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第十七話 マウス

 谷口は子機をとるや否や、口を開いた。


「髭、どうしたんだ」


 俺はこそっと、桂井に質問する。


「髭って誰だ?」


「愛の戦士隊に供給される武器を作ってる工場あるだろ? あそこの従業員の土屋(つちや)さんって人のあだ名。ちょろまかした装備品や向こうの武装の開発状況なんかをこっちに横流ししてくれてるの」


 俺が任務についてた水面下でそんなことが起きてたのかよ。大人の恐ろしさに震え上がっていると、電話の隣にあるスピーカーから電話の向こうの声が聞こえてきた。


『あー、あー。コーリング、コーリング』


 野太い男の声を想像していた俺は、聞こえてきた幼げな少女の声にとてつもない違和感を覚えた。電話越しだからなんとも言えんが、中学生ぐらいか? 偉く間伸びしているというか覇気がないというか、聞いているとこっちの力が抜ける感じの喋り方だ。


 さっと谷口の顔色が変わった。古鳥が跳ね起き、桂井が警戒心マックスの表情で成り行きを見守っている。彼らの顔に一様に浮かんでいるのは、緊張感の色。もはやこれが髭さんからの電話でないことは確実だろう。


「誰だ?」


 谷口が硬い声で問いかける。張り詰めた空気を意にも介さぬ謎の声は、すうっと息を吸ってからその言葉を口にした。


『マウスと名乗っている者です』


 想定外の名前が飛び出し、俺は腰を抜かしそうになった。周囲の連中もそれは同じらしく、唖然とした表情でスピーカー越しの声に聞き入っている。


「……仮にそうだとして、俺たちに何の用だ」


 谷口がめちゃくちゃ声を低くして子機を握る。睨み殺さんばかりに鋭い眼光がスピーカーに注がれる。その手は小刻みに震えており、今にも子機が弾け飛んでしまうのではないかと不安になるほどだった。


『警戒しないでほしい、とまでは言わない。ただ私は、是非あなたたちに協力したいと考えている』


 腹が立つほど冷静なマウスの言葉は、呑気にさえ聞こえる。


「お前は自分がマウスだとどうやって証明するつもりだ?」


『悪魔の証明を要求されてもな……。私、ここまで目立たないように行動してきたから、本人に繋がる手がかりらしいものは多分ひとつも残ってない。エビデンスになりそうなのは、こうやってわざわざアナログ回線を使って当局に追跡されないように対策していることぐらい』


「ところで、どうやってうちの使っている通信ケーブルを特定したんだ?」


『工場の中継局を捜査した際、どこの型番かもわからない不審なケーブルが一本発見された。そこで、あなたたちが工場の中継局にケーブルを潜り込ませることで髭さんと通話していることがわかった。あんなに杜撰では、そのうち異審に見つかる』


「一応バレにくいように塗装したりとか物陰に隠したりとか、色々工夫はしたんだがな」


「髭さんがね」


 呟く桂井に古鳥が短く補足する。


「じゃあお前は、今どこからこの電話をかけている?」


『工場区画の外れから。周囲に人影がないことは確認したし、あなたたちが見つかりづらいケーブルにしてくれたおかげで仕事は早く済んだ』


 工場区画の外れ……確かに、何度か通りかかったことはあるが異審がそんなに張っているイメージはないな。やはり人は人、数に限りはあるということだろう。


『こういうのならどう? 私は今から、工場区の壁にスプレーで記憶凍結解除の鍵を描きに行く。あなたたちはそれを確認することで私をマウスだと認識できる』


 なるほど。流石に本部と繋がりのある人間なら、人目に触れるところで凍結解除の図形を描くなんてリスキーな真似はしたくないはずだ。いくらスパイとして潜り込むためにしても、そこまでの危険は背負いたくないはずだろう。


「……わかった」


『厳密な区画とカラーも設定しておこう。入ってすぐ左手に見える工場の出入り口がある壁に、赤、青、黒、白の四色で描く。なんなら、今から確認しにきてくれたっていい。朝には消されてしまっているかもしれないし』


 一方的に喋ったのち、電話はプツッという音を立てて切れた。


 この部屋に沈黙が流れたのは、一秒ほどだっただろうか。俺は自ら、その静寂を破った。


「俺、いきます。認識阻害の帽子をかぶっていれば、一応異審からは認識されないんですよね?」


 谷口はトーンを変えずに答えた。


「絶対じゃねえから油断は禁物だ。体の方は大丈夫なのか?」


 護送車で寝かされていただけに多少あざになってはいるが、問題にならない範囲だろう。


「はい。マウスの協力が本当の申し出なんだとしたら、彼女の持っている力は大いに助けになってくれるはずです。それに、この島がひた隠しにしてる秘密を暴けるなら、このイカれた仕組みを変えられるなら、俺はなんだってやりたいんです」


「わかった。じゃ、隠れるのに慣れてる俺も行こう」


 谷口と俺はどちらからともなくハッチの出口に近づいていった。

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