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26話

 軍事訓練施設は久木野の邸宅からそう遠くはない。城下町から少し離れた山の中。木々を切り倒して出来たこの施設は空から見ない限りわかりづらいため、大きな軍用機がやってくるのは空からが多い。

 昼は人間たちが、夜になると人ならざる者である吸血鬼たちが訓練に勤しむ。

 世那は利津に言われるまま車に乗せられ、この軍事訓練施設にやってきた。


 監禁されてから数ヶ月。季節はすっかり夏へ変わり、外に出るだけでじっとりと肌が汗ばむ。

 2人は会話らしい会話をすることはなかった。車内で佐藤が話すこともなく、シンとした空気に世那は息苦しさを覚えた。


「じゃ、俺はここで待ってますんで」


 ドアを開け、利津が降りると佐藤はいつもの軽い調子で告げて2人を見送った。

 関連施設とはいえ軍であることに変わりはないため、車が入れるのは鉄格子の前まで。利津は世那がついてきていることだけを確認して門番に近づいた。


「これは久木野大尉でありませんか。このような辺境の地までお疲れ様です」


 少しばかり気の抜けていた門番は利津を見るなりしゃんと背筋を伸ばして頭を下げた。利津は返答をせず開いた門をくぐっていき、世那は門番に小さく会釈をして利津に続いた。

 綺麗に舗装されていたコンクリートの地面はここで終わりを告げ、砂利道で足場が悪くなった。軍事用の車が多く通るせいか、舗装はあえてしていないのだろう。遠くに見える戦闘機がある箇所はまた綺麗に舗装されている。


 久しい軍の空気に世那は深く息を吐いた。そして自然と入り込む新鮮な空気に身が引き締まる。着慣れた軍服には以前とは違う白の部隊章が刻まれているため一層気持ちを昂らせ、そして不安にさせた。


「世那」


 突然名を呼ばれ世那は顔を上げた。目の前には3階建てのこじんまりとした建物が一棟建っている。寂れていて古い公民館のような佇まいの建物の前で利津は足を止め世那に向き直っていた。


「あ、悪ぃ」

「何も不安に思うことはない。世那は久木野の眷属。軍に所属し働けばいいだけだ」

「……あぁ」

「ただ、成果を上げた分だけ相応の報酬はあるだろうし、地位も上がるだろうが」


 冷遇されていたことを指している、と世那は理解した。

 学生兵でやってきた利津、もとい田中実は世那の立場をよく知ったのだろう。両親を亡くした哀れな中卒の男に平等はなく、更に吸血鬼となり親がわからないとなれば誰が世那を認めるだろうか。


 何も言わず黙り込んでいる世那に利津はふと小さく笑うと手を伸ばし白の部隊章を指差した。


「やりたいようにやればいい。何かあれば俺が対処する」

「お前に責任を取らせるようなことはしない」


 まっすぐな視線と言葉に利津は一瞬目を丸くしたがすぐに細め愛しいと言わんばかりに微笑んだ。

 惜しげもなく溢れる利津の気持ちに世那は視線を逸らした。隠す気はないのか、そのくせ世那を引き離そうとする。

 何を考えているかわからない、と世那の胸がちくりと痛んだ。



――――



「お久しぶりです、西和田隊長」

「あー、どうも」


 返事はすれど隆の視線は利津にのみ向けられている。利津は気にせず話し続け、世那は口を閉ざして2人を眺めた。先日の婚約披露宴の時とは違い軍服を着ているせいか、二人は貴族には見えず戦場に立つ軍人そのもののように映る。

 二人が談笑し、世那は不思議そうに見ていると食堂のドアが開きもう一人中に入ってきた。黒い瞳を持つ小柄な女性が、短い黒髪を揺らしながら隆に近づく。女性は利津と世那に深々と頭を下げた。


「寧々、その影島クンを案内してくれ」

「はい」


 寧々と呼ばれた女に連れられ世那は利津から離れて食堂を後にした。


ーーーー


「こちらが銃撃訓練をする時に使う部屋。こちらが銃弾など訓練で使う備品が置かれている部屋です。ここをまっすぐ行くとお手洗い場があるので訓練前後は混みますのでお気をつけください」


 寧々は淡々と案内しながら必要な事柄を告げるだけで世那と話をしようとしていない。世那も「はい」とか「へえ」と相槌を打つだけで何も言わず連れられて歩いた。

 施設内の案内は終わり、厳重なドアを開け2人は外に出た。満月は高く昇っていてあたりはシンと静まり返っている。


「静かだな……」


 空を見上げながら世那が呟くと前を行く寧々は足を止め、くるりと振り向いた。


「行きますか」

「どこに」

「皆が訓練しているところへ」


 感情を一切のせていない冷たい寧々の視線に世那はごくりと生唾を飲んだ。利津もリリィも佐藤も、世那に向けるものは決して温かなものではなかったが、寧々の向けるそれは完全に無だった。久しぶりに感じる冷たい視線に世那は戸惑うどころか一種の興奮のようなものを覚えた。


「あぁ」


 世那の肯定に寧々は返答せず暗い森の方へ歩みを進めた。


 木々が深く生い茂り、吸血鬼でなければ視界を確保することは困難なほど暗い場所に訓練所はあった。自分の呼吸が煩いほど静かな森の中にざわざわとした殺気が2人を囲う。


「寧々さん」

「はい」

「訓練の内容は?」

「わかりませんか?」

「多分わかってるけど念のため」

「なるほど。……簡単です。ここにいる敵を全員殺す以外の方法で倒す。チームを組んでいるものもいますし、単独で動いているものもいます」

「ふーん……」

「知っていると思いますが、吸血鬼は人間の軍隊と違って夜に行動することが多いです。そのため隠密行動が主となり、助けもなければ失敗も許されません」


 殺気を放つ二人は世那と寧々を襲おうとはしない。隠れることもなければ戦う姿勢を見せないからだ。そのことを理解しながら世那は視線を彷徨わせ、足を止めた。


「で、寧々さんは?」


 世那が止まると少し距離を空けて寧々も足を止めた。

 辺りの空気が戦慄する。建物を出た時と同じように寧々は何でもなさげに振り向くと初めて世那と視線を合わせた。


「私はチームを組む派です」

「へえ……」

「勿論、あなたとではありませんよ」


 その言葉を合図に静かだった森がざわめいた。

 眠っていた鳥達は羽根をはためかせ夜空に飛んでいく。同時に2人の人影が世那目掛けて木の上から飛びかかってきた。人影が握る短剣は月明かりを受けて煌めき、呼応するように真っ赤な瞳は世那と言う獲物を見つけて妖しく輝く。

 世那は2人を確認すると人間の形をやめ、真っ白な髪を揺らし地面を蹴った。人ではおよそ出せない高さまで飛び上がると近くにあった木に乗り、飛びかかってきた2人と寧々を見下ろして世那はニヤリと笑みを浮かべた。


「本物の短剣使うなんて卑怯だな。けど、……うん。吸血鬼らしい考えだ。怪我をしたら血を飲めば回復速度を早められ、ほぼ不死身ってことか。組んだ方が互いを助けられて有利だな」

「……」

「いい。お前ら以外にも何人かいるが、俺が相手になってやるよ」


 訓練とはいえ久しぶりの戦場に世那は喜びを隠せなかった。真っ赤な瞳は眼下の相手と、未だ森に潜む吸血鬼達を捉え、次に起こるであろう動きに期待しギラギラと輝く。

 下にいる寧々と他の者達は世那の狂気に負けず同じように笑みを浮かべた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

よろしければブックマーク、評価、感想などよろしくお願いいたします。作者のテンションが爆上がりします。

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