14-黒煙の昇る町で
砂嵐によって足止めを食らったルヒナと師匠。
二人は神話と歴史について語り合った。
荒れ地の街道を進んでいくと、大規模な灌漑農地に出くわした。
農地では青々とした麦か何かの苗が風になびき、緑の絨毯に波を立てている。
来たる収穫期には、どれだけの食糧が手に入ることか。その大量の食糧が人口を支え、人間族はさらに増える。増えた人口でさらに大規模な農作ができ……。大量生産大量消費。こりゃあ、繁栄する訳だ。あ、でも所々に休閑地が目立つな。
農地を真っすぐに突っ切る街道を歩いていくと、簡易的な木の塀で囲まれた町に着いた。
町はなだらかな丘の上に作られていて、塀越しに何軒かの木造の家と立派な教会が見える。
そして町の正門には、革の鎧と長剣を装備した男が胡坐をかいて座っていた。
ここの門番なんだろうけど、いかにもやる気が無さそうだ。私たちが門に近付いても立ち上がろうともしない。
「あー? あんたら、旅人? つか、お姉ちゃん可愛くね?」
門をくぐろうとすると、胡坐のまま声をかけられた。
流石に素通りはさせてくれないか。
「まあ、二人とも怪しそうじゃないし、通っていいよ」
え、通っていいの?
「えーっと、いいんですか? 俺らの身分の確認とかしなくても」
「どうでもいいよ。あんたらが善人でも殺人鬼でも。どうせこの町の連中は、その内死ぬんだ。オレの女房と息子たちみたいにな……」
この門番、やる気が無いと言うか自暴自棄になってるって感じだ。
っていうか、町の連中が死ぬってどういうことだろう。
とりあえず、門を通してもらえたので私たちは町の中へ。そしてすぐに異常に気付いた。
「ルヒナ、見えるか?」
「はい……。これは……」
通行人たちの半数が肩から黒い煙を出していて、その内の半数が足を痛そうに引きずっていた。
そして皆、その黒い煙に気付いている様子はない。
「あれ、怪異ですよね?」
「あの煙は『単金病』って怪異だな。あの黒い煙は吸うなよ? 感染する。感染力は重い風邪程度だが」
「タンキンビョウ……。それに感染したらどうなるんですか?」
「まず足の痛みから始まり、全身に痛みが広がっていく。そして夜も寝れないような激痛に苛まれ、最後は衰弱して死んじまうんだ」
「こわー……。師匠、早くこの町を出ましょうよ」
「早くここの住民を治療しないとな。幸い、単金病の治療薬は簡単に作れる」
流石は師匠、私とは真逆の意見だ。
「えー……」
「ルヒナ、水球の魔法を」
「えー……」
「いいから、早くしろ」
「簡易魔法、水球」
私は師匠に言われた通り、右の手の平に拳大の水球を生成した。
師匠はそこに薬箱から出した粉を何種類か混ぜ入れた。
「単金病の予防薬だ。これを飲んでおけば、向こう二か月は感染することはない」
ちゅるちゅる……。
早速水球に口をつけ、吸うように飲んでみた。
ほのかに木イチゴの味がした。
「おいおい、全部飲むなよ。俺だって飲まないといけないんだから」
「あ、そうでしたね」
私は水球から口を離し、それを師匠に差し出す。
「……このまま飲むのは、少し行儀が悪いな」
「そんなこと言ってる場合ですか」
「……」
師匠は難色を示しながらも、水球に口をつけて飲み干した。
「……よし、それじゃあまずは雑貨屋に行って、薬の原料を調達するぞ」
◆
師匠は道行く人に雑貨屋の場所を聞いて回る。その時、肩から黒煙を昇らせている人にも躊躇なく話しかけていた。
いくら予防薬を飲んでいるからといって、私は罹患者に近付きたくなかったので、そういう時は一歩後ろに下がった。
そして難なく町で唯一の雑貨屋に到着。
「これとこれと……。絹は置いてないが、まあいいか。絶対必須な原料でもないし」
師匠は各種ハーブ、蝋燭、大きめの瓶をいくつか買って店を出た。
「薬の原料はそれで全部ですか?」
「いいや、あと一つ。ちょうどいい木があればいいんだが……」
「木?」
町の中心の道──道とは言っても土を踏み固めただけ──から少し外れた所に雑木林があり、師匠はその中の一本の木の前で足を止めた。
見た感じ、何の変哲もない広葉樹だ。
「ルヒナ、この木だ。幹にあるこれが見えるか?」
「はい?」
師匠は木の幹を指さした。そこをよく見てみると、幹の傷から赤っぽい樹液が滴っていた。
師匠の言うことだから、ただの樹液ではないだろう。おそらく怪異か何かの……。
ばこ! どご!
考えを巡らせていたら、師匠がいきなり木に蹴りを入れ始めた。え、何?
「おら、おら!」
道行く人々が奇異なものを見る目で師匠を見ている。隣にいる私も居心地が悪い……。
ぽとっ……。
葉っぱに混じって、青いクルミが木から落ちてきた。
植物の知識はそこまでないけど、流石に今はクルミが実る季節じゃないだろう。それに青色って……。
「よし、これだ」
青いクルミが目的の物だったようで、師匠はそれを拾い上げて布に包み、大事そうに薬箱に仕舞う。
「今の木の実は怪異の一種で、一般人には見えないもの──」
「それはいいですから、早くここを去りましょう。師匠の奇行を見て、兵士を呼ばれてるかも」
説明を始めようとした師匠を急かし、その場を離れた。
「次は宿だな。単金病の治療薬は、屋根のある場所で作らないと薬効を失うんだ」
「また変な調薬方法ですねえ。まあ、泊る間所は必要ですから、どの道宿は取りましょう」
◆
通りに大きな看板を出していたので、宿はすぐに見付かった。そして私と師匠はそれぞれ部屋を取った。
師匠は部屋で早速調薬を開始し、私はそれを見学する。
雑貨屋で買ったハーブを煮込んだり、蝋燭を溶かして混ぜたり、さっきの青いクルミを砕いたり……。
そうして大きめの瓶一本分の薬が完成した。薬は薄茶色の液体で、瓶を揺らすと中で赤黒い淀みを発生させた。見た目はちょっと気持ち悪いな……。
「原料集めから調薬まで、順調でしたね」
「ああ。ちょうどよく雑貨屋に原料が揃ってて助かった。まあ、不足してたら別の物でもある程度は代用できたが」
「ですが、薬ってそれ一本だけでいいんですか? 町には沢山の罹患者がいましたが……」
「希釈して使うから、これだけの量で充分だ。よし、早速町長の所に行って話を付け、住民たちを治療しよう」
「報酬の交渉も忘れないでくださいね」
順調だったのはここまでだった。
その町長宅で、事件は起きた。
ルヒナはクズですが、「普通の人ならこうする」という範囲内でのクズだと思います。