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第五話 アクシデント

 軌貴島には二つの出入り口がある。貿易船がやってくる港と、洞窟の地形を利用して作られた戦士用ドックである。島からはちょうど死角になっており、崖から降りないと船出の姿を確認することは困難だ。


 船の舵を取る人が甲板の上に白鳥のマークが描かれた紙を置いた。そしてそれらを俺たち愛の戦士が囲み、目を瞑って首を垂れる。愛の戦士が出撃する直前のルーティーンである。


 船が小さく飛沫(しぶき)を上げながら、滑るように運行を開始した。


 船の中にはトイレや飲料水、少々の非常食など最低限のものしか用意されておらず、それ以外は基本的に床で寝ることで時間を潰すことになる。


 俺が横になったタイミングで、礼央がいつになく緊張したトーンで声をかけてきた。


「なあ、流」


「ん? どうした?」


「この作戦が終わったら、話しときたいことがある」


「なんだよ、急に改まって」


 あまりに真剣な表情に少し気圧されながらも、できる限り平静を装って聞く。


「全ては終わってからだ。今は、今日の仕事を片付けることに専念しようぜ」


「お、おう……」


「急にどうしたんだよ? 変なものでも食ったか?」


 今日の礼央、いやに真面目だ。らしくない。こいつは素行こそ悪いが、流石に道端に落ちているものを拾い食いするほどクレイジーではないはずだ。


「俺はいたって正常さ。おかしいのは……」


「うん?」


 口をつぐんだ礼央はヒラヒラと手を振って誤魔化し、一転していつものようにニヤニヤし始めた。


「ところで、乙黒とはどうなってるんだね?」


「ああ? なんでんなことお前に話さなきゃいけないんだよ」


「多分怒ってるんじゃねえかなぁ、この任務急だったしな」


「やめてくれよ、気にしないようにしてるのに……」


「給料入った時に買うプレゼントは何にするんだ?」


「そりゃあまあ、行ってから決めるというか」


「また冒険するねぇ」


 実はいまだに深佳の特別喜ぶものを把握できていないなんて言えない。深佳は俺が贈ったプレゼントであれば何であっても、「ありがとう」と従容とアンニュイのブレンドみたいな笑顔……そう、つまりいつも通りの表情で受け取ってくれる。本、化粧品、ぬいぐるみ、アクセサリー類、キーホルダーなど、なんであってもプレゼントに関する感想以外の反応はあまり変わらなかった。故に、俺は彼女が何をもっぱら好いているのか、見通すことができないのであった。


 俺の手首で蓄光の針と文字盤を光らせている腕時計は、深佳からの贈り物だ。月に一回ほど、深佳が教えてくれた時計工房に見せにいかなければならないことを除けば、デザインも洗練されていて文句の付け所がない逸品である。


「じゃあ何を買えば……」


 明かりが見えてきた海の彼方を指す。


「それより、もうすぐ着くぜ。早めに準備しとけよ」


「言いたいことだけ言いやがって……」


 そういえばそうだったか。周囲がまばらに”安全装置”を起動し始めたのに従って、俺も詠唱する。


起動(ROVSLE)


 足や背中にまとった安全装置に光が灯って、複数の武器類が機能し始める。”剣”も問題なく起動したらしい。トリガーを引けば、いつでも光の刃が飛び出すことだろう。


「流、視認されづらくなってるとはいえ、あんまり街を壊すんじゃねえぞ」


 礼央がシリアスな顔になりながら言う。


 相変わらず、自分は無謀なくせにお節介なやつだ。俺は頷いてから親指を立てることで、「大丈夫だ」と伝えた。なんとも微妙な顔をして、礼央は隊列に入っていく。


 俺たちが起動したのは、いわゆる強化装置だ。音声認識で起動し、筋力への補正と空中移動を可能にする力を持っている。


「よし、出動だ」


 上官から指示が降り、俺たちは船の甲板の上で一斉に飛び立った。目標に仕掛けられたGPSの情報をもとに、その地点を目指していく。海上の狙撃班と敵地に切り込む俺や礼央の接近班に分かれる。確実に敵を囲い込んで仕留めるためだ。


 風が頬を撫で、鳥は俺たちが起こす風にあおられて羽をバタつかせる。耳のいいやつは何事かと空を仰ぐ。しかし、宵闇を切り裂きながら規則正しい配列で飛んでいく俺たちを認めることができたものが果たして何人いようか。


 ヘルメットのバイザーに表示される第1ターゲットの場所が、次第に近づいてくる。


「突っ込め!」


 俺は指示を飛ばすと同時に、2本の剣を起動し、錐揉みしながら切り掛かる。後ろから味方が連射したアサルトライフルの弾丸が敵の足を奪う。ほぼ同時に俺は2本の剣で相手の首を斬り飛ばす。降りかかる鮮血を避けるように旋回し、上空に再び舞い上がる。


 下にいる連中が何かを叫んでいるが、そんなことは気にしない。それよりも、二人目のターゲットだ。


 眼前の景色が涼しい風と共に後ろに吹っ飛び、髪を揺らす。次のターゲットは厳重に警護されている。慎重に攻撃しなければ、おそらく仕留め切ることは不可能だろう。


 騒ぎに乗じて、警戒態勢がより強固になっているようだ。まあ、空中から仕掛けるから関係ない。太った中年の男に狙いを定め、再び指示を出す。


「攻撃開始!」


 狙撃班が打ち出すエネルギー弾に紛れ、俺と礼央が交差して撹乱しながら警護を蹴散らす。地上スレスレを飛行しながら剣をターゲットの喉元に突き刺そうとしたその時だった。不意に横からぶん殴られて、俺は横に吹っ飛んだ。慌てて装置の出力を全開にして、ビル壁への激突は免れる。


 俺が戦闘態勢に戻ると共に目にした光景は、生涯忘れないだろう。礼央が、ターゲットが握った光子の剣によって貫かれていたのだ。

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