8話
いつもよりも文字数が多いです。ごめんなさい( ;∀;)
女の子最高!(心の声)
3日ほどお休みをいただきます┏○ペコリ
重低音が体全体に響く。ゆったりしたシートに身体を預けながら利津は流れていく電灯をぼうっと眺めていた。
利津が住む中心地から高速を使うこと2時間。決して近い距離ではない南の都に車は向かっていた。
そもそも帝国は首都を中心に東西南北に大まかに分かれている。首都には人間の王はもちろん吸血鬼の始祖であり王である久木野がおり、四方に真祖の分家が存在する。
利津が向かう南は久木野の次に始祖に最も近いと言われている血筋だ。
「あとどれくらいだ」
「え?あー、あと……カーナビでは1時間て」
「……2時間だな」
「え?今は夜すよ。渋滞とかない限りそこまで遅くなることは……」
「夜だからだ」
運転手の佐藤は小馬鹿にするように声を出した瞬間、ブレーキを踏んだ。
先程まで輝いていた電灯はぴたりとなくなり、先に見えるのは電灯一つない真っ暗な森。
佐藤は道を間違えたかとカーナビで場所を確認したが、どうやってもカーナビはそちらを指している。
「……まじか」
「3時間か?」
「ハハ、まさか」
「急がなくていい。そもそもあまり行きたくない」
「あざーす」
佐藤は利津の言葉を冗談だと捉え声高に返事をし、しっかり辺りを確認しながらゆっくりと車を走らせ始めた。
「……はぁ」
本心だった。
利津にとって行きたい場所ではない。
理由は簡単で、南の連中に会いたくないからだ。けれども行かない理由を作るにはもう限界だった。
ーーーー
あれから2時間と少し。
ようやくカーナビから「目的地付近に到着しました」という音声が聞こえた。
「はぁ!やっと着いた」
「……」
佐藤の嬉々とした声とは裏腹に利津は深い溜息を漏らした。
佐藤は吸血鬼ではない。人間のため夜目の利かない目でよく走ってくれたと感謝こそあれど、利津にはそれを口にするほど元気はなかった。
長旅の疲れもあるが、何より窓の外にそびえたつ大きな洋館が見えると一層疲労が増し、着いたというのに利津はシートに深く体を預けた。
佐藤が降り、利津のドアを開け外へ出るよう促す。
すると洋館からギイと低い音が響き、木製の古い大きな扉が開けられた。
「ようこそ、遠路はるばる。子爵様」
気の抜けた男の声に利津は車から降りながらじろりと視線を向けた。
笑顔で迎えてくれた男はその視線に怯み、ぺこぺこと頭を下げた。
背丈は利津よりも大きいが、細身なこともありひょろりとしている。同じ銀色の髪は綺麗に切りそろえられ、いかにも好青年ないでたちの男、田南部健は乾いた笑いをした。
「ははは、まぁ。どうぞ中へ。お疲れでしょう」
「あざーす!」
利津ではなく佐藤が意気揚々と返事をして深々と頭を下げた。若者らしいハキハキした様子に健は弱々しく笑いながらぺこっと頭を下げた。
そんな2人のやり取りを見ることすらなく利津は洋館の中へ入っていった。
木製の扉を抜けると中は石畳の大きな広場になっていて昔らしさを重んじてか電飾は少なく、大きな階段の端には松明が並べられている。
ずらりと並んだメイドや執事たちの目に光はない。その者たちを冷たい目で流し見ていると目の前の大きな階段に人影を見つけ利津は顔を上げた。
「お出迎えが遅くなり申し訳ございません」
そびえたつような階段の上から甘い声が降り注ぐ。
女は紅いドレスを身にまとい、ヒールの音を響かせながらゆったりと利津の前へ降り立った。
仄暗い松明の前でもはっきりわかるほど真っ赤な唇が弧を描き利津に微笑んでいる。相反する銀色の髪はくるりと結い上げられていて、ドレスからは白く透き通るたわわな胸が惜しげもなく溢れていた。
女、田南部美玖はにっこりと笑い、スカートをちょいと持ち上げてお辞儀をした。
「子爵様にお会いできることを楽しみにしておりました」
「いや、本当に。僕も子爵様にお会いできること楽しみにしてました。もちろん妻も。あ、妻は今日体調が良くなくって……」
後を追うように健は口早に美玖の言葉を借りて挨拶をした。利津は美玖の手を取るとそっと手の甲に口づけの挨拶をした。
「私も、あなたにお会いできることを今か今かと待ち望んでおりました」
「まぁ……」
「以前もお美しかったが今は更に磨きがかかったように見受けられます」
「ふふっ……いやね。もう32ですし、以前お会いしたのは5年も前よ。あなたは幼くてとってもかわいらしかったのに……そう。とても凛々しく素敵な男性となられてしまって」
「勿体ないお言葉です」
挨拶を交わすうちに一人の執事が頭を下げ、手を差し出し道を指し記した。
利津は美玖の手に添えた手をくるりと回しその手をとって優しく微笑んだ。そして執事の向かう場所へ美玖と共に歩いた。
佐藤は大きなカバンを手に持ちながら健と一緒に3人の後ろをついて歩いた。
「子爵様……」
「以前と同じように利津と呼んでくださいませんか?」
「では、……利津」
「はい」
「今日はどうしてこちらに?城下町にホテルでもお取りになるかと思ってたわ」
「何故?許嫁が近くにいるのに会わない方がおかしくありませんか」
「そうかしら」
「会いたかったのは私だけでしたか?」
「まぁ!……私も会いたかったわよ」
美玖はくすぐったそうに笑い、利津もつられるように小さく笑って返した。
その後ろを荷物を抱えた佐藤がぼうっと2人を呆れた眼差しで見つめながら呟いてしまった。
「いつ見てもやべえなぁ」
「はい?」
「うゎっ」
つい独り言を言ってしまった佐藤の横からひょろりと現れ健が応えた。
聞かれていると思っていなかったのか、はてまたは隣にいたことを忘れてしまっていたのか佐藤はぴょんと飛び上がってしまった。
「は、すんません」
「いえいえ」
「利津様すよ、ヤバいなっていうのは」
「というと?」
「え?あぁ……いや。何というか……態度が?」
「僕たちの前ではいつもあんな感じだよ。飄々としていて」
「飄々……とはいつもしてっけど」
「あとは、そうだね。御伽話出てくる王子様みたいに紳士的だよね」
「誰がすか」
「えぇ?きみのご主人様だよ」
「王子様っていうよりお姫様っぽくないっすか」
軽口を叩いているとギロリと強い眼光を感じ佐藤は動きを止めた。前を歩いていたはずの利津が睨んだのだ。
「はははっ、おっかねえ」
懲りた様子もなく佐藤は楽しそうに笑いながら歩いた。隣を歩く健は利津に睨まれたことを自分のことのように怯え、隠れるように佐藤の後ろをついて行った。
長い廊下を歩き、執事が一つ扉を開け深々と頭を下げた。
利津たちは暗い廊下とは一変、煌びやかな装飾が施された一室に通された。ガラス張りのテーブルと木でできた椅子が真っ赤な絨毯の上に置かれ、キラキラと輝くシャンデリアは廊下の空気を受けて揺れている。その奥にはまた扉があり、おそらくそちらが寝室なのだろう。
佐藤は荷物を持ちながら寝室へ向かった。
「素敵な部屋ですね」
「利津にはゆっくりしていただきたいですもの。ね、兄様」
「あぁ、そうだね」
兄と呼ばれ、健は嬉しそうに頷いて見せた。
執事が一つ椅子を引き利津に腰掛けるよう促した。
美玖から手を離し、利津は執事が引いた方ではない隣の椅子を引き美玖が座るよう促した。
「どうぞ」
「いいえ、利津は客人なんですから。あなたが先にお座りになって」
「少しは格好つけさせください」
「そう?」
「はい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
くすぐったいやりとりも美玖は嬉しそうに笑いながら答えると利津の引く椅子に腰を下ろした。利津は美玖の椅子を優しく前に押してやると自分は執事の引いた椅子に座った。
「じゃ、僕はこれで。未来のご夫婦であとはゆっくり」
「ええ、あとでね兄様」
「あぁ」
美玖の優しい雰囲気に健は満足そうに頷くと部屋のドアを開け出て行った。
執事は命令されることなくテーブルから少し離れたところで紅茶を淹れ始めた。コポポと温かな湯気をくゆらせながらポッドにお湯が注ぎ込まれると同時にふわっと華やかな香りが部屋を満たした。
「ところで……」
「はい」
口火を切ったのは美玖は白く細い指を口元に当て悩ましげに首を傾げちらりと利津を見た。
「先日の事伺いましたわ。大変だったと」
「いえ、大したことありません」
「だって、公爵邸に侵入する輩がいるなんて聞いて驚いたもの。警備だってほら、どこよりもしっかりしているじゃない」
「しっかりしていないから侵入されたんですよ」
「でもほら、利津に何もなくてよかったわ。親なし吸血鬼なんて何をするかわかったものではないもの」
話の腰を折らないように執事が自然の流れで2人の前に紅茶のカップとソーサーを並べた。
利津は置かれた茶を見ると自分の方に置かれたカップを執事の前に差し出した。
「何か?」
美玖の問いに利津は鋭い眼光で執事を見たが、すぐにこやかに微笑み美玖の前にカップを差し出した。
「交換しましょう」
「え?」
「出先ではいつもこうしているんです」
「まぁまぁ、許嫁の家で何を疑うのかしら」
「どこでもしているんです。たとえ人間の王が差し出したものでも私は口をつけません」
「ふふっ」
美玖は鼻で笑った。細い指が口元を抑え被せるようにクスクス笑いながら、鋭い視線を利津に向けた。
利津は怯むことなくカップをソーサーに乗せ美玖の前に滑らせて置いた。
「根は変わらないものね」
「性根が腐っているのやもしれません」
「……そう。腐った男の妻になる私は本当に哀れだわ」
「ええ、全く」
一向に譲らない利津に美玖は差し出されたカップを手に取るとゆっくりとした所作で口をつけた。温かく華やかな香りが鼻腔をくすぐる。至って普通の紅茶だ。
美玖はクスリと笑って自分の前に置かれた紅茶をそっと利津の前に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された紅茶を利津は躊躇いなく受け取り口をつけた。綺麗なカップに映る水面はゆらゆらと揺れ、ソーサーに置かれてもなお波を打っている。
2人は何も言わず微笑み合うだけの数分を過ごし、紅茶を飲み終えたところで美玖が立ち上がった。
「明日から軍の視察でしたわね。道中お気をつけて」
「ええ、今夜はお部屋をお貸しいただきありがとうございます」
美玖はスカートを持ち上げ礼をするとヒールの音を響かせながら部屋から出て行った。お付きの執事も利津に頭を下げ、美玖についていった。
「はぁ……」
利津は深く椅子に腰をかけ膝を組み天井を仰ぎ見た。くだらない、実にくだらない。そう思うと自然と溜息が漏れた。
隣の部屋からガタガタと音が聞こえ、大きな音でドアが開き佐藤が部屋に転がり込んできた。
「あっやべ!……あ?美玖様はもういらっしゃらない?」
「……あったか?」
「いや、盗聴器とかそこら辺のものはないっすね。危なさそうなものもとりあえずないっす。バッグもご覧の通り俺が見張ってますし。帰りの車も何かあればすぐわかるようになってますんで」
「そうか」
緊張の糸が解け、利津は軍服のボタンを外し脱いだ。佐藤は何を言われずともその軍服を受け取り腕にかけて利津を見やった。
疲れていたはずの主人は不気味な笑みを浮かべ、ワイシャツのボタンを緩めながら廊下に続くドアを見つめていた。
「なんか面白いことありました?」
「久木野の邸宅に親なし吸血鬼が侵入を許したと誰が言ったのだろうな」
腕を組み、顎に手を添えながら利津はさも楽しそうに喉を鳴らし低く笑った。見慣れている主人の言動に佐藤はこれ以上問うことなく、思い出したことを口にした。
「……あ!念のため俺も一緒の部屋で寝ようと思ってるんすけど、あっちの部屋ベッド一個しかないんすよ。どうします?」
「ソファで寝ろ」
「やっぱそうっすよね。あー、疲れとれっかな」
後頭部に両手を組みながら佐藤はしぶしぶ了承して探知機をカバンにしまうと利津の寝巻き用の服を用意し始めた。
利津は服を脱ぎ、それも佐藤に渡すと部屋の横にあるシャワー室のドアを開け、蛇口をひねった。
程よく温かなお湯が頭から足先にかけて筋を作り流れていく。
気づけば壁高くにある小さな出窓からは朝日が差し込んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、評価、感想などよろしくお願いいたします。作者のテンションが爆上がりします。
誤字・脱字などのご指摘もお待ちしております。