第六話 敗走
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なぜ礼央が刺されている?
なんて疑問は、ターゲットを切り殺した後に沸いたことだ。その時の俺はただ、狭まった視界の中にターゲット一点のみを見据えて駆け出し、空中で加速し、そして切り刻んでいた。
「おい、聞こえるか? おい!」
今朝まで異端審問委員にぶん殴られてもピンピンしていたあいつが、見る影もなく浅い呼吸を繰り返しながら虚な目で俺を見る。
確かに礼央は学校のルールに背くことはあったかもしれない。異端審問委員を煽ることはあったかもしれない。しかし、これが天罰だとしたらやりすぎだ。
「目ぇ覚せ!」
乱暴に肩を揺すり、声をかけ続ける。脈がないわけではない。文字通り虫の息だが、まだ助かるかもしれない……。
「揺らすな、喋れねえだろうが……」
いけしゃあしゃあと喋っていた面影はどこにもなく。だが、次の瞬間、礼央の目に宿っていた眼光は俺の目を確かに射ていた。
「いいか、よく聞け。軌貴島は危険だ。お前はなんとしても帰還しろ。詳しい事情は谷口洋平が知ってる。絶対に、怪しんでることを島の連中に気取られるんじゃねえぞ。……軌貴島を変えてくれ。頼んだぜ」
「はあ? どういうことだよ、あそこが危険って」
風に吹き消されそうな声はかろうじて俺の耳に届き、やがて彼の体は吊るしていた糸が切れたようにずしっと重くなった。
きっと何かの間違いだ。きっと今に、動き出してニカッと笑うに決まってる。
が、ついに礼央が1ミリも動くことはなかった。
「おいバカ、ずらかるぞ」
不意に、背後から腕を掴まれる。同じ隊に所属していた同級生だ。
「待て! 今逃げたら、あいつはどうなるんだ!?」
「撤退と同時に遠洋へ投げ込む。安心しろ。悪魔どもに見つかりゃしないさ」
「はあ!?」
俺は3人がかりで捕まれ、俺は強制的に礼央と引き剥がされた。
「離せよ、まだ……!」
言っている間にも、どんどん街と礼央は俺から遠ざかり、手が届かなくなっていく。俺の体が震えていたのは、高度が上がったせいばかりではない。
「優先順位を考えろ! 笠原のことは残念だったが、僕たちの攻撃は失敗したんだ。僕だって悔しいさ。でも迎え撃たれた以上、続けるのは危険だ。どうか賢明な判断をしてくれ」
どうやらこいつは、俺が攻撃の失敗に腹を立てていると思っているらしい。とことんズレた野郎だ。
「俺は--」
不意に周囲が暗くなり、俺たちが海上に出たことを知る。遥か後方で、かなりの質量を持ったものが水面に落ちる音がした。
熱くなっていた頭の中が、真っ赤に燃え上がる。
「お前ら、人をなんだと思ってやがる!」
マジで投げ込みやがった。ゴミを捨てるみたいに。ただただ、それが許せなかった。
先ほどから俺の右腕を取り押さえている男が、声のトーンを一定に保ちながら言う。
「落ち着くんだ。我々が攻撃しているのは悪魔であり、人ではない。君や笠原くんは正しいことをした」
「もういい、お前じゃ話にならん」
俺はもう、この場では何も言うまいと決めた。多分彼らは、どこか俺と違うところで生きている。近いところで苦楽を共にしていた気になっていたが、どうやら根本的に何かが違うらしい。
いまだに沸騰したような怒りが込み上げていたが、中途半端に発散したせいでその摂氏はぐんぐん上がり続けている。今に胸の中で核融合が始まっちまいそうだ。
永遠とも思えた時間海上を移動した後、俺たちが使った船の甲板に着地した。
「通信は聞いている。大変だったな」
上官が俺たちにそんなことを言っていた気がした。
「それで、顔は見られたか?」
「認識阻害のフードをかぶっていたので、おそらく見られてはいないでしょう」
「笠原に関しては?」
「問題ありません。処理しました」
まるでものに対する言い草だ。俺は下唇を血が滲むほど強く噛み締めた。
「そうか、よくやった。我々の秘密は守られたことだろう」
その後もいくつか事務報告を行い、その後は船に乗っていた連中のほとんどが何事もなかったかのように談笑し始めた。
あいつの死はなんだったんだ? 考えるほどにわからないのが堪らなかった。見るに耐えず、思いを抑え切れなかった。
「礼央が死んだってのに、何も思わねえのか?」
会話を中断して俺に顔を向けた二人は、揃って面倒臭そうな顔をした。
「だって、仕方がないじゃないか。彼は役目を果たしたんだし」
「君、仲良かったんだっけな。悪いけど、一緒にセンチな気分にはなれないよ」
彼らにとって、大して仲良くない奴の死は心底どうでもいいらしい。仲間の一人が死んだことよりも、今日の夕食や新発売のゲームのことの方が遥かに大事とみえる。
胸に広がるこの冷たい波をなんと表現すればいいのだろう。
上官が、軽く肩に手を置いてきた。冷たくがっしりした手は、まるで鉄のどでかい文鎮のようだった。
「君は疲れているんだろう。大丈夫、病気みたいなもんさ。一日休めばすぐ治る。学校には話を通しておいてやるから、明日は一日ゆっくりしているがいい」
本当に、どうすればいいのだろう。このやり場のない怒りを、どこにぶつければいいのだろう。
船は波を分かちながら進んでいく。俺は鈍い頭痛と猛烈な吐き気と闘いながら、これは夢に違いないと思った。きっとこの胃の中のものを全部ぶちまければ、目が覚めて、学校で礼央にその話をして気持ち悪がられて、そうして1日が始まるのだろう。
そうでなければ……このままでは、俺が納得できない。
忖度なきお言葉、お待ちしております!