隣国での生活 -1
翌朝、随分長く寝てしまった気がして、シェリエンは飛び起きた。
部屋には、カーテンの隙間から太陽の光が漏れ入っている。ベッド付近に置かれた棚の上の時計を見ると、決して早起きとは言えないが朝の範疇である時刻。
ホッとしつつ、彼女はここがガイレアではなく、昨日嫁いできたウレノスであったことを思い出した。
隣で寝ていたはずのリオレティウスは、既に部屋にはいなかった。
しばらくベッドでぼうっとしているうちに。コンコンコンと等間隔で三度、丁重なノックの音がする。
「シェリエン様、お目覚めでしたらお支度をお手伝いします」
「あ……、はい、起きてます」
拙い返事をすると、二人の侍女が部屋に入ってきた。着替えや髪結を手伝われながら、朝の支度を整える。
他人に支度を手伝われるというのは、半年の花嫁修行生活でだいぶ慣れた。というより、王宮で着るようなドレスの着替えや凝った髪型は一人ではできそうもない、とシェリエンは思う。
普段着として用意されたドレスは、腰回りをきつく締め上げていた花嫁衣装とは違い、比較的ゆったりとした作りのもの。けれど、高価そうな生地や袖口にあしらわれたレースの繊細さを見ると、自分だけで扱う勇気は出なかった。
支度が済んだあと、寝室の隣の部屋に朝食が用意された。侍女たちに見守られながらシェリエン一人で朝食を取る。
パンや卵料理、スープに果物。ガイレアの王宮とあまり変わらない。昨日は緊張していて夕食の味がよくわからなかったが、今朝は幾分か食事を楽しむことができた。
朝食を終えるとすぐに、ティモンが部屋へとやってきた。
「シェリエン様、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「はい」
「それはよかったです。何かご不便は?」
「いえ……大丈夫です」
ティモンの穏やかな微笑みは、シェリエンの心を落ち着けた。母亡きあと面倒を見てくれた村夫婦の旦那さんに、どこか似ているような……そんな気もして。
彼女は朝食時から疑問に思っていたことを、この優しそうな世話役に訊いてみることにした。
「あの……、今日は何をすればいいんですか」
「ええと、そうですね……」
話を要約すると。
シェリエンはこの王宮にて、特に何もしなくてよいということらしかった。今日に限らず、今後も。
ガイレアでは婚姻に備えて連日予定が詰め込まれていたが、それももう必要ない。今日は入浴と就寝の時刻まで、丸々自由時間とのことだ。
昨日は国王一家が集まって夕食を取ったが、それは毎日のことではないらしい。普段は各々の執務や予定に合わせて、食事は個人で取ったり夫婦で取ったりする。
昨日揃って夕食を取ったのは、自分が嫁いできたからだろうか。それにしては空気のような扱いだったけれど、注目されるよりはよっぽどよかった――と、彼女は改めて思った。
ティモンは、シェリエンの手持ち無沙汰さと疲れを気遣ってくれた。「お暇でしたら何でも手配いたしますが、今日は一日ゆっくりお休みになられては」と。
急にぽっかりと空いた時間に、そわそわするような感じを覚えたものの。シェリエンは言葉に甘えることにした。ティモンの細やかな気遣いを受ければ自ずと気が緩み、少しくらい休んでいいかもと、そう思えてくるからだ。
寝室に戻ったシェリエンは、ベッドに倒れ込んだ。
与えられた部屋は、先ほど朝食を用意された居室とこの寝室、寝室横に備えられた洗面と浴室。いずれも続き間になっており、廊下に出ずとも行き来できる。
そしてこの部屋は、シェリエンの寝室であり夫婦の寝室になる。王子は元々自分の部屋を持っており、そこには寝室も、洗面浴室も備えられている。しかし結婚すると、眠るときは基本的に夫も妻の寝室でというのが通例だそうだ。
それが普通なのかどうかは、少し前までこんな広いお城に住んだこともなく、結婚したこともなかった彼女には知りようもないが。
ベッドに横になっていると、いつの間にか眠気が襲ってくる。
さっき起きたばっかりなのに……。そう思いはするけれども、瞼はどんどん重たくなって。
シェリエンはそのまま、昼食も取らずに夕方まで眠りこけた。