2-生きる意味、稼ぐ意味
この世には怪異という、剣も魔法も通じず、目にも見えない厄介なものが存在している。
ドリアードの国、ベルメグン公国は怪異によって滅ぼされた。
唯一の生き残りであるドリアードの少女ルヒナは瀕死の重傷を負いつつも、何とか一命を取り留める。
彼女を助けたのは異術師のアレクという男だった。
ぐつぐつ……。
私は人間族の異術師、アレクさんの弟子になった。
なんか、あっさり弟子にしてくれたけど、私が可愛いからかな?
そして彼のことは師匠と呼ぶことになった。自尊心の高いドリアードだったら、人間族風情を師匠と呼ぶなんてと思うだろうけど、私はそんなに気にしない。
ぴちょん、ぴちょん……。
真っ黒な更地となったかつてのベルメグン公国を見た後、私と師匠は宿の部屋に戻った。
そして師匠は各種素材や器具を取り出して床に並べ、何やら作業を始めた。乾燥した枝葉をすり鉢で粉にしたり、銀色の粘液を沸騰させたり、各種薬品を調合したり。
ごりごりごりっ。
ちなみに小さなクローゼットのような荷物入れだけど、あれは薬箱だった。扉を開けると中にはいくつもの引き出しが見えた。まるで小さなタンスのようだった。引き出しの中には様々な薬瓶や乾燥した葉っぱなどが入れられていた。
がさごそ、がさごそ。
作業に没頭する師匠の姿を、ベッドに腰掛けながら眺める。この人、何を作ってるんだろう。
「いてて……」
宿を出る時に飲んだ痛み止めの効果が切れてきたみたいだ。また体の節々が痛み始める。
さらさらさら……。
「よし、できた」
何やらできたらしい。
「ルヒナ、この薬を飲んでみろ」
「薬?」
そう言って手渡されたのは、指先程の小さな小瓶に入った無色透明な薬液だった。
たったこれだけの薬を作るために部屋の床の大半を使って器具を広げ、時間と手間暇を使ったのか。薬作りって大変だなあ。
こく……。
瓶の中身を飲み干した。その薬は水よりも粘性が無く、舌の上を味を感じる暇もなく通り過ぎた。そして空気のように喉を通過し、体中に広がっていくような……。
「あれ?」
さっきまで感じていた傷の痛みがほとんど消えた。まだ節々は痛むけど、これなら痛み止めが無くても問題なく歩けそうだ。
「師匠、今の薬……」
「特性の回復薬だ。だいぶ楽になっただろ? 何日かすれば、傷は完治するはずだ。三十年に一度しか手に入らない素材を使った、貴重な薬なんだぞ」
貴重な薬……。
「今の薬、売ったらどれくらいの値段になりましたかね」
「売るな」
◆
師匠はこの村の村長と話があると言って、部屋を出て行った。
私は大事をとってお留守番だ。ベッドに横になり、師匠の帰りを待つ。
「……」
包帯、そろそろ替えた方がいいのかなあ。ドリアードは長命で、さらに半分が植物みたいなものだから代謝が低く、そこまで体は汚れないけども。
「……異術師の弟子か。……って、あれ?」
異術師とは怪異が見える人がなるものだ。しかし、私は怪異なんて見ることができない。そんなのでも、知識さえあれば異術師になれるのだろうか。ゆくゆくは師匠が午前中に作ってくれた、あの売れば高そうな薬を作れるようになるのだろうか。せっかくだから、薬の知識を身につけて大儲けしたい。
こんこん。
「はいるぞー」
「どうぞー」
師匠のお帰りだ。私はベッドから上体だけ起こし、彼を迎える。
「さっき村長と話してきてな、この村で怪異に罹っている人が居ないか聞いてきたんだ」
「怪異に罹ってる人?」
「運悪く怪異に関わり、厄介な目に遭ってる人を救うのが異術師の仕事だからな。あと、怪我の治療とかもする。幸い、そういう人はいないらしい。だが、別の頼み事をされた」
「別の頼み事?」
「西の山にある廃砦に魔物が巣食ったらしくってな、先日その掃討に冒険者を雇ったらしんだ」
魔物かあ。ベルメグン公国ではあんまり見なかったなあ。
それと冒険者ってのは人間族の国家に存在する、民間の武装組織だったかな。行商人の護衛や魔物退治をやってるとかって、聞いたことがある。
「しかし今になって廃砦に出向いた彼らが心配になり、俺にサポートに行ってほしいとのことだ」
「師匠、戦えるんですか?」
師匠の身長は私より頭二つ分高いけど、体格は平均的だ。とても腕っぷしに自信があるようには見えない。素手で殴り合っても、私がギリギリで勝てるかも。
「これでも身を守る程度のことはできるさ。それに、治療には自信があるしな。治癒師程度には役に立つと思うぞ」
「そうですか、凄いですね。では、お気をつけて」
「あんたも来るんだよ」
「はい?」
え、ふて寝を再開しようとしていたのに。
「私も行くんですか? 私、病み上がりですよ?」
「……ほら、あんなことがあったんだ。こんな部屋の中にずっといたら、気が滅入っちまうぞ。それに、ずっと動かないのも体に毒だ」
もしかしてこの人、私を心配してるの?
その気遣いは嬉しいけど、私、そこまで落ち込んではいないんだよなあ。負の感情ならどちらかというと、悲しみよりも今後の生活への不安の方が大きいくらいだ。
「それに、あんたは何もしなくていい。ついて来て、師匠である俺を見ていろいろ学べ。弟子なんだから」
「えー……」
私は渋々準備を整え、師匠と共に宿を出た。
◆
私と師匠は村を出て少し歩き、山に入った。
幸いにも山はなだらかで、山道は割と整っていた。廃棄された砦への道だから、もっと荒れていて、歩きにくいと思っていた。
山道は開けていたけど、周囲の森は鬱蒼としていて視界が悪い。
「ところで師匠、この依頼の報酬ってどれくらいですか?」
「そこ、気になるか?」
「一番重要なことじゃないですか」
せめて半年は働かずに暮らせるくらいの報酬が欲しいなあ。
「村に居る間の食住だ」
「はい?」
「村長が宿屋の主人に口添えしてくれてな。俺たちが村に居る間は宿での宿泊費と食費がタダなんだ」
「なんですかそれ!」
私は今日一番の大きな声で怒鳴った。
「そんなしょうもない報酬なんですか!? 師匠、騙されてませんか!?」
「何を怒ってるんだよ。人が困ってるんだし、少しくらい手伝ってやってもいいじゃないか」
「善意を搾取されてませんか!? もっとお金貰いましょうよ!」
「あー、俺も昔はそういう考えだったなあ。でもそしたら、誰が金がない奴を助けるんだ?」
「えー、でもー……」
「金がない奴を助ける必要はない」とは言い返せなかった。以前は私も、金がない側だったからだ。あ、今もか。
「異術師というのは金銭を求めない。金持ちも貧乏人も、等しく救う。金なんて衣食住が揃った普通の生活ができて、老後のための貯えができる分だけあれば充分だろ。それに、結婚や隠居で家が必要な時は異術師本部が金を出してくれるし。あんたはどうして、そんなに金が欲しいんだ?」
「そりゃあ、衣食住が揃った普通の生活をして、老後のための貯えを作るためですよ!」
「……」
……あれ?
「……廃砦が見えてきたぞ。気を引き締めていけ」
最初なので、説明が多めです……。
ただ、「冒険者」や「エルフ」などの意味を最初から読者が知っているていで進めたくなかったのです。