の上乗せで魔法の威力の底上げなんてしない訳だ」
「ドリアード以外にはできない芸当ですよ」
「日光を魔力に変換ってやつかあ……。改めて考えたら、確かに太陽の力って馬鹿にならないよな。地上を満遍なく照らし、全世界の生態系を支えてる訳だから」
こんこん……。
「その太陽の力を魔力に変えて作ったこの障壁、本当に硬いな。半透明ガラスみたいだが、まるで割れる感じがしない」
師匠はそう言いながら、障壁を拳で叩いた。
「ふふふ……。ありったけの魔力を込めて障壁を作りました。私が寝ていても、朝まで持つでしょう。師匠が変な気を起こしても無駄ですからね」
「別に何もしないって。俺には性欲がほとんど無いんだ」
「性欲の無い人間族なんているもんですか」
どうしてそんなしょうもない嘘をつくんだろうか。
「見張りは俺に任せろ。一人で充分だから、あんたは寝ててくれ」
師匠は私に背を向けて座った。
月明りはあるが夜の草原は真っ暗で、草の緑と闇の黒が地平線の先で混じり合っている。
「見張りをするのに焚火とかたかないんですか?」
「暗視の薬を飲むから平気だ」
師匠は私に背を向けたまま、そう答えた。それにしても異術師は便利な物を持ってるなあ。暗視の薬って。
「見張りをすると言っても、寝なくて平気ですか? 一晩中、一人で見張りって……」
「ああ、平気だ」
そう言えば一人旅をする人って、一晩中一人で見張りをして、獣や野党がうろつく確率が少ない明け方に少し寝るとか、どこかで聞いたことがあるような……。師匠もそんな感じなのかな。
「とは言え、敵襲の時は起きて助けてくれよ?」
「おやすみなさい、師匠」
「おいって」
「冗談ですよ。もしもの時は、私も起きて戦いますから」
私はフカフカの綿にくるまって目を閉じた。
眠りは浅くして、いつでも起きれるようにしておかないと……。
すやー……。
◆
「おい、ルヒナ──」
んん?
「──って、おい! 起きろ──」
うるさいなあ、今寝てるのに……。まだ眠い……、目も開けられないよ……。
「狼の魔物だ! こいつは──! ──で、流石に──!」
え、狼? それくらい師匠だけで何とかできませんかねえ……。
「むにゃむにゃ……。すやぴぃ……」
「ああ、ちくしょう! この──! 戦薬が──……! 即席で作るしか……!」
すやぴー……。
私はずっと疑問に思っていました。
夜の見張りの時、焚火をしてたら逆に目立たないか。男女で野宿をして、手を出してしまわないか。そもそも、夜に見張りをして寝不足にならないか。