3-最強の魔人
師匠は、「山の砦に向かった冒険者を手助けしてくれ」と、村長から頼まれた。
彼はルヒナを連れ、山の砦へ向かった。
「どういうことでしょう、これは……」
「ああ、明らかに不自然だな」
私たちは廃砦の門前で足を止めた。
その廃砦の正門は傾き、城壁は崩れ、地面は所々えぐれている。人の気配もない。
確かに廃棄された砦だけど、破壊の跡はあっても経年劣化の跡は見られない。まるでつい先日、無人になったばかりのような……。
「私、もっと草や蔦で覆われたボロボロな砦を想像してましたよ」
「確かに廃棄された砦と言えば廃棄された砦だが……。少し様子を見てみるか」
バガンッ!
突然正門が蹴破られ、中から家ほどの大きさがある異形が姿を現した。
そいつの下半身は羊のように毛むくじゃらで、上半身は筋骨隆々な人間族。ただし肌は真っ赤だった。そして頭は角の生えた熊だった。
おそらく、この砦を落とした魔物だろう。
「おう? 気配がして来てみれば。何だ、お前らぁ?」
喋った。言葉を話すということは、こいつは魔物じゃない。
それより上位の種族、創造序列第七位、魔王眷属、魔人族デモニアロードだ。
魔人族はかつて魔王によって創られた種族で、他の種族に敵意を持っている。戦闘力はピンキリだけど、基本的に魔物より強い。
魔人みたいな見た目の魔物、魔物みたいな見た目の魔人も存在するけど、知性の有無でそれらを判別することができる。
「魔物じゃない……? 俺が村長から聞いた話と違うな……。おい、魔人。この砦を落としたのはおあんたか? あんたを倒しに、ここに冒険者が来なかったか?」
「知らねえよ、死ね!」
師匠の問いかけを無視して魔人は丸太のように太い右腕を振り上げ、私たちを叩き潰そうとした。
会話の余地はないらしい。私はその攻撃よりも早く障壁の魔法を発動しようとしたけど、さらに早く師匠が赤い液体の入った瓶を投擲した。
パリンッ。ゴウッ!!
瓶は魔人の体に当たって割れ、一瞬でその全身を炎で包んだ。
離れていても肌が荒れそうなほどの熱気が伝わってくる。魔人の足元の地面は黒焦げになり、その背後の城壁の石は赤熱した。
「凄いじゃないですか。師匠、こんなに強かったんですね。人間族の割に」
「他にも、外気に触れると凍る戦薬とか雷を出す戦薬とかも持ってるぞ」
ぶんっ!
「小賢しいわぁ!」
魔人は身を震わせて炎をかき消した。
並の魔物だったら消し炭になっているほどの熱量だったけど、こいつには通用しなかったか。
「師匠、他のセンヤク? って言う戦闘用の薬? もっと使ってくださいよ」
「いや……」
魔人を見据える師匠のこめかみに、一筋の汗が流れていた。もしかして、焦ってる?
「今のが手持ちの中で、最高威力の戦薬だ」
えー……。
「面白い技を使うなあ、小僧! 威力は上位の戦闘魔法……。いや、対魔人魔法に匹敵するほどだったぞ!」
魔法には九つの階級がある。簡易魔法、入門魔法、基礎魔法、一般魔法、戦闘魔法、対魔人魔法、攻城魔法、殲滅魔法、神域魔法だ。
そして対魔人魔法は魔人と戦える魔法ではない、平均的な魔人に勝てるほどの威力がある魔法だ。それをくらって無傷とは、この魔人、強い方なんだな。
「俺様は戦闘魔法以上の魔法と武器による攻撃を無効化する能力を持っている! そして、さっきの炎程度の攻撃じゃあ素で効かない! 残念だったなあ、まぬけぇ!」
急に手の内を明かしてきたぞ。
師匠との実力差がわかって、得意げになってるな。
「つまり、素手で殴らないと倒せないってことですね?」
「おう、そういうことだ! さあ、来いよ。小道具なんか捨ててかかってこい! 素手での殴り合いだ! 俺様は弱い者いじめが好きなんだ!」
上位の魔法も武器も効かない。かといって、殴り合ってもまず勝てない。なるほど、一人で砦を落とせる訳だ。
「ほら、どうした? おらおら」
最初は問答無用で攻撃してきたのに、今では戦いの中で遊んでいる。
子供が捕まえた虫や蛙をすぐには殺さず、なぶって面白がる感覚でいるんだろうなあ、この魔人は。
「ルヒナ、逃げるぞ。俺が囮になる」
「逃げるんですか?」
「ああ。俺たちは村長に嵌められたんだ。こんな規格外な魔人がいるなんて聞いてない」
「私なら勝てますよ」
「何?」
私は一歩前に出て、魔人に戦う意思を示した。
「ぶ、ぶははははは! 本当に俺様と戦う気なのか? 小娘!」
「はい、魔法で貴方を倒します」
「魔法で? 馬鹿なことを。俺様は相手の魔法の才能を見抜けるんだ。お前には魔法の才能は無い。使えたとしても、簡易魔法程度だろう」
確かに、その通りだ。調子に乗って嘘を言っている訳ではないらしい。
簡易魔法──階級最下位の魔法で、読み書き程度の学力があれば誰でも習得できる。薪に着火したり、風を送って服を乾かしたりと、生活が少し便利になる程度の魔法だ。
「ついでに言うと、お前の後ろの小僧はもっと才能が無い。皆無だ。微量の魔力すら感じられない。むしろ、どうやったらそこまで無能になれるのか教えてほしいくらいだ」
「な、何だって……」
私の後ろにいる師匠が絶望に打ちひしがれているのが雰囲気でわかった。そんなにショックを受けること?
「簡易魔法でどうやって戦う!? 俺様の毛でも燃やすか!?」
魔人は再び腕を振り上げ、私を潰そうとしてきた。相変わらず大ぶりな攻撃だ。魔法を撃つ隙は充分にある。
私は右手をかざし、魔人に向け人差し指をさした。
「簡易魔法、着火」
私の指先から熱火線がほとばしり、魔人の胸部を貫き、さらに背後の城壁も真っ赤に溶解させた。撃ち抜かれた魔人の胸部には円状の穴が開き、その周囲は黒く炭化している。
ず、ずずん……。
魔人は喘鳴を上げる間もなく絶命し、地響きと共にその場に倒れた。
強いと言っても所詮は魔人族。最強種族のドリアードには勝てないのだ。わはは。
「ルヒナ、今のは……。あんた、攻城魔法でも使えるのか?」
「いいえ、今のはただの簡易魔法です」
唖然とする師匠に対し、私は腰に手を当てて胸を張り、余裕たっぷりで語る。
「ただし、ありったけの魔力を込めて威力を増大させました。ドリアードは日光から魔力も得られますから、魔力量が多いんです」
「な……」
どう? これが最強種族、ドリアードの実力よ? 凄い? 凄い?
「末恐ろしいな……。ドリアードは魔法に秀でているとは聞いていたが、ここまでとは……」
あれ? 師匠がドン引きしている。思ってた反応と違うなあ。褒めてほしかったのに。
「……とにかく、今は村に戻ろう。この依頼を出した村長にも聞きたいことがある」
「本当にここには、冒険者は来てないんですかね。もしかしたらってことはありません?」
「この砦の状態を見るに、落ちて何日も経っていない。砦が落ちたのを見て村で金を集め、都市へ行き、冒険者ギルドと交渉して依頼を張ってもらい、冒険者がそれを手に取るのを辛抱強く待って、冒険者との契約が成立したら村に来てもらう。これだけで何日もかかることだ」
「じゃあやはり、村長は嘘をついてたと?」
「そういうことになるな。村に帰ったら問い詰めないと」
そうして私たちは踵を返し、廃砦を後にした。
ここで言う「人」とは人間族のことではなく、「四肢を持って二足歩行をする種族」みたいな概念です。なので人間族が生まれる前から、「人」という言葉がありました。
種族の呼び名は「エルフ」だったり「人間族」と、統一されていません。皆、適当に呼んでいます。