第四話 役割
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人には皆、役割が与えられているらしい。教える人、教わる人、人を助ける人、ものを作る人、異端審問委員会なんかは、学校の秩序の維持、街の治安維持のために活動している。なんにせよ、人は与えられた役割を全うするために日々その身と時間を捧げているわけだ。
異端審問委員による制裁、短い詠唱を見届けた後、午後の授業は全く頭に入らなかった。先ほど保健室に送られた礼央の顔が、頭にこびりついて離れないのだ。幸い、礼央がいつ任務に駆り出されるかわからないことを向こうも承知してくれたのか、多少は加減してくれていた。それでも痛々しいことこの上ないが。
俺は半ば放心しながら時を過ごし、早くも放課後を迎えていた。今朝の快晴が嘘のようにパラパラと雨が降り始め、カップルたちは相合傘をしながら帰っていく。かく言う俺と深佳も、俺の青い傘の下で話に花を咲かせていたわけだが。蛍光灯が灯った薄暗い昇降口から、親しげに喋っている集団が出ていく。
「この後、メルティにでも寄っていかないか?」
「いいね。たまにはファストフードも食べたいし」
「よし、決まりだ」
雨の音の間を縫うように、ポケットの中に入れていた携帯の着信音が耳に届く。
「うん?」
何の気なしに画面を見ると、自分のここ数ヶ月何度見たかわからない番号が表示されていた。
眉間に皺が寄るのが、自分でもよくわかった。前々回は深佳とのデートの最中、前回は部活の最中、そして今回……全く、いつもいつも間が悪いったらありゃしない。
「もしもし?」
電話口にいるであろう男の声が、ねっとりと俺に告げる。
『5590番、彼女とイチャコラするのもいいが、仕事の時間だ』
「どこから見ている?」
少し間があいて、返事か帰ってきた。
『テキトーだよ。さっさと支度しろ。出発は1630だ』
一方的に告げてからブチっと通話を切られる。舌打ちしたい気分に駆られながら、俺は深佳に頭を下げた。
「悪い、急用だ。埋め合わせはまた今度する」
「えっ、ちょっと、傘は?」
「すまん、持っといてくれ!」
「でも、きみ濡れちゃうんじゃ……私、折り畳み傘持ってるよ?」
「問題ない。幸い、最近は鬱陶しいほど暑いしな。風邪をひくことはないはずさ」
俺は心配してくれる深佳を尻目に、全速力で学校にとって返した。校舎に通じる無駄に長い階段を登り、靴を持って部室棟に飛び込み、かつて文芸部室だった部屋の扉を開ける。この間2分だ。
本がぎっしり詰まっているように見える棚に近づき、その横に存在する隠し扉を開いた。何度見ても、この仕掛けには驚かされる。本が詰まっているように見えるこの棚の本は背表紙だけを張り合わせただけのハリボテで、基地に続く地下通路を偽装するための装飾品なのである。
「けほっ、相変わらず埃っぽいな」
俺がぼやきながら長い梯子を降りていくと、まばらな灯りによって照らされた地下通路が顔を出した。ここをさらに100メートルほど進んでいけば、ブリーフィングルームや武器格納庫、飛行機の滑走路などがある区画に到達する。これは、高校に通っている戦士たちを最速で基地に向かわせるための近道だ。
俺はダッシュで武器格納庫に向かい、その中にある自分のロッカーを開る。そして、ダークグレーを基調とした防弾チョッキを着込んだ。続いて、そのポケットにマガジンを詰め込む。さらに真っ黒な軍用ヘルメットを引っ掴んで被り、空気を読めない本部への苛立ちに任せてアジャスターを強く引く。このクソ重い鉄兜は、装着者の顔を相手に知覚させない、認識阻害機能付きだ。俺に荒々しく履かれるコンバットブーツ。哀れなり。
最後に俺は、金属製の青黒い装備を引っ張り出した。それぞれ、背骨のようなデザインのもの、籠手のような形をしたもの、膝から下を覆うタイプのものである。
俺が手首やふくらはぎ、脊髄に沿って装着した暗い色合いのプロテクターは、異質なまでの存在感を放っていた。弾道歪曲と自由飛行の機能を兼ね備える装甲、通称は”安全装置”だ。起動すればエネルギーの解放部分が青白い光を放ち始める、なかなかにロマンのある装備となっている。
防弾チョッキの胸ポケットに入ったグリップのみの”剣”は、トリガーを引けば即座に光の刃が生成される仕組みの近接特化型兵器だ。どこにでも携行可能な優れものだが、組織のルールで持ち出しは禁止されている。
装備の動作確認をあらかた終えた俺は、急いでブリーフィングルームの入り口へ向かう。そして、ノックした。
「失礼します」
ブリーフィングルームの扉を開くと、先に集まったメンバーたちが既に着席していた。昼間に異端審問委員にボコボコにされたバディ、礼央もその中に紛れている。
「最近出動多くね?」
「仕方ねえよ。コロニーの方が今活発に活動しているみたいだしな。ここが頑張りどころなんだとよ」
礼央は肩をすくめながらそんなことを言い、顎をしゃくって俺の視線を誘導する。彼が示す先、それは俺たちがコロニーと呼称している場所の地図であった。デコボコした沿岸に位置する大陸で、その中には悪魔どもがいる。時折俺たちに攻撃的な姿勢をとってくるので、それを迎撃、時には仕事を与えられているのが俺たち愛の戦士隊というわけだ。
「これよりブリーフィングを開始する」
ドアを開いて入ってきた彫りの深い顔の司令官が、重々しい声でそう告げる。雑談などをしていてほんわかしていたブリーフィングルームの空気が一瞬にして張り詰め、戦闘モードに入る。
黒部司令手ずから部屋の照明を落とし、プロジェクターでいくつかの項目が表示される。先ほどからずっと表示されていたコロニーの地図に加えて、作戦概要と具体的なターゲットの写真がくっきりと浮き上がる。
「今回標的となっているのはこの地点。1700、準備が整い次第、抹消せよ。通達した通り、1630出撃だ」
概要によると、発信機によってすでにターゲットの所在地は判明しており、後は俺たちが攻撃して潰すだけらしい。あらかた作戦規模と行動目標について説明を受けた後、俺と礼央、そしてその他3名の部隊員は作戦へと駆り出されたのであった。
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