18話
7月に入り雨ばかりだった空に雲ひとつない青色が広がっていた。
今年の梅雨は早くに終わり、暑さもそこそこな心地の良い夏。
正装をするには多少暑いが、吸血鬼達のパーティは夜に行われるためさほど気にならない。
世那は用意されていたスーツに着替えて部屋にいた。
久しぶりのネクタイにしどろもどろしたが、髪をワックスで綺麗に固め、身なりを整えればそこそこに見える。洗面台にある小さな鏡に向かって世那は今一度自分の格好を見つめた。
黒に近い紺色のスーツに群青色を基調とした金色のストライプが入ったネクタイ、少しばかり尖った焦茶色の革靴。前髪をしっかりあげたため、年よりも少し上に映る自分の顔は久しぶりに一人前に見えた。
ドアが開くと音が聞こえ世那は振り返った。
純白と言っていいほど眩しい白のスーツ、白と金色のネクタイ、ピカピカに磨き上げられた白の革靴。
ふわふわとした銀髪も綺麗に固められ、どこぞの王子様のような風体で現れた利津は世那を見るなりうっとりしたように翡翠色の目を細めた。
「よく似合っている」
「……どうも」
「俺が選んだのだから当然か」
「どおりで」
「なんだ」
「護衛の服じゃねえよ。動きにくい」
「名ばかりの護衛だ。俺に危害を加えるものはいない」
「じゃあ俺が行く必要はねえだろ」
そうは言っても久しぶりのお出かけに少しだけ気持ちが昂る世那は自らドアの方に向かい利津を待った。
利津は通り過ぎる世那を目で追い、後ろからついていく。
捕らえたときはやつれた印象が強かったが健康的な食事と自発的に行っている運動、そして吸血のおかげか年相応に凛々しくなった世那に利津は自分のことのようにうれしく思った。
そして嬉しさが相まって近づくなり世那のネクタイに手を伸ばし軽く引き寄せた。
「っ、なにすんだよ」
「お揃い」
「は?」
「言わなければわからないほどささやかだが、世那には知って欲しかった。……公のパーティなどでは久木野は白を着ると決まっている。だから……」
突然引っ張られたことに世那は機嫌を損ねた声をあげたが、利津が言いたいことを理解するとどこかこそばゆそうに笑った。
「……あぁ、たしかに。色違いだ」
「ふふっ、いいだろう」
群青色のネクタイと白色のネクタイ。
一見すれば全く違うものに見えるが角度によって光る金色のストライプのことを指しているのだろうと世那が答えると、利津も同じようにくすぐったそうに笑った。
侵入者として捕まり、鎖で繋がれていた日々が嘘のように利津の表情は柔らかく世那に対して愛しいと言わんばかりの雰囲気を惜しげも無く出すようになっていた。
だからこそ世那はわからなかった。これから連れていく場所は利津の婚約者がおり、自分を会わせて何がしたいのか。
利津が言っていた通りただ世那を吸血鬼化した真祖に会いたいだけなのか。
今も利津が世那から手を離してドアを開けてさっさと出て行ってしまったので世那は慌てて追いかけるしかなかった。
「利津様、世那さん、こっちですよー」
邸宅を出たところにこれまたぴしっとスーツを着た佐藤がニコニコ笑いながら2人に手招きをしていた。
その横で礼節をわきまえない佐藤に明らか苛立つリリィが2人を見つけて頭を下げた。黒を基調としたパンツスーツに華やかな花飾りを胸につけた姿のリリィは世那と目が合うとにへらと笑った。
「素敵ですね、世那さん」
「俺が選んだのだから素敵に決まっているだろう」
にっこり笑うリリィに何故か睨みを聞かせて利津が答えるとリリィはぺこっと頭を下げて車のドアを開けた。
利津は何も言わず後部座席に腰を下ろすと反対に座れと世那に目配せをした。リリィがドアを閉めると世那は促されるまま自分で反対側の後部座席に乗り、リリィは助手席、佐藤は運転席に乗り込んだ。
以前墓参りをした時とは違う黒塗りの車。
車内は広々としており後部座席に座っても足が伸ばせるほどゆったりしている。利津はすでにシートベルトをしめ深々と背中を預けており、世那もひとつ席を開けてシートベルトを引っ張ったところで利津に腕を掴まれた。
「隣に来い」
「なんでだよ」
「離れていては護衛の意味がない」
「……」
理路整然と正しそうなことを言っているが、ただ近くにいて欲しいだけだろうと下心見え見えの利津の言葉に世那は眉間に皺を寄せ怪訝な表情で利津を見た。
利津はというとその後は執着なく手を離して世那を見ようとすらせず窓の外を眺めている。
世那は仕方なく利津の隣に座り直すとシートベルトをしめた。
後部座席の様子を確認すると佐藤はゆっくりと車を走らせた。
見慣れた邸宅のラウンドアバウトを回り、門を通り抜け山を下ると簡単に城下町に降り立つ。ゆったりとした速度の車に揺られていると利津は思い出したように内ポケットから短刀を取り出し世那の前に差し出した。
「隠し持っておけ」
「え……」
「銃のほうがよかったか?」
「そうじゃねえよ」
「だったらなんだ」
「……いいのか、俺に武器なんか渡して」
「護衛だろう」
「お前のこと刺すかもとか、今ここで暴れるかもとか、そうは思わねえの?」
「ぷっ」
世那の純粋な質問に笑ったのは運転していた佐藤だった。
「いいっすねえ。やりますか?」
「黙れ」
「はいはい」
ハンドルを握り前方を見ながら揶揄う佐藤に利津は一喝した。
佐藤は悪びれもせず楽しげに笑いながらリリィの冷たい視線を感じつつ困ったように笑った。
何故笑われたのだろう、と世那は思った。
常識的に考えて屋敷を襲った相手に武器を渡す方がおかしいだろう。
口を閉ざしたままの世那の顔を利津は覗き込むとくるりと短刀を手の中で回して柄の方を世那に差し出した。
「何かあれば使え」
「……」
翡翠色の瞳が街灯の光を受けてキラキラと輝く。世那が利津を襲うとは思っていない、そう言っているような視線に世那は大人しく従って短刀を受け取った。
――――
そうこうしている間に目的地である帝国で一番大きなホテルにつき、佐藤は地下の駐車場へ車を走らせ、車は駐車場ではなくホテルの入り口の前に堂々と止められた。
入り口の前で待っていた数人のホテルマン達が車に向かって頭を下げる。佐藤が車から降り利津の方のドアを開けた。利津が降り立つと同時にホテルマン達は目を輝かせ、そして慌てて頭を下げ直した。
「ようこそお越しくださいました。本日は当館をお選びいただき誠にありがとうございます。利津様の晴れの日のお手伝いができること従業員一同大変感謝しております」
一番年配のホテルマンがつらつらと前口上を述べているにも関わらず、利津は視線すら向けないでホテルの中へ歩いて行った。
世那は車から降りるとホテルマン達に一礼し、利津の少し後ろをついて行った。リリィは佐藤と何かを確認すると佐藤を置いて世那の横へ追いついてきた。
「佐藤は車を止めてから此方に来るそうです」
「あぁ、わかった」
「世那さん、緊張しなくても大丈夫ですよ。ご主人様のおっしゃる通り何も危ないことはありません」
聞こえているだろうが利津はただ前を見て歩を進め、世那とリリィはついていきながら言葉を交わした。
地下の駐車場入り口を抜け、先に待っていたホテルマンの1人がエレベーターを開けたまま3人を迎えた。
ホテルマンはさっきの者たちと同じように利津を見るなり目を輝かせ、そして深々と頭を下げてエレベーターの中へ手を差し出した。
「そのまま最上階でよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
ホテルマンの質問にリリィが答えると利津は警戒することなくエレベーターに乗り込む。次に世那が入り、リリィはホテルマンに頭を下げて利津とホテルマンの間に立った。
自然と利津と部外者の壁となるように立ち振る舞うリリィの姿に世那はつい感心してしまった。
ブーンと低い音と共に自重が下へ下へと向かっているため自分達が上へ上がっている反対へ力が掛かる。
話す者はなく、世那はホテルマンとリリィに視線を向けそのまま俯いた。するとリリィが何かに気がついたのかツンツンと世那の腕をつついてこちらを向かせるとにっこり微笑んだ。
大丈夫です、と世那は言われたような気がして一つ深呼吸をした。
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