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6話

「もう、また筋トレですか?何着も服用意できませんよ」

「悪い。なまっちまうのが嫌でつい……」

「でしたら筋トレは1日1回。びっしょり汗をかいてからシャワーを使ってください」

「はーい」


 あれから数週間が経った。毎日顔を合わせる世那とリリィはすっかり顔馴染みになり、軽口を叩けるほどまでの仲になっていた。


 経緯はこうだ。スカスカする服がどうにも気持ち悪くて世那は下着を頼んだ。するとリリィは「足枷が邪魔で着脱不可能なのでこれでも履いてください」と(ふんどし)を差し出した。その際に世那が口ごたえをし、リリィも負けじと押し付けた。結局リリィの言う通りだと世那は褌で過ごすことを泣く泣く承諾した、ということだ。


 それからというもの、世那はリリィと話せるようになり、リリィも世那との距離を掴めたのか気さくに話すようになった。


 今日も昼前にリリィが部屋に訪れると日の光から逃れられるベッドの横下で世那は筋トレに勤しんでいた。足枷をものともせず世那は汗だくになって体を動かしている。軍人だからか、そもそも体を鍛えることが好きなのか、世那は息を切らしながら満足げにしている。


 リリィは窓際に行きカーテンを閉め、世那に文句を言うとため息を漏らしてベッドメイクを始めた。

 大きな布団をカートに乗せ、ふわりとシーツを剥がし新しいものを出すとマットレスの間の端を埋め、まるでホテルのようなベッドを作りあげる。布団のカバーも同じように綺麗に変え、枕カバーを変えていると世那が起き上がった。


「シャワー使ってもいいか?」

「どうぞ」

「ん」


 ジャラジャラと鎖を床に擦り付け、世那は脱衣所に入ると既にリリィが用意した着替えを確認して浴衣を脱いだ。汗で濡れたそれらをカゴに入れ、シャワーのノズルを開き一気に流した。


ーーー


 シャワーを浴び身なりを整えて寝室に戻ると先ほどまでいたはずのリリィの姿はなかった。

 かわりに見慣れた白軍服の男が椅子に座り、世那のために用意されたであろう紅茶を優雅に啜り喉を潤していた。

 世那の拳が自然と握られる。

 いつも朝から嫌味たらしくカーテンを開け放ち、世那が苦しむ姿を悦ぶ利津が目の前にいるだけで世那の中で嫌悪と苛立ちが沸々と沸き起こった。


「そんな目で睨むな」

「……」


 数週間経てば世那と利津の関係も変わっていた。利津は毎日足げに通い、2日に一回は必ず世那に自分の血を与えた。

 狂いそうになる頃を見計らってくるため、世那も大人しく吸血するしかなく、抵抗するとすれば今のように相対した時のみで、睨む程度しか出来ない。

 実際、何日経とうと世那が犯人であることに変わりがないまま時だけが過ぎていってしまっていた。


「何の御用ですか」

「今夜から3日ここを離れることになった」

「3日?」


 吸血の感覚が2日であることは互いにわかっていることで、2日目の夜は狂うほど血を欲している。その姿を見るたび利津は悦び、愛で、そして貶した。なのに3日空けるとはどういうことだ、と世那は思った。

 戸惑いを隠せない世那に利津は鼻で笑うと紅茶のカップをソーサーに戻し、立ち上がって世那の前に立った。未だほんのり濡れている世那の黒髪に指を入れ優しく撫でた。利津の手が此方に向かうだけで世那は僅かみじろぎ身構えるが後退りはしなかった。


「南の方へ行かなければならない。……どうした?なにか不都合でもあるのか」

「……いや」


 すっかり自分無しではいられなくなった世那に利津は笑みを浮かべ優越感に浸っている。

 反対の手で短刀を抜き、柄を握らず刃を強く握る。ヒタヒタと音を立てて血液が床を染めていく。


「っ……は」


 世那は甘い香りに誘われ自然と視線が下へ向いてしまった。荒くなる呼吸を整えるように世那は唇を強く噛み、耐えるように床を睨んだ。


「いいな、その表情」

「うるせえ……」


 地面に這いつくばり血を貪りたい衝動が徐々に押し寄せてくると世那は頬に当たる利津の手を振り払い、逃げるように後退りした。だが体は目の前の血液を欲し、黒い髪は白へ、黒い瞳は真っ赤に染め上げられ人ならざる姿へと変わっていく。

 昨夜、飢えた世那に利津は血を与えたばかりだ。本来吸血は食事と同じ回数必要とする。世那の場合、2日に一回のため圧倒的に足りていないのだから目の前に血があれば欲してしまうのは当然。


「どうした、飲め」


 見せつけるように手のひらを上に向け指先から伝う血を世那の前に差し出した。電灯でキラキラと輝く鮮血は世那の喉を低く鳴らす。利津の真っ白な革靴に血がつくのを厭わず利津は世那に一歩ずつ近づいた。その度に世那も一歩ずつ後退りをして首を振る。


「……っ、いらねえって言ってんだろ」


 理性が勝っている時に素直にいただきますと誰ができようか。自分を監禁し、日の光を浴びさせ苦しめる張本人に頼らなければ生きられないことを認めたくはなかった。


 何か打開策はないか、そう考えているうちに背中がトンと壁に当たった。利津は蠱惑的な表情で世那を見つめ、指先をそっと世那の唇に当てた。


「クソ野郎……」


 捨て台詞と共に世那の唇からちろりと赤い舌が姿を見せ、指先を舐めた。真っ赤な瞳は瞼で閉じられ、現実を見ないようにすると世那は利津の手首を乱暴に掴み、流れる血に舌を這わせた。結局、吸血鬼の本能に負けた。


 舐めている間も利津はじっと世那の顔を見つめる。指と指の間に舌を這わせ、こぼさぬように何度も触れる生温かな舌の感触。


「いい子だ」


 傷口が塞がる頃に世那はゆっくり瞼を開け目を伏せた。髪色はすっかり黒に戻り瞳もすーっと黒色に戻って行く。


 傷口もすっかりなくなった手で利津は世那の頬を撫でると顎を掴み、強めに力を込めて上を向かせた。普段なら吸血後はさっさと部屋を出ていく利津が、らしくない行動をしていることに驚き世那は目をまん丸にして見上げた。


「な、なんだよ」


 利津は答えない。

 代わりに唇に近い親指で残っていた血を拭き取り世那の顔から手を離した。そして指先についた自分の血を見せつけるように舌で舐め色っぽい笑みを浮かべた。

 雪のような髪がふわふわ揺れ、翡翠色の目が細められる。幻想的な光景と今起きたことで世那の頬が熱くなった。


「きちんと待っていられたら褒美をやろう」


 自分の行動に動揺する世那を見て満足した利津は踵を返して部屋を後にした。パタンとドアが閉まると同時に世那の膝から力が抜け、弱々しく床に座り込んだ。


―――


「リリィ」


 世那の部屋から出て、ドアを閉めると待っていたリリィに利津が声をかけた。元々背筋を伸ばして立っていたが、声をかけられ更に胸を張ってリリィは姿勢を整えた。いつもの人懐っこい笑みはなく、冷たい表情でリリィは頭を下げた。


「はい」

「最近の様子は?」

「日差しを嫌がりはしますが、体を動かすことが増えました」

「……ほう」

「食事も残さず平らげ、健康そのものかと」


 淡々と報告するリリィの言葉を聞きながら利津は乱れた軍服を直し思案した。

 3日空けることがどんなことになるか、その間世那は正気でいられるのか。何より家を空ける予定が嬉しいものではなく気鬱なもので、利津はため息を一つ漏らした。


「明日の夕餉に血液を一つだけやれ」

「はい」

「俺用に支給されているもので構わない」

「かしこまりました」


 利津は返事を待たずして颯爽と廊下を歩いてその場を去った。

 リリィは利津が見えなくなるまで深く頭を下げ、背筋を伸ばして仕事へ戻った。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらまで拝読しました。 互いに吸血鬼という世界観もさることながら、それが始祖と元人間という存在の上下関係ありきで構成された世界が私のストライクゾーンをぶち抜いていきました。 ありがとうご…
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