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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
反異術師
14/61

14-黒煙の昇る町で

砂嵐によって足止めを食らったルヒナと師匠。

二人は神話と歴史について語り合った。

 荒れ地の街道を進んでいくと、大規模な灌漑農地に出くわした。

 農地では青々とした麦か何かの苗が風になびき、緑の絨毯に波を立てている。

 来たる収穫期には、どれだけの食糧が手に入ることか。その大量の食糧が人口を支え、人間族はさらに増える。増えた人口でさらに大規模な農作ができ……。大量生産大量消費。こりゃあ、繁栄する訳だ。あ、でも所々に休閑地が目立つな。

 農地を真っすぐに突っ切る街道を歩いていくと、簡易的な木の塀で囲まれた町に着いた。

 町はなだらかな丘の上に作られていて、塀越しに何軒かの木造の家と立派な教会が見える。

 そして町の正門には、革の鎧と長剣を装備した男が胡坐をかいて座っていた。

 ここの門番なんだろうけど、いかにもやる気が無さそうだ。私たちが門に近付いても立ち上がろうともしない。


「あー? あんたら、旅人? つか、お姉ちゃん可愛くね?」


 門をくぐろうとすると、胡坐のまま声をかけられた。

 流石に素通りはさせてくれないか。


「まあ、二人とも怪しそうじゃないし、通っていいよ」


 え、通っていいの?


「えーっと、いいんですか? 俺らの身分の確認とかしなくても」

「どうでもいいよ。あんたらが善人でも殺人鬼でも。どうせこの町の連中は、その内死ぬんだ。オレの女房と息子たちみたいにな……」


 この門番、やる気が無いと言うか自暴自棄になってるって感じだ。

 っていうか、町の連中が死ぬってどういうことだろう。

 とりあえず、門を通してもらえたので私たちは町の中へ。そしてすぐに異常に気付いた。


「ルヒナ、見えるか?」

「はい……。これは……」


 通行人たちの半数が肩から黒い煙を出していて、その内の半数が足を痛そうに引きずっていた。

 そして皆、その黒い煙に気付いている様子はない。


「あれ、怪異ですよね?」

「あの煙は『単金病』って怪異だな。あの黒い煙は吸うなよ? 感染する。感染力は重い風邪程度だが」

「タンキンビョウ……。それに感染したらどうなるんですか?」

「まず足の痛みから始まり、全身に痛みが広がっていく。そして夜も寝れないような激痛に苛まれ、最後は衰弱して死んじまうんだ」

「こわー……。師匠、早くこの町を出ましょうよ」

「早くここの住民を治療しないとな。幸い、単金病の治療薬は簡単に作れる」


 流石は師匠、私とは真逆の意見だ。


「えー……」

「ルヒナ、水球の魔法を」

「えー……」

「いいから、早くしろ」

「簡易魔法、水球」


 私は師匠に言われた通り、右の手の平に拳大の水球を生成した。

 師匠はそこに薬箱から出した粉を何種類か混ぜ入れた。


「単金病の予防薬だ。これを飲んでおけば、向こう二か月は感染することはない」


 ちゅるちゅる……。


 早速水球に口をつけ、吸うように飲んでみた。

 ほのかに木イチゴの味がした。


「おいおい、全部飲むなよ。俺だって飲まないといけないんだから」

「あ、そうでしたね」


 私は水球から口を離し、それを師匠に差し出す。


「……このまま飲むのは、少し行儀が悪いな」

「そんなこと言ってる場合ですか」

「……」


 師匠は難色を示しながらも、水球に口をつけて飲み干した。


「……よし、それじゃあまずは雑貨屋に行って、薬の原料を調達するぞ」



 ◆



 師匠は道行く人に雑貨屋の場所を聞いて回る。その時、肩から黒煙を昇らせている人にも躊躇なく話しかけていた。

 いくら予防薬を飲んでいるからといって、私は罹患者に近付きたくなかったので、そういう時は一歩後ろに下がった。

 そして難なく町で唯一の雑貨屋に到着。


「これとこれと……。絹は置いてないが、まあいいか。絶対必須な原料でもないし」


 師匠は各種ハーブ、蝋燭、大きめの瓶をいくつか買って店を出た。


「薬の原料はそれで全部ですか?」

「いいや、あと一つ。ちょうどいい木があればいいんだが……」

「木?」


 町の中心の道──道とは言っても土を踏み固めただけ──から少し外れた所に雑木林があり、師匠はその中の一本の木の前で足を止めた。

 見た感じ、何の変哲もない広葉樹だ。


「ルヒナ、この木だ。幹にあるこれが見えるか?」

「はい?」


 師匠は木の幹を指さした。そこをよく見てみると、幹の傷から赤っぽい樹液が滴っていた。

 師匠の言うことだから、ただの樹液ではないだろう。おそらく怪異か何かの……。


 ばこ! どご!


 考えを巡らせていたら、師匠がいきなり木に蹴りを入れ始めた。え、何?


「おら、おら!」


 道行く人々が奇異なものを見る目で師匠を見ている。隣にいる私も居心地が悪い……。


 ぽとっ……。


 葉っぱに混じって、青いクルミが木から落ちてきた。

 植物の知識はそこまでないけど、流石に今はクルミが実る季節じゃないだろう。それに青色って……。


「よし、これだ」


 青いクルミが目的の物だったようで、師匠はそれを拾い上げて布に包み、大事そうに薬箱に仕舞う。


「今の木の実は怪異の一種で、一般人には見えないもの──」

「それはいいですから、早くここを去りましょう。師匠の奇行を見て、兵士を呼ばれてるかも」


 説明を始めようとした師匠を急かし、その場を離れた。


「次は宿だな。単金病の治療薬は、屋根のある場所で作らないと薬効を失うんだ」

「また変な調薬方法ですねえ。まあ、泊る間所は必要ですから、どの道宿は取りましょう」



 ◆



 通りに大きな看板を出していたので、宿はすぐに見付かった。そして私と師匠はそれぞれ部屋を取った。

 師匠は部屋で早速調薬を開始し、私はそれを見学する。

 雑貨屋で買ったハーブを煮込んだり、蝋燭を溶かして混ぜたり、さっきの青いクルミを砕いたり……。

 そうして大きめの瓶一本分の薬が完成した。薬は薄茶色の液体で、瓶を揺らすと中で赤黒い淀みを発生させた。見た目はちょっと気持ち悪いな……。


「原料集めから調薬まで、順調でしたね」

「ああ。ちょうどよく雑貨屋に原料が揃ってて助かった。まあ、不足してたら別の物でもある程度は代用できたが」

「ですが、薬ってそれ一本だけでいいんですか? 町には沢山の罹患者がいましたが……」

「希釈して使うから、これだけの量で充分だ。よし、早速町長の所に行って話を付け、住民たちを治療しよう」

「報酬の交渉も忘れないでくださいね」


 順調だったのはここまでだった。

 その町長宅で、事件は起きた。

ルヒナはクズですが、「普通の人ならこうする」という範囲内でのクズだと思います。

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