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15話

 帝国が築かれ早120数年。人々はそれぞれの生活を営んでいた。

 ある人は店を構え、ある人は物を作り、ある人は人に教え。国として成り立ってから時が過ぎたが大きな内乱や紛争、他国との戦争もなく穏やかに過ぎていた。

 何故ここまで発展したかと言えば、昔の王族が吸血鬼と共存することを選んだためだと言われている。

 それまで無法地帯だった吸血鬼の巣を全て取り上げ、利口な者には爵位を与え、自制の利かぬ者たちを爵位がある者たちに罰させた。

 利口なものというのは吸血鬼達が信じる純血の血筋である真祖たちに当たる。その中で始祖に近いとされる久木野には最も位の高い公爵を。その他にはそれぞれ見合った爵位を与えた。


 最も位の高い久木野家の後継として利津は人間の王を守る護衛を任されていた。

 若くして大尉の地位を得、自分よりもずっと年上の人間や吸血鬼達を束ねている。仕事と言えば殆どが事務作業だが、週に何回か行われる実践訓練にも積極的に参加した。元より吸血鬼は人間の数倍身体能力があるため訓練をサボる吸血鬼も多い。



 いつもの白軍服ではなく、訓練用の軍服の上着を脱ぎ、タンクトップで汗を拭いながら渡り廊下を歩いていると向こうから見慣れた男を見つけ利津は足を止めた。


「よお、精が出るな」

「いい加減に参加したらどうだ」

「嫌だね、任意参加のやつだろ。今日は暑いし日差しも強いし、やってらんねえよ」


 紺色の軍服に身を包んだ男、西和田にしわだりゅうは利津と同じ翡翠色の瞳を細めフルフルと首を横に振った。

 利津と同じ銀色の髪は綺麗に後ろでまとめているため尻尾のように揺れている。

 いささか自分よりも大きな隆を見上げながら利津は溜息を吐いた。

 

「特殊部隊の隊長が言うことか」

「それはそれ。これはこれ。ご立派な利津様と比べんなって」

「貴様はいつも適当だ」

「あーね。これでも利津より2つ上なんだからとんでもねえ」

「自覚があるならしっかりしろ」


 利津は楽しげに笑う隆の横を通り抜けようとしたが、視界に隆の手が現れ壁に触れて道を阻んだ。

 隆は利津を見下ろしながらさっきまでのおちゃらけた雰囲気をなくし、冷淡な声で呟いた。


「捕まえた輩ってのはどうした」

「お前に言う必要はない」

「つれねえな。相談してきたのはお前だろ」

「情報分の報酬は渡した」

「お前の血をな」


 壁に手をついていない方の手で隆は利津の顎に手を添え上を向かせ、対する利津は流れるような所作に抗うことなく睨むようにじっと隆を見上げた。



――――



 それはある日の城内での出来事だった。


「親なし吸血鬼を手なづけたい?」

「あぁ」

「なんで俺に聞くんだ」

「研究してるんだろう」

「まぁねえ」

「手なづけると言うのも語弊がある。仮に親が現れたとして、親よりも俺の言うことを聞くようにしたい」

「……へえ」

「出来るか?」

「絶対とは言い切れねえけど、こうかなってのはある」

「どんな?」

「ふふっ、がっつくなって。タダで教えるわけねえだろ」

「……」

「アンタの血をくれたら、考えてやる」

「……」

「ハハハッ冗談……」

「いいだろう。こっちに来い」


 利津は辺りを見渡し誰もいないことを確認すると目の前にあった空き部屋に隆を引き込んだ。


 他に誰も入れぬように扉に引っかかっていた簡易的な鍵を締め奥へと進む。

 今はほとんど使われていない資料庫の中を歩くだけで埃が舞い、綺麗に磨かれた利津の革靴を汚していく。

 本棚を通り抜け最も奥に来ると利津は壁に寄りかかった。そしてきっちり来ている白の軍服の襟元を緩めると首筋を露わにして見せつけるように小首を傾げた。


「飲め」

「……はぁ?」

「血が欲しいのだろう。くれてやる」


 冗談で言った言葉だった。

 だが許されるはずのない始祖の吸血を促されて我慢できる者などいるだろうか。


 じんわり口の中が潤った頃にはもう利津の肩を掴んで白い首筋に舌を這わせ遠慮なく牙を立てていた。

 ジュルジュルと容赦のない吸血音が利津の鼓膜を震わせる。足先から徐々に血の気が引くのを感じ脚に力が入らなくなってついに利津は壁に背を預けたまま床に座り込んでしまった。

 隆は離れるどころか更に牙を食い込ませ溢れる血で喉を潤した。


 通常なら真祖ともあろう者がこんなに理性をなくして吸血することはない。

 ただ差し出された始祖の血と香る利津の匂いに隆のタガが外れてしまった。

 体に流れ込む血液は誰よりも濃く甘い。何度も噛みつき直し、満足する頃には数分の時が過ぎていた。


「っ、悪ぃ」


 やっと理性を取り戻した隆は慌てて顔を離した。

 血塗れの首筋、いくつもの噛みつき痕。けれども利津の表情は変わらなかった。

 虚空を見つめていた利津の目が冷めた様子でぎろりと隆を見た。らしくなく隆は恐怖を覚え身を震わせた。


「教えろ」

「っ、……ハハ、怖いねぇ」

「禁忌を侵してやったんだ。知らないとは言わせない」

「あー、わかったって。別に難しいことはない。こうやって毎日お前の血を飲ませてやればいい」

「そんなことで変わるのか」

「変わるさ。血が濃ければ濃いほど支配も強くなるって結果は出てる」

「なるべく早くするにはどうしたらいい」

「元人間の吸血鬼は日を浴びるだけで体力が減る。なるべくたくさん日光浴させて、吸血をギリギリまで我慢させる。他の血を飲ませずお前の血だけを飲ませていればそのうち本当の親が現れても多少抵抗できるんじゃねえか」

「わかった」


 利津は壁伝いに立ち上がった。致死量とまではいかないがかなり血が抜かれたせいで目がまわって足元がふらつく。


「大丈夫か?」


 隆が支えようと手を伸ばしたが利津は叩き払った。額に汗が滲み、先ほどの余裕はないくせに利津は鋭い眼光で隆を睨むと何も言わず部屋を出て行った。



――――



「ずるいって。始祖サマの血を使って俺を利用してさ。でもそんなんじゃ足りねえんだよなぁ」

「何が欲しい」

「捕まえた輩のこと詳しく知りたい」

「なぜ」

「興味がある。殺してしまえばいい奴を何故生かし、あまつさえ救おうとするのか」

「救う?俺が?」


 隆の言葉を小馬鹿にするように鼻で笑うと利津は顎を掴む手を掴み返し、離せと言わんばかりに力を込めた。

 鋭い利津の眼光に隆は怯み、呆気なく手を離してしまった。抗えぬ始祖への恐怖心に隆は小さく笑って誤魔化した。


「わかったよ、ごめん。いてえから放せって」

「二度とくだらないことを言うな」

「はいはい」


 恐怖だけが占めていればいい感情に反して隆の心臓は高鳴りした。

 恐怖と命ぜられたことへの悦びが入り混じる。自分のことだが隆はまるで他人事のようにため息を漏らして笑った。


「なるほどな」

「……?」

「こないだアンタが聞いてきたろ。元人間の吸血鬼を親よりも強い力で支配できないかって。もしこれが真祖にも使えるとしたら、かなり強力だな」

「何を言っている」

「真祖同士の吸血が禁忌な理由もそういうことだってこと。上位の血を飲めばたとえ真祖でも下位はメロメロになる」

「……気色悪い」

「そ。かなり気持ち悪い」

「次の仕事がある。俺はもう行くぞ」


 新しいモルモットとして自分の体が変化したことに喜ぶ隆を無視して利津は歩き出した。

 隆は利津の後ろを楽しそうについてきた。払っても話し始める隆を利津はちらりと睨んだが諦めて好きにさせることにした。


「そういやさ、婚約披露宴。来週だよな」

「あぁ」

「美玖嬢と本気で婚約するつもりか?」

「元々決まっていたものを形式に則ってするだけだ。それに血縁で最も近いのが田南部であることに変わりはない。久木野に女がいない以上そうするしかないだろう」

「愛してもいねえ女とよくそんなことできるな」

「愛など必要ない。ただ血を繋ぐための儀式であり交わりだろ」

「うわぁ、冷めてる」


 歩く二人を見つけると城中のもの達はこぞって歩くのをやめ、横に並んで頭を下げる。

 格式として最も位の高い公爵の息子と伯爵の息子が歩いてくれば当然のことで、二人は会釈すらしない。

 利津は自分に与えられた事務部屋の前につくと隆に振り返り立ち止まった。


「中には入れないぞ」

「えー」

「仕事があると言っただろ。それにシャワーも浴びたい」

「シャワー浴びてる間ソファで寝かせてくれよ」

「いやだ」

「なんでだよぉ」

「お前がいると俺もサボっているように見られる」

「え?きちんと仕事してますってしてえの?うわっ、やだやだ」

「……馬鹿が」

「あぁ、いいねえ。うん。もう少しアンタの傍にいて俺がどうなるか観察してえな」


 諦めない隆に利津は強く言い返したが怯むどころか悦な笑みを浮かべながら喜ぶ隆に利津は深い溜息を吐いた。

 だがふと一度の吸血でこんなに酔いしれるものか、と利津の中に疑問が湧いた。人々が行きかう事務室の前で話すような内容ではないため利津はドアを開けた。


「え?いいの?」

「いいから入れ」


 ウキウキする隆を無理矢理中に入れると鍵を締めた。

 早速ソファに座ってくつろごうとする隆の腕を掴み利津は自分の方を向かせた。圧のある利津の視線に隆は目をぱちくりさせ、そして照れたように笑い視線を逸らした。


「おいおいなんだよ」

「始祖の血を飲みお前が狂ったのか?」

「あー、狂ったといえば狂ったけど俺は元々利津が好きだからな」

「……は?」

「いや、変な意味じゃなくて。フツーに。吸血鬼として、男として好きなんだよ」

「……」

「まぁいいや。何だよ。聞きたいことがあって部屋に入れてくれたんだろ」

「あぁ」


 楽しそうに笑いながら首を傾げる隆に利津は真顔で問いた。


「捕縛した侵入者だが、お前のいうとおり血を与えている」

「うんうん」

「けれど今のお前みたいな反応はしない。それは俺の血がアイツに効いていないということか」

「あー、あー?」

「何だその反応」

「いや、なんだろうな。わかんねえ」


 他人に対して興味を抱かない利津が眉間に皺を寄せ腕を組み悩んでいる。

 隆は驚きよりも何だか微笑ましくなって小さく笑った。案の定、何故笑われたと利津は睨むように隆を見上げた。


「用は済んだ。出ていけ」

「つれねえな」

「何かわかったら教えろ」

「利津こそ、しっかり情報くれなきゃ何も答えてやれねえよ」

「……」


 ポンと利津の肩を叩き隆は部屋から出て行った。

 利津はため息を漏らし、汗だくの服を脱ぎ捨て体を清めにシャワー室へ向かった。

お読みいただきありがとうございます。

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