再動②
鉄花が眠りから覚まされたのは百鬼夜行による凶行から神使を護るために他ならない。
百刀が司る五つの魂の利用法、分解、錬鉄、合成、再生、浄化のうち、彼女が最初に依頼されたのは『再生』の役割だった。
「わたし……なんで、どうして……」
工房内のベットに寝かせられているのは小鳥の神使。無惨にも翼はボロボロ、片腕もなくなっていた。痛々しく巻かれた包帯から止血処理こそ終わっており、命に危険はないことがわかる。しかし通常なら翼も腕も二度と生えてくることはないだろう。
間違いなく彼女の怪我は月葉神の言っていた百鬼夜行の襲撃によるものである。
「いやあ、本当にギリギリのところだったのですぞ」
付き添いに来ていたのは卯月神社の神使、正直目有だ。
かの者の語るところによると、先日、妖の襲撃を受け窮地に陥ったふたりの小鳥の神使を助けたとのことだったが。
「で、もうひとりの子は無事なのか」
「……!」
小鳥の神使の顔が思わずこわばる。その表情からすべてを察した鉄花は目有の方を睨みつけた。
「戦う力もない我になにを期待しているかは知りませぬが、ひとりだけでも助けられたことを褒めて欲しいものですな」
この状況で自慢気に語る目有が癇に障ったが、今にも泣きそうな小鳥の神使の手前、反論する気も起きなかった。
「鉄花殿の特製煙幕玉で怪我をされている方を素早く救出。もう片方の子も無事に逃げていると良いのですが」
「アタシの煙幕玉は強力だからな。きっと逃げだしたさ」
鉄花は安心させるように声のトーンを押さえて言ってあげた。
ちなみに目有の煙幕玉は30年前に複数渡しておいた物の最後のひとつだったらしく、また作らなければいけないことにため息を吐かざるを得なかった。だが、それ以上に嫌悪感が湧いたのは、弱小神使である目有の防衛手段が尽きるほどの酷い現状である。
「まあとりあえず傷を治さなくちゃな。友達が帰ってきた時に安心させてやりたいだろ」
「えっ、でももう血は止まってますし消毒も済ませてます。これ以上は……」
「なんの為にわざわざ月葉のヤローがアタシを起こしたと思ってんのさ。任せておけって」
鉄花が取り出すは小さな瓶。
蓋を開けて棒で中をグルグルとかき回す。しばらくその作業を続けたのち、ヨシと一言つぶやいて棒を瓶から取り出した。
瓶からは粘度の高い半透明な液状のもの、まるで水あめのような、が棒の先にくっついて出てきた。
「こわくなーい、いたくもなーい。不思議な感覚はするけど怯えずじっとしててなー」
目を閉じ覚悟を決める小鳥の神使に、鉄花は優しく彼女の包帯を取り外し、丁寧に傷の断面に半透明の液状のものを擦り込んでいく。
「接着完了。あとはこうして……それ、もみもみ~」
今度は半透明な液状ごと、小鳥の神使の腕や翼を揉んでいく。
強く、時には優しく揉んでいくと、神使から声が漏れた。
「……っ。くすぐったい、です」
「よし。感覚も繋がったな。これで数日経てば腕や翼が生えてくる。また以前のような姿になるよ」
「本当ですか。また、わたし、飛べるように?」
「なるなる。これが工房百刀の秘伝の技のひとつ、魂再利用の『再生』だ。感謝しなよ~」
瓶に入っていたのは魂のエネルギー。過去に退治した妖や悪霊の魂のエネルギーの部分だけを抽出した秘蔵の品だ。
もっともただくっつければいいわけではなく、本人の身体に合わせた質と量を見極めて接合する必要がある。以前は工房内にその技量を持った神使が何人かいたが、休眠してから三十年経った現在、ほとんどの者が死んだか街を離れてしまっている。
「何度見ても見事なものですな。ちなみに我の身体を生やすことは」
「無理。あくまで再生であって、もとから無いものを作ることはアタシはやってない」
正確に言えばできないことはないが、本人が扱える力の範囲を超えれば接合した魂に身体が乗っ取られる危険性がある。よって鉄花は基本的にそんなことはしない。
「ところで、なんか臭うな」
「我ではないですぞ。我はこう見えて綺麗好きですからな」
「テメーじゃねえよ」
臭いという言葉に慌てふためく目有を即座に否定し、小鳥の神使の方を見る。
「もしかしてわたしですか」
小鳥の神使は自身の身体のあちこちを嗅ぎ始める。しかし思い当たることがなく不思議な顔をしたままだ。
「いやこの臭いは汚れとかじゃない。これは……」
突然地響きと共に洞窟全体が揺れる。地震かと間違えるような大きな揺れに小鳥の神使はその小さな体を震わせた。
「なるほどな。安心しな。ここでゆっくり養生するといい」
鉄花はそんな彼女の頭を撫でて安心させてやると、すっくと立ちあがった。