表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/68

玉座の間にて -1


「陛下、ウレノス側国境の軍を呼び戻すべきでは?」

「要らん、軍なら手元にも残してあるだろう。蛮族相手なんぞそれで十分だ」

「…………」

「遠征軍には、こちらの力を思い知らせるまで帰ってくるなと伝えろ」

「……御意に」


 ふんと鼻を鳴らし、いかにも不機嫌顔で椅子の背にもたれる老年の男を後に、会話をしていたもう一方の男は部屋を出た。

 少し廊下を歩いて別の部屋に入ると、待機していた部下らしき人物に命じる。


「遠征軍に伝令を。結果はどうあれ一度の会戦で退()いてこい、深追いはするなと」


 かしこまりましたと答えて出ていく部下を見送り、男は部屋に一人になる。

 口元に手をやり、何か考えるようにして。男の脳裏によぎったのは――奇遇にも見かけた銀色。


「持てる手駒は全て用意しておくか」


 片眼鏡を通した無彩色の瞳には、何の感情も映っていない。熱や光は元より、冷酷さや闇さえない、ただ虚無が見える。





 ――これは、どういうことなのだろう。


 シェリエンは、玉座を前に立ち(すく)んでいた。約三年半前に目にしたのと同じ、ガイレア国王の座す場。

 違うのは、座ってこちらを見下ろしている人物が以前とは別人だということ。


 (おもて)を上げよとの指示に従ったシェリエンを、その人物は()めるように見た。


「ただの村娘だったというが、これはまた」


 佇む少女を捉える双眸(そうぼう)は、あらゆる欲を隠す気がないかのようにギラついて。

 その顔には深い(しわ)が刻まれ、年齢的には前王とさほど変わらずか。だが滲み出る野心らしきものが、この老年の男を溌剌(はつらつ)とも見せている。


 細かな皺が寄った目元、左目の下あたりには、特徴的な(すみ)が入れられている。一本の短い線を上下に一度ずつ波打たせた――地を()う竜を模した形。ガイレアにて王だけが彫り刻むことができる、“地の竜”の象徴だ。


「十六か。私がもう一回り若ければ、側に置いてもいいくらいだ」


 シェリエンの脇に控える女性が、ハッと息を呑んだ。




 先の二国間の戦は、言うなれば不完全燃焼に終わった。


 ウレノスの王子が退却した後、双方全勢力を投入してのぶつかり合いは混戦をきわめた。しかし、そこへ見舞った俄雨(にわかあめ)と日が大分に傾いてきたことをきっかけとして、両国軍は撤収。

 どちらも幾分かの損害はあったが、折れるほどではない。態勢の立て直しを図った後、日を改めて再度の決戦になるかと思われた。


 翌日からは不安定な天気が続いた。ウレノス軍の面々は、いつ降り出すかと空を睨み、また敵陣営の動きを警戒しながら、怪我人の手当てや隊の再編に奔走した。

 そうこうするうち、ガイレア側に動きがあった。それは予想に反する、撤退の報せだった。



 両国の情勢に関する話は、シェリエンの故郷の村にも届いていた。

 どうやらじきに戦になるらしいと囁かれ始めたのは、春も徐々に深まる折。その頃には末端の民にまで伝わるほど、国境へ軍を進める動きが大っぴらになっていた。


 だが、届く情報はあくまで(うわさ)程度のもの。遅れもあるし、正確かどうかもわからない。彼女の村は比較的国境近くに位置しているものの、戦地にも戦略上の要所にもなり得ない外れた土地だ。

 限られた情報に、彼女は耳をこらして――けれど聞きたくないとも思っていた。辺鄙(へんぴ)な村にまで伝わるような重大な内容といえば、それはおそらく良いものではない。


 ついに両軍が剣を交えたと聞いたときは、背筋が凍る思いだった。()の人の安否はわからず。その後流れた撤退の噂も、揺れる心を落ち着かせはしない。

 不安を募らせながら日々を過ごす彼女の元に、ある日訪れたのは王宮からの使者だった。


 そして今。シェリエンは理由も知らず、再びガイレアの王宮、玉座の間に立たされていた。




「……シデリス卿、おやめください。実孫より年若い少女ですよ」


 “側に置いてもいい”との発言を受け、シェリエンの真横に立つ女性が玉座の男を(いさ)めた。その声は細かく震えている。


「“陛下”と呼べ。もしくは気兼ねなく父と呼んでいいのだぞ、ディアーネ」


 嫌悪すら滲む瞳で一瞥を投げ、ディアーネは無言を決め込んだ。

 シデリス卿は不満げにぴくりと眉根を動かし、そしてシェリエンへと視線を戻す。震えることも忘れて立つ少女を見下ろし、新たに王位を手にした男は命じた。


「小娘よ。其方(そなた)の仕事は、ウレノスの王子に捨てられたと民に話すことだ」


「え……」



 シェリエンの口から、思わず呆けたような声が漏れる。

 彼女としては何故今ここに連れてこられているのかも(かい)せないのに、相手の要求の意味がわかるはずもなかった。


 シデリス卿は片側だけ口角を上げた薄ら笑いを浮かべ、話を続ける。


「どうして驚く、事実だろうが。姫として隣国へと嫁いだはずの娘が、何故か故郷の村にいた。大概いいように(もてあそ)ばれて捨てられたのであろう」



 しんと静まりかえった広間に、老いたしわがれ声が後を引くように響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] シェリエン……。 ディアーネさんだけが、人として信じられそうな感じですね。もう、本当にリオさまは! と八つ当たりしたくなりました(笑;) 頑張ってシェリエン。 momoさまも、乗り越えてる途…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ