9.5話
(side:利津)
会いたくて仕方がなかった。たった3日だというのに俺は女々しくもそう思ってしまった。
世那を捕まえる前ならこんな気持ち知らないで済んでいた。1ヶ月もあっという間に過ぎたし、日々流れていくだけの仕事をこなし、何の変哲もないつまらない日常を過ごすだけでよかった。
なのに世那に会えない3日は途方もなく長かった。
早く、早く世那に会いたい。血で狂ってはいないか、俺がいなくて寂しいと少しは思ってくれていないだろうか。
……詭弁だ。
寂しいと思っているのは俺だけで、もし世那が俺を待っているとしたらそれは吸血衝動によるものだろう。
――――
久木野邸に帰ってきてからはよく覚えていない。
挨拶をするメイドや執事を無視して俺は足早に自室に戻った。
机の上に置かれている山のような書類に目もくれず、俺は軍服を脱ぎ捨てシャワー室に入る。
田南部の匂いのついた体で世那に会いたくなかった。丁寧に、それでも急いで体を清めた。
用意された着流しに袖を通すとすぐに部屋を後にした。いつもは聞こえないスリッパの音がさっさっと鳴り響く。それだけ俺は常軌を逸していた。
日が沈み吸血鬼達が活発に仕事を始めているため、行き交う執事やメイドは俺の姿を見て目を丸くしていた。
けれども気にしない。最優先事項は世那に会いに行くことだからだ。
――――
ノックもせず世那の部屋のドアを開けた。カーテンは開け放たれたままで一瞬不安に思ったが、外は雨だったことを思い出し安堵する。
目は自然と世那を見つけ心が躍った。大人しく鎖に繋がれたままこの部屋にいてれたことが嬉しい。
ここまでの時間は数秒もなかった。俺がドアを開けるとほぼ同時に世那は身じろぎ、起き上がろうとしていた。そして俺は自分の今の気持ちと表情を顧みた。
――ダメだ、俺は今どんな顔をしている?
ふやけた顔を見られたくなくて俺は駆け寄り世那の目を覆ってベッドに押し倒した。
世那に会えて喜ぶ俺を、こんな情けない顔を見られて幻滅されたら嫌だ。
俺は真祖の頂点に立つ始祖の久木野利津でなければならない。冷徹で非道で、誰もが畏れる大尉でなければならない。
それに俺は親なし吸血鬼の、世那の主人にならなければならないのだから。
案の定、世那は目を隠した俺の手に爪を立てるように強く掴みかかった。引き剝がそうとする手に抗い、俺は力を込めながら低く呟いた。
「見るな」
いつも通り言えただろうか。嬉しさが溢れてしまっていないだろうか。愛しい男が目の前にいて声が上擦らなかっただろうか。
我ながら馬鹿なことを気にしているとわかっていても考えることはとまらない。
俺の声に誰か理解したのか世那は手を離し呆れた声で問うた。
「……なんですか」
敵意むき出しの冷たい声色にほっとした。
そして、寂しく思った。
目を覆う手の力が自然と弱まり、空いている方の手で世那を引き寄せると顔を覗かれないように肩に顎を乗せ強く抱きしめていた。脚の上に跨っているため世那は身じろぐだけで逃げ出せない。
「っ、おい」
「血が欲しいか?」
世那は俺の言葉にぴくっと震えた。
「っ……なんのつもりだ」
俺は常と変わらない感情を乗せない声で淡々と告げる。
「3日留守番できた褒美をやる」
「馬鹿言うな。放せ」
「誰かわからぬ血は不味かっただろう。俺の味を覚えよく正気を保てたな、褒めてやる」
理由なんてどうでもいい。
「さぁ、噛みつけ」
世那が俺を必要とする理由ができるならなんだっていい。
どんなに抗う言葉を吐こうと黒く艶のある髪は白髪へと変わっていく。
俺と同じ、そう思うだけで慈しみの気持ちが勝り気づけば世那の頬に自分の頬を摺り寄せていた。
好きだと言ってしまえたらどれだけ幸せなのだろう。
世那は荒い呼吸を繰り返し、俺の肩に牙を立てた。
親ではない俺は噛みつかれれば当然相応の痛みを覚える。
もし俺が本当の親だったら気持ちよかったのだろうか。互いに悦び、噛み合い、最後は愛し合うことができただろうか。
「……世那」
気持ちが溢れた情けない声で縋るようについ名を呼んでしまった。
すると、吸血に夢中なはずの世那がぎゅっと強く抱き返した。
たったこれだけでも俺の心は満たされた。吸血衝動の流れでこうなっているとわかっていても俺は幸せだった。
「名を呼ぶことを許す」
「……え?」
「俺がお前の親になってやる」
「何言って……」
「誰も意見などできやしない。俺は始祖であり、吸血鬼の中で逆らえるものはいない」
「だから、そういう社会性が通るなら俺はこんな……」
肩を掴み体を少しだけ離して世那を見つめた。
今日初めて目と目が合った世那は黒い髪に黒い瞳で俺を見つめている。
昔と変わらないまっすぐで純真で美しい男。
――今だったらキスをしても許されただろうか。好きだと言ったら良いと言ってくれただろうか。
「……眷属にするってことか?」
俺の気持ちを知る由もない素っ頓狂な質問。苛立ちを覚えたが俺は平然を装い淡々と答えた。
「そう思いたいのならばそう思えばいい」
「そんなの無理だろ。だって俺を吸血鬼にしたのはお前じゃ……」
肯定してやったにも関わらず更に否定を重ねる世那に俺はついにキレてしまった。世那の左手を掴み己の方へ引き寄せた。
さほど武器を握らない俺の手とは違う戦場に立ち続けてきた無骨な世那の手。
俺は躊躇なくその左手薬指にそっと口付けた。
「なっ……」
今までとは違う俺に戸惑いを隠せない世那は俺を見下ろしながら頬を赤く染め、身じろいだ。
可愛い、そう思った。
「どうした?」
ようやく主導権を握れたことに満足した俺は手を握ったまま見上げた。世那は俺と視線が交わると息を詰まらせながら絞り出す声でこう言った。
「……っ、顔面凶器」
「は?」
「あー、もう。いい、わかった」
何がわかったのか俺にはわからなかったが世那は何か納得したのか意味のわからない言葉で俺を罵倒し、手を離してしまった。そのくせ世那の頬は赤く染まったままで居心地悪そうに視線を逸らしている。
勝手に自己完結されて気に入らなかった。
「名を呼べ」
「あ?」
「それとも俺の名を知らないのか」
名だけ呼ばれればいい。もう俺の気持ちを推し量れとは言わない。
すると世那は俺を見ては高らかに笑った。
「ハハハッ」
「何がおかしい」
「いや、悪い。知ってるよ。利津だろ」
名を呼ばれ金縛りにあったように俺の動きはとまった。キュンと何かが喜ぶ。名を呼ばれただけなのに。
「……呼び捨てか」
「あ、あぁ……そうか」
バクバクと心臓の音が鼓膜を揺する。こんなにも名を呼ばれて嬉しくなるなら、次呼ばれたらどうなるのだろうか。
「もう一度」
初めて自分の名が美しく聞こえた。そう思うと再び世那にねだっていた。
「……利津」
恥ずかしそうに、それでもはっきり世那は俺の名を呼んだ。
作り上げた冷徹な仮面はとうに取れてしまっていたのだと思う。俺の顔を見て世那は目を丸くし、不思議そうに俺を見つめていたかと思えばふと気を失ってしまった。
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