17話
次の日もいつも通り利津は部屋にやってきて血を与えた。
世那は普段通り血をもらい、何を尋ねるわけでもなく出ていく利津を見送った。
その後も変わらず過ごし、いつものルーティンをこなした。
朝食を食べ、筋トレをしてシャワーで体を清め、空いた時間はリリィが暇つぶしにと持ってきた本を読みながらゆったりした時間を過ごした。
日が傾き始めた頃、ノックの音ともにリリィがやってきた。いつもの掃除用具が入ったカートはなく片手に紙の束を持って。
「世那さん、これ」
「ん?」
「パーティの名簿。発見してきました」
「……勝手に持ち出したのか?」
「えへへ、はい!今回ばかりは本当にご主人様にも内緒です」
人懐っこい笑みを浮かべながらリリィは紙束を世那に差し出した。
いつもは利津の許可ありきで動くリリィにしては珍しい行動で世那は受け取りながら首を傾げた。
「利津の命令か?こないだみたいに」
「まさか」
「いいのか?」
「いいですよ」
「いや、ほんとに。後で怒られたりしないか?」
「世那さんは優しいですね。大丈夫ですよ。敵の動向を知るのは大切でしょう」
「敵って」
「だって世那さんが会う人たちは真祖と眷属の吸血鬼ですよ。王から与えられた爵位も大切ですが、何よりご主人様みたいな人ばかりがゴロゴロいるんです。何か対策できるならした方がいいんじゃないですか?」
「まあな……」
名前を見たところで何の対策になるのかわからないが、リリィの好意を無碍にできず世那は何枚かページをめくった。
始めに真祖の名前が爵位順に並び、それに基づいた順番で御付きの者、おそらく眷属だろう者達の名が並ぶ。
久木野の名が一番上にあった。当主である利津の父の名は何故か記載されておらず利津の名が筆頭にあることに世那は眉間に皺を寄せた。
「教えましょうか?」
「え?」
一枚目を見て固まる世那にリリィは顔を覗き込ませ尋ねた。
「名前だけ見てもわからないですよね。私が知ってる知識で良ければ」
「あぁ……、うん。助かる」
リリィの提案に世那は頷くと椅子を引き、座るよう促した。
リリィは「失礼します」とぺこりと頭を下げて腰を下ろした。世那は向かい側に座り紙束に視線を向けた。
「まずここのおうち久木野家は旦那様とご主人様のお二人。お仕事は主に王城の守りと運営です。人間でもなかなかもらえない公爵の爵位を賜ってます」
「あぁ」
「次が田南部家。ご当主様と奥方様は兄妹の関係です。まあ、真祖の血を繋ぐやり方として許された関係ですね。あとご当主様と奥方様の間にもう一人女性がおります。爵位は侯爵。お仕事は主に工業系に力を入れていると聞きます。人間が使っている工場のものはほとんど田南部の知恵が入っていると聞きます」
「へえ」
「知りませんでした?」
「あぁ」
「機械の底とかによくTANABEと記載があるんですよ。今度何かの機会があったら見てみてください」
リリィはどこか自慢げに話し、世那はリリィの無邪気で且つ真面目な様子に目を細めた。
「西和田家は医家の家系です。ご当主様は旦那様とほとんどが年齢が同じで仲がいいです。今時珍しい4男1女をもうけた大家族です。昨年ご長男とご長女がご結婚されました。爵位は子爵です」
「じゃあ、田南部も西和田も後継に困ることはないってことだな」
「鋭いですね。そうなんです。真祖は人間の血を入れることを許しません。なので二家とも安泰です」
「……ふーん」
次に田南部。西和田。次にリリィが指差した北よりも最後に記載されている名に戦慄が走った。
「東山崎……」
「このお家は男爵家ですよ」
「……」
「どうかされました?」
「俺の両親を殺した名前だ」
「……え?」
「東山崎の眷属の吸血鬼がやってきて俺の両親を殺した。理由はわからず、結局東山崎家は取り潰しになったと聞いたが」
「残ってますよ。ただ命の次に大切な牙を抜かれ、当主も奥方様のみと聞いております」
世那にとって仇である東山崎の名に平然としてられなかった。紙を持つ手が震える。
あの日ソファで寄り添いながら血を流していた両親の光景が目に浮かぶ。怖いと言う気持ちと怒りが混ざり世那は唇を噛み締めた。
「世那さん、大丈夫ですか?」
「あ、……あぁ。ごめん」
「いえ」
「ありがとう。先に覚悟ができてよかった」
世那は努めて明るく振る舞った。
震えてしまう手を隠すように立ち上がって両手を組んで天井に向かって大きく伸びをした。怖がっていても仕方がない。
「当日は私と佐藤が同行いたします。何かあればすぐにおっしゃってください」
「うん」
「……」
何も言わず出ていこうともしないリリィに世那は振り向き優しく微笑んだ。
これ以上詮索するな、と無言の圧を感じてリリィは同じように笑い返しぺこりと頭を下げた。
「では私は失礼致します」
「ありがとう」
「いえ」
パタンとドアを閉めリリィは世那の部屋から出た。
世那の両親が吸血鬼に殺されたことをリリィは利津から聞いていた。
だが思っていた以上に心の傷を負っている世那のことを利津に報告すべきか、リリィが思案していると清付きのメイドが一人通りがかった。
「邪魔よ」
「あ、すみません」
汚らわしいものを見る目でメイドはリリィを睨むと舌打ちをして向かいの部屋へ入っていった。
人間を下等だと見下す典型的な吸血鬼がこの屋敷には山のようにいる。その中で人間なのはリリィと佐藤のみだった。
リリィは気にせず長い廊下を歩きながら階段を降り、人間用に作られた倉庫のような部屋へ戻った。
ドアを開けると先客がいて煙草を咥えながら窓の外を見る佐藤が立っていた。
「うわっ、もう帰ってきやがった」
「部屋で吸わないでっていったでしょ」
「いいだろ別に。他にどこで吸えって言うんだよ」
「ご主人様が嫌がるじゃない」
「ガミガミ言うのはリリィだけですぅ」
そう言いながら佐藤は灰皿に煙草を押し付け窓を開け、簡易的なソファに寝転がり佐藤は携帯電話を出してゲームで遊び出した。
リリィは恥ずかしげもなくその場でメイド服を脱ぎ、私服のワンピースに着替えるとベッドに横たわった。
「よくもまぁご丁寧に着替えるよなぁ」
「しわになったらご主人様が恥をかくじゃない」
「そうか?」
「……」
気の抜けた佐藤の声にリリィは答えず黙り込んだ。
無視されることは日常茶飯事のため佐藤も気にせずゲームをしているとリリィが寝返りを打って佐藤に視線を向けた。
「ん?」
「ご主人様迎えに行くの何時?」
「あー、あと1時間くらいかな」
「じゃあ50分経ったら起こして」
「ん」
リリィがいることを気に留めず、また佐藤がいることを気に留めず、二人は互いを認知し合わない。
それが二人にとって心地よく、どこよりも安らげる場所となっていた。
そよそよと初夏の心地いい風がリリィの頬を撫でる。佐藤の承諾を得るとリリィは重たい瞼を閉じ眠りの中へ入っていった。
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