再動①
宮杜町、山中──。
昼間でさえ陽の光が届かない洞穴の奥で、一つの石像が静かに座り込んでいた。どう見ても動かず、どう見ても生きていない。知らぬ人間が見れば、単に人の形をした奇妙な石像だと思って、無視していくことだろう。
「鉄花、よいですか」
しかし月葉神は違う、事情を知っている。故に、なんら臆することなく話しかける。
話しかけられた石像は微かに動き、その瞼を開け、目の前の彼を睨みつけた。
「なんだ、月葉か。少し老けたか」
「はい、三十年ほど」
その言葉を聞き石像は、今度は先ほどとは違い、はっきりと動いた。
「三十年。たったそれだけ」
「申し訳ありません。ですが……」
「分かってるよ。百年は眠れると思ったからガッカリしただけ」
石像は固まっていた糊をはがすような音を立てて、腕や足を動かしていく。やがて二本足で立った彼女は月葉神を見上げていた。
「まったく世界ってのは、どうしてこうも平和でいられないんだろうね」
魂の分解と再利用を司る『百刀』工房長、鉄花。それが石像のように休眠していた彼女の名前である。
「で、報酬はもちろんあるんだろうな」
もちろん、とほほ笑む月葉神は持っていた重箱のふたを開けた。中に入っていたのはマグロの切り身を酢飯と海苔で包んだ──鉄火巻。
それを、数個あったにも関わらず、むんずと全て持ち上げ鉄花は口の中に放り込んだ。
「かぁー! 鉄火巻はいつの時代もウマい!」
体格相応な笑顔を見せると、彼女は眠っていた自らのそばにあった巨大なマッチ棒を持って宣言をする。
「起きろ、百刀! 仕事を始めんぞ!」
マッチ棒の柄で地面を叩く。瞬間、洞窟内に光が灯る。最深層から入り口まで余すところなく、工房が光に照らされ、洞窟自体が生きてるかのように温かく脈打ち始めた。
それはまるで竜の体内──。
魂を分解し再利用する、『竜の胃』とも呼ばれる工房百刀はこうして再動した。