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33話

 梅雨が明けてやっとやってきた夏だというのに外はしとしと雨が降り、綺麗に見えるはずの太陽も雲に隠れている。時折窓が軋み、カタカタと風に揺らされ古びた音が響き更に重苦しい空気に拍車をかける。


 佐藤は自室でソファに倒れ込みスマートフォンのゲームをしながらゆったりした時間を楽しんでいた。

 するともう1人の部屋の主人、リリィがメイド服で入ってきた。仕事を終えた様子もないのに部屋にやってくるのは珍しい。

 佐藤は仰向けのままスマートフォン越しにリリィを目で追った。

 変わらないようでいて何か不自然なリリィの動きに佐藤は何かを感じ鼻で笑った。


「なに?」


 訝しげに尋ねるリリィに佐藤はスマートフォンを構え直してゲームに視線を戻した。


「別に?」

「なんで見てたの?」

「見ちゃ悪いんですか?」

「気持ち悪い」

「へへっ」


 目的のものを見つけたのかリリィは袋を一つ抱え、何の気無しの佐藤の言葉に苛立ちを顕にしながらリリィは出て行こうとした。

 だが、コツンとリリィの背中に軽い何かが当たり、リリィは足を止めて振り向く。すると足元には佐藤が愛煙するタバコが一箱落ちていた。


「よかったらどーぞ」

「え?」

「護身用と息抜きに」

「私吸わない。未成年だし」

「聞こえなかったか?()()()と息抜きに」

「……」

「気楽に行こうぜー」


 佐藤はスマートフォンのゲームから視線を外さないまま楽しげに答えた。

 リリィは足元に落ちたタバコの箱を拾い、佐藤に投げ返そうとした。けれども悪びれる様子のない佐藤に何をしても無駄かとタバコの箱をポケットに入れた。


「今日、世那さんはお休み。利津様は仕事だから夕方迎えに行ってくる」

「知ってる」

「ははっ、すんません」


 いつもと変わらない冷たい返事に佐藤も変わらず笑った。

 リリィは踵を返しドアを開けて部屋から出て行った。


 暫く部屋の中はスマートフォンのゲーム音が響いていた。そこに加わるのは画面を擦る指先の微かな音と佐藤の呼吸音。静かな部屋にはそれしかない。

 

「……仕事熱心ですこと」


 ぽつりと呟くと佐藤はスマートフォンの画面を消し、それを額に置くと目を閉じた。




――――



 けたたましいサイレンの音が鳴り響いたのはその日の夕方のことだった。


 利津は佐藤の運転する車から降りて軍服の前ボタンをゆるめながら様子の違う邸宅をじっと見やった。いつもはいるはずの父の眷属達の姿が見当たらない。違和感を覚えながら利津は邸宅のドアを開けようとした。

 その瞬間、サイレンの音が森を裂くように鳴った。


「……何?」

「え?」


 尋常ではない音に普段はおちゃらけている佐藤の眼光も鋭く邸宅を睨む。

 音の理由は二人ともわかっていたため、顔を見合わせることなく利津は自らドアを開け入った。すると入り口の前に利津を出迎えるはずだった執事やメイドが恐怖の色をにじませながら立っていた。


「何があったか説明しろ」

「……わかりません」

「父は?」

「それが私達もずっと探していて」

「利津様、この音は一体……」


 焦る気持ちを抑えながら利津は努めて平然を装い、清の眷属達を無視して階段を上った。

 命令をもらえずどうしていいかわからない清の眷属達は取り乱し、ばたばたと駆け回る。右往左往する眷属達を裂けて佐藤は冷静に利津の後ろをついていった。

 

 隠し扉の前に着くと利津はぴたりと足を止めた。いつもは締め切られているはずの扉が開いていたからだ。ここに何があるか知るものは少なく、ここが開け放たれたままということは絶対にあり得ない。


「利津様……」


 不安げに名を呼ぶ佐藤に利津は決心し、開け放たれたままのドアの中に足を踏み入れた。

 暗く足元もおぼつかない廊下を歩き、階段を上り、部屋の前に着くと利津はノックすることなくドアを開け放った。


「……!?」

「嘘でしょ……」


 先に光景を見た利津は息を詰まらせ、後から入ってきた佐藤はまるで雷に打たれたように硬直した。

 管で繋がれていたはずの清子の口元からはマスクが取れ、命を繋いでいたはずの点滴は外れている。心電図は一直線を引き、もう生はないと記している。サイレンの音は清子の異変を知らせるもので、利津も当然承知でここにやってきた。

 だが、もう一つの事実を予想することはできなかった。


 清子の眠るベッドの下には首から血を溢れさせ倒れている清の姿があった。いくら吸血鬼とは言え致命傷の傷。清も母清子と同様に息をしていない。

 清を切り裂いたであろうナイフは床に落ち、その横で血まみれで座っている男は、利津と佐藤に気づくと恐怖の滲んだ目で視線を向けた。


「世那さん……」


 佐藤は情けない声を漏らし、すぐさま胸ポケットに手を突っ込むと慣れた手つきで銃を握りトリガーを外して男、世那に銃口を向けた。


 世那を吸血鬼にした親か誰かが世那の意識を奪い操ったのかもしれない、となればまだ救われていた。

 しかし、目の前にいる世那の瞳ははっきりと光を宿し利津を見つめながら呆然と、そして恐怖を滲ませ全てを理解している表情だった。


――駄目だ、気丈に。気丈に振舞わなければ……。


 利津の手のひらがじわっと汗で濡れる。それを誤魔化すように拳を握り歯を食いしばった。

 

 利津には予想できていたことだった。

 昨夜、世那に血を与え、与えられたとき利津はわかっていた。世那の親が誰で遅かれ早かれ何かを仕掛けてくることは。でも、こんなに早く事が運ぶとは思っていなかった。


 世那へ敵意を向ける佐藤に利津は手を上げ、それ以上はしなくていいと合図を送った。だが佐藤は利津の言うことを聞かず銃を下ろさない。短刀を手放したとはいえ、吸血鬼であり軍人でもある世那がもしこちらに何かを仕掛けた時、佐藤に勝ち目がないためだ。

 三者三様見つめあっているとドアの向こうからバタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。


「どうしたんですか!?」

「ひ!旦那様!?」

「うそ、うそ!」

「旦那様!旦那様!」


 利津と佐藤を追いかけて入ってきた清の眷属達は一目散に清の元へ駆け寄った。膝をつき、息をしない主人に触れ叫ぶように泣いた。

 今何をしなければならないか、混乱しそうになる思考を理性で抑え利津は声を上げた。


「よく聞け。父の僕たちよ。まずそこにいる反逆者を地下牢へ。父と祖母は丁重に寝室へ。医師を呼べ」

「は、はい!」

 

 ブレることのない凛とした利津の声に鼓舞され清の眷属達は涙を拭い、亡き主人に代わる利津の言葉に頷き指示に従おうと立ち上がった。


「それと……」


 小さく呟いた利津の声に清の眷属達はぴたりと動きを止めて耳を傾けた。一糸乱れぬ眷属達の動きに佐藤は気味が悪いな、と思いながら銃口を世那から背けないで聞き耳を立てる。


「後を追い死ぬことは許さん。父と祖母を思うなら尚更、二人が作り上げた久木野をこれ以上恥ずかしめるな」

「っ、はい!」

「かしこまりました」


 利津の言葉に眷属達はまた涙を流した。ただ泣きじゃくることはなく、目頭が熱くなるのを耐えながらあふれる涙を拭い、各々がやるべきことを始めた。

 眷属達の動きに利津はほっと息を吐き、何も言わず座り込んだままの世那を見た。


 ここに来て初めて利津と世那は視線を交えた。互いに何も言わず、見つめあったのは数秒の出来事だった。がたいのいい眷属が一人、世那の後ろに回って声をかけたためだ。


「手を後ろに。……そう。無駄な抵抗はするな」


 その男は銀でできた手錠を手袋越しに持ってきて世那の手を後ろに回してかけた。かちゃんと音が鳴ると世那は利津から視線を逸らして眷属の言うまま部屋を出た。

 二人は最後まで言葉を交わすことはなかった。


「佐藤」


 世那がいなくなったことでやっと銃口を下に向けた佐藤に利津は無感情に名を呼んだ。


「……はい」

「牢のことは任せる。俺は美玖のところへ行く」


 利津の声はあまりにも感情がなく無機質だった。佐藤は銃をしまって利津の顔を覗き込んだ。無礼だとわかっていても見られずにはいられなかった。


「いいんすか」

「何が」

「世那さんに聞かなくて」


 利津は答えず、佐藤から離れて窓の方へ向かった。話すことはない、と暗に言う利津に佐藤は苦虫を噛み潰したように口を閉ざし、世那を連れていく眷属たちの後を追った。

お読みいただきありがとうございます。

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