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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
ドリアード滅亡
1/61

1-生き残った少女

 この世で最強の種族は間違いなく、創造序列第一位、半人半樹、樹人族ドリアードであろう。

 ドリアードは女神によって最初に創られた種族で、最も強く、最も美しく、最も寿命が長い。

 女神が自身に似せて創ったとされており、緑色の長い髪、黄金色の瞳、尖った耳が特徴だ。

 そして植物のような特性も併せ持っており、水と日光から栄養を得ることができる。

 また、髪に浴びた日光を魔力に変換してため込むことができ、その大量の魔力を上乗せした魔法は強力だ。

 そんなドリアード唯一の国、ベルメグン公国は今日滅ぶ。



 ◆視点変更◆



「だるい、つらい、仕事行きたくない……。職場なんて爆発してしまえばいいのに……」


 朝、目覚めと同時に私は不快な気分に陥った。

 今日が平日だからだ。平日は仕事に行かなければいけない……。僅かな賃金を稼ぐために、時間と体力を浪費しないといけない……。


「はあ……」


 重い体を何とか起こし、ベッドから出る。


「簡易魔法、水球」


 手の平に魔法で水の球を生成して飲む。

 そしてカーテンを開け、緑色の長い髪に朝日を浴びた。うん、今日もいい天気だ。


「日差しが美味しい」


 半分植物みたいな存在であるドリアードは、水と日光があれば数日は生きていける。

 ここ数日、私は水以外口にしていない。というか、お金が無くてここ数日はパンの切れ端も食べれてない……。そろそろ何か買わないと、流石に……。


「──に、──来い!」

「──なのに、──って──……!」

「おい、やめ──!」

「──を、──するな!」


 何やら外が騒がしい。朝から迷惑だなあ。


 さらさら、ぱっぱっぱ。


 化粧台に向かい、髪をとかし、軽く化粧を施す。

 私はお化粧なんてしなくても最高に可愛いけど、化粧をした私も超絶に可愛い。


「さて……」


 カーテンを閉じて寝間着を脱ぎ、外行きの服──厚手の黒いレギンスに白いワンピース、濃い緑色の外套──に着替える。そしてブーツを履き、外に出た。


「逃げろ! おい、逃げろって!」

「助けて、助けてよ! 死にたくない!」

「いやああああああ!!」

「あっちだ! あっちはまだ黒い煙が出てないぞ!」


 外は地獄になっていた。

 地面から黒い煙が噴き出し、それに触れた草木は燃え上がり、水は濁り、土は腐った。


「うわ、うああああああ!」

「痛い、痛いよ……」


 人が黒い煙に触れると、肉体が溶けたり体中を切り刻まれたりして死に至った。

 そして黒い煙に曝され続けたものはすべからく、黒い汚泥に変化した。


「え、何これ」


 私は全力で逃げた。行くあてはない。



 ◆



 地面から噴き出す黒い煙は地表に滞留し、まるで大地を覆う暗雲のようだった。


「一般魔法、旋風!」

「攻城魔法、切断水流!」

「戦闘魔法、防護壁!」

「戦闘魔法、──う、うああああああ!」


 人々は魔法で黒煙をどうにかしようとしていたけど、次から次へと地面から噴き出す黒煙に対処しきれず飲み込まれていった。

 

「はあ、はあ……!」


 大した魔法が使えない私は、ただひたすら逃げた。

 脇目もふらず、町を抜け森に入り、ただひたすら東方へ走る。そこにあてがある訳ではない。逃げ道として選んだ道が、たまたま東の方に伸びていただけだ。


「はあ、はあ、はあ……!」


 確かこのまま東方に進んで森を抜けると、人間族の諸国家があるはずだ。

 このまま謎の黒煙の浸食が広まれば、人間族のしょぼい国々も滅んでしまうだろう。それどころか、世界そのものが滅んでしまうかもしれない。


「はあ、はあ……。何なの、あれ……」


 一瞬だけ後ろを振り返ると、黒煙は森を汚泥に変えながら私の方へ迫ってきていた。

 黒煙の浸食速度よりも私の走る速度の方が速いけど、私だっていつまでも走り続けれる訳ではない。

 疲れて立ち止まってしまったら、一分も経たずに黒煙に追い付かれてしまうだろう。

 このままでは逃げ切れないという焦燥感が、私の限界を迎えそうな足を走らせる。


「あの黒い煙は何? どうして、こんなことに……!」


 朝からずっと走っていて、脚が悲鳴を上げている。

 体が熱い、喉が渇く、息がきれる、苦しい……。もう、どこかで休んでしまおうか……。でもそうしたら……。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


「え、何? 今度は何!?」


 突然の揺れと共に地面がひび割れる。

 もう少しで転んでしまうところだった。


 ゴアッ!


「きゃあ!」


 まるで間欠泉のように、地面から黒い煙が大量に噴き出した。

 その勢いは凄まじく、私は岩ごと上空に吹き飛ばされる。

 私は噴出の衝撃で全身を強く打ち、意識を失った……。



 ◆



 何だろう、あれ。星空?

 混濁した意識の中で、私は今まで見たこともないような美しい星空を見た。

 黄金色に輝く星々が、ある一点からあふれ出すように……。いや、あれは吸い込まれてるのかな?

 もしかして私、星がこんなに綺麗に見えるくらい空の彼方に飛ばされた? 

 でも変だな。星空なら、どうして足元の方にあるんだろう。



 ◆



「……あれ?」


 目を覚ますと、私はベッドで仰向けになっていた。

 目の前の天井に見覚えはない。ここは何処だろう……。

 左に目を向けると、窓から美味しそうな日差しが差し込んでいた。日の傾き具合からして、今は朝だろう。


「変な夢を見てた気がする……。黒い煙に襲われて、次に足元に広がる星空を見て……」


 ズキッ……!


「痛っ……!」


 身を起こそうとしたら、全身に痛みが走った。

 ゆっくりと首を傾け、自分の体を確認する。

 服は外行きのままだったけど、手首や足首からはグルグル巻きの包帯が覗いていた。感覚からして、全身を包帯でまかれてるみたいだ。


「こんな大怪我をしてるってことは……」


 大怪我を負う心当たりがあるとするなら、岩ごと上空に放り出された時か。

 空に放り出されるってことは、その後に落ちるということ……。その時に負った怪我を誰かが治療してくれた?


「お、起きたか」


 右を向くと、人間族の男が丸椅子に腰かけていた。

 見た目の年齢は私の倍くらいで、髪は呪われたように白く、瞳は闇のように真っ黒だった。商人とも旅人ともつかない格好で、傍らには小さいクローゼットのような荷物入れが置かれている。

 この人が私を治療してくれた?


「……その緑の髪、尖った耳、黄金色の瞳。あんた、ベルメグン公国のドリアードだろ? まあ、ドリアードの国って言ったら、あそこ一つしかないか」

「……はい、そうです。それで、貴方は?」


 ベッドに横たわったまま、顔だけ向けて質問する。


「俺はアレク・ミレアム。人間族だ。それでここは、お隣のドレミナント王国だ」


 ドレミナント王国……。確か、ベルメグン公国の東にある人間族の国家だっけ。割と大きく、栄えていると聞いたことがある。


「あんたも自己紹介をしてくれ」

「私の名前はルヒナ・プラスチックといいます。世界一長寿で世界一強くて世界一美しい種族である、創造序列第一位、半人半樹、樹人族ドリアードです。そんなドリアードの中でも、私は特に可愛いと思っています。世界一可愛いと言っても、文句を言う人はいないでしょう」


 と、私は軽めに自己紹介をした。


「おおう……、流石はドリアードだ。噂では聞いてたが、本当に自尊心がすげえな……」

「……この傷、貴方が治療してくれたんですか?」

「ああ、そうだ。あんたは傷だらけでドレミナント領の草原に倒れてたんだ。そりゃあもう、死ぬ寸前だったぞ? いや、ほとんど死んでた。呼吸はなく、四肢の骨はぐちゃぐちゃで……。しかも、アバラや背骨も飛び出てたな」

「ええ……」


 よくそれで死ななかったな、私……。

 というか、この人はよくそんな状態の私をここまで治せたものだ。ほとんど死者蘇生じゃないか……。どんなに高等な治癒魔法を使ったって、そこまでできないと思う……。


「あんたもいろいろ聞きたいことはあるだろうが、まず俺から質問させてくれ。昨日、あんたの国で何があったんだ?」


 「昨日」と言うことは、あれから一日たったのか……。


「……ベルメグン公国は昨日、滅びました」


 私は記憶を手繰り、アレクと名乗った男に昨日の出来事を話す。



 ◆



「……なるほどな。それであんたは黒い煙から逃げてる途中、地面から噴き出す黒い煙によって上空に吹き飛ばされたと……。ってことはもしかしたら、その勢いのまま国境を越えて、この国まで飛んできたってことか」


 国境を超えるほどの大ジャンプ……。本当、よく生きてたな、私……。


「アレクさん、次は私から質問させてください。ベルメグン公国で発生した黒い煙は、物凄い勢いで広がっていました。じきにこの国にも押し寄せてくるんじゃないですか?」

「それなら心配ない。俺たちが対処した。あんたの言う黒い煙は、もうきれいさっぱり消え去ってるよ」


 え、消した? それに、「俺たち」って……。


「いつかこうなると思ってたんだよ……。ったく……」

「ま、待ってください! あの黒い煙を消し去ったって……。貴方は何者なんですか?」


 ドリアードでさえ、あの煙には手も足も出なかったのに……。


「俺は異術師だ。怪異への対処を生業にしている。あと、怪我の治療もできるな」

「イジュツシ? カイイ?」


 初めて聞く言葉だ。


「まあ、あんたらは知らないだろうなあ……。どこから説明したものか……」


 腕を組み、逡巡するアレクさん。


「まず、この世界には怪異という、剣も魔法も通じないものが存在する。怪異は基本的には目に見えないが、関わってしまうと厄介な目に遭う」

「厄介な目に……。それって、病気みたいなものなんですか?」

「怪異は病気みたいなもの、生物みたいなもの、条件によって発現するものとか、いろいろだ。怪異については、まだまだわからないことが多い」

「それで、イジュツシというのは?」

「異術師ってのは怪異を見ることができ、怪異に対処する者たちのことだ。異術師は各地を回り、怪異と関わってしまった人を助けたりしてる。あと、怪異由来の薬で怪我人を治療したりな」

「怪異由来の薬……」


 改めて自分の体を見る。

 この怪我も、その怪異由来の薬とやらで治療したのだろうか。


「あんたの怪我を治したのも、怪異由来の薬だ」


 あ、やっぱり。


「怪異や異術師について、信じてくれたか?」

「信じるも何も、現に怪異由来の薬とやらで怪我を治してますしね」


 この世界には私の知らないことが沢山ある。その中には怪異も含まれている。そう考えたら納得できる。


「怪異に関する学問を異術と言う。大昔、ベルメグン公国にも異術が渡ったらしいんだが、当時のドリアードの魔法使いたちが排斥したらいい」

「魔法使いが異術を排斥?」

「異術師が幅を利かせたら、相対的に魔法使いの権力が削がれると思ったんだろうな」

「あー、なるほど……」


 ドリアードは魔法を主とする種族だ。だから魔法使いのお偉いさん方の権力は大きい。


「だからベルメグン公国には異術師が一人もいなかったらしいな。怪異が見える者は精神病患者扱いされていたとか。ベルメグン公国の情報はほとんど入ってこないが、そういう噂は伝わってきてる。異術師がいないせいで、今回みたいな事態が起きた」


 今回みたいな……。


「あの黒い煙のことですか……」

「ああ、そうだ。あの黒い煙は泥暗雲という怪異だ」


 ドロアンウン……。


「泥暗雲は一般人の目にも見える、特殊な怪異だ。放っておくと地下に溜まり続け、臨界に達すると地上に噴出する。地上に出た泥暗雲に触れると土は腐り、草木は燃え、生物はあらゆる形で死亡する。そして最後は、真っ黒な汚泥に変わってしまうんだ」


 真っ黒な汚泥……。昨日見た通りだ……。


「泥暗雲は難しい怪異じゃない。地下に少しでもたまっていれば、異術師であればすぐにその兆候を見ることができる。対処も簡単だ。砕いた石、ジグザクに折った枝、五角形に割いた葉っぱを同時に火にくべればいい。そうすれば蝋燭程度の火でも、騎士領ほどの範囲の泥暗雲を除去できる」

「砕いた石、ジグザクに折った枝、五角形に割いた葉っぱ……」


 やり方は簡単だけど、それを偶然に見付けることは不可能だ。知ってさえいれば……。


「昨日、ベルメグン公国で大量の泥暗雲が発生してるのを見て、この国の動ける異術師は全員対処に当たった。ベルメグン公国は森に覆われた国だったから国境線に沿って森を焼き、砕いた石、ジグザクに折った枝、五角形に割いた葉っぱを火にくべて泥暗雲を消滅させたんだ。おかげでドレミナント公国側の被害は皆無だった。その対処の帰り、俺は草原に倒れてるあんたを見付けたんだ」


 国境線の森が燃えていて、逃げれなかったドリアードがいたかもしれないと思ったけど、それはないか。ドリアードは強力な魔法を使う種族だ。火災くらい、水の魔法で簡単に消せる。


「それじゃあ、昔のベルメグン公国のお偉いさん方が異術を排斥したせいで、私はこんな目に……」


 そう思うと、何かムカムカしてきた。


「ところで、これからあんたはどうするんだ?」

「どうって……。とりあえず、ベルメグン公国に帰ろうと思います。もうドロなんとかっていう怪異はないんですよね?」

「……」


 あれ? 私の話を聞いたアレクさんは何とも言えない神妙な顔をしている。その表情はどんな感情を表してるんだろう。


「……とりあえず、今後のことはあんたの国の惨状を見てから決めるといい」

「?」

「あんた、歩けそうか? これから国境まで行くが。あ、そうだ。痛み止めを出しとくよ」

「え? はい……」


 そうして私は痛み止めを飲み、アレクさんと共に宿を出た。



 ◆



「これは……」


 吹きすさぶ風、雲一つない青空。

 かつてベルメグン公国があった場所には、地平線の果てまで真っ黒な汚泥が広がっていた。山や谷どころか、少しの起伏もない真っ平な黒い平野だ。

 私はてっきり国民の何割かは生き残っていて、被害を免れた土地も少しは残っていると思っていたけど……。


「……まあ、こういうことだ。残念だが、あんたが帰る場所はもう無い……。昨晩、他の異術師たちも対処に来てたんだが、俺が会った中でドリアードを保護したなんて言う者はいなかった……」


 隣に立つアレクさんが静かにそう言った。


「私の国は、完全に無くなってしまったんですね。何でしょう、この気持ち……」


 死んだ人たちを痛む気持ちもあったけど、それと同時にある種の清々しさもあった。吹っ切れたというか、開放感というか……。

 もうあんな生活しなくていいんだ。これからの生活がどうなるかはわからないけど。


「アレクさん」

「なんだ?」


 私はアレクさんの方を向き、真っ直ぐな目でこう告げた。


「行くあてが無いので、私を一生養ってくれませんか?」

「弟子としてなら面倒見てやる」


 かくして、私は異術師の弟子になった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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