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第一話 愛の島

拙作を読んでくださる方々、フィードバックまでしてくださる心優しき皆様、いつもありがとうございますm(_ _)m

 朝起きた時に、見ていた夢を思い返せなくて歯痒くなる経験をしたことはないだろうか。


 朧げな印象だけが残り、見ていたことは次々に脳の隙間を縫って滑り落ちていってしまう。


 今日の夢は、ひたすら揺れていた感じだ。ずっと、どこかを漂っていたような気がする。だが、所詮(しょせん)は夢である。思い出せないのは惜しい気がするが、仕方あるまい。


「……」


 俺、影森(かげもり)(ながる)の起床は早かった。窓から潮風が吹き込み、カーテンが揺れている。


 ベッドの脇に置いてあったバッグを手に取り、学校の用意を詰めていく。国語と、数学と、偉そうな文句が(つづ)られた巻物と、体操服と……。体力テストは外でやるので、雨が降らないかと(ひそ)かに期待していたりする。


 洗面所で顔を洗い、冴えない自分のツラと向かい合った。目にかかるぐらいまで伸びた髪が、パッとしない顔の印象をさらに強める。毎日のことながら、この常に何かを睨んでいるような目つきの悪さが、ことさら自分の悪人ヅラを際立てているように見えてならない。


 俺は顔を洗い、深呼吸をして長袖でMサイズのカッターに着替える。夏のクソ暑い時期に甚だ不本意だが、全身の傷跡を隠すためには致し方あるまい。見た目以上に頑丈な体に服を纏いながら、俺は憂鬱な気持ちを加速させた。


「おはよう」


 俺はリビングに入って、両親に挨拶する。


「おはよう、流」


 新聞を読んでいた父が目を上げ、テレビを見ていた母がこちらを振り返る。


「あ、昨日聞きそびれてた。昨日のテストどうだったの?」


「学校の歴史から学んだのは、人はろくに歴史から学んでないってことだけさ」


「あまり良くなかったんだな」


 苦笑する父を横目に朝食を食べ進める。


「あっ、そうだ。父さんと母さんは今年も夏祭りに参加するのか?」


「ああ。もちろん」


「一番稼いじゃうわよ」


「そりゃ楽しみだ」


 しゃべっている間に俺は朝食を終えて、鞄を背負ってさっさと学校へ向かう。母がテストの話題を思い出さないうちにドアを出てしまいたいところだ。


「んじゃ、いってきます」


「あっ、こら! ちゃんと教えてもらうからね!」


 浅はかな期待とは、えてして裏切られるさだめにあるようだ。


 家の外に出ると、真っ青な空とゆらめくアスファルト、そして穏やかな潮風が挨拶してくれた。腹が立つほど爽やかな天気だ。この分じゃ、しばらく体育はなくなりそうにない。


 肩を落としながら、崖沿いに造られた道を進む。緩やかなカーブを描きながら伸びていくこの道は、この軌貴島(ききしま)を一周できるぐらいの長さがある。ところどころに分かれ道が存在し、そこから島の至る所にアクセスすることができる。柵の向こうに目をやれば、キラキラと日光を乱反射する海が見えた。


「さて、頑張るか」


 浦風を浴びるのもそこそこに、俺は脇道から街に入る。もうすぐバス停。あいつとの待ち合わせ場所だ。


 この町は、自然と都市の調和が取れたいい場所だと俺は思う。もっとも、生まれてこの方島から出たことがないからこれ以外の文明を知らないわけだが。


 俺が足を踏み入れたのは、背の高いビルと研究所が集中する学園都市エリアだ。


 スーツ姿の男女に制服姿の学生たち、幼稚園の送り迎えのために移動中の親子も見える。朝の雑踏の中で、周りとは(おもむき)の異なった服を着ている連中がいるのもいつもの光景である。


 数分待っているとバスが到着して、ワラワラと人が降りてきた。それに紛れ、小柄な影がゆらっと降りてくる。まるで宙に浮いているかのような、自然で軽やかな足取りだ。


「お待たせ」


 深く落ち着いた、少し眠たげにも聞こえる声で彼女は言う。


 この少女こそが、俺が待っていた少女こと、乙黒(おとぐろ)深佳(みか)である。クラスメイトにして、俺の恋人だ。


「おう、おはよう」


「おはよう」


 艶やかな黒髪をなびかせながら、優雅にこちらに歩いてくる。夏服の半袖ブラウスが深佳の白い肌によく映える。モデルのようにスラリと伸びた四肢は、どこまでもしなやかな印象を受ける。


「それじゃ、行こっか」


 深佳が隣に来て、スッと右手を絡ませてくる。体が近づいたことによって彼女の柔らかな膨らみが、腕になんとも悩ましい刺激を伝えた。


 付き合って三ヶ月とまだ短い期間のせいもあるのだろう。しかし、深佳からのスキンシップには男の本能的にむず痒さを感じられずには居られなかった。


 いくら周りがカップルだらけだからと言って、実際に恋人としての距離に慣れるのは難しいものなのだ。


「ああ」


 高鳴っている心音を誤魔化すために少し大きな声になりながら、俺は恋人と連れ立って学園へ向かって歩き出した。


 白いローブに身を包んだ少女が、道ゆく人々に薬指と小指を強調するハンドサインを送っている。彼女は俺たちの足音に気付いたのか、ハーフアップの髪を揺らしながらこちらを振り返った。


「よっ、影森。乙黒もおはよ」


「おう、古鳥」


「おはよう」


 女子としては少し高めの身長の彼女は、古鳥(ふるとり)明那(あきな)だ。特徴は、昼夜問わず無駄にエネルギーに溢れていることである。というのは、この太陽のような光り方をする丸い瞳を見れば十分に伝わることだろう。現学級委員長にして、島の祈祷師の一人だ。


「今日も仕事、捗ってるか?」


「ま、そこそこね。無意味だとは思うけど、一応君たちも願掛けしとく?」


「あんた仮にも祈祷師の端くれなんだろ? 無意味とか言っていいのかよ」


「もちろん怒られるよ。だから、外に漏らさないだろうなって人にだけこうやって愚痴ってる」


「私もずいぶん信用されてるんだね」


 深佳が薄く笑顔を浮かべながらも、わずかに俺の手を握っている右手に力がこもったのがわかる。


 しかし、相手は不遜(ふそん)なまでに遠慮を知らない女である。敬虔(けいけん)な白ローブたちが街を歩き回る中、こいつは同じ白装束に身を包みながらも奴等が信奉する愛を少々……貶んでいる。取ってつけたようなハンドサインをこちらに向けながら、傲然(ごうぜん)たる笑顔を引っ込めて唱え始めた。


「えー、万物の愛よ、どーたらこーたらして、うんちゃらかんちゃら、汝に幸あれ」


 神妙な顔をして深みのある声こそ出してはいるが、全く中身が伴ってない。シュールだ。だがここで笑ってはいけない。笑えば最後、信心深い深佳による放課後説教タイムが確定してしまう。


「相変わらずクッソ雑な祈祷だな」


 深佳に怒られたくないし、色々世話になった古鳥にもあまりひどいことは言えない。板挟みになった俺は、とりあえず事実だけを言うことにした。


「万物の愛よ、常に等しく寄り添いたまえ、不変の絆を尊ぶ汝に幸あれ、だよ」


 深佳は一語一句澱みなく、スラスラそらんじる。さしずめ、島民なら言えて当然の愛を尊ぶ文言を蔑ろにした古鳥に対して、何か堪え難いものを感じているのだろう。


「そうそう、それ。ま、気持ちだけ通じればいいからいーの。愛とやらも懐深いから許してくれるでしょ」


 北風と太陽に挟まれた旅人は、多分こんな気持ちだったんだろう。両者の間で何か恐ろしいものがぶつかり合っている気がする。


「それじゃ、また学校でね」


 そう言って彼女はふらっと手を振り、また街を徘徊し始めた。登校時間ギリギリ出会っても街ゆく人々に愛が恵まれるように祈らなければならないのだから、祈祷師ってのもなかなか難儀なもんだな。


 コソコソと、横から何か聞こえてくる。


「今の聞いた?」「愛を舐めてんのか?」「祈る気ないだろ」


 ほんと、難儀なもんだな。古鳥も古鳥だ。俺とは違って多分巻物の内容は覚えてるんだから、マジメに唱えてりゃいいもんを……。


 とはいえ、俺にできることなんてない。人の間を縫って学校を目指す。


「おっ、あれは……」


 町役場に入っていく小学生二人組が見える。手を繋いで仲睦(なかむつ)まじい様を見せているあたり、カップルかもしれない。片方が紙を持っているから、多分交際届の提出だろう。めでたいことだ。


「……? 流くん、何見てるの?」


「あの子たち。交際届を出しに行くみたいだ」


「この島の将来は安泰だね」


「逆に不安でもあったのか?」


 俺が聞くと、深佳は人差し指を口に当てて、ほんの少しだけ考えるようなそぶりを見せる。動作の一つひとつが小悪魔的だ。


「うん、そうだね。特に心配もなかったね」


「なんでちょっと逡巡したのさ?」


「別に意味なんてないよ。こういうのは、ちょっと間があった方が面白いと思わない?」


 多分深佳が言うからには、この逡巡(しゅんじゅん)に意味なんてないのだろう。俺たちはその後も取り止めのない話をしながらクソ長い階段を登り、校門をくぐった。

忖度なきお言葉、お待ちしております!

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