12話
見慣れた街からだんだん郊外へ車は進んでいった。
煌びやかなネオンは徐々に数を減らし、久木野邸への道と変わらないほど鬱蒼とした森の中へ入っていく。
はたから見れば山奥へ連れていかれることに恐怖するだろう。だが世那は恐怖ではなく怒りを覚えていた。
「どこに向かっているんだ」
「わからないか?」
「わかるから聞いてんだよ」
「ならば聞くな」
デートといったくせに向かう場所はあまりに場違いな場所だろ、と世那は思った。
目的地に着くと車は駐車場に止めず、目的の場所からすぐの場所のところに停車した。足元が分かるほどのほんのり付く電灯がその場の雰囲気を怪しくする。
佐藤は車から降りると利津の方のドアを開けた。利津は何も言わずシートベルトを外し車から降りると世那にも降りるよう促した。世那はいら立ちを隠さぬまま俯きがちで車を降りた。
「それでは、俺はここで待ってますんで」
「あぁ」
「何かあったらすぐ向かいます」
佐藤はぺこりと頭を下げ、利津は目的の方角へ足を向け世那に声をかけた。
「行くぞ」
「……どこに」
「墓参り。それ以外に何の用がある」
それ以上答えるつもりはない、と無言の圧力を感じ世那はしぶしぶ利津の後ろをついていった。
吹き抜ける風は6月になるというのに少しだけ肌寒い。月明かりがあるおかげで森の中は思ったより明るいが、吸血鬼である2人は夜目が利くため昼間とほとんど変わらないくらい物を認知できる。
世那は森から視線を移した。見覚えがあるというほど簡単な場所ではない。木々が生い茂る中にいくつもの墓が重い空気を背負って並んでいる。
利津はとある墓の前で止まった。振り返ろうとしない利津の背中を睨みながら世那は低く呟いた。
「どうしてここがわかった」
利津は答えない。
世那が気に留めた墓はどの墓よりも新しく、先祖代々受け継がれる帝国の墓には似つかわしくない、小さなものだった。
利津は一度頭を下げるとそこに膝をつきそっと手を合わせて目を閉じた。
2人の前にあるのは世那の両親の墓。森の静けさと墓特有の空気が2人を包む。
「何のつもりだ」
怒りのこもった世那の声に利津は瞼を上げ、立ち上がって墓を背に振り向いた。
夜風に吹かれ世那のまっすぐな黒髪は僅かに乱れ、黒い瞳はいつもより潤んでいる。怒りからか、それとも戸惑いか。世那の気持ちを知ってか知らずか利津は淡々と答えた。
「あの日の朝、墓参りに行きたかったと言っただろ」
「ふざけるな!」
静かな森に世那の声が響く。
ザワザワと鳥たちが翼をはためかせ動揺し、獣達も何事かと草を揺らす。
その中で利津だけは怯むことなくじっと世那を見つめ、その視線が更に世那の怒りを加速させた。
「俺を懐柔するつもりか?親の墓を盾に脅すつもりか?……そうだ、そうだよな。俺には何にもない。両親がいないってだけで真っ当な評価をされない。末には親のいない吸血鬼になって、身に覚えのないお前の屋敷を襲ってた。何の価値もねえ、何にも……」
息を切らし世那は思いのたけを吐き出した。
上がる呼吸、震える唇、どれも世那はコントロールできず、わなわなと沸き起こるままに怒鳴った。
収まらない感情は両親の墓の前だからか、利津が何も言わず聞いてくれたからか。頭に血が上った世那にはわからない。
やっと口を閉ざした世那に利津はゆっくりと口を開いた。
「田中実」
「え?」
「4年前の学生兵を覚えているか?」
その名前に世那は覚えがあった。いや、忘れるはずもない。
世那が22歳になったばかりの頃。
帝国で決められた兵役を終えるために高校三年生の男子は半年ほど軍に所属しなければならなず、その際に必ず先輩兵士が一人付けられる。
中学卒業後から軍隊に所属しながら二等兵止まりの世那を学生兵たちは小馬鹿にし、最悪な時は貶められることもままあった。そのため毎年毎年やってくる学生兵を世那はなるべく関わらず距離をとっていた。
けれども、田中実だけは世那を侮ることはなかった。親鳥を追いかけるひよこのようにずっと世那につき、軍を離れる当日まで傍を離れようとしなかった。そんな田中を世那は邪険にせず一等可愛がっていた。
「……田中が、何だってんだよ」
「それが俺だったとしたら、世那はどう思う」
「何言ってんだ。だって田中は人間……」
「黒髪に黒い瞳。ウィッグとコンタクトレンズがあれば誤魔化せる」
「……」
「元人間の吸血鬼と違って真祖は昼に行動することに障害はない。身体能力も手加減すれば人と変わらないように周りには映るだろう。……真祖は学生兵になる時、周りの上官が気を遣わぬよう嘘の戸籍と名前を与えられ身分を隠す慣わしだ。俺も則っただけのこと」
低く落ち着いた声で淡々と話す利津にざわついた森はシンと静まり返っていた。
ただ世那だけは息を詰まらせた。強く拳を握り今の感情をどうしていいかわからず身を固めてしまったせいだ。
唯一と言っていいほど可愛がった学生兵が今目の前にいる。この現実をどう受け入れればいいか、世那はわからなかった。
怒りを失い、更に戸惑い始めた世那に利津は目を細め世那に手を伸ばした。普段ならば後ずさりの一つでもしただろうが今の世那は動けない。
利津は自分とさほど変わらない世那の身体を抱き寄せ、耳元にそっと呟いた。
「俺が世那の主人になる。もう親なし吸血鬼ではない。地位も何もかも、世那にふさわしいものを俺が与える」
「何言って……」
「世那の父も母も、世那が幸せになることを望んでいるのではないか」
――悪魔の囁きだ
利津の言葉は世那の心に直接語りかけているのかと錯覚するほど世那の思考が鈍っていく。
墓前のせいか、まるで両親がそうすべきだと言っているように。
そんなはずはない。父も母も利津と同じ吸血鬼に殺されたのだから。
――違う
世那と同じ、元人間の吸血鬼に殺されたのだ。
吸血鬼の暴走のきっかけはそれぞれで、主人の命令、または吸血ができないゆえの枯渇。
もしここで利津を拒絶し、捨てられれば世那は血を求め暴走するだけの化け物に成り下がる。そもそも久木野邸を襲った事実が消えない限り、軍隊に戻る手段もない。
そんなことはわかっている。わかっているけれど、素直にうんと言えない。
「なんで、俺にここまでする」
やっと絞り出した言葉は素直な疑問だった。
利津の言う通り学生兵の利津と少しの間共にしたとして、何かあったとは考えにくい。世那にとっては思い出深い学生の一人だったが、利津にとってたくさんいる内のしがない二等兵に過ぎない。
世那の問いに利津はふと小さく息を吐くと体を離して、何故か少しだけはにかんだような笑みを浮かべた。
「さぁな」
まるで無垢な少女のような照れた微笑みに世那は何も言い返せなかった。
月明かりにキラキラと輝く銀色の髪が風に揺られ、髪色に負けない肌の白さが一層美しさを倍増させる。人のものではない翡翠色の瞳は世那を捉え、音が鳴らないのが不思議なほど長い睫毛が瞬きする。
「先戻っている。終わったら来い」
ふわりと風が舞い込むと利津は踵を返し車の方へ歩き出した。
「……」
もし両親が見ていたら何と言っただろうか。
世那は一度墓に視線を向け、今はもういない両親に心の中で尋ねた。
両親を殺した同じ種族の生き物に見惚れてしまったなど口が裂けても言えない。母なら、父なら、きっと「そうか」と笑うだけだろうが、世那はそう思ってしまう自分が許せなかった。
「また来る。……遅くなってごめん」
呟くように世那は墓前に話しかけ、利津の背中を追ってその場を後にした。
墓は答えない。代わりに森の木々が少しだけ揺れた。
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