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利津の手記

一章1話のお話です。

 あの日もいつも通り城での任務を終え、邸宅に帰ってきた。

 佐藤の運転もそこそこ様になり、見た目も他の運転手顔負けの好青年になった。


「おつかれーす」


 ドアを開け帽子を脱いで頭を下げるところまではいい。ただ口を開ければだらしない言葉でどこか気が抜けている。

 他と比べれば出来損ないに見えるだろうが俺にとっては何不自由ないし、人間でありながら吸血鬼を寄せ付けない身体であることが何よりも好ましい。


 俺は返事もせず邸宅のドアを開けて中に入った。

 普段ならば執事やメイドの一人二人いる玄関に誰一人おらず違和感を覚えた。

 夜になると活発になるはずの吸血鬼達の気配すら近くに感じない。


 何かがおかしい。


 そう思いながら俺は階段を上がり自室に向かって歩き始めた。


 遠くに執事二人を見つけた。

 二人の足元には何かが倒れている。

 俺の気配を感じることもできないほど執事達は慌てていた。仕方がないので俺は近づき声をかける。


「何の騒ぎだ」


 声が聞こえたのかやっと俺が近くにいることに気づいた執事はピンと背筋を伸ばし頭を下げた。

 一人は倒れている何かに銃を向けたまま小さく会釈した。


「お、おかえりなさいませ」

「倒れているそれは何だ」

「はっ、これは……」

「侵入者です!」


 張り詰めた空気を裂くように俺は侵入者に近づき顔を覗き込んだ。


 ひゅっと息が詰まった。

 銀弾を撃ち込まれ血の海に沈んでいたのは紛れもなく影島世那だった。


 何故ここにいるのか、何故久木野の邸宅に侵入したのか、自問自答したところで何もわからない。

 近くに落ちている短刀と執事の内一人に出来ていた切り傷。執事達が言う侵入者と言うことに嘘はない。


 つまり世那は侵入者で敵意を持ってここにやってきたことになる。


 混乱する思考よりも先に身体が動いた。

 白の軍服が血に染まることを厭わず世那の腹部を抑えるように抱き上げた。


「これは俺が預かる」


 執事達は当然戸惑った。だが関係ない。

 まず止血をしなくてはならない。銀弾では回復力は通常よりずっと下がるためその処置もしなくてはならない。

 俺は早足で自室から少し離れた客室に向かった。



――――



 玄関から最も遠い客室のドアを開けた。

 使われることが滅多にないそこは埃っぽいが、父の目を掻い潜るには丁度良い。わざわざ足を運ばなければならいところに父がやってくる確率は低いからだ。


 電気をつけ、世那をベッドに下ろすと備え付けの内線でリリィに連絡した。慌てる様子もなくリリィは了承しすぐに目的のものを持っていくといい電話を切った。


 一息つく間もなく俺は世那に視線を向けた。

 更に呼吸音は細くなっている。これ以上放置すれば命を落とすだろう。


 俺は躊躇なく世那の短刀を握り自分の掌を切り裂いた。

 溢れる鮮血に世那は僅かたじろぐ。本能が血を求めているのだろう。

 血濡れた手を下に向け指先に伝う血を飲ませようと世那の口元に指先を当てた。


「飲めるか?」

「……」


 世那は僅か口を開いたが飲むまでには至らない。衰弱した体で嚥下が出来ないのだろうか。

 この時の俺は目の前で死にかける世那を助けたい気持ちでいっぱいだった。理性的に物事を考える余裕はもうなかった。


 俺は血濡れた手を自分の口元に持っていき傷口に口を当て溢れる血を口に含んだ。血液パウチよりもずっと濃い真祖の血。でも自分の血はちっとも美味しくなく、鉄臭さだけが鼻を抜ける。

 反対の手で世那の頭を掴み少しだけ下に引っ張って顎を上に向かせた。そして同時に俺は世那の唇に自分の唇を重ねた。


「んんっ……」


 突然の異物に世那はくぐもった声を漏らす。

 俺は舌で世那の口を開かせると口内にある血をゆっくりと注ぎ込んだ。世那の舌に自分の舌を当て僅か開いた喉に血を流し込む。

 すぐに口を離し再び血を含むと何度か同じように口付けて血を送り込んだ。


「っは……」


 何度か繰り返していると息の抜ける音が聞こえ俺は動きを止めた。

 目を開けることはないが確実に回復し始めた世那は自分で呼吸をし、血を欲しがるように口を開いた。


 甘い口付けの時は終わりを告げ、血濡れた手にもう一度短刀を突き刺し指先を下に向けて流れ始める血を世那の口に当てた。

 まるで赤子が乳を飲むように世那は指先にしゃぶりついた。舌先がもっともっとと強請るように俺の指の腹を撫でる。


「ッ……」


 ズンと下半身が熱くなるのを感じて俺は息を飲んだ。

 この感覚は身に覚えがある。

 思春期の頃、朝突然やってきてそれ以来忘れていた。


――本当に?


 反対の手で自分の口を押さえ、世那の口に入れていた手を引き抜いた。

 とりあえず血は足りたようで規則正しい寝息をたてながら世那は眠っている。


 ホッとする気持ちと、逃し方のわからない下半身の熱に俺は戸惑った。吸血よりもっと穢らわしい何かな気がする。

 バクバクと耳の中で鼓動の音が響く。

 口を押さえながら身を縮こませていると背後に足音が聞こえた。


「ご主人様、お持ちいたしました」


 聞き慣れたメイドのリリィの声に俺は勢いよく振り向いた。

 いつもの余裕などなかったせいで俺の表情がこわばっていたのだろう。一瞬リリィは目を見開いた。けれども何事もなかったように抱えた籠をベッドの上に置いて頭を下げた。


「他に何か必要なものはありますか?」

「……あぁ」

「佐藤に言伝があれば私からお伝えします」


 淡々としたリリィの声に俺は少しずつ落ち着きを取り戻し、深くため息に似た息を漏らすと口を押さえていた手で前髪をかきあげた。

 リリィが持ってきた一式の中から濡れたタオルを手に取り血濡れた手を拭き取る。傷口は既になく拭き終えればさっきまでのこともまるでなかったかのように消え去った。

 ベッドに横たわる世那を見る頃には普段通りの呼吸ができるようになっていた。


「何か書くものはあるか」

「はい、こちらに」

「ここに書かれたものを持って佐藤をよこせ」

「かしこまりました」


 渡されたペンの蓋をとって紙に素早く書き記してリリィに差し出した。リリィは何も言わず受け取ると頭を下げ、踵を返して廊下に出ていった。

 

 静かになった部屋の中は再び自分の鼓動を大きく響かせる。

 必死すぎて気づかなかったが今し方したのはキスで、しかも自分が何より嫌っている大人のそれではないだろうか。


「何やってるんだ、俺は……」


 けれど、不思議と気持ち悪さはなかった。それよりもずっと甘い興奮が体を駆け巡る。

 世那の血がついた白の軍服の上着を脱ぎ、布団につかぬよう床に落とす。ジャラリと音が鳴り重い勲章が地面に落ちた。


「……」


 一度だけ、もう一度だけキスすることは許されるだろうか。


 身軽になった体は思案する間もなく世那の頭の横に手をつき顔を近づけていた。

 真祖の血を飲み圧倒的回復力で世那はただ眠っているように静かな呼吸を繰り返している。以前会った時とは違い顔色は悪く、吸血鬼特有の牙が顔立ちを少しきつくしている。


「……何故吸血鬼になった」


 肘をつき更に顔を覗き込みながら呟くとゆっくり顔を近づけ、柔らかな唇に自分の唇を重ねていた。

 また下半身が熱くなったがそれよりも胸を締め付ける苦しさの方が勝り、触れるだけで俺は口を離した。


「遅くなりました、利津様」


 気の抜けた佐藤の声に俺は顔を上げ、何事もなかったように佐藤に振り向いた。

二章開始は7月1日(月)になります。

週1更新になります。気長にお付き合いください。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

よろしければブックマーク、評価、感想などよろしくお願いいたします。作者のテンションが爆上がりします。

誤字・脱字などのご指摘もお待ちしております。

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