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25話

 血液パウチは医業を務める西和田が生産を担当していた。発案は東山崎であったが、利権を全て西和田に渡した。理由は簡単で、実直に仕事をすると東山崎は勿論、他の真祖達も認めていたからだ。

 だからこそ、今回のことは真祖達だけではなく、眷属、そして人間達、皆が動揺した。


「これからは田南部も協力していくと、そう言うことでよろしいでしょうか?」


 テレビの画面の向こうでは記者会見が行われていた。映し出されているのは西和田の当主、そして田南部美玖。西和田の当主はニコリとも笑うこともなくただ座り、代わりに美玖が笑顔で質問に答えていた。


「はい。西和田様の力はこれからの吸血鬼にとっても人間にとっても大切なものです。ですが、このパウチを作ることに尽力しすぎて、他の研究が疎かになっております。その現状を打破するには、工業を生業とする田南部が全面的に参加し、機械化することで効率化を図りたいと考えております」

「では、機械化するにあたりどのような変化がもたらされるとお考えですか?」

「まずはスピード。人の手ではやはり限界があります。そして衛生面。人の出入りを極力少なくすることで菌などのリスクが減ります。最後に人員が少なく済むことがとても大切です。始めこそ機械を取り入れることの初期費用はかかりますが、運用していく中でその費用は回収でき、また収入も増えていく。そうすることでパウチを安価で、なにより安全に皆様のもとにお届けできます」

「西和田が撤退すると言うこともありえるでしょうか?」

「いえ。これまでと変わらず中心は西和田様です。私達田南部はあくまで補助。効率化のお手伝いを少しさせていただくだけです」

「なるほど。貴重なお時間をいただきありがとうございました」

「こちらこそ」


 そこで番組は次の話題へと変わっていった。犬や猫の可愛いもふもふ特集。


――温度差に吐き気がする


 と、西和田にしわだりゅうはぬるくなったお茶を啜りながらテレビから視線を逸らした。



 ここは軍事訓練施設『トワ第一施設』と呼ばれる場所。一級の眷属である吸血鬼達が日が沈んでから訓練に勤しむ施設だ。

 隊長である隆は日が沈み始めた18時頃、休憩室で一人ゆったりした時間を過ごしていた。吸血鬼達はこれからの訓練のために準備している頃だろう。


 コンコン、とドアを叩く音が食堂に響く。別に誰が入っても構わないそこに律儀にノックする輩はここにはいない。隆は視線だけを向けてドアの小窓からその人物を見た。


「隊長がもうサボっているのか?」


 銀色の癖っ毛をふわふわと揺らしながら久木野くぎの利津りつは真っ白な軍服に身を包みながらドアを開け中に入ってきた。隆は小さく笑ってテレビを消すと立ち上がり軽く頭を下げた。


「これはこれは、大尉殿がわざわざこんなところに。ご足労感謝いたします」

「なんだその慇懃無礼な態度は」

「ははっ、だってその後ろの人物にはそれくらいの方がいいだろ」


 隆が目配せすると利津の後ろに立っていた世那せなはびくっと震え、視線が交わる前に深々と頭を下げた。


「お久しぶりです、西和田隊長」

「はい、どーも」


 吸血鬼達に与えられる黒の軍服に身を包み、腕に久木野の白い部隊章を付けた世那を見ると隆は楽しそうに笑いながら口を隠した。


「何がおかしい」

「いや?これで名実共にこの男は利津の眷属なんだなって」

「初めから世那は俺のものだ」

「はいはい」


 二人が談笑し、世那は不思議そうに見ていると食堂のドアが開きもう一人中に入ってきた。

 黒い瞳に短い黒髪を持つ小柄な女性が隆に近づく。振り返ると利津と視線を合わせることなく女性は深々と頭を下げた。主人ではない真祖に対してはこれが礼儀なのかもしれない、と世那は今更気づいた。

 利津は何も答えることなくつまらなさそうに視線を逸らし、代わりに世那の肩を抱き寄せた。


「寧々、その影島かげしまクンを案内してくれ」

「はい」


 寧々と呼ばれた女性は隆の言葉に小さく返事をすると顔を上げ世那を見上げた。世那と同じ黒の軍服に身を包み、腕には西和田の部隊章が付けられている。


「よろしく、お願いします」

「こちらこそ。では、参りましょう」


 利津は世那から手を離した。いとも簡単に手放され世那は利津に視線を向けたが、利津は世那を見ることなく世那の肩を軽く押した。


「じゃ、行ってくる」

「……」


 何も言わない利津に世那はそれ以上は言わず寧々の後ろをついて食堂を後にした。


 シンと静まり返る空間に初めに話し始めたのは利津だった。


「2日に一度はくらいは様子を見に来る」

「マジか」

「……何か問題でもあるのか?」

「いや、随分入れ込むよなって」

「主人として当然のことをするだけだ」

「そうか?」


 クスクス笑いながら答える隆に利津は表情を変えず、近くにあった椅子に腰を下ろすと脚を組んで隆を見上げた。


「先に言っておく。世那にもしものことがあれば……わかるな?」


 殺気に似た空気が隆の体にまとわりつく。下から見上げられているだけにも関わらず威圧的な利津の視線に震えそうになるのを抑えて隆は口を押さえて視線を逸らした。


「……わかってる」

「肝に銘じておけ。世那はもう親なしではない。歴とした俺の眷属だ」

「本当の親が現れたらひとたまりもないだろ」

「だから血を与え続けている。俺を超える真祖はいない。同等で父と、祖母だけだ」

「あーね」


 そうであって欲しいと言っているようにも聞こえるな、と隆は思った。だが利津に意見するつもりはなく、僅か和らいだ殺気に隆は利津の隣に座った。


「血液パウチのこと知ってるか?」

「あぁ」

「お前、アレを飲んでるんだろ。言っておくが、もう飲むのはやめた方がいい」

「ふふっ、西和田が作っておきながら何を言っている」

「田南部が入る」

「知っている」

「何をするかわからない」

「随分な言いようだな。俺の婚約者に、そしてお前の兄姉夫婦が悪さをすると?」

「疑り深いお前ならわかってるくせにすっとぼけるな」

「……」

「お前が生きた血を怖がるのはわかる。だが、もうやめた方がいい。折角眷属が出来たんだ。影島から……」


 穏やかな空気が再び張り詰める。利津は身動き一つしていない。室内であるため風が舞い込むことはない。なのに、冷たい空気が隆の頬を撫でた。


「世那から血をとることはしない」

「お前なぁ」

「毎日欠かさず俺の血は与える」

「はぁ。誰にも執着しないお前がどうしてこう、あの男にだけそうなっちまうかな」

「世那は俺にとってかけがえのない存在だからだ」


 利津から聞けるとは思えない甘ったるい言葉に隆は困ったように笑った。


「らしくねえなぁ」

「……」

「まあ、わかった。ただ警告はした。気をつけろよ」

「貴様に心配されるほどやわではない」


 そういうと利津は椅子から立ち上がり窓の方に向かい外を眺めた。

 隆の眷属の寧々と談笑する世那が見えた。真面目な表情で話を聞く世那を見つめながら利津は優しく微笑む。


「はぁ……もう」


 幼馴染だから隆には利津の考えなど簡単にわかってしまう。親族や生みの親ですら信用しない利津がどこからやってきたかわからない親なし吸血鬼に心酔している。隆にとってどうでもいいことだがなんだか嬉しく利津に聞こえるように隆は大げさに溜息を吐いて、そして笑った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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