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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
廃城の村と弟子入り志願
12/61

12-売りたい心臓

ルヒナは傲慢だった。

革は魔力を拡散させるけど、その上で自分は勝てるだろう。そう思っていたのだ。

しかし、その革は新鮮であった。

魔法を発動させるには、魔力を拡散させる革の服と下着を脱ぐしかない!

どうする、ルヒナ……!

そんな時、村の大男が彼女の前に立つ。

 勝負は一瞬でついた。

 大男は右腕を振りかぶり、ロックドリムの衝突に合わせて思いっきり殴りつけたのだ。

 吹き飛んだのはロックドリムの方だった。奴は再度岩肌に叩きつけられ、今度は本当に岩のように動かなくなった。

 その左半身は殴られた衝撃で粉々に砕け散っていた。


 バギバギ……。


 ロックドリムは体内まで岩でできていた。

 そして今はその心臓を摘出するため、大男が素手で岩を砕きながら掘り進めている。体内が岩なのに、どうやって動いてたんだろう。


「……あのなあ、ルヒナ。俺の言いたいこと、わかるよな?」

「はい……。恐縮至極もございません……」


 そして私は仁王立ちする師匠の前で、身を縮めて正座をしていた。岩肌の上での正座は痛え……。


「俺はここ数日で散々、ドリアードって種族の化け物じみた強さを見てきた。あんたの強さを信頼していた。だが、今回は何だ? まあ、あんたを信頼しきってどんな相手でも勝てると思ってた俺にも非はあるが……。はあ……、怒りやら安堵やらで、落ち込んでる暇もない……」


 くどくどくどくど……。


 うう、師匠の説教が傷口に塗り込んだ塩のようにしみる……。


「異術師様ー、ありましたよー! これがさっき言ってた、ロックドリムの心臓ですよね!?」


 大男が右手に掲げて持っていたのは、赤子ほどの大きさがある赤い宝石だった。


「ああ、それだ。ロックドリムの心臓は巨大なルビーなんだ」

「売りましょう! あれを薬にして、残った分だけでも!」


 脚の痺れなんてないかのように勢いよく立ち上がり、率直な意見を伝えた。


「あれを全部砕いて薬にするんだよ! ダッツ少年を救うためだ!」

「くっ……」


 私は目を><の字に閉じ、拳を握って悔しがった。

 せめて、せめて破片くらいでも貰えないかなあ……。貰えないかなあ……!


「とは言え、それを売れば村一つ、向こう十年は食うに困らないだろう。大男、それはあんたの戦利品だ。どう使うかは、あんたが決めてくれ」

「ダッツを救いましょう!」


 大男は微塵の迷いもなく、快活な返事をした。



 ◆



 岩の魔物の心臓こと、売れば高そうなルビーは師匠が大事に抱えて持ち帰っている。

 師匠に、「今回私は何の役にも立たなかったので、せめてルビーを持ち帰る仕事を任せてほしいです」と言ったけど、却下された。

 盆地を出て谷底の道を抜け、荒れ地の道を歩いている途中、遠方に巨大な魔物が歩いているのが見えた。

 その魔物は四頭身くらいの人型で大男の五倍くらいの身長があり、体表は金属光沢のある鱗で覆われていた。そして六本ある尻尾の先にはそれぞれ、大剣に近い形の鋭利な棘が無数に生えていた。何だあの凶悪そうな魔物は。


「あ、ゴブリンですね。性懲りもなく、こんな村の近くに……」


 え、ゴブリン? あれが?


「いえいえ、大男さん。何を言っているんですか? あんな凶悪そうな見た目のゴブリンなんて、見たことがありませんよ」

「他の地域のゴブリンは、もっと小さいらしいですね」


 えー……。


「異術師様、お弟子様、少し待っていてくれますか? あいつを退治してきますので」


 そう言って大男は、あっという間にそのゴブリンを倒してしまった。しかも素手で。

 ゴブリンと言えば普通、子供くらいの体格で体力も腕力も無い矮小な魔物だ。しかし、この地方のゴブリンは魔人並みに強そうな見た目だった。

 あんなのと戦ってたら、あの大男はそりゃあ強くなる訳だ……。



 ◆



 その後は何事も無く、私たちは廃城の村に帰還した。

 師匠は出迎えた村人たちをスルーして足早に自室に戻り、各種器具を広げて調薬を開始する。

 巨大なルビーの塊を贅沢にも粉々に砕き、薬品をかけて溶解させた。それを煮たりかき混ぜたり練ったりして、最終的には僅かばかりの軟膏が出来上がった。

 ああ、ルビーが……。私は悔しさで歯を食いしばり、今にも血の涙が出そうな顔で調薬の過程を見守っていた。

 後で床を念入りに探したら、ルビーの破片でも落ちてないかな。

 そして師匠は少年が眠る部屋に移動し、村人たちが見守る中、軟膏を少年の額と首に慎重に塗る。果たして薬効はいかに……。


「……こ、ここは?」


 すると彼はすぐさま目を覚まし、不思議そうに周囲を見渡そうとする。


「まだ動くな。安静にしててくれ。あんたは尖塔の上から落ちたんだ。と言うか、自分から飛び降りたんだろ?」

「それは……、ごめんなさ──」

「起きた!! ダッツが起きたぞ!!」

「ああ、よかった。よかった……」

「ダッツめ、散々心配させやがって! 後で説教だからな!」


 村人たちは手を取り合い、涙を流して大喜びした。


「……で、坊主、死んでみてどうだった? 地の底に広がる星空は見えたか?」


 感極まる村人たちを他所に、師匠は少年に質問した。


「いいえ、見えませんでした……。臨死体験をすれば、俺も怪異が見れるようになるかもって思ってたんですが……」

「だろうな。あれくらいの怪我じゃあ、臨死体験はできない。もっと全身の骨が粉々に砕けて、息も無いくらいじゃないとな。そこの弟子がそうだったみたいに」


 師匠は私を見ながら、そんなことを言った。

 今の傷跡一つ無い柔肌からは想像もつかないけど、私、そんな大怪我してたなあ。


「星空は見えませんでした……。それどころか暗くて、寒くて、一人ぼっちで、怖かったです……。本当に怖かった……。もう、あんな思いは……」


 少年は首を動かさず天井を見つめたまま、瞳に涙を湛える。

 私は臨死体験をし、地の底に広がる星空を見た。しかし、彼が体験したのはそれとは別の臨死体験……。

 美しい星空とは違う、真っ暗で寒くて……。想像したら、ちょっと怖くなってきた。


「俺、異術師になって、いろんな人の役に立ちたかったんです……。異術師になりたくって……。怪異が見えれば、俺なんかでも弟子にしてくれるんじゃないかって……。それで、尖塔から飛び降りました。上手くすれば臨死体験ができて、怪異が見れるようになるかもって……。本当にバカなことをしました……」

「……そうか。それじゃあ、もう死のうとするんじゃねえぞ」

「はい、もうしません……」

「……人並みのことしか言えないが、異術師にならなくたって人助けはできる。まずは、あんたを心配してくれた村人たちに恩返しをするところからだな」

「はい……」

「それと、俺は弟子は取らないが、もし怪異が見えなくても熱意があれば弟子を迎えるなんて異術師がいれば、あんたを紹介してやる」

「はい、ありがとうございます……」



 ◆



 あれから三日が経った。

 例の少年は後遺症もなく順調に回復していて、もう松葉杖で歩ける程度にはなっているそうだ。


 す……。


 私は今、例の革の服を着て廃城の尖塔の上に立っている。そして右手をかざし、遥か遠方を指さした。


「簡易魔法、着火」


 指先から熱火線がほとばしり、荒れ地を馳せ、遠方にそびえる岩山に直撃してその輪郭を削った。

 ふむ。時間が経ったので、新鮮な革の服による魔力の拡散が抑えられてるな。


「魔法の試し打ちか?」


 いつの間にか私の後ろに師匠が立っていた。

 もう薬の調合は終わったらしい。師匠はこの三日間、失った薬を補充するためにずっと調薬を行っていた。


「これだけの威力が出せれば、もうこの革の服を着ていても問題ないですね」

「たった三日経っただけなのに、こんなにも劇的に変わるんだな」

「ええ。例の岩の魔物と戦ってる時に魔法が撃てなかったのは、本当にその程度の誤差だったんですよ」

「ロックドリムか……。なあ、あんた──」


 その時だった。


 ガラガラ……。


 足元のレンガが崩れ、私は宙に放り出された。

 一瞬の浮遊感の後の自由落下……。あの尖塔、相当脆くなってたからなあ……。油断した。


「ルヒナァ!」


 師匠は尖塔の淵を蹴り、私目がけて飛び降りた。そして空中で私をキャッチすると、頭を保護するようにして抱きかかえる。


「ちょ、師匠! 離れてください! この……!」

「今、そんなこと言ってる場合か!」

「邪魔なんですよ! ああ、もう!」


 師匠に頭部を固定されたまま横目で見ると、地上はもうすぐそこまで迫っていた。


「簡易魔法、送風!」


 地面に手の平を向け、空気の塊を放った。

 その勢いで落下の速度が相殺され、一瞬の浮遊感の後、私たちはポテンッと地面に落ちる。


「まったく、もう……!」


 私は師匠から離れて立ち上がり、服をはたいて土埃を払う。

 私は特に怪我はないし、師匠もどこも痛めてなさそうだ。


「私は魔法が使えるんですから、これくらいの落下は何とかなりますよ。むしろ、師匠が抱き着いてきたせいで魔法の邪魔になったくらいです。師匠は自分を犠牲にして私を助けようとしたんでしょうけど、私からしたら考えられませんよ。他人のために、自分が犠牲になろうだなんて……。って、師匠?」


 てっきり反論してくるかと思いきや、師匠は私に背を向けたまま何も言わずに、その場に座り込んでいた。

 あ、あれ? 言い過ぎた? それとも落下が怖かったのかな?


「あー……。とは言え、私のために必死になってくれたのは悪い気はしないですよ? でも私たち、そんな命を懸けるほどの信頼関係で結ばれてましたっけ……?」


 フォローだかフォローじゃないんだか、よくわからない言葉が出た。

 あせあせしていると師匠は私に背を向けたまま立ち上がり、城内へと戻っていった。



 ◆



 師匠は自室に戻り、木箱の上で膝を抱えて座っていた。私も隣に木箱を置いて、その上に座る。


「……」


 こんなふうに落ち込んでいる人間族を元気づける、魔法の言葉があったはずだ。

 昔どこかで聞いた記憶があるんだけど、何だったっけ……。あ、思い出した。


「大丈夫? おっぱい揉む?」

「はあ!?」


 師匠はガバっと顔を上げ、「何バカなこと言ってるんだ!」と叫んだ。


「ここの村人は師匠を信頼してますからね。誰かに頼めば、揉ませてくれるんじゃないですか?」

「しかも、あんたのじゃないんかい!」

「何バカなこと言ってるんですか! 私のなんか、揉ませる訳ないじゃないですか! 身の程をわきまえてください、人間族風情が!」

「何なんだよ、あんた!」

「人間族の男畜生は、おっぱいを揉むと元気になると聞いたことがあります」

「……はあ」


 師匠は溜息をつき、頭を抱えた。


「他の男はそうかもしれんが、俺はそうはならねえよ……。性欲がほとんど無いんだって……」

「この前診た、気管から綿が出る少女のおっぱいでも?」

「……ねえよ」

「う、うわああああああ!! い、今、少しの間があったあ!! ちょっと考えたあ!! あの時の手の感触を思い出してたんだあ!! 変態だあ!! やっぱり揉みたいんだあ!!」

「うるせえなあ!」


 ふー……。

 お互い息を整えるために黙り、少しの沈黙が流れた。


「トラウマだよ……。俺には、トラウマがあるんだ」

「トラウマ?」

「……」


 おやおや、黙りこくってしまった……。師匠、過去に何かあったみたいだ。これは相当きてるな……。

 よし、たまには弟子らしく、師匠のために動いてやりますか。


「少し待っていてくださいね」

「?」


 私は部屋を出て、しばらくして戻った。先日、師匠が診た少女を連れて。


「師匠、この子がおっぱいを揉まれてもいいそうです」


 少女は私の後ろに隠れていたけど、一歩前に出て口を開く。


「わ、私……、異術師様に診てもらった後、思ったんです。病気を治してもらったのに、お金も払ってないし、お礼もしてないなって……。なので、何かお礼がしたいなって……。ですが、私はお金も持ってないし、食料とかの余裕も無くって……。そうしたら、お弟子様が声をかけてきたんです。それで、その……。異術師様のお役に立てるなら、私……」


 後ろから見た少女の耳は真っ赤に染まっていた。

 そして胸の前で手を握り、終始もじもじしている。


「ルヒナ、てめえ!! ふざけんじゃねえぞ!!」


 師匠は今までにないくらいブチギレた。

師匠の過去も回収予定。

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