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竜の胎動  作者: Ten10
竜の再動
3/4

再動③

 

 工房百刀、その洞窟の入り口に居座っていたのは上半身が女、下半身が蛇の濡女(ぬれおんな)と呼ばれる妖だった。

 ただその姿は一般的に伝えられているものとは異なり、大きさは成人の五人分にも値する。どうやら自力か誰かから授かったものなのかは定かではないが、かなり力をつけているようだ。


「テメーか。さっきココを揺らしたのは。迷惑だぞ」


 入り口から堂々と現れたるは鉄花。手には彼女の得物である巨大なマッチ棒が携えられており、先端には白い炎はごうごうと燃え盛っている。


「ククク。食い損ないの臭いを辿ってみれば、このような場所にたどり着けるとは。あまりの僥倖で身が震えておるぞ」

「なんだ。テメーも強くなりてえのか。昔も今も害を与える妖ってのはあんまし変わらねえのな」


 鉄花のことを歯牙にもかけず、濡女は笑うばかりだ。


「逃げるなら今だぞ。我は今機嫌がよい。泣いて喚いてみっともなく逃げれば見逃してやってもいい」

「自分の家から出ていく馬鹿がどこにいるよ」

「あまり我をなめるなよ小娘。所詮神でも妖でもないような、お前のような蜥蜴の神使など一呑みにしてやれるのだからな」


 蜥蜴ということは臭いで分かったのだろう。鼻だけは一級品かもな、と鉄花は皮肉交じりに笑う。


「我は既に大妖怪と化した! ここにある魂を貪り食えば神すら殺せる!」

「勝手にほざけ」


 それよりも彼女には聞きたいことがあった。


「テメーが傷つけたアイツと一緒にもうひとり神使がいたはずだ。そいつはどうした。まだ無事って言うのなら……」

「ぷっ」


 濡女はこらえきれず高笑いをあげる。


「クハハハ! ああ、奴のことのなら、とっくに腹の中よ。正確に言うのならもう我の一部になったと言うべきか」

「……」

「あやつもみっともない最期だったのう。泣いて! 叫んで! 命乞いをして! そのようなこと我には一切通じぬというのに、不様極まりない。今思い出しただけでも笑えてくる。これは一生笑いには困らぬな、ハハハ!」


 空を見上げて笑い続ける濡女に、鉄花の沸点はとうに限界に達していた。


「そうかよ──じゃあもう喋んな」


 衝撃。油断していた濡女の頬に重く強い一撃が入った。

 勢いのまま吹き飛ばされ、眼下に見えていた森へと落とされる。なんとか受け身を取れたが、その顔は怒りで醜く歪んだ。

 しかしその顔はすぐに苦しみの表情へと変わった。全身が燃えるように熱い。あのマッチ棒で殴られたせいかと、体を確認するがどこにも火は移ってはいない。


「あんまり汚ねえ声で笑うんじゃねえよ。あの子が怯えるだろうが」


 のたうち回る濡女の前に着地する鉄花。ヘルメット越しでもはっきりと分かる。彼女は激怒している。


「貴様、なにをした!? なぜこんなにも熱い! ああ! 熱い熱い熱い熱い!」

「アタシのこれは魂を燃やす特別品さ。テメーがどんだけ強固な鱗で固めても魂を直接燃やせる」


 それを聞いて、濡女は苦痛を感じつつも安堵した。とどのつまり、所詮は精神攻撃。我慢すれば問題ない。そう判断した。


「貴様は許さぬ。その指の一本一本をもいでからゆっくり溶かしてやる! この大妖怪に歯向かったことを永遠に後悔するがいい!」


 蛇の尾を振るい、鉄花に叩きつける。が、彼女はそれを器用にマッチ棒で捌き、回避する。

 苛立ちが抑えらぬ濡れ女はその感情の赴くまま、尾を左右から何度も振るう。しかしそれのどれも彼女には当たらない。上手く攻撃をずらされ、あるいは上手くはじき返されてしまう。

 マッチ棒に接触する度に全身に強烈な熱が走り巡る。熱が走ると、怒りが抑えきれずに攻撃がどんどん単調になっていく。


「このっ……! 防戦一方か!? このままなぶり殺して……っ!?」


 挑発交じりの濡女の攻撃が止まった。

 体力が尽きたわけじゃない。ピクリとも動けなくなったのだ。


「『影縫(かげぬい)』。妖刀道具のひとつさ。自分の影を見てみるといい」


 視線だけを自分の下に見やると、影に数本の小さな針が刺さっていた。攻撃を捌きつつ鉄花が投げて刺したのだろう。マッチ棒ばかりに注目していた濡女はまったく気づいていなかった。


「その針はな、三百年前に卯月、月葉、五宮の三社が共同してようやく倒せた影喰(かげはみ)っていう妖怪の力のほんの一部、その残滓を定着させたものだ」

「それがどうしたというのだ!」

「大妖怪っていうのはそういうヤツのことを指すんだ。テメーみたいな調子に乗ってる三流妖を指す言葉じゃねえ」


 まずは目の前の現実を叩きつけてやる。お前なんぞは矮小な存在なんだと分からせてやる。

 仲間が殺されたことの醜い復讐だ。だけど、彼女は、彼女たち歴代鉄花はそういった感情で動いてきた。今更生き方は変えられない。


「蜥蜴ごときが! こんなもの……!」

「おー。少しはやるな。ちょっとは動けるじゃないか」


 全身の力を込めてその場から逃げ出そうとする。既に濡女は鉄花を喰うことは諦めていた。

 この小娘はなにを持っているか分かったものではない。一旦退いて、弱小神使を食べて力をつけて、それでもう一度。


「冥途の土産に見せてやるよ。鉄花ちゃんの素顔はレアなんだぜ」


 ヘルメットを外した鉄花の人間の顔が本来のものに戻っていく。赤い鱗を携えた蜥蜴。しかし唯一、普通の蜥蜴と違うところがあった。


「貴様、まさか」

「その通り。アタシは動物じゃねえ。妖も怪しいところだ。アタシはな──」


 大きく開けた口の中にきらめくは劫炎。全てを燃やし尽くす炎。彼女と相対する者が最後に見る光景である。


火蜥蜴(サラマンダー)だ」


 瞬間、濡女は火に包まれる。泣くことも喚くことも命乞いをすることすらも許さない絶対的な炎。自慢の鱗も、大事にしてた長い黒髪も一切を同じものに変えていく。濡女は抗うことをやめて、炎に身を委ねた。

 炎を吐き終えた鉄花はヘルメットを被りなおす。そんな彼女の前にあるのは、もはや巨大な炭でしかない。

 

 

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