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第二話 日常

拙作を読んでくださる方々、フィードバックまでしてくださる心優しき皆様、いつもありがとうございますm(_ _)m

 軌貴島高等学校は、多分、それなりにでかい施設だ。というのも、軌貴島にある唯一の高校がここなので、比較対象がないのである。一応、中庭や図書館、食堂、別棟の実験室、無駄にでかい体育館などが敷地内に存在している。


 俺が白い石畳が敷き詰められた馬鹿みたいに広い敷地を通り過ぎ、教室に入ると、背後から声をかけられた。


「おっす、流」


 振り返ると、ヒョコヒョコと小さな頭が動いているのが見えた。黒い髪の間から、利発そうな眼が光っている。


 小柄な男子だ。背は俺の肩までぐらいだろうか。


「おう、えっと……」


 クラスメートで、俺の友達で、バディの……


「笠田だよ、笠田(かさだ)礼央(れお)!」


「そ、そうだったな。すまん。寝ぼけてるみたいだ」


 本当に、なんでこんな簡単なことが出てこないのだろう。本格的に、今日はとことんパフォーマンスが落ちている。昨日の深夜ラーメンがいけなかったのだろうか。相棒の名前を忘れるなど、もっての外である。


「親友よ、頼むぜ。お前がいなくなったら、俺クラスで喋れる奴いないんだもん」


 シリアスなトーンで言われれば、俺も真顔になって頷くしかない。


「というか、お前が異審(いしん)委員に喧嘩を売らなきゃ全て済む話じゃないのか?」


 絶対的な権力に逆らわなきゃ、誰もお前のことを避けやしないだろうに。毎日毎日校舎のどこかでボコボコにされている礼央を見るのは、一人の友人としてあまりいい気はしない。


「納得できないことはとことん突き詰めたい主義なのさ」


「お前、それで歯何本折られたよ?」


「もう数えてないや。でもあいつら、絶対なんか隠してるぜ」


 なまじ賢いがために変な思い込みをする奴は悲惨な目に遭う。せいぜい、我が親友が余計なことに首を突っ込まないよう祈る他はないだろう。


「掃除に支障が出ない程度にな」


「まあ……うん、善処しとくぜ」


 礼央と並んで教室に入ると、机が半分ほど埋まっているのが確認できた。


「確か俺の席は……」


 一番教卓寄りの列の、前から2番目。最悪でもないが、絶妙に嫌な位置である。


「……」


 隣には、メガネをかけた痩せ体型のオタクが座っている。名前は確か……桂井(かつらい)優吾(ゆうご)だったか。髪はボーボーに伸び、顔に落ちる影がぎらついた目をより強調する。長く入院した病人のように白い肌を、マスクが隠している。確か、この前俺に対して猛烈に嫌なことをしてきたやつだ。何をしてきたかは思い出せないけど。


「……」


 彼の頭に、突然丸めた紙が投げつけられた。わずかに桂井の頭が沈んだ後、それはカサッという軽い音を立てて転がっていく。その紙屑を皮切りに、無数のものが雨霰(あめあられ)と彼に降り注いだ。桂井は何も言わない。死人のような目で、教室の壁を凝視していた。


 この桂井のことはおぼろげながら嫌なことをされた記憶があって不愉快だ。そもそも彼は、軌貴島の禁忌、『二次元へのガチ恋』を犯している。体同士での愛を育まなければならないこの愛の島で、だ。


 とはいえ、彼の待遇は流石に哀れだと、俺は思った。こぞって攻撃する必要はないだろう。少なくとも桂井は、クラスの人間に害を与えちゃいない。彼はこの状況に置かれている関係上、学校に来ないことがほとんどである。


「はいはい、みなさん、席につきなさい」


 席についてからも、彼への攻撃は続く。何も終わらないまま、一日が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆


 1時間目は、巻物を読み込む授業だ。正直、この授業は心が穏やかでなくなるのであまり好きではない。


 背筋を伸ばしたまま柔和な笑顔を生徒に向け、穏やかに赤松先生が話を続ける。長身の彼がローブ姿で喋っていると、シャープなシルエットが際立ってなんとも様になった。


「——我々が存在する意味も、目的も、うん、全てはひとえに幸福になるためであると考えられている。では、幸福になるためには何をすればいいか。桂井くん、答えてごらん」


「お互いを愛すればいいと思います」


「素晴らしい、その通りだよ、うん」


 赤松先生は桂井の席にツカツカと足音を立てて近づいていき、彼の机の中にガッと手を入れた。慌てたようにその手を払おうとする桂井に対し、教師はにこやかに笑いながら言った。


「うん、大丈夫だ。君はまだ若いんだ。本当の愛を知る機会なんていくらでもあるよ、うん」


 教師は笑顔のまま眉ひとつ動かさず、彼が持ってきていた白いノートを取り上げて中身を見た。わずかに眉を顰め、そして言葉を次ぐ。


「でもそのためには、人の成長を妨げる偽りの愛から解き放たれなければならない。うん、大丈夫、君は何も変じゃない。現実から隔離された偽りの愛は、簡単に手に入るから人の心をたやすく蝕んでしまう。君が飲まれてしまうのも無理はないだろう、うん」


 大きな音を立てて、紙の束を破り捨てた。相変わらず、べらぼうな腕力だ。礼央が薄ら笑いを浮かべていた顔を引き攣らせている。その顔に浮き出ているのは、克明な恐怖であった。


 ——始まったぜ、スーパー赤松タイム。


 俺はエスパーではないので人が何を考えているかなんてわからないが、礼央の表情ははっきりこう言っている。それだけはよくわかった。


 スーパー赤松タイム。いわゆる、教師による生徒の公開処刑。この中心人物になってしまえば、何も失わずに授業を終えることは不可能に等しい。


「うん、だから、少しずつ知っていこう。私たちが、真実の愛を持って温かく教育してあげるからね」


 笑顔を深めながら、赤松先生は桂井ににじり寄る。俺は流石に見かねて、手を上げた。


「先生、授業が止まっています」


「おい、流……!?」


 礼央が焦る声が聞こえる。俺だって、スーパー赤松タイムを中断させることがどれだけヤバいかは承知している。赤松先生は自分の話を遮られるのをとことん嫌う教師だ。ましてや、自分が正義の鉄槌を下しているシーンで水を差されるそのフラストレーションと邪魔をしてきた対象へのヘイトは計り知れない。


「流石に見てられないだろ?」


 コソコソ言い合っている俺たちを歯牙にもかけず、赤松先生は微笑んだ。


「おっと、これはすまない。うん、影森くんは”真面目”だね」


 授業はそれ以降、赤松先生が小言を言うことなく終了した。


「君は真面目だね。いや、実に真面目だ。うん、積極的に学びを得ようとする姿勢は本当に素晴らしいのだよ。その心持ちはこれからも続けてくれたまえ。ただね……」


 急にずいっと顔を寄せられ、周りに聞こえないような小声で囁かれた。


「以降、私の教育を邪魔しないでくれたまえ。かの者に情けをかける必要などないのだよ」


 その通りなのかもしれない。彼は島のタブーを犯して雰囲気を乱しまくっている。しかし、それでもやっぱり、違和感を感じてしまうのだ。どこかで、スーパー赤松タイムや、異端審問委員会による制裁を黙認することの正当性を疑ってしまうのだ。


「流くん」


 もやもやした気持ちを抱えたまま廊下に立ち尽くしていると、落ち着きのある柔らかい声で呼ばれた。振り返ると、深佳が立っている。


「ん? どうした?」


「君が赤松先生に詰められるなんて珍しいね。一体何をしたの?」


 深佳は小首を傾げながら、少し沈み気味となっている俺の顔を覗き込んでくる。


「何もしてないって」


「ほんとかなぁ?」


 微笑をたたえたまま彼女は手を繋いでくる。


 廊下でいちゃついてるのは、何も俺たちだけじゃない。どこもかしこも、カップル、カップル、カップル……愛に満ちた、素晴らしい光景だ。


 そう、これこそが俺たちの住まう軌貴島の日常風景だ。

忖度なきお言葉、お待ちしております!

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