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[完結]銀色の兎姫 ――母を亡くした一人ぽっちの少女と、母の顔を知らぬ軍人王子との、愛を知るまでの物語。  作者: momo_Ö
第二章『天地別るる瀬にありて』

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祈りと戦 -2


 ――季節は、容赦なく流れるもの。


 ガイレア側が露骨な動きを見せたのは、春が来てすぐのことだった。冬の間に準備を整えていたであろう軍を動かし始めたのだ。

 この動きを察知したウレノス側も同様に、事前に編成済みであった隊の進軍を開始。


 ひと月程度の行軍を経て、両者は顔を突き合わせるほどの距離にまで近づいた。

 国境を目指して進んできたガイレア軍に対し、ウレノス軍はこれを食い止める意図となる防衛戦線を張り、待ち受ける。互いに相手の出方を窺いながら何度か布陣を変え、(にら)み合いが続いた。



 ガイレアが掲げる進軍理由は、国力を増すための領土拡大。

 両国の間には、歴史的にたびたび保有権が移っている土地がある。国境地帯に位置し、資源が豊富かつ農作物がよく育つ肥沃(ひよく)な地だ。

 現状ウレノス領となっているこの地域の奪取を目指し、ガイレアは兵を挙げた――というのは建前の話で。


 ガイレアは、戦というものを渇望している。

 国の成り立ちに“力”が関わり、武力で道を切り(ひら)いてきた彼らにとって、戦は必須なのだ。強き者が王となり、戦いによって(おのれ)の力を示す。そういった文化的背景が根底にある。


 とはいえ、この考え方は民全てに当てはまることではない。

 遠い昔のように食料や資源が不足し、国という組織が脆弱であった時代であれば、争いもやむを得なかった。

 しかし、逼迫(ひっぱく)するような理由もないのに戦をするとなれば、傷つくのは兵や民。口に出せずとも心から戦を望まない者は、とりわけ平民には多い。


 一方で、支配階級には未だ戦いへの意欲が残っていた。特に年長者であるほど、“ガイレアの男は戦うもの”という伝統的な意識が根付いている。

 これを(くつがえ)した前ガイレア王からの和平提案は画期的といってもよかったが――残念ながら、もたらされた泰平は長くは続かなかった。


 射す()に微かな初夏の色が見えはじめた折、(つい)に両国軍は会戦に至った。




 戦闘は、()ずガイレアの騎兵による攻撃から始まった。ウレノス側はこれを、前衛である歩兵部隊が受け止める。

 リオレティウスは、自軍右翼後方にて、数名いる指揮官のうち一人として戦場に立っていた。待機位置で総指揮官の指示を確認しつつ、先陣の様子を見守る。


 戦況は一進一退といったところか。両陣営とも敵の手の内を探るかのように、目立った展開が見えぬまま時が過ぎていった。

 そうしてしばらく膠着(こうちゃく)状態が続いたが、ついには彼の部隊にも突撃指示が届く。騎槍を構えた隊を率いて、彼は戦場へと乗り出した。


 機を見ての騎兵突撃は相手の陣形を乱し、一定の効果を上げた。ただし決定的な一撃とはならず、そのまま白兵戦へともつれこむ。馬上の騎士たちは槍を剣に持ち替え、歩兵を援護する。

 戦況は相変わらず。どちらが有利とははっきり見えないまま、焦れるような局面が続く。


 ――満を持して仕掛けてきたわりに、凡庸(ぼんよう)だな。

 頭の隅にそんなことが過ぎりながら、しかし冷静に、彼は剣を振るっていく。


 このままじわじわと進み、日没の気配を合図に双方撤収する戦いになるかと思われたが――。


 太陽が傾き、空を薄く覆っていた雲が厚みを増した頃、事態は動いた。



 両国軍共にあらかたの兵力を投入し終えたところで、次第に優勢となっていたのはウレノス側。特に中央の戦闘では明らかだった。左右両翼は互角に近かったが、強いて言うならウレノスが少々押していた。

 このままであれば快勝とはいかずとも、かなり有利な状況で戦いを終えられる。残りを着実に、などと幹部陣が巡らせ始めたところに。


 突如としてガイレアは、最後方に待機させていた残りの兵を一気に投入した。

 自軍が崩れかけている中央ではなく、左――ウレノス側からすれば右翼隊へと。


 あくまで予備かのように置かれていたこのガイレアの部隊は、その実、予備だなどとは以ての(ほか)。どうやら主力を温存し、隠しておいたらしい。

 これに気づいたウレノス側は態勢を立て直して防ぎ止めようとしたが、不意打ちにも近い急襲、ガイレアの勢いは止まらない。


 この部隊は脇目も振らず、敵味方お構いなしにウレノス軍右翼を縦に突っ切って、それはまるで――


 ――なるほど、狙いは俺だったか。



 自ら先頭に立って奇襲部隊を率いているのは、明らかにガイレアの主戦力であろう武将。

 それは“率いる”というより、己の獲物まで一目散に駆けてきたといった感じだ。敵陣の兵を()ぐことよりも、ただ前へと、標的に向かってのみ突進してくる。


 ついにその武将は、リオレティウスからも風貌が確認できるくらいにまで迫った。

 相手の狙いを感じ取ったウレノス軍には一瞬にして、これまでにないほど張り詰めた空気が流れる。取り巻きたちは迅速に、王子を(まも)る陣形を整える。


 おそらくリオレティウスの位置を確認すると、ガイレアの武将は駆けてくる速度を(ゆる)めた。もちろん甲冑(かっちゅう)で表情は見えないが――さも嘲笑(あざわら)うかのように。

 馬上で大袈裟に剣を掲げ、その鈍い輝きを振ってみせる。挑発だ。



 王子を討ち取ることによって、ウレノス側の士気を下げようというのか。それとも単に武勲(ぶくん)のためか、力の誇示か、血への欲求か。あの派手な登場の仕方を見る限り、策というよりむしろ個人的な欲の面が強そうだ。こちらの出方を(たの)しんでいる。

 リオレティウスは瞬時に見立てを行う。


 戦において、とりわけ位が高いもの同士であれば、いたずらに相手の命を奪うことはしない。捕虜として身代金を要求するのが一般的ではある。

 が、血の気の多いガイレアの武将のこと。()()()()相手を死なせてしまうことだってあり得る。


 周りでは必死に、あんな挑発など気にするなといった家臣たちの声が飛び交う。ほとんど悲鳴のようでもある。



 ……まあ、普通に考えれば、将同士の一騎打ちなど正気の沙汰ではないが。


 次の瞬間、リオレティウスは迷わず馬を走らせ、相手の武将の前へと(おど)り出た。



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― 新着の感想 ―
[良い点] がっつりですね! 緊迫の戦闘シーンですが、流麗な筆運びのおかげでとても読みやすいです。 これは書くのもエネルギーいりそう。リオ様ともども、がんばってくださいね。 [一言] ガイレア……現実…
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