第九話 展開
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脳内で圧縮されていたファイルが強制的に展開されるのは、あまり気持ちのいい感覚でなかったとだけ言っておこう。これは体験した奴でなければわからない気持ち悪さだ。あえて例えるなら、山道を車輪付きの洗濯機の中に閉じ込められて進んでいく感じだろうか。もっとも、俺は一生そんな奇行とは無縁だろうが……
どうでもいいことを考える俺を叱責するように溢れる記憶は、脳のリソースをみるみるうちに奪っていった。後に残されたのは、回顧の時間である。
あまりにも大量の情報が流れ込んだせいで、俺は一時的に意識を記憶の追体験に封じ込められてしまっているようだった。
雰囲気を見るに、おそらく学校だろう。カーテンが揺れていたり、学習机が並べてあったり、黒板があったりする朧げな輪郭だけはなぞることができた。
記憶が展開されたばかりだからか、はたまた一度に展開できる記憶に限界があるからか。景色の一部は白い霞のようなものがかかっていて不鮮明になっており、それがどこであるか、まして相手が誰であったかも思い出すことはできない。
「□□□、ぼんやりしてどうしたんだよ?」
記憶の中の俺は声をかけてきた生徒に目を向ける。
「週末、□□□□に旅行するからな。楽しみだったんだよ」
だが、案の定相手の顔も白い霧の仮面で隠されていた。一部の固有名詞も、耳鳴りのような音が自主規制音のようになって聞き取れない。
俺の友人と思しきそいつと二言三言交わした後、俺は思い出したように机の中に手を突っ込み、小説を取り出して読み始めた。
その日の授業は終了していたらしく、担任が教室に入ってきてSHRを終え、俺は帰宅することになった。
街の景色はフィルムを直射日光の元に放置した後で現像した写真の如く白くなっており、もはや何がななだかわからない。何も見えないからよくわからないが、どうやら俺は数十分ほど歩き続けて家に着いたようだ。
その後も繰り広げられる、俺の全く知らなかった人生の瞬間の数々。影森流としてではない、何者かの記憶がそこにはあった。
その生活は、変な慣習に縛られることなく、高速で飛び回って武器を振り回すこともなく、刺激こそないがとても安寧だった。家族や友人の間に育まれたのは、何者かの都合で強制される薄っぺらい愛なんかじゃない。滑らかで、居心地が良い連続した時間がそこにはあった。
◆◇◆◇◆◇◆
俺が見た記憶はおそらく3日ほどではなかろうか。その最終日だ。
「それじゃ、行ってきます」
そして旅行鞄を持った俺は家を出て、港らしき場所に直行した。途中で船のエンジンが止まり、荒波に飲まれて意識を失った。
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