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30話

「影島さんは隠密行動が得意なんですね」


 訓練が終わり時刻は丑の刻を過ぎた時刻。世那は西和田の眷属がいる食堂には行かず外のベンチに座り、支給されたおにぎりとお茶を口にしながら夜風に当たっていた。

 すると背後から聞き慣れた声が聞こえ、世那はおにぎりを頬張りながら振り向いた。初めて会った時は冷たい印象だった寧々も今ではすっかり打ち解け、自分の食事を手に持ちながら世那の隣に腰を下ろした。


「あぁ、まあ。人間の時は前線にいたから隠密は吸血鬼になってからだけど」

「へえ、前線?ということは銃も使えるんですか?」

「誰だって使えるだろ」

「拳銃じゃないですよ。アサルトライフルとか」

「そうか。隠密にアサルトはいらねえか。……俺はどちらかというとそっちの方が好きなんだ。手入れするのも訓練するのも」

「へえ」


 話しながら寧々も自分のおにぎりを取り出して食べ始めた。他の連中のところにいればいいのに1人抜け出して自分のそばにやってきた寧々にふとある人物を重ね、世那はくすぐったそうに笑った。


「どうしました?」

「いや。……寧々はずっとここなのか?」

「そうですね。孤児だった自分が隆様に拾われて眷属にしてもらってなので」

「あぁ、普通はそうなるのか」

「ふふっ」

「ん?」

「影島さん、思ったよりずっとずっと話しやすいです」

「え?なんで」

「だって私達一回りも年が違うんですよ。全然おごった素振りもないですし、かと言って偏屈になっているわけでもないですし」

「なんだと思ってんだよ」

「利津様が影島さんを眷属にしたいって気持ち少しはわかりました」

「……」


 おにぎりの入っていた入れ物を片手に握りながら世那は黙り込んだ。


「影島さん?」

「よくわかんねえんだ、正直。眷属を待たなかった利津がどうして俺にだけそんなふうにしてくれるのか。同情?いや……なんか違う」

「簡単ですよ」

「え?」

「真祖様が眷属を持つ理由は2つしかありません。一つは吸血用の餌場を確保するため。もう一つは……」


 草を踏む音が聞こえ寧々は話すのをやめ音の鳴った方へ視線を向けた。世那は腰に備えている短刀に手を伸ばしたところで現れた人物にその手を止めた。

 寧々の主人である西和田隆が人懐っこい笑みを浮かべて近づいてきた。珍しく西和田の紺色の軍服を着ているので普段よりも威圧的に映り、世那もいつもより少しだけ背筋を伸ばした。


「寧々」

「はい!」


 声をかけられると寧々はすくっと立ち上がり頭を下げた。


「休憩後に使う備品を用意してくれるか」

「かしこまりました。では影島さん、また」

「あぁ」


 ぱたぱたと駆け足で去っていく寧々を見送ると隆は世那に向き直り、変わらず微笑むと隣に腰を下ろした。


「どうだ?馴れてきたか」

「はい」

「そうか。そうだよな。アンタの今までの功績見たよ。かき消されたりしてるところも多々あったが、まぁ……二等兵ではないし、この程度の訓練大したことないだろうな」

「御用は何ですか」


 世間話に付き合うつもりはないと世那は話をぴしゃりと切った。すると隆は目を丸くし、そして喉を鳴らして笑った。


「ククッ、やば……」

「……?」

「じゃ、御用を一つ」


 何も理解していない世那に隆は笑いを堪えないまま人差し指を空に向けるとにっこり笑って胸ポケットから封筒を一つ取り出すと世那に差し出した。


「これを利津に渡してくれるか」

「ご自分で渡した方がいいのでは?」

「そう言うなって。アンタは利津の眷属だろ?おつかいの一つくらいやれよ」


 聞きなれた呼称だがやはりしっくり来ず、世那は封筒をじっと見たまま固まった。


「隊長」

「ん?」

「一つ聞いてもいいですか」

「お?なんだなんだ」

「利津は何故俺にここまでするんでしょう」


 世那は真剣そのものだった。膝に腕を乗せて指を組み、その手に顎を乗せながらじっと虚空を見つめながら尋ねている。

 けれども、隆にとっては明らかな理由に顔を逸らして噴き出した。


「ぶっ……」

「な……」

「いや、ごめん。……あーね、そうな。うん。……知りたいんだったら尚更、これはアンタが持って行ってよ」


 笑いすぎて目に涙を浮かべながら隆は持っていた封筒を世那の胸に押し付けた。ここまでされると流石に受け取らないわけにはいかず世那は訝し気に隆を見ながら封筒を手に取った。


「じゃ、訓練頑張れよ」

「はい」


 未だ笑いがやまないまま隆は立ち上がるとさっさとその場からいなくなった。

 一人取り残された世那は封筒を胸ポケットにしまって空を見上げた。気づけば世那は自分の首筋に触れていた。あの日、無理やり噛ませ血を抜かれた時の感覚が忘れられない。本当の親ではないため痛みを伴い、決して気持ちいいわけではなかった。


 なのにどうしてまた噛みつかれたいなどと思うのだろう。


 きっとこれは利津が始祖だからに違いない。利津の言う通り本当の親よりずっと上級の血を飲み、親が替わろうとしているから。ただそれだけ。そう思わなければ今世那が抱く感情の説明がつかない。



ーーーー


 リリィに言われるまま利津は邸宅の隠し扉を開け、階段を上ってある部屋のドアを開けた。そこには泣きじゃくる父、清と眠り続ける祖母、清子がいた。生きていることを知らせる電子音は定期的に鳴り、利津はほっと息を吐いた。


「死ぬ、死ぬ!死なないでママ!ねえ!」

「落ち着いてください、旦那様」

「ええい!うるさい!うるさい!」

「っ……」

「……ママ!ねえ、起きてよ。僕だよ、清だよ」


 清の眷属は清に言われてしまえば動けなくなる。眷属は主人に逆らうことはできないためだ。利津は父である清に近づくと視線を合わせるため膝をつき清の顔を覗き込んだ。


「父上、お祖母様はまだ生きておられます」

「は!?何しに来た。出来損ないは出来損ないなりに仕事をして少しでも久木野の役に立て」

「今日は幸いお休みでしたが、このように取り乱されては困ります。私はいつも邸宅にいるわけではないので」

「お前に何がわかる!ママ……、母の命が日々削られていくのを黙って見ていろというのか?魂がここにいれば死ぬことはない。私が呼びかけ、現世にとどめさえすれば母は永遠に生き続けるだろ!」


 無茶苦茶な論理に利津は呆れて顔を上げた。大きかったはずの父の背中は今は小さく、丸くなりながら年老いた自分の母に泣きついている。


「……利津様」


 清の眷属の一人が助けを求めるように利津を呼ぶ。

 清は元々仕事をする方ではなかった。母である清子の言うことだけを聞き、自分から何かをしようとはしない。それでも紳士的に振舞う清は外から見れば立派な久木野の当主に見えたに違いない。

 けれども今、命じてくれる清子が意識をなくし何を糧に生きればいいかわからなくなった清は一日中眠る清子にしがみつき、食事や睡眠を碌に摂らなってしまった。

 眷属たちは心配と不安でこの状況を打破したいのだろう。


――そんなこと知るか。


 内心そう思っても利津は表情に出さず、もう一度清に話しかけた。


「父上」

「まだいたのか!?出ていけ!久木野の威光がなければ何もできない出来損ないが!」


 何度も清子との逢瀬を邪魔され清はとうとうキレた。ふらりと立ち上がって背後にいた利津の胸倉を掴み引き寄せるなり大きな声で怒鳴った。

 背も体つきも全て利津の方が逞しい。年老いたこともあるが本来碌に軍に所属できなかった清と

利津では天と地ほどの体格差がある。掴んだ手を叩き落とすことも、その手をひねって倒すことも簡単なはずが利津は動けなくなった。指先がしびれたように言うことを聞かず、自分よりもずっと小さな老体の男の覇気に息が止まった。


「は、はは。そうだろうなぁ。利津」

「っ……」

「名は体を表すというが、体が本当のことを知っているならそんなもの何の役にも立たん」

「……」

「どんなにオオカミのフリをしようと所詮羊。……黙って私の言う通り仕事をしろ!お前が久木野にいていい理由はそれだけだ!」


 そういうと清は投げつけるように利津から手を離した。利津はよろめき、解放されたことで肺に空気が入り咳き込んだ。

 周りの清の眷属たちは怯え固まっている。利津が受けた仕打ちすら自分のことのように感じ、動けなくなってしまったのだ。


「……っ」


 利津は周りの眷属たちを一度睨むと襟元を正して部屋から逃げるように出て行った。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

よろしければブックマーク、評価、感想などよろしくお願いいたします。作者のテンションが爆上がりします。

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