第七話 矛盾
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俺は多分、虚ろな目をしていたと思う。船から降りても、周囲をゆっくり確認する気にはなれなかった。作戦に参加した連中と解散したあと、何度も、何度も足をもつれさせて転んだ。学校のロッカーを閉め、そのまま家に帰り始める。
夏の蒸し暑さが生ぬるく全身を撫でまわし、1匹のコオロギがどこかで寂しげに鳴いている。一等星の煌めきも、今日ばかりはなんの慰めにもならなかった。
「ただいま」
「お帰りなさい。今日も仕事してきたの?」
「まあね」
晩御飯は味気なかった。食欲がないのを無理くり味噌汁で流し込み、全身が発泡スチロールになってしまったような錯覚を覚えながらベッドに入った。
力が抜けきっている手を動かして深佳に今日のことを謝罪するメッセージを送信し、そのまま泥のように眠った。まさしくそれは泥のような眠りであった。何度も、礼央の声がこだまする。
「軌貴島は危険だ」
この言葉の意味について、今一度真剣に考えてみた。軌貴島はおかしなところこそあるものの、基本はいい島だ。誰もが恋して、自分のやるべきことを努めてきたじゃないか。
だが、あいつが死の間際に俺を困らせる冗談を言うとは思えない。あいつが残した言葉は、家族への感謝でもなければ神に対する恨み節でもない。他ならぬ俺への忠告だった。
変な話だが、俺はこの時、自分が住んでいる軌貴島のおかしなところを考えてみた。一度これが当然という思い込みを捨てて、まっさらな目で見つめ返してみるのだ。そうすれば、礼央の言葉の真意がわかるかもしれない。
夢の中だから時間感覚は飛んでいるが、軽く1時間は考えたかもしれない。たった一つの疑問を導き出すのに、大体それぐらいかかった。
なんで、恋愛は義務なんだ? 誰も愛する人が見つからなければ、当局がマッチングさせた相手と夢の生活が始まる。相性がいいことが多いし、実際合わなければ、交際届をいちいち書き直す必要は出てくるもののまたマッチングし直すこともできる。
なんで、恋愛が、結婚が義務なんだ?
本当に、愛があってのものなのか?
独身に重い税を課し、異性としか交際を認めない環境で、本当の愛が果たして育つのだろうか?
自分の頭に疑問が浮かんだことも驚きだったが、自分がこんなにも簡単な矛盾に気づかなかったことに対する驚きも凄まじかった。愕然とはまさにこのことだ。
この島はもしかしたら歪んでいるのかもしれない。
そこまで考えた時、目が覚めた。
遮光カーテンの隙間から、澄んだ朝の光が部屋に流れ込んできている。朝6時。夏でもまだ比較的、温度的には過ごしやすい。
スクールバッグを取り出し、時間割を見ながら今日の準備を詰め込んでいく。自分でも驚くほど、その手つきは丁寧だった。カッターシャツを着て、黒のスラックスを履いて、髪をそれなりに整える。
「母さん」
笑みを浮かべながら、母さんが振り返る。
「うん? どうしたの?」
「学校、行ってくる」
聞かねばならない。命懸けで礼央が伝えようとした詳しい事情ってやつを、なんとしても聞き出さなければならない。
忖度なきお言葉、お待ちしております!